上 下
15 / 30
学園編

13話グレアルフside

しおりを挟む
 まずい……まずい。 
 研究資料を作る残りの期間はもうほとんどない。
 焦りから、日々の学園生活でもミスばかりだ。

「どうすれば……」

 友人だった者達は皆、責任を負いたくないと協力もしてくれない。
 講師達も見て見ぬふりをしていた癖に、俺に対しても見て見ぬふりを始めた。
 ナタリーも同様、俺が焦って苛立っているのを避けて最近は近づきもしてこない。

「まずい、まずい」

 日に日に、減っていく期間。
 仲間となら何でも出来ると感じていた万能感も消えて、無力感に日々襲われる。
 何もできず、手も出せない事に苛立ちだけが募っていく。
  
 なによりも苛立つのは、リディアが俺にここまで迷惑をかけている事が許せない。

「とりあえず、今は期間を伸ばしてもらうか? それしか……」
 
 追い込まれた俺は一目もはばからずにブツブツと呟きながら話していると、ふと多くの生徒達が窓から外を見ているのに気付いた。
 気になり、同じように窓から顔を覗かせると学園の出入り口に立派な馬車が停まっていた。

「聞いた? 今日はディオネス公が学園へ視察に来るそうよ」
「次期公爵のアルバート様といったかしら、楽しみね」

 お気楽な奴らだ、リディアをいじめていた事を知られそうな時は顔を真っ青にしていた癖に。
 俺が言い逃れのためにウソを吐いたために、すっかり安心しきって夢中になっている。
 こんなに苦労している俺を置いて。

「どけ! 俺が見る!」

「っ!」

 せめてもの腹いせで、窓の最前列に割り込む。
 その際に何人かの生徒を突き飛ばしたが、皆は黙って下がる。
 いい気分だ、たまにはこうして立場を分からせてもいいだろう。

「俺も次期当主となる。将来的に交流する立場としてディオネス公がどのような方か確認せねばな」

 もっともらしい理由を述べて、最前列にて馬車の様子を見守った。
 馬車の扉が開き、一人の男性が降りてくる。遠くからでもその凛々しさは見えた、黒髪に整った顔立ち。
 背の高さも相まって、溢れる気品に周囲の女生徒達から感嘆の声が漏れ聞こえる。

 ふと、少し遠くを見れば俺の恋人であるナタリーも同様に頬を赤く染めている。
 それが癪に障り、ナタリーに苦言を言おうと目を離した時だった。

「お、おい! あ、あれ……」
「ウソ……でしょ」
「見ろ、おい見ろ!」

 明らかにざわついた声が聞こえだして、再び外へ視線を向け、目を見開く。

「ウソだ。なんで、あの女が……」

 ディオネス公が馬車から手を引き、丁重に降ろしているのは見間違うはずもない。
 リディアだ。
 居なくなったはずの、あのリディアがディオネス公と共に学園にやって来た?

「そんな……」「なんで」

 先程まで色めき立っていた声は消えて、皆が顔を青ざめさせていた。
 当たり前だ、ほとんどの生徒がリディアを貶して学園から追い出そうとしていたのだ。

 だから……皆が心のどこかでリディアが自殺していると思っていた。そうあって欲しいと望んでいたのかもしれない。
 結果は、仲睦まじそうにディオネス公と話すリディアがこの学園へ帰還している。

「ど、どうするの? グレアルフ」

 いつの間にかナタリーがやって来ており、共に貶していた友人達も集まっていた。

「と、とりあえずここでは話せない。少し離れるぞ」

 慌ててその場を去った俺達は見る事は出来なかった。
 校舎の近くまで来ていたリディア達が仲睦まじくて、昨日今日知り合った仲には見えなかった事を。


   ◇◇◇


「ど……どうする? あいつが帰ってきたのはいいが、公爵家の方と一緒だぞ」

 俺の呟きにナタリーと友人達も気まずい表情を浮かべる。

「あ、謝って全て許してもらうのは……どうなんだ?」

 一人が、言葉を吐く。
 それに否定したのは俺だけでなく、全員であった。

「平民階級の者に頭を下げる? 考えられるか!」
「そうよ、私達はただ学園の品位を下げないためにやっていただけよ」
「それに、出ていったのはあいつだ。俺たちは悪くない」

「……そうだよな、出来るはずないよな」

「もちろんだ、優秀な貴族家の者が平民に頭を下げたなど末代の恥だ。出来るはずがない」

 とはいえ、この状況は非常にまずい。
 ディオネス公がどこまで知っているか分からないが……俺に出来る事をするしかない。

「俺が、もう一度……あの女と話してみる」

「話すって、なにを?」

「あいつは俺が恋人関係をだましていた事にショックを受けていただろう? もう一度、愛してやれば俺の元へ帰ってくるはずだ」

「だけど、公爵家の方と一緒に来ているのよ? そんなに簡単に……」

「あいつは平民階級で貴族家の知り合いなど居ないはずだ。学園から出て知り合ったばかりの仲だろう、一度は恋した俺と天秤にかければ、絶対に俺を選ぶはずだ。あの女にとって貴族家の恋人は喉から手が出るほどに惜しいはずだ」

 大丈夫、きっとあいつは未だに心のどこかで俺に恋したままのはずだ。
 もう一度俺が愛してやると言えば、また戻ってくる。

「皆、安心しろ。俺がリディアを説得しれみせる。いじめた等と言われるものか」

 俺達は絶対に、平民階級の女に頭を下げてはならないのだから。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

妹の方がいいと婚約破棄を受けた私は、辺境伯と婚約しました

天宮有
恋愛
 婚約者レヴォク様に「お前の妹の方がいい」と言われ、伯爵令嬢の私シーラは婚約破棄を受けてしまう。  事態に備えて様々な魔法を覚えていただけなのに、妹ソフィーは私が危険だとレヴォク様に伝えた。  それを理由に婚約破棄したレヴォク様は、ソフィーを新しい婚約者にする。  そして私は、辺境伯のゼロア様と婚約することになっていた。  私は危険で有名な辺境に行くことで――ゼロア様の力になることができていた。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

処理中です...