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きらびやかな装飾に彩られた広間。いつもなら自己の富を見せつけるための自慢話が飛び交う場だが、今日だけは誰も話さずにとある一点を見つめている。
私も同じくだ。
傷口を押さえる青年の隣に立つ、プラチナブロンドの髪をなびかせて純白のドレスに身を包んだ令嬢、マディソン。彼女にこの場全ての視線が注がれている。
何を隠そう、マディソンは私の妹だ。傍らには父も一緒に立っている。
周囲が固唾を呑んで見守る中、彼女は祈りを込めるように目を閉じて、細かな装飾の入った小瓶を抱きしめる。
そしてしばらくの沈黙の後、マディソンは目を開くと青年の傷口に液体をかけた。
その瞬間、先程まで血が滴っていた傷口が瞬く間に消えてしまった。
周囲の貴族達から割れんばかりの拍手と賛辞の言葉が彼女に降り注ぐ。
マディソンは隅で立ち尽くしていた私にわざわざ視線を合わせてから……この上なく美しい笑みを浮かべた。それが嘲笑にしか見えなかったのは私の気のせいではないだろう。
私の妹は特別だ。
無口で表情を上手く出せない私と違い、いつも愛想がよくて大人達から愛されている。
何より彼女は私にはない力、人を癒す力をその身に宿している。
その力は祈りによって怪我や病気を治すだけでなく、ただの水に祈りを込めることで万病を治す奇跡の秘薬、ポーションを生み出せるのだ。
マディソンのような力を持つ者は『聖女』と呼ばれている。世界に数人しかいない稀有な存在で、まさに神からの贈り物のような力を持っていると大人が彼女を褒め称える一方で、私はまるで存在すらしないように扱われてきた。
大人たちは、愛嬌がなく笑顔を浮かべることも、泣くこともない私のことを『人形』と呼ぶ。
マディソンは特別で、私よりもたくさんの人に愛されている。
反対に私には力もなく、感情すら上手く出せない。だから周囲が私を虐げるのも仕方ない。
――そう思っていた。
第一章 愛された聖女と虐げられた人形
朝起きてすぐ一階に降りようとして、会いたくない顔に出会ってしまう。
やってしまった、マディソンが今日は早起きみたいだ。
「あら? リーシャお姉様、今日も相変わらず辛気臭くて気持ち悪いですね」
黙って階段前の廊下の端に寄って頭を下げると、マディソンはクスクスと笑って私に歩み寄った。
父に似たプラチナブロンドの髪が、窓から差し込む朝日に照らされてキラキラと輝いている。
蒼の瞳は彼女の美貌をさらに際立たせている。しかし次の瞬間、マディソンはその美しい顔を醜悪に歪めた。
「はぁ……朝から気分が悪い。聖女である妹をもう少し大切にしてくれない? お姉様の顔を見ているとイライラするから見えない所にいてよ」
「ごめんなさい……」
「相変わらず無表情で何を考えているのか分からないわね、髪色も気味悪いし」
次々と飛んでくる棘のある言葉に俯くことしかできない。
マディソンは私を嫌っている。
髪も、きっと十年前に亡くなったお母様と同じ髪色であることが気に食わないのだろう。
私の髪が一部色を失っていることも嫌悪に拍車をかけているようだ。
それでも昔は、普通の姉妹として私たちは生きてきたはずだった。貴族らしからぬお母様と一緒に外で遊ぶこともあったし、抱きしめ合うこともあった。
でも、お母様が亡くなってからしばらくして、マディソンは汚物を扱うように私を忌み嫌うようになった。どうしてなのかは分からない。初めは抵抗して、元の姉妹に戻れないかと頑張ったけれど無理だった。今は諦めてしまって、そのままの日々が続いている。
