侯爵令嬢と密かな愉しみ

ポポロ

文字の大きさ
上 下
8 / 38
第2章

お仕事の説明

しおりを挟む
「はいはい、二人ともそこまでな!俺たちだって暇じゃねーから、さっさと話を進めるぞ!」

ベアトリーチェ王女とジャンヌのやり取りを見兼ねたクロードがようやく止めに入る。
アイザックも、ベアトリーチェ王女の手をそっと引いて、優しく隣に座るよう促す。
アイザックは見た目に反してとても優しいようだ。
そう、喩えるなら大きなハスキー犬とでもいおうか。

「あ、今アイザックのこと優しいとか思ったでしょ。大きな犬みたーい、とか。」

「心が読めるんですか?!」

聞いてしまった後にアイザックに失礼であることに気づいた。

「あはっ!キアラちゃんて顔に何でも出ちゃう~!でも、アイザックには妬ける~。」

「何なんです?!じゃなくて!ロス様!大変失礼いたしました!」

「いや…僕は、大丈夫…」

黒い切れ長の目が優しく細められる。
やはり、アイザックは長身で無口なところがとっつきにくい見た目に反して、心根は優しいのだとキアラは確信した。

「あー、もうお前が喋ると話進まねーから、俺から話すわ。」

「そうね。ふふふ、ジャンヌ、ハウスですよ、ハウス。」

「くっ…」

痺れを切らしたクロードが口を開くと、ベアトリーチェ王女がハリセンをこれ見よがしにチラつかせる。

「えーっと、貴女の…いや、何かあった時に呼びにくいから、名前でいいか?俺たちのことも名前でいいから。あと、敬称含めて敬語も不要だ。面倒くさいから。」

「敬語もですか…いきなりは難しいかもしれませんが、お望みであれば善処いたします。私のことはキアラとお呼びになって構いませんわ。」

「ありがたい。」

もともと家格や身分に、多くの貴族が持っているであろうほどのこだわりはないので快諾する。
ただ、長く染み付いている習慣もあるので、自分の言葉遣いについては慣れるまで難しいかもしれない。
いや、どうだろう、このメンバーならすぐに敬語なんか吹き飛ぶかもしれないとキアラは思い直す。

「ずるい!キアラさん、私のことも愛称のビーで構わなくってよ?」

「それは流石にどうでしょう…」

早速「様」から「さん」に変わったベアトリーチェ王女の順応力の高さといったら。
キアラの記憶では、彼女は確か現在16歳で、キアラより1つ下のはずだ。
とはいえ、「ビー」のような親しい間柄で呼ぶような呼び方は…と躊躇っていたら、悲壮感漂う顔で見られてキアラは胸を抑える。
可憐な少女にそんな顔させたら心がえぐられる。

「…で、では、ベアトリス様…でいかがでしょうか?」

途端に、ベアトリーチェの顔がパァっと晴れる。
その目は、よく見ると陛下譲りのハンターグリーンだ。
顔の造りとしては、どちらかといえば王妃様に似ているのかもしれない。
そして何故か隣の美人(仮)がキアラを見てくるが、それは完全に無視することにした。

「はいはい、良かったなベス。で、今回の大まかなところは、陛下からお話があった通りなんだが…まずは、キアラから聞きたいことを聞くか。」

さらっとベアトリスをもっと気軽く呼んだクロードの距離感に驚きつつ、頭の中を整理する。

「そうですね…順を追って整理させていただきたいのですが…そもそも、なぜ私なのです?」

「それは、キアラちゃんが可愛いから♡」

「もうお前はだぁっとれ!!」

キアラはその様子をみて、たしかにクロードは見た目と中身の差が激しいのだと思う。
クロードの見た目は、そう、喩えるなら、恋愛小説に出てくる王子様そのものだ。
シルバーグレイの少し波打つ髪は、騎士という職から言うとやや長めかもしれないが、清潔感は忘れていない。
気怠げに見えるほど深い二重に、珍しいアメジストの大きな瞳が印象的な美形。
隣の美女(仮)と同じ系統の美しさがあるが、服の上からでも分かる引き締まった身体が男性騎士であることを主張している。

「キアラが選ばれた1番の理由は、オルティス侯爵がいずれの政治派閥にも属してないからだ。」

キラリと光る、その瞳と同じ色のピアスは、自分に似合うと分かっていて付けているに違いない。

「数代遡っても汚点がなく、派閥に属さず、ベスと歳の近い娘もいて、しかも家格も低くない。そんな家自体ほとんど国宝級の珍しさなんだが、オルティス侯爵ほど白い貴族っていうのは、もう唯一無二だろ。」

「ああ…確かに。我が家は少し特殊かもしれません。」

オルティス家は古くから続く貴族だが、少し特殊な一族であるため、政治派閥には属さない。
クロードが新の意味からそれを言ってるのかキアラはには判断できず、当たり障りのない答えを返す。

