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8話

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「おはよう、リディ」

「……おはよう、アル。やっぱり夢じゃないんだね」

 昨日はアルと話した後、安心感から糸が切れたように眠ってしまったようだ。
 もしかして夢を見ていたのかと思ったけど。
 鳥のさえずりが聞こえだす早朝に起きると、すっかり凛々しくなったアルが居て現実なのだと分かった。

「朝食、出来ているから行こうか?」

「う、うん……でもアル、少しだけ待っていてくれる?」

「どうしたの?」

「顔を洗って、少しだけ髪も……整えたい。アルの前では少しでも綺麗でいたいから」

「っ!!」
 
 何気なく言ったはずなのに、アルは顔を真っ赤になってしまう。
 視線を逸らしつつ、「リディはそのままでも……全然……」と何かを言っている。

「どうしたの? アル」

「いや、何でもない。待っているから行っておいで……場所は使用人が案内するから」

 アルの言う通り、女性の使用人の方が屋敷の洗面台まで連れて行ってくれた。
 髪をすき、顔を洗って少しでも整えてからアルの元へと戻る。

「ごめんね、待たせて」

「大丈夫だよ。やっぱり可愛いよリディ」

「……」

 褒める時はためらいもなく言うのだから、こっちが戸惑ってしまう。
 照れと緊張が混ざった感情のまま、アルに案内されてリビングへと向かう。

 そこでは温かなシチューと、焼き立てのパンが良い香りを放っている。
 倒れてから何も食べていないから、ぐぅっとお腹が鳴った。

「……聞かなかった事にして」

「はは、リディの好物だったシチューを用意して良かったよ。お腹は喜んでくれてるみたいだ」

「そうね、凄く美味しそう……ありがとう、アル」

 食卓へと座ると、違和感を感じた。
 対面に座るかと思ったアルが隣に座り、さじですくったシチューを私へと近づけるのだ。

「はい、リディ」

「ア、アル……子共じゃないから」

「昔はよくしてたよ、リディの所のおばさんと一緒に食べていた時にね。あの頃みたいじゃダメかな?」

 ずるい。
 すっかり凛々しくなってしまった彼に甘えるように問いかけられて、断る事など出来るはずもない。
 自覚もない彼の行動には照れてしまう。
 顔が熱くなっていくのを感じながら頷き、彼の差し出すさじからシチューを食べる。

 野菜の甘味がよく引き出されて、懐かしい味だった。

「っ……これ、お母さんと同じ味?」

「ふふ、おばさんに作り方をずっと前に教えてもらっていてね。君が好物だから作ったんだ」

「アルが作ってくれたの?」

「そう、どうかな?」

「凄く美味しい。ありがとう、アル」

 嬉しくて私は思わず彼の手を握って微笑んでしまう。

「よ、喜んでくれているなら嬉しいよ」

 視線を逸らして呟きながら、アルは自分のシチューを食べ始めていく。
 よく見ると耳まで赤くなっている? シチューが熱かったのだろうか。
 
 私のお腹も満腹になる頃に、アルは立ち上がった。

「ごめんねリディ、僕は執務が残っていて……部屋でゆっくりしていて」

「執務?」

「あぁ、うん。父が今は他国へ視察に行っていてね……帰ってきたのだから、不在の間は変わりに仕事をしろって丸投げだよ」

 少し困ったような表情を見せたアルは乾いた笑いを上げながら、執務室へ向かった。
 私も言われた通りに用意されていた部屋へと戻り、寝台に座って窓から外を眺める。

 庭には良く手入れされた花畑が広がっており、蝶が舞っている。
 たまに鳥が数羽やってきては、心地よいさえずりのメロディーを奏でた後に飛び去っていく。
 ゆっくりと流れる時間、外を眺めてぼうっとするのは心地よかった。
 
 今まで、勉強と課題……時間に追われていてばかりだったから。

『課題をやっておいてくれないか?』
『あの都合の良い女、土いじっててさ汚い』
『せっかくなら、卒業までは使いたかったな~』

「っ!?」

 駄目だ、思い出したくもないのに……。
 立ち上がり、アルのいる執務室へと向かい、扉を開く。

「? どうしたの、リディ」

「ごめんね、アル。なにか私にも出来ることはない?」

 ジッとしていると、嫌な事を思い出すのだ。
 助けを求めるようにアルに問いかけてしまう、困惑するのは当然だ。

「ちょっと待ってね……どうしようか、何か……」

「ごめん、今は無心に頭を動かしていたくて」

「そうか……いや、気持ちは少し分かるよ」

 私の分の作業を探してくれているアルの執務机近くの棚を見る。
 幾つかの数字の羅列が描かれた紙に目が留まった。

「アル、これは?」

「あぁ、それは……父の苦手なものだ。年度内の税をまとめるための資料で領民から集めた税金を合算して王国へ納めるんだ。僕にさせるために置いていたんだね」

 バラバラと置いている紙はかなりの枚数であり、それを見たアルは乾いた笑いと共に大きなため息を吐いた。
 
「見るだけで気が滅入るよ。期限もかなり近いし、徹夜確定だ……」

「待って、見せてアル」

 私は紙を手に取り、数字に目を通す。
 そして導き出した数字を置かれていた筆で書き示す。

「できた」

「え? 出来たって……その大量の数字をもう計算したの?」

「うん。昔から数字関連も得意で、お母さんがお金の勘定を厳しく教えてくれたおかげかも」

 アルは私の答えを確かめるように式を書き、答えを求めた。
 少しの時間をかけたあと、「合ってる」と呟く。


 学園で課題を早く終わらせるために身に着けた暗算が、ここで役に立つなんて。
 とはいえ、誰にも褒められた事なんてないけど……。
 そう思っていると、彼は私の肩を急に掴んだ。

「っ!? ア、アル?」

「凄い! 凄いよリディ!」

 え……。
 喜びんで、屈託のない笑顔を浮かべる彼に驚いてしまう。

「さらっと凄い事をするなぁ、リディは! もっと誇ってもいいんだよ? これ見ただけでうちの父が雇いたいと言うよ!」

 今まで、誰かにこんなに褒められた事なんてなかった。
 学園で成績を残そうと、「平民が目立つな」と釘を刺されるだけだった。
 だからこそ、アルの子供のように昔と変わらない褒め言葉が嬉しくて……心が躍る。

「アル、この仕事を私に任せてくれないかな?」

「それは、ほんっとうに百人力だよ!」
 
 アル。
 貴方の言葉は裏表もなく優しくて、幼い頃に戻ったようで……。
 その明るい言葉の数々に、私は昔を思い出すように笑ってしまうのだ。

「ふふ、アル……言い過ぎ」

 ありがとう。
 









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皆様、読んで頂きありがとうございます。
さらにエールまで送って頂き、とても嬉しいです。

今作は5万字程の短編となっておりますので、最後まで読んでいただけますと幸いです。
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