侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

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第2章

男たちの思惑

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ウィルをベスの部屋まで送り、晩餐まであとを任せると、その場から逃げるように本宮の執務室へと向かった。
予想通り、随分待たされたのだと恨みがましい目をしていたベスだが、ウィルがいかに散策が楽しかったかをキラキラした目で話し始めてしまったものだから、心優しい姉は何も言えなくなってしまっていた。
グッジョブ、ウィル。
ついでに、戻った時にはベスの機嫌が直っているとグレイトジョブだぞウィル、と通い慣れた道を急ぎながら念を送っておく。
スカートの裾を掴んで少し持ち上げながら階段を登るのも、ヒールで早歩きするのにも、もうかなり慣れてきた。
見えてきた翡翠色の壺を目印にした角を曲がり、こちらも見慣れたアイボリーのドアをコンコココンとテンポよくノックする。

「あいよー」

聞き慣れた返事を聞きながらも、手はすでにドアノブを回している。

「よぉ、意外と遅かったな。」

「…その格好の…ままなんだね。」

中央に据えられたテーブルとソファセットに、ここはお前らの家なのか?!と言いたいくらい寛いでいるいつもの顔ぶれ、シルバーグレイの貴公子とオールブラックの騎士、が一瞬だけジャンヌに注目する。
なぜ一瞬なのかと言うと、彼らの前にあるテーブルでは今まさにお茶会が繰り広げられており、彼らはそれに夢中だからだ。

「…ここは執務室なんだぞ、一応言っとくけども。」

華やかなティーセットが置かれたテーブルと、嫌味なくらい書類が山積みにされた奥の机を見比べてゲンナリする。
足取り重く彼らを横切りながら、一応注意だけはしておく。

「お茶はいいとして、3段のケーキスタンド…誰だよそんな本格的なの用意させたのは。」

スカートがシワにならないよう抑えながら椅子に腰掛ける。
この動作にも慣れたものだ。

「…僕。」

「…アイザック、そんなに恥ずかしそうにするな。注意した俺が居た堪れない。」

「いいじゃねーか。だってお前全然戻ってこねーから。あ、お前も食うか?このスコーンとクロテッドクリームの組み合わせ、最高だぞ。」

「…このキュウリのサンドイッチも美味しい…。」

「俺の仕事を手伝う気はないのかよ?!なんかまた書類増えてる気がするんだけど?!」

「アイザック、やべーぞ、このジャムつけて食べると美味さが神がかる。」

「…そのジャム…この前紅茶に入れても美味しかった…。」

「マジか、俺も試すか。」

「俺の味方がどこにもいないっ!」

わっと机に突っ伏すと、漸くクロードがスコーンを食べる手を止めた。(正確には、止めた気配がしただけで、食べ終わったのかもしれないが。)

「お前が調べろって言ってたやつは、下敷きになってる封筒にちゃんと入ってるだろーが。」

「なに!」

慌てて身体を起こして掻き分けた書類の中、それらに混じって薄茶けた封筒が出てきた。
どうりでモソモソすると思った。
中を見ると紙が10枚ほど入っているので取り出す。

「今のところ、ベスの婚約者候補は4人だな。いや、あー、正確に言うと5人なのか?」

紅茶を優雅に飲みながらクロードがアイザックに首を傾げる。
言葉遣いはまるで下町のそれなのに、食事のマナーはきちんとしているから不思議な男だ。

「頼まれた調査…の結果としては4人。」

アイザックの節ばった長い指が4本立てられる。
それをちらりと確認しながら、書類にザッと目を通していく。

「へーえ…、これはまた錚々たる面子だな。各州の上位貴族か。他国からはまだ候補は上がってないのか?それとも上がらないのか。」

「一応、遠方からも…あった。でも…王妃様が断ってた。」

「 何で?遠くに娘を嫁がせたくない、とか?」

「『碌なのがおりません。』…って。」

「……あっそ。」

口元を扇で隠しながら悠然と微笑む顔が目に浮かぶ。
彼女は、自分的「優しい顔に騙されてはいけない人」の国内ランキング最優秀者の連続記録保持者だ。

「まだ州制度の歴史は浅いから…。国内の体制を…もっと盤石にってこと…だと思うけど。」

そう言ってお茶を含んだアイザックの薄い唇が微かに持ち上がる。
それが彼なりの苦笑だと分かるのは、長い付き合いのある者だけだろう。

「確かにそうだな。」

「んなことより、候補にはあのメイソンがいるんだぜ?最悪だろ。」

「それは…僕も気になった…。」

ジャスティス辺境伯家長男の調査書を手元の書類から選び出す。
添付された絵姿だけみれば、ベスより幾らか年上の好青年に思えるだろう。

「まあ、ジャスティス辺境伯家は、国内でも有数の要塞都市が領地だからね。あちらから話が上がれば無碍にはできないだろうし、こちらから話を振るべきという声が内部で上がっても不思議ではないさ。」