嵐が過ぎ去るのを待つように頭を下げ続けていると、「あら?」と妙に弾む声が上がる。
嫌な予感に顔を上げると、マディソンはにんまりと口元を歪めていた。
「――その髪留め綺麗ね?」
「っ⁉」
慌てて髪につけていた髪留めを手で隠す。
やってしまった。
見つからないように寝る前にしかつけていなかったのに、今日に限って外すのを忘れてしまった。
私が慌てるのを見て、マディソンはさらに表情を醜い笑みに変えて私に詰め寄ってくる。
「それ、ちょうだいよ」
「だ、だめ……」
これだけは渡したくない。
これは亡くなってしまったお母様が私にくれた髪留めで、真ん中に配置された翡翠が私の瞳に似ていると言ってくれた大切なものだから。
久しぶりに彼女の要求を断った。
しかしそれがよくなかったようだ。
マディソンは怒りに目をぎらつかせると髪留めに向かって手を伸ばす。
「生意気よ‼ 口応えなんてしていいと思ってるの?」
「っ、いたい……っ!」
髪を強く引っ張られると、痛みについ手が緩んで髪留めを取られてしまう。
必死に手を伸ばすけど、その手は届かなかった。
「やめて……、返して‼ お願い‼」
叫んでもマディソンは聞く耳さえ持たず、笑いながら私を階段へ突き飛ばした。
「生意気なお姉様なんていらないわよ!」
私の足は一歩、二歩とよろけて、何もない空間を踏んだ。急に体が浮いて、無様に手を空に伸ばすけれど手を取ってくれる人間なんて誰もいない。
「あっ……」
あまりに突然なことに、反応する前に身体が転がり落ちていく。
ついで身体中に衝撃が走り、ひい、ひい、と荒い息が喉から漏れる。私の身体が当たったせいか、階段横の棚からいくつかの重みが上から降り注いで、さらに身を縮める。
「あら? 死んでない? つまんないの」
そんな私を横目にマディソンは髪留めを自分の髪に取り付けると、にこやかな笑みを浮かべて去っていった。その背中を見つめるも、身体が痛すぎて声すら出せない。
そのままじっとしていると、別の足音が鼓膜を揺らした。
「リーシャ」
「お父様……」
顔を上げると父――ライオスがいた。
ライオスは痛がる私の顔を覗き込むと「はぁ……」とため息をつく。
「朝から散らかすな、片付けておけ」
「はい……」
何も期待などしていなかったけれど、この惨状を見て出てきた言葉がそれだけということに、重かった身体がさらに重く感じる。なんとか両手を支えに身体を起こすと、ライオスは汚らわしいものでも見るように私を一瞥してから階段を上がり、マディソンを抱きかかえて下りてきた。
「もう、お父様ったら」
「聖女であるお前を歩かせるわけにはいかないだろう?」
そんな幸せそうな声を聞きながら、私は痛みに耐えて立ち上がった。
父は私を愛していない。
クランリッヒ伯爵家には貴族として目立った功績は何もない。先祖から領地を引き継ぎ、貴族という立場を持っているだけだ。そんな家系に降って湧いた『聖女』なんて存在を父が大切にしない訳がない。
元から私へあまり興味を見せなかった父だけど、お母様の死後に聖女として目覚めたマディソンへ注ぐ愛の代償に、私への愛は完全に消え去っていた。
私は十年の長い月日を愛情とは無縁の生活を送り、いつしか感情を上手く表現できなくなった。じんじんと痛む後頭部に手を当てると、痛みと共に手に血が付いた。そんな状態ですら泣くこともできない『人形』だ。
亡きお母様だけが私を愛してくれていたからこそ、あの髪留めだけは手放したくなかった。
「なんで……忘れるのよ、私」
いつもなら髪留めは自室の中だけで身につけていたのに、私の馬鹿……なんで今日に限って外すのを忘れたの?