「そんな環境で育ったから、キアラちゃんは純粋で可愛いんだよねー♡」

「ふふふ。いちいち鬱陶しいですわね。」

ベアトリーチェ王女が再び逸物ハリセンをちらつかせる。
それにヒクつく彼女…いや…彼を見ながら2つ目の質問を。

「…では、あなたのソレは…その…趣味なのでしょうか?」

「お前、変態だと思われてんぞ。」

「いえ、生まれ持った性が…という複雑な事情がある可能性も捨ててはおりません。私は、そういったことを差別いたしません。」

「いや、違うからね?え、何その『私は理解者です』って目。キアラさん、俺は健全な青年男子で、ちなみに恋愛対象は女性ですからね?!」

じゃあ、なぜ…と眉間にシワを寄せてキアラが言外に問う。

「まず、騎士やベス自身が四六時中キアラに付いて、侍女の仕事や、ここの内情、王城の案内をするわけにはいかないよね?かといって、クロードの言うように、キアラのようなご令嬢はおいそれとは見つからない。」

「…なるほど…」

意外と現実的な理由に驚く。

「それに、俺の役どころはクロードやアイザックよりも身近な護衛って意味合いが強めなんだよ。何かあった時の戦闘要員。」

戦闘要員の言葉に、改めて彼を見てみる。
確かに、こうして並ぶと肩幅は女性に比べて大きいような。
ただ、着ているお仕着せが首の詰まったデザインで、スカートが足首まですっぽりと隠している上に、腹が立つほどの胸の膨らみのせいで…つまり、体型はよく分からない。

「そんなに身体を見つめるなんて……キアラちゃんの、エッチ。」

「っっ!!べ、ベアトリス様!」

「はーい!」

バーーーーン!!

本日3回目の制裁を与えられたジャンヌが蹲る。
彼に関しては呼び捨てに抵抗はない、全くない、とキアラは拳を握る。

「まあ、こんなんだけど、いざとなったら大丈夫だから、心配すんな。」

「(コクリ)」

「そうそう、残念なのはいざって時にしか役に立たないことなのよねぇ。ふふふ。」

「その前に、いざとなる時が来ないことを祈りたいのですが。」

そこで3つ目の疑問を思い出す。

「あの…そもそも、ベアトリス様の旦那様が、王太子の座を奪うことは可能なのですか?その、継承順位から言って…」

「さすが!やっぱりキアラちゃんは賢いわね~。」

突然元気になるジャンヌ。
もうこのキャラは好きにさせよう。
早くも耐性がついてきたキアラだ。

「第二王子がいらっしゃいますよね?」

「ああ、ただ、ウィルはまだ5歳だからな。」

クロードがそう言って肩をすくめる。
ジャンヌが苦笑してその話を引き継ぐ。

「そう、継承権としてはウィリアムの方が勿論上。でも、立太子の儀に臨むことができるのは満18歳以上の男児だと王立法に定められているんだよね、これが。この法律から変えるのは、頭の固い貴族院の爺さん連中が許さないだろうからね。」

第二王子への気軽な呼称も気になったが、ジャンヌのこれまでにない真剣な様子にキアラは少し驚いた。
どこか剣呑な光を湛えるフォレストグリーンの瞳。
口ぶりからいって、キアラには分からない、いわゆる政治的な壁があるのかもしれない。

「そうなると、18歳以上の、一番王と血縁の近い男児から王太子を選ぶことができますのよ。両親の兄弟はいずれも他国に嫁いでおりますので、私の夫になる方が、自ずと次の王太子候補となりますの。」

「第一王子が…いない場合に…」

アイザックの言葉に、キアラの胸にザラリとしたものが沸き立つ。
それはつまり、王太子が何らかの形で表に立てなくなったとき…例えば、亡くなってしまったときに…という意味が含まれていることを察する。

「…それで、具体的に私は何をすれば良いのでしょうか?」

「キアラは、ベスの周りの人物を深く観察してほしい。縁談相手は勿論、茶会、舞踏会なんかも含めて。俺も基本的には行動を共にするけど、別でも動くつもりだし、本物の令嬢の方が入りやすい場っていうのは意外とあるからね。それに…」

「なんです…?」

ジャンヌは何かを言い淀むと、キアラを見つめた。
正しくは、その目の奥の何かを見つめているに思えた。
結局ジャンヌは何も言わず視線を外すと、クロードに先を譲った。
一体何だったのか。

「まあ、何か困ったことがあれば、いつでも俺やアイザックを頼れ。あー、男手が必要だとか、護衛を頼みたいとか、調べ物をしたいとか、何でもいい。基本的には、鍛錬場か、騎士団の執務室にいっから。」

「ただ…僕たちには緊急の遠征なんかもあるから…そういう時はジャンヌで…」

「なるほど。分かりましたわ。」

「キアラさん、こんなことに巻き込んでごめんなさいね。貴女に危険なことがないように、私も彼らも最新の注意を払いますわ。」

「いえ…」

心底すまなそうに微笑むベアトリーチェ王女の様子にキアラの胸が痛んだ。
国がどうという話以前に、よく考えれば、この小さな花のように可憐な彼女の未来を汚そうという人間がいるかもしれないのだ。
そう思うと、自然とお腹に力が入った。


グゥ~~~キュルッ


もう、何でこのタイミングでお腹がなるかなーと、キアラは消えてしまいたい思いに駆られた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...