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3話

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 懐かしい畑の匂い、私が住む村は田舎だったけどのどかで優しい人ばかりだった。
 みんな笑顔で、誰かが困れば助けるような人達ばかり。
 子供の頃はやんちゃな子達から、臆病な子を助けてあげたりした事もあった……今の私からは考えられない。

『リディ! あそぼう!』

『うん、行こう! アル!』

 ふと、思い出すのは臆病な子のアルだ。
 黒髪で目元まで前髪を伸ばした彼は私と良く遊んでいた。
 でも、アルは突然居なくなった。親の都合だと母に言われて悲しかった思い出がある。
 さよならも言ってくれなかった事が悲しくて、いつしか彼の事を忘れて生きていたのに、今更思い出す。
 昔は、私がアルを助けていた事が信じられない。

「…………」

 懐かしい村で、誰かに会う事に罪悪感を感じて隠れて家に向かう。
 学園の特待生として招待された私を村の皆が送り出してくれたからこそ。
 情けない姿を見せてしまうのが、怖かった。

 胸を張って帰ってきたかったのに、今の私はコソコソと泥棒のように自分の家へと向かう。
 家の近くに来ると、見えたのは母の姿だった。

「お……母さん……」

 私と同じ茶色の髪でよく分かった。
 幼い頃に父が病死してから、女手一つで私を育ててくれたお母さんは、家の近くで農作業をしていた。
 姿を見て思わず涙が零れ落ちてしまう。

 その手は土にまみれて、かつては村一番の美人だともてはやされた母の顔には深い苦労のシワが刻まれている。
 服も私が出た頃と変わらぬ古着のままなのは、私のためのお金を少しでも増やすためだ。
 いつだって、お母さんは私のために……。

「マリアさん、今日も頑張ってるわね」

 母に声をかけたのは隣人だった。

「リディアが学園で頑張っているんだもの、少しは仕送りでもしてあげて楽しんでもらいたいのよ」

「リディアちゃん、特待生で学費は免除だったんでしょう? そんなに働かなくても」

「制服や教材、色々と費用はかかって……借りたお金を返しつつ、残ったお金を送ってるの」

「そんな、マリアさんは大丈夫なの?」

「私はいいんです。あの子が私の元へ生まれてきてくれたその日から、あの子だけが私の幸せですから。楽しんで学園生活を送ってくれているならいいんだけどね」

 ごめんなさい……。
 ごめんなさい、お母さん。

 私、貴方に胸を張って帰りたかったのに、今は学園を辞めたいと言いに来ている。
 情けなくて、申し訳なくて……消えてしまいたい。
 罪悪感と惨めが私を襲って、どうすればいいのか分からない。

 お母さんに会うなんて、出来ない。
 きっと「辞めてもいい」とお母さんは言ってくれるだろうけど、今まで苦労をかけてきたお母さんにその言葉を言わせるなんて出来ない。

 物陰で、どうしていいか分からずにただ涙をこぼしてしまう。
 すると、母の元へと一人の青年が歩み寄って来ていた。

「こんにちは、マリア……さんですよね?」

「あら? 貴方は?」

「できれば、家の中でお話をさせてください」

 身なりは見るからに裕福で、綺麗な顔立ちの青年が母の手を支えながら歩き出す。
 貴族らしきその青年を見て学園の関係者が私を連れ戻しに来たのだと察した。

 どうしよう、私が学園から抜け出したことを報告しに来たのかもしれない。
 そう思っていた時、物陰から覗く私と青年の眼が合った。
 

 見つかってしまった。
 思わず逃げ出してしまう、母に会う事も出来ぬどころか……学園に連れ戻されると思ったからだ。

「…………っ!!」

 何か聞こえるが、ただ必死に走って逃げる。
 あの学園にだけは戻りたくなかった、私の心を踏みにじって傷つけるあの場所にだけは。

「はぁ……はぁ……」

 いつしかたどり着いたのは、村のはずれにある崖。
 切り立った崖の上の位置となるこの場所は、村の誰も近づかない危険な場所だと教えられてきた。
 ここなら、誰も居ないだろうと逃げ出したが正解だった。

「良かった、逃げ切れたんだ」

 学園にだけは連れ戻されたくない。
 でも……お母さんに真実を告げて学園を辞めるとも言えない。

 どうしよう……答えのない、迷いに思考をぐるぐると駆け巡らしていた時。

「っ!?」

 身体に力が入らずにふらついてしまう。
 学園から抜け出して、この村までほとんど寝ずにやって来て体力も限界だった。
 それに加えて、さっきの全力疾走で身体に力も入らない。

 意識も……遠くなっていく。
 せめて、この崖から離れないと……。

「…………」

 駄目だ。
 駄目なのに、ふと崖下を見て思ってしまった。

 いっそ、このまま落ちてしまえば…………。









 楽になれると。








「ごめんね、お母さん……駄目な娘で」


 ふらつく身体で、私は崖へと抵抗せずに倒れてしまう。
 楽になれると思ってしまったのだ。これで、何も考えずに済むと。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 お母さん。






 
 

 











っ!!!!」

 意識を手放す瞬間、声が聞こえた。
 こんな時に、昔に会った臆病な子に呼ばれた名で呼ばれるなんて。





 走馬灯かと思った瞬間に、私は意識を手放した。



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