後悔してももう遅い。今までマディソンに取られた物が返ってきたことはない。
深くため息をついてから、ぐっと体に力を入れる。それでも気分が最悪にはならなかったのは、とある理由があるからだ。
私は体を反転させると、階段を上って自室へと戻る。
そして自室の寝台の下から、緑色にきらめく液体が入った瓶を取り出した。
瓶の栓を抜いて中身を一気に飲み干す。すると先程まで感じていた痛みや身体にできたアザ、後頭部の痛みがみるみるうちに消えていく。
「完成していてよかった」
そう、これはマディソンもライオスも知らない秘密。
――お母様と、私が完成させたポーションだ。
痛みが引いて、ほうっと体の力が抜けると同時に自室の窓から空を見つめた。雲一つない空の何処にも求める姿がないことにため息をつく。
お母様は、私が幼い時によく『困った時は、銀龍さんに会いに行きなさい。あなたを助けてくれるから』と言っていた。龍なんて存在は母からしか聞いたことがないし、この世にいるとは到底思えない。もしいたとしても私なんかを助けてくれるはずがない。
それでも、亡きお母様を思い出し、いまだに空を見る癖が抜けていない。
そんな弱い自分が嫌になる。
「お母様……」
私のお母様は薬師として、様々な研究をしていた。中でも聖女しか生み出せないとされ、いかなる病や怪我をも治す秘薬――ポーションを、薬草の知識から作り出そうと考えていたのだ。
そして生み出したポーションを無償で提供し、誰も病や怪我に苦しむことのない世界を作ろうとしていた。そんな荒唐無稽な夢を母は本気で抱いていたのだ。
だけど、お母様は病で道半ばにして亡くなり、ポーションの研究を私に託した。
正直に言って、私は母の夢など叶うはずがないと思っている。
ポーションは王家さえ数える程しか所有しておらず、非常に高価だ。
薬学でポーションを作れたとなれば、製法を巡って争いや新たな貧富の差ができるだけだ。
それでも託された夢を繋ぐぐらいしか私には生きる理由がなかった。死ぬ勇気すらなかった私には、お母様の夢を追うことぐらいしかできなかったのだ。
幸か不幸か、傷のできやすい生活のおかげで実験もしやすく、お母様が亡くなってからの十年をかけて私はポーションを完成させた。
「苦労したけど……ここまで出来た」
完成しても達成感はなく、むしろ虚しい。
私は大した人間ではない。ただ縋るようにポーションの完成を目標にしていただけだ。
そして……完成してしまった今、私の生きる目標は潰えたと言ってもいい。
十年をかけて完成したこの薬が日の目を浴びることはないだろう。ただマディソンやライオスによる暴行の傷をひそかに癒すためだけに使われるなんて……気高いお母様が聞いたらなんて言うだろう。
でも、ポーションの存在をライオスとマディソンに知られて利用されるのはまっぴらだった。
だから、これでいい。このままずっと誰にも見つからないでいい。
私はこのまま、完成したポーションの製法と共に消えていくだけだ。
ぼうっとしていると「ニャー」と間の抜けた声が聞こえる。
窓際を見ると、唯一の友達である黒猫のクロが鳴いていた。慌てて窓を開けると、クロがぴょんと部屋の中に入ってくる。
「だめだよ、部屋まで来たら」
そう言いながらも、ふわふわの頭を擦り寄せられるとつい微笑んでしまう。
「ナーン」
「もう……」
クロの頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくれた。
この子とは屋敷の庭で出会った。こっそりと裏庭に薬草の畑を作っている時に、フラフラとやって来たのだ。それから食事を分けてあげるうちにいつしか私の元へ来るようになった。
マディソン達に見つかればどうなるか分からないから追い払った時もあったが、いつも戻ってきてしまう。出会った日から私と付かず離れずの距離を保っている不思議な猫だ。
今だって、大丈夫? と言わんばかりにクロは私の手に触れている。
「今日も痛かったけど、ポーションが完成したから大丈夫だったよ」
「ニャー?」
「うん、クロが怪我をしてもこの薬で治してあげるね」
「ニャン」
まるで言葉が分かっているような様子に、またわずかに胸が温かくなる。クロは賢くていい子だ。
その時だ。
「お姉様‼ お姉様‼」
階下からマディソンの声が聞こえた。
私は慌ててポーションの瓶を隠し、クロへ視線を向ける。
しかし、いつもならすぐ身を隠してくれるクロは「ニャーン」と鳴いてその場を動かなかった。
「だめ! クロ、隠れて!」
叫びも虚しく、ガチャリと扉が開いてマディソンが入ってくる。
「お姉様? 今日は大切なお客様がいらっしゃるの。早く階段下を掃除してくださらな――」
マディソンの目が見開かれる。それから彼女はクロを見つめて卑しい笑みを浮かべた。
「これ、今日からマディソンのものね? お姉様」
「クロは物なんかじゃ……!」
思わず庇うようにクロの前に出ると、パシン! と軽い音が響いた。じんじんとした痛みが遅れてやってくる。
「うるさい‼ 口答えしないでよね‼ クロ? 変な名前……この猫は今から私の‼」
マディソンは私を押しのけてクロへ手を伸ばすと、強引に足を掴み、嫌がるクロを抱き寄せる。
当然クロは爪を立てて引っかき、マディソンの腕に赤い筋を作った。
腕から血が流れたと同時に、マディソンの顔が怒りで歪む。
「こ、このクソ猫‼」
「やめて!」
振り払われた拍子にクロが窓から落ちる。
――慌てて手を伸ばすが届かない。叫ぶ私にマディソンは歪んだ笑みを浮かべ、馬鹿にするような視線を向けた。
「お姉様が悪いのよ。躾ができてないからでしょう?」
「あ……あぁぁぁ‼ クロ‼」
「大事なものをなくしても涙一つ浮かべないのね。ほんっと気持ち悪い!」
そう捨て台詞を吐いて、マディソンが去っていく。
私は走って庭先に落ちたクロの元へ向かった。
運悪く何処かにぶつけて着地が上手くできなかったのか、クロの身体からは血が流れている。ぐったりとしている鼻先に手を当てると、まだ辛うじて息をしているがあまりにもか細い。
「ごめん、ごめんね……クロ……」
「……ニィ」
答えてくれようとするクロを謝りながら抱き上げる。
胸の中ではぐるぐるとマディソンへの怒りと、自分への不甲斐なさとが暴れまわっているのに、涙一つすら出てこない。やっぱり私はいつからか人形のようになってしまったのだ。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。
早く、部屋に戻ってポーションを……!
