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2話

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 彼は学級を代表する委員長に志願して、無事に委員長となった。
「リディアとの結婚を報告する時に箔がつくから」と言っていたけど、書類仕事は全て私に回して彼自身はなにもしていない。
 それでも、あと少しの我慢……きっとそうだ。
 
 彼が押しつけた書類仕事のせいで、今日はすっかり遅い時間に帰る事になってしまった。

「すっかり、遅くなっちゃった」

 私は学園で寮生活をしており、遅い下校となっても支障はない。
 だけど、薄暗い校舎の中は少し怖い。

「早く帰ろう」

 そう思い、足早に歩いていた時だった。

「本当に馬鹿だよ、あの女」

 っ……グレアルフの声?
 聞こえた言葉と声に胸がざわつき、足を止めると多数の笑い声が聞こえる。
 声の元となる空き教室へと行くと、会話が良く聞こえてきた。

「いじめさせたのが、まさか俺だとは思ってないよな」

「本当に、いい事思いつくわね。私達にいじめさせてリディアを利用するなんて」

「だけど、これで都合の良い女になってくれたから助かったよ。皆の分の課題もやらせようか?」

「さんせーい! この気高い学園に薄汚い平民がやって来たのだからそれぐらいはするのが義務よね」

 胸が……胸が締め付けられる。
 会話を聞けば聞くほど、信じられなくて……そっと空き教室の扉を少し開く。
 ウソであって欲しいと願って開けた扉の隙間からは、見たくない現実が映し出された。

「あの平民、暇さえあれば土いじっててさ。聞けば研究レポートのためだとか言ってて、笑いそうだったよ。土いじりなんて貧乏人がやる事だよ」

「私も見たわ。学園で飼ってる家畜の所にひんぱんに行っていて、何やってるのか知らないけど汚くて最悪。きっと食べるものも無くて糞でも食べてたのよ」

「ありえるな! あの貧乏女なら」

 地面が崩れていくような感覚だった、頭を何度も打ち付けらたように痛んでいく。
 いじめから私を救ってくれた優しい彼の口から漏れ出るのは私を傷つける言葉ばかりだ。
 信じられない、信じたくない。

「まぁ、あいつには感謝して欲しいよな。平民のくせに俺と恋人だと思わせてあげてるんだから」

「っ!!」

 思わず、空き教室の扉を開いてしまった。
 一斉に中にいた数人の生徒達の視線が私を射貫く、グレアルフも同様だ。

 せめて……せめて申し訳なさそうな表情を浮かべて欲しいと思ったのに。
 彼はヘラっと唇を歪ませて笑った。

「あぁ~聞かれたか、残念。もう恋人ごっこは終わりだな」

「グレアルフ……どういう事、説明して……ウソだよね?」

「聞いただろう? お前のいじめを焚き付けたのは俺、そして助けるふりして利用してたんだよ。もうそれも終わったけどな」

 ウソだ、ウソだ、ウソだ。
 胸が痛んで、涙が零れ落ちていくのを見て、周囲の生徒達がバカにするように笑う。

「うわ、本気で信じてたんだ。貴族階級と恋人になれているなんてね」
「とっくにグレアルフには恋人がいるのにな」

「っ!? どういう事?」

 私が尋ねると、一人の女生徒がグレアルフと腕を絡めた。
 彼女はナタリー・ローレシア、私をいじめていた主犯格だった人だ。

「残念、私でーす。今まで私とグレアルフの分の課題をやってくれてて助かったわ。もう用済みだけど」

「せっかくなら卒業までは使いたかったな~」

 彼の言葉で分かってしまった。
 あぁ、本気で私は大馬鹿だったんだ。
 彼はずっと、私を都合の良い女……いや、道具にしか思っていなかった。

「まぁ、今まで俺と恋人だと思って生きていた分、幸せだっただろ?」
「これからは前みたいにいじめてあげるわ。嫌だったら今まで通りに都合の良い女として生きなさいよ」

 そう言いながら、彼はナタリー達と腕を組みながら空き教室から出ていく。
 ゲラゲラと笑う声が聞こえる中で、私は何も考えられなくてただずっと泣いてしまった。
 すっかり暗くなって沈黙に包まれた教室の中で、私の嗚咽する声だけが響く。

 馬鹿だ、私は大馬鹿だ。
 どうして、信じてしまったの?
 
 そんな自己嫌悪と、抱いていた恋心が粉々に砕かれた事で思考がぐるぐるとめぐる。
 吐き気と頭痛、悲しくて動けない。
 だけど、どれだけ悲しんでも時間は止まってはくれない。

 次の日から、地獄のような日々がまた始まった。


   ◇◇◇

「洗ってあげるわよ」

「っ 止めて!」
 
 人気のない通路で私は何人かに羽交い締めされながら、制服に泥水をかけられる。
 お母さんが必死に働いてくれて買ってくれた制服は、茶色に染まっていく。
 
「ほら、買い直してもらいなさいよ? できないか~平民には高すぎるものね」

 笑って去っていくナタリーは傍で見ていたグレアルフに抱きつく。
 彼もニヤニヤと、私を見下した。

「これから、俺たちの言う通りにするなら止めてやってもいいぞ?」

「…………」

「返事しろよ!」

 頬を叩かれ、痛みで声も出せない……怖くて身体が震える。
 ふと、通路を学園の講師が歩くのが見えた。
 助けを求めるように視線を送ったが、目が合っても講師は視線を逸らして見ないふりをする。

「この学園は貴族階級に支えられて成り立っているからな、助けてくれると思うなよ?」
「みんな、平民ごときで責任をとりたくないからな」

 そう言って笑い、グレアルフは私の頭に残った泥水をかけて去っていく。
 制服は汚れ、泥水を頭からぽたぽたと落とす私はもう何も考えられなかった。

 そんな日々を幾日も過ごす内に、私はもう耐えられなくなっていた。
 何も考えられずに、気付けば私は学園を抜け出してとある場所へ向かう。
 たった一人の母の元へ。
 必死で働いて私を学園に行かせてくれた、母に……学園を辞めたいと伝えに。

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