そう言うと、2人とも諦めたように目を見合わせ、無言でお茶を飲む。
かく言う俺も、その気持ちはよく分かるのだが。
調査書を眺めるだけで眉根が寄るのは、酸っぱいものを考えると唾液が出るのと同じ、つまりそういう男だ。

「まあ、ベスの夫になるのは全力で避けたいけどな。」

「俺だって反対だね。あいつなら、叩けば埃なんていくらでも出るだろう。」

「…そういう意味では…最有力候補かも…。」

アイザックはそう言ってカップを置くと、腕を組んでソファに深くもたれる。
その黒い眉がいつもより少し寄ってみえるのは、気のせいではないはず。

「最有力ねぇ…。げっ、ケラー商会とも付き合いがあるのか?」

ケラー商会の名をメイソンの調査書の中に見つけ、一層眉間の溝が深くなる。
書かれた内容としては、宝飾品や骨董品の購入店とあるが、果たしてそれだけだろうか…あのメイソンとケラー商会の組み合わせで?

「さてさて、そんなモンスターだらけのところに、あのお嬢さんを入れて本当に大丈夫かよ?」

ケーキスタンドの一番上、小さなエクレアを上品に摘みながら、クロードは何かを思い出すように眉根を寄せる。
すると、向かいに座るアイザックがそれと分かるほど目を細めた。

「お腹が空いた妖精…みたいで、可愛かったよね…。」

「ああ!あれは傑作だったなー!侯爵令嬢っつーから、もっと気取った娘を想像してたけどな。」

「くくっ、アイザックの表現は言い得て妙だね。」

書類で思い出し笑いを隠しながら答える。
妖精のような愛らしさで、確かに周囲はすぐに魅了されてしまったのだから。

「キアラなら大丈夫だよ。むしろ俺は、やっぱり彼女を協力者に選んで良かったと思ってるけどね。」

そう言うと、クロードとアイザックがなぜか驚いたように見てくる。

「へぇ?」

「そんな顔…するんだね。」

「そんな顔ってなに?」

どんな顔だと自分の顔をペタペタ触ってみるも異常はない。
咳払いをして、仕切り直す。

「…とりあえず、ベスの最初の相手は、シトリン州 アルファーノ公爵家 ブルーノ氏か。日程が迫ってるね。」

再びデザートに集中し始めたクロードが、そのアメジストの瞳だけをこちらに動かす。

「ああ、明後日だな。どうやら先方の都合らしいぞ。ぜひ早く会いたい、とか何とかで、こっちは結構急いで会う場を設けたらしいぜ。」

「明後日…は、僕もクロードも…陛下の護衛として、ほぼ1日…王宮の外…」

「ほー、早速、俺たちだけで敵かどうかを見極める機会がきたってことか。」

キアラに王宮のことを知ってもらう時間がなさそうなのは気の毒だが、今回のことに限って言えば、「習うより慣れろ」だ。
こんなに早いとは思わなかったが、むしろ好都合。
ちょうどそう思ったところで、クロードとアイザックから冷ややかな視線が注がれていることに気づく。

「何?」

「言っとくけど、その顔はやめとけな。」

「うん…、君がその顔の時は…大抵危険。」

「何だよ、その顔って。」

再度自分の顔にペタペタと触れてみるが、やはりおかしなところはないのだが。

「まあ、やべー顔ってことだよ、気ーつけろ。」

「…嫌われないようにね…。」

「??」

クロードが、まあいいやとか呟きながらグッと背伸びをしながら立ち上がると、アイザックもそれに合わせるように徐に立ち上がった。

「とりあえず、当日は俺たちもいねーから、しっかりしろよ、

「最初から…コケたりしないでね…。」

友の激励を受け、それに挑むように微笑みで返す。

「あら、私を誰だと思ってますの?万事抜かりはありませんわ。」

クロードとアイザックが違いに顔を見合わせ、どこか呆れたように肩を竦めた。
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