そう思って顔を上げた時だった。
「どうかしたのか?」
そこにいたのは背の高い男性だった。整った顔立ちに私と同じ翡翠の瞳、ネイビーブルーの髪色。
この屋敷では見たことがない男性だったが、素性を聞いている余裕なんてない。
頭を下げてその場を去ろうとすると、彼は私が抱いているクロへと視線を注いだ。
「大きな音が聞こえたが、この子は……」
「っ、すみません……!」
大事なお客様が来るとマディソンが言っていたことがふと頭をよぎる。地位が高い方かもしれない男性の相手をせずに立ち去っていいか分からなかったが、とにもかくにも今は時間が惜しい。
振り払うように背を向けると、彼に肩を掴まれた。
「待て。せめて……これを」
振り向くと、彼は胸元からハンカチを取り出して、クロの痛々しい体を見えないように覆ってくれる。綺麗な刺繡がされており、見ただけで高価だと分かる品だ。
「すまない、出来ることはこれぐらいだ」
「ありがとうございます。充分です」
「本当に大丈夫か?」
「はい、申し訳ありません……大丈夫です」
男性の心配する声にクロを抱きながら頷く。
苦しそうに呼吸をしているクロを見ているだけでも辛い。
私はクロの傷口を押さえて再び彼に頭を下げた。
「この屋敷の玄関はあちらです、もしご用件があればそちらへ……」
「あ、あぁ……しかし」
「大丈夫です、失礼いたしました……!」
男性の視線を感じつつも屋敷の裏口へ回って自室へと駆け上がる。
幸い、マディソンからの邪魔は入らなかった。
髪を後ろでくくり、寝台の下に隠していたポーションを取り出す。
「クロ。……絶対に助けるからね」
「ニ……ニ……」
呼びかけると、クロはわずかに鳴き声を上げ、苦しそうにもがきながらも立ち上がった。
「ニャー……」
目も開かなくなる程に傷ついているのに、クロは大丈夫だと伝えるように小さく鳴き、私の頬をチロリと舐めた。ただ……まだ血は止まっていない。
――クロが怪我してもこの薬で治してあげる。
自分の言った言葉を思い出す。この子が諦めていないのなら、私が諦めるわけにはいかない。
ポーションは人間用で濃度も高い。いきなりクロに使うのは身体にどんな影響があるか分からない。
希釈しよう。水で薄めて少しずつ様子を見るしかない。
そう決めて、木のコップに注いだポーションに机に置かれた水差しから水を混ぜ、薄めてから、ゆっくりとクロの口元へ運ぶ。
「お願い……苦いけど飲んで」
指先で口を開けて、匙で掬ったポーションをゆっくり流していく。
するとごくりとクロが飲み込む音が聞こえた。同時にきらきらと光がクロの毛並みに走る。怪我の様子を見ると、わずかにだが治っている。もう少し濃くても問題なさそうだ。
少しずつポーションの濃度を高めて飲ませていく。
「ごめん、辛いよね……もう少しだけ我慢して」
数回に分けて飲んでもらったところで傷口は塞がったようだ。苦しそうな呼吸が、だんだんと落ち着いたものになり、クロの金色の瞳がちかちかと瞬く。
「ナーン!」
「よ……よかった……!」
元気な声で鳴いた姿を見て、ほっと胸を撫でおろした。
動物にも効果はあると思っていたけど、まさかここまでとは。
「ゴロロ」
喉を鳴らして擦り寄るクロの頭を撫でる。容態も問題なさそうだ。
「よかったぁ……心配したよ」
「ニャ~~ン」
とりあえず、最悪の展開は免れた。
辛い思いをさせてしまったクロのためにも何かご飯を用意してあげよう。
「待っていてね、ご飯を持ってくるから」
クロの頭を撫でてから部屋を出て、階段を下りていくと何やら玄関から声がする。
