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24話

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「な……なんの要件だ。騎士団がいきなり屋敷に立ち入るなど、無礼ではないか」

 ドルモアは落ち着いた口調ながらも、視線は泳いでいる。
 さすがの彼も、私達がここまで強行手段にでると思っていなかったのだろう。
 そして……こちらは相手の懐を探るような話し合いをするつもりはない。

「ドルモアさん、貴方の犯した罪はこちらも分かっております。大人しく連行されてくださいね」

「なにを言っている小娘。由緒正しき公爵家を馬鹿するというのか?」

「……アレクとセドクは全てを証言しましたよ」

「っ……なっ……」

 彼らの家令であったセドクと、内通者であったアレクの名に、分かりやすい焦りを見せたドルモア。
 焦りからか、演技する余裕を失って酷く目線が泳いでいる。
 そんなドルモアへ、ジェラルド様が詰めよった。

「ドルモア……お前は俺の両親を殺害した……その罪を償ってもらう」

「二人の証言で罪に問うだと? そんなものは妄言だ! 物的証拠もない不確かな証言で……」

「その証拠なら、この部屋にたくさんありそうですけどね」

「っ!?」
 
 言葉を遮って私が指さしたのは、ちょうど証拠隠滅を図ろうとドルモアが持っていた書類の束。
 それを見つめて微笑めば、ドルモアはいきり立って私を睨んだ。

「口を挟むな小娘。部外者は黙っていろ」

「あれ? 図星ですか?」

「っ……」

 強行突破のおかげか、いまだ証拠の数々は書斎に残ったままだ。
 加えて、ドルモア自身にも冷静な思考になれる時間はなく。
 彼は話すたびに、余裕を失って目線が泳ぐ。

「小娘……貴様……」

「諦めてください。それとも抵抗しますか?」

「っ……小娘ごときが……次期皇帝となるべき私を愚弄するなぁあぁ!!!」

 叫んだドルモアは、最後の抵抗とばかりに書類の束を投げつける。
 怒りに任せて私を狙った振りをして、その実。
 飛散した書類、それらを目くらましに逃げ出そうというのだろう。

 だが……
 書類の隙間を縫うように、ジェラルド様の剣が逃げ出したドルモアの手を突き刺して、後方の本棚と共に貫いた。
 あっけなく、彼の最後の抵抗は無に帰した。

「あっぐうぅぅ!?!!?! いっ!?!!」

「俺の両親を殺した貴様を、逃すと思うか?」

「っ……貴様らはなにも分かっていない! お前たちは間違っている!!」

 もはや逃げる事はできない。……ドルモアは膝から崩れ落ちながら、貫かれた手の痛みで呻く。
 だが、その眼差しだけは未だ諦めておらず、私達を睨みつけていた。

「私が築いた全てが潰えるなど……あってはならない! この帝国のためにも!」

 なにやら騒ぐドルモアをよそに、私は落ちていた書類を集める。
 セドクの証言通り、落ちていた帳簿には様々金銭のルートが書かれていた。
 これならば充分にアレク達の証言を立証する証拠になり得るだろう。

 ……ベクスア公爵家は、これで終わりだ。
 後は騎士団が調査すれば、悪事は芋づる式に暴かれていく。
 それを悟りながらも、ドルモアはいまだに叫び続けていた。

「満足か? こうして私を捕えれば……未来の帝国は落ちぶれる事が確定するのだぞ!?」

「……」

「私の計画を邪魔すれば……この帝国は終わる。私が皇帝となり、この国をより栄えさせる未来が潰えるのだぞ?」

「貴方の計画など知りません……その本心を知ろうとも思わないわ」

 ドルモアへと詰め寄り、睨み付ける。
 彼の思考や、計画……野望なんて関係ない。私はただ……

「私は、人生をデミトロに奪われた。その復讐をしただけ」

「な……」

「貴方の計画など知らない。だけど……ジェラルド様の両親を殺して、貴族派閥を大きくするために悪事に手を染めた貴方が皇帝になる未来の方が、私は悲惨だと思いますけどね」

「貴様らはなにも分かっていない!!!! もし次代の皇帝が……この国が落ちぶれる事さえかまわぬ愚帝ならば……より多くの者が苦しむのだぞ!?」

 私はドルモアを見つめつつ、隣に立っていたジェラルド様へと肩を寄せる。

「その時は、私とジェラルド様で……全て止めてみせます。貴方達からも全て奪ってあげたようにね?」

「っ……な……」

「貴方には、自分より大きな存在に立ち向かう勇気が無かった。だから……こうして皇帝亡き後に悪事へ手を染めるしか無かったのでしょう?」

「違う! 違う! 私は本気でこの国を憂いて……」

 微笑みと共に言葉を返していれば、ドルモアは悔しそうに顔を歪めて、拳を床に打ち付けながら叫ぶ。

「お前など、お前など信頼できるはずがない!」

「……?」

「お前は……あの前皇帝の––」

「レティシアッ!!!!」

 突然、ドルモアの言葉を遮るようにデミトロが叫ぶ。 
 親子そろって往生際が悪い。
 デミトロはドルモアの前に立ち、私を睨んだ。

「お前は……また俺から全てを奪うというのか?」

「ねぇ、先に奪ったのはそちらでしょう? 責任転嫁しないで」

「先に奪っただと? 違う! 違う! 先に俺の人生を奪ったのは貴様だ!!」

「は? なにを……」

「今世だけでなく……お前は前世でも、俺から全てを奪ったのだぞ! !」

「っ!?!?」

 デミトロが、突然口走った私の前世の名前。

 どうして知っているの?
 なぜデミトロが?

 そんな疑問が思考を混乱させていくが、構わずにデミトロは言葉を続けていく。

「本郷美鈴、お前は……今世だけでなく、前世でも俺の人生を潰したのだ!! お前が退職した時、俺がどれだけ屈辱を受けたか……」

 デミトロが口走る内容。
 それは明らかに、私の前世を知ったうえでの言葉だった。

「レティシア、なにが……」

「デミトロ……?」

 疑問を浮かべているジェラルド様達であったが、デミトロは叫ぶを止めなかった。

「分からないか!? 俺は、前世でお前に追い詰められて。殺されたも同然の扱いをされたのだぞ?」

「何を言っているの……一体なんのことを」

「川崎……といえば、分かるよな?」

「っ!!」

 デミトロは名前を告げ、私を睨んで指さす。
 川崎……それって……



 
「当然……この名前が分かるよなぁ!? なにせ、俺の人生を潰し––」


「いや、誰?」




「……は?」

「知らないのですが……」

 川崎。
 なんだか似たような名前を知っている気がするけど。
 印象にも残っていない……誰だそれ。

「わ……忘れただと……お、お前……レティシアァァ!!!!」

 悔しそうに顔を歪めてデミトロは叫ぶが。
 恐らく、忘れるぐらいに影の薄い人だという事しか私には分からなかった。 
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