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25話

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「忘れたというのか!! お前……俺の名を!?」

「いや、だから誰ですか。川崎って……」

「な……な……」

 デミトロが私と同じく、前世の記憶を持っている事に驚きはしたけど……川崎という名に全くもって覚えがない。
 なにを言っているの、この人は……
 そもそも私が人生を壊した? 前世でそんな事を誰かにした覚えはない。

「レティシア……なにを話している?」

「すみません、ジェラルド様。ここからの話はあまり気にしないでください。昔読んだ本の内容です」

 当然ながら、前世の記憶について知らないジェラルド様は困惑した表情を浮かべていた。
 話が乱雑になるのを恐れ、私は気にしないようにとウソを告げる。

 が……デミトロはそんな私の気苦労も知らずに叫び続けた。

「忘れているというのか!? 俺が……俺がどれだけ苦労したのかも知らずに!」

「仮に会っていたとして、覚えてないのだから印象にも残ってない人なのでしょう?」

「な……こ、この……」

「せめて、私と関わりのあった記憶を言ってくださいよ」

 私もせめて思い出そうと頑張ってあげているのに。
 デミトロは悔しそうに顔を歪め、屈辱だというように拳を握って叫ぶ。

「俺を思い出せないというのか! お前の上司であり……俺を追い込んだ貴様が!」

「上司……追い込んだ……? ………………あぁ、なるほど」

 若干、思い出してきた。
 彼の言葉通りなら、あの嫌がらせしてきた上司だろうか?
 前世では名前さえ意識せずに接していたから、川崎なんて言われても分からなかった。

「少し……思い出してきました。完全に名前を忘れてました」

「な……な。俺を一度は振っておきながら……名前を忘れただと!?」

「振られた事で恨みを抱くってなんですか……中学生でもそんなおかしな事は考えないですよ?」 

「は、はぁ!?」

「気持ちを抱くのは勝手ですが。こっちにも考えや好みだってあります、ただの相違でしょう? 振った振られたなど、人が生きていく上では当たり前にある事です」

「ば、馬鹿にしていただろう!? 俺を振って、優越感を感じていたはずだ!」

 は?
 何を言っているんだ、この人は。
 私が彼を振って優越感を感じていた?
 そんなちっぽけな事で優越感を感じる程に、私は落ちぶれてはいない。
 
「私、言いましたよね。上司と部下のままでいたいと、それを続けようとしていたのを貴方が壊したはずです」

「っ……」

 悔しそうにしているけど、彼はあまりにもお門違いの恨みを抱いている。
 そういえば……前世でもこんな理由で会社でパワハラを受けていたな……

 ……

 あ、駄目だ。
 思い出して来れば、本郷美鈴だった私の激情がよみがえってくる。
 隣で困惑しきっているジェラルド様には話が長引いて申し訳ないが……前世の本郷美鈴がやりのこした事は、やり遂げておこう。
 
「お前が亡くなった後、俺の人生は悲惨だったんだ! 会社からは迫害され……社会からも爪弾きにされた!」

「……」

「ずっと、ずっとお前のせいで人生が悲惨だった。お前と出会ったせいだ。全ては……お前に恋心を抱いていしまった時から、俺は破滅の道を歩み始めた……」

 この人、自分で言っている事が分かっているのだろうか。
 恨みを抱く相手を、間違っていないか?

「お前が前世の記憶を思い出したように、俺だってお前に壊された人生を全て覚えている!」

「そう。前世を覚えているなら、ちょうど良かった」

「は?」

「どうでもいい話を聞いてあげたのだから、私の前世で……最後に願った夢も叶えてもらいますね。川崎さんっ!!」

「なにを…………おぶっ!!」

 レティシアとしてでなく、本郷美鈴として思い切り拳を振るう。

 前世で死ぬ間際、どうせなら上司を殴っておけばよかったという願望を叶えられた。 
 神様には感謝しよう。
 ……思いっきり殴ったおかげで、かなりスッキリできたのだから。
 
 今までレティシアとして殴ってきたが、本郷美鈴としても前世の怒りをぶつける事ができたのは有難い。

「貴方には少し感謝します。おかげで前世の悲願を叶えられましたよ」

「な……な……お、お前は俺の人生を前世も、今世も潰した事を知って……贖罪の気持ちはないのか?」

「黙りなさい、みっともない」

「っ!?」

 彼の話は最初っから最後まで……全て間違えている。
 真に恨むべき相手は、別にいるというのに

「デミトロ……いえ、川崎さん。貴方……恨む相手を間違ってますよ」 

「っ……!?」

「まず、私を恨むのは筋違いです。恋心を勝手に抱いて、見下されたと勝手に思い込んで私にパワハラをして……一般的な被害者はむしろ私です」

「ち、ちが……俺は」

「違わない。私が死んだ事が原因で社会から爪弾きにされた? それを招いたのは貴方自身でしょう?」

「っ……やめろ。やめろ……違う。違う……」

「やめません。結局……何も行動せず、筋違いの相手を恨む事で責任逃れをして……ずっと逃げ続けてきたのよね? そうすれば罪悪感もなくて楽でしょうから」

 放つ言葉一つ一つが、デミトロへと刺さるのだろう。
 彼は表情を歪ませ、私が投げかける事実を受け入れたくないように首を横に振る。
 だけど、私は言葉を止めない。

「恨む相手が間違ってます……真に恨むべきは……」

「やめろ! やめろ!」

「なにもせず人生を諦めた貴方自身でしょう?」

「ち、違う違う! お、お前だって……俺と同じ状況なら……きっと同じだったはずだっ!!!!」

「いえ。私はこのように……全て失っても、立ち上がって生きております」

「ぁ……」

「自分で立つことを放棄したのは貴方自身です。恨みを抱く相手を間違えて成長もしなかった貴方が、自分自身で人生を壊したの」

「……俺は……俺は……」

 認めたくない、聞きたくない。
 そんな責任逃れでまみれたデミトロは、事実に蓋をするように耳を塞ぎ。
 嘆きの叫び声を上げた。

「認めなさい。全部……貴方のせいですから」

「違う……違う……認めれば……俺は、生きている意味がないじゃないか……多くを不幸にして……俺のせいで、俺のせいで!」

「それが事実です。自分の罪に向き合いなさい」

「ぁ……あぁぁ……俺の……せい……」

 自分の罪を認め、罪悪感にでも襲われているのだろう。
 デミトロは頭を抱え、全てを後悔するように呻きだす。
 その気持ちに理解はできないが、絶望しているのは表情で分かった。


 もはや問答は必要ない。
 彼らはもう、捕えられて相応の処罰を受けるだけ。
 私の復讐は……これで終わりだ。


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