慌てて廊下の隅で息を潜めると、ライオスとマディソンが誰かを迎えているようだった。
「ようこそおいでくださいました、リオネス辺境伯様‼」
「辺境伯様が来てくださるなんて嬉しいですわ!」
その言葉が気になり、そっと壁から顔を覗かせる。
やはりと言うべきか、二人が頭を下げていたのは先程の男性だった。
改めて見ても大きな男性だ。隣に立ったら私の頭が彼の胸に届くか分からないほど高い背に、鋭く引き締まった顔立ちと新緑の瞳。服装も私たちの住む領地では見られない上質な生地を用いていて、かなり高位な方だと分かる。
マディソンはそんな彼を見て、明らかにうっとりとしていた。
しかし、マディソンたちを見つめる男性の視線は冷たい。彼は二人の歓待を避けるようにすっと身をかわすと、丁寧に胸に手を当てて騎士の礼をした。
「ライオス伯爵……本日は無理を言ってすまない」
「いえいえ、まさかリオネス辺境伯様が我が娘に興味があるなんて!」
「あぁ……聖女と呼ばれている者に会ってみたくてね」
マディソンはその言葉に目を輝かせてカーテシーをした。
「初めましてシュラウド様……私はこの国から聖女の称号をいただいたマディソンと申します」
「――君が?」
「そうです‼ マディソンは聖女として人々を癒し、ポーションで怪我を治せるのです‼」
自慢げに胸を張る二人に、リオネス辺境伯はまるで猛禽類のような鋭い視線を向けた。
その視線にマディソンは自分に気があると思ったのか、頬を赤く染めて彼を見つめたが、リオネス辺境伯はすうっと目を細めて呟いた。
「その腕の傷は?」
マディソンの視線が自らの腕に行く。自慢のレースの下に覗いていたのは痛々しい赤い筋――さっき、クロに引っかかれた傷だ。
マディソンはそれを慌てて隠すと、笑みを取り繕った。
「こ、これは性悪な猫がいましたので……安心してください、しっかりと躾けておきましたから」
「猫……」
「そんなことはどうでもいいではありませんか! シュラウド様、本題に移ってくださいませ」
「と、言うと?」
「分かっていますわ……私をお嫁に迎えに来てくださったのでしょう?」
マディソンの言葉にリオネス辺境伯は一瞬呆気に取られたような表情になってから、彼女を冷たく見下ろした。見るだけでゾッとするほど冷徹な視線なのに、視線を向けられた本人は気付いていないようで、頬を赤くしたままもじもじと恥じらった仕草を見せている。
リオネス辺境伯はため息をつくと首を振った。
「いや、そんなつもりはない……それよりも確認しておかねばならぬことが出来たようだ」
そう言うが早いか、彼は絡みつくマディソンを引きはがしたかと思うと、腰に差していた短剣で、そのまま自身の手のひらを貫いた。
「きゃああああ‼」
「な、何をしておられるのですか⁉」
慌てて叫ぶマディソンとライオスに、リオネス辺境伯は全く痛みを感じさせない様子で再び深いため息をつくと、低く叫んだ。
「怪我人が目の前にいるのだ、叫ぶ前に行動せよ‼ 聖女よ、怪我人を相手にするならば動揺している場合ではないだろう‼」
「ひ⁉」
そう言って、リオネス辺境伯は声一つ上げずに手のひらから短剣を抜き去った。ボタボタと流れ落ちる血が木材でできた床を湿らせていく。
――あの出血量はまずい。
すぐにでも出ていって、彼の手にポーションを振りかけたい。
でも彼が試しているのはマディソンだ。ここで出しゃばったら後で何をされるか分からない。そんな恐怖が私の身を硬直させる。
応援ありがとうございます!
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