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20話

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 騒動から五日が経つ。
 セドクは牢獄に入り、かなり精神を病んでしまったようだ。とはいえもう外に出ることはないだろう。

 そしてジェラルド様の邸にはセドクとは違って。心から嬉しい来訪者が訪れた。

「レティシア様……ご無事でなによりです」

「みんな。来てくれてありがとう」

 元はデミトロに仕えていた使用人達、お世話になった侍女や衛兵達まで私の元へと来てくれたのだ。
 皆が私を見て、涙ぐみながら怪我の心配をしてくれる。その姿に私も目頭が熱くなった。

「レティシア様がベクスア家を去り、領民たちも心配しております。彼らも、きっと何かあれば協力してくれるはずですよ」

「領民たちが……? 私を?」

「ふふ、レティシア様は領民たちと農地管理で積極的に交流なさっておられましたから、貴方を慕っている者は数多くおりますよ」

 そうだったのかと、使用人達からの言葉を嬉しく思う。
 私が知らなかっただけで、過去に行ってきた事は決して無駄ではなく、今もなお私の力となってくれるのだろう。

「また貴方に仕えることを、嬉しく思います。なんなりとお申し付けください」

 使用人達は私に仕える事を喜んでくれているのか、皆がやる気で満ちていた。
 そんな中、申し訳ない事に早速の仕事を与える事となる。

「ごめんなさい……貴方たちは、暫く休みを取って欲しいの。もちろん……その間の給金は払うわ」

「え? よ、よろしいのですか?」

「えぇ、まだ少しだけ……ここは危険だから」

 首をかしげる使用人達に微笑みながら、私は足元にすり寄る白猫のハクちゃんを抱き上げる。
 この子も、今は安全な所に居た方がいいだろう。

「この子も、預かっておいてください」

「レティシア様……大丈夫なのですか?」

「えぇ……貴方たちには、またやってもらう事があります。だから今は、安全な所にいて」

 ハクちゃんが「ナーン」と鳴いて私の腕の中へ戻るとするが、断腸の想いで彼らへと任せる。
 そこへ、ジェラルド様が私を呼びにやってきた。

「レティシア、行こう」

「はい! みんな……きっとまた、共に過ごしましょう」

「……っ。どうか、ご無事で……レティシア様」
「ニャーン」

 使用人達の心配の視線や、ハクちゃんの呼び掛けるような鳴き声に微笑みつつ。
 私とジェラルド様は、騎士団へと向かった。



   ◇◇◇


 騎士団本部。
 前回の件もあり、私は特別に昼間も滞在する事が許可されている。
 保護、という名目ですでに……三日、ここで過ごしていた。

 だが、ずっと部屋にこもっている訳でなく、医務室で簡単な傷の治療などの対応を任せてもらっていた。
 もちろん、グレインは護衛として傍にいる。

「助かるよ。レティシアさん」

「いえ、お手伝いできて良かったです。ご無理はしないでくださいね」

 医務室には訓練で傷を負った騎士達が次々とやってくる。
 忙しくはあるが、暇はないのでこの時間は少し好きだ。

「そういえば、レティシアちゃんはジェラルド団長の使用人だったんだよな?」

 傷の手当をしていた騎士の一人が、私へと尋ねる。
 「はい」と頷けば、彼は窺がうように言葉を続けた。

「なにか、団長に言ったりしたの?」

「え?」

「い、いや。悪い事じゃなくて……なんだか最近、団長が明るくなったというか」

 言葉に言いよどんだ騎士は、周囲で治療を終えた騎士達にも視線を投げる。
 視線に答えるように、周りも同調するように頷く。

「前まで、無表情だったのに。この前なんて指で無理やり笑みを見せてたよ」

「そうそう、怖いイメージじか無かったけど。印象変わったな」

「なんだか、聞いてた噂通りの人じゃないんだろうな。親しみやすくなったというか」

 どうやら、以前に私が騎士達を安心させるために笑みを見せておくように言った事を……守っているのだろう。
 いまだに笑うのが難しいのか、指を使って微笑むようにしているのは、少し面白い。
 私が微笑みを漏らすと、隣にいたグレインも笑った。

「団長、お姉さんの様子もよく聞いてくるんですよ」

「そうなの?」

「はい! それに……よく、僕からお姉さんに渡してくれって、お菓子を持ってきたり」

 騎士団本部では、グレインがよく山のようなお菓子を持って来ていたが。
 まさか、ジェラルド様がこっそりと渡していたなんて……素直に持って来てくれてもいいのに、と可愛らしい彼に思わず笑ってしまう。

「団長が明るくなったのは、レティシアさんのおかげだな」

「いえ……彼の本来の良い所が、見えてきたんですよ」

 騎士達との談笑に花を咲かせていれば、騎士団本部で過ごす時間は少しも苦ではない。
 安全な場所で過ごす時間を大切にしていれば、時刻はすっかり夕刻となっていた。

「じゃあ、お姉さん! 僕は先に帰りますね!」

「ありがとう、グレイン」

 護衛の任を終えたグレインを見送り、私は一人で帰路へと着く。
 その道中、本部の廊下で副団長のアレク様とすれ違った。

「あれ、レティシア? あいつとは帰らないのか?」

「アレク様。ジェラルド様は少し執務が忙しいらしく、私は一足先に……」

「大丈夫か? 一人は危険だろ?」

「他の騎士様にも聞かれましたが、大丈夫ですよ。巡回も増やしてもらってますし、彼も一時間程で帰ってきてくれます」

「……俺が付いて行こうか?」

「いえ、ずっと気を張っていても疲れますから」

 アレク様に別れを告げ、私は一人で屋敷へと戻る。
 夕刻の、暗くなりかけた斜陽の中。

 邸へと戻り、鍵をかけて一息つく。
 静かな食卓は、物悲しさを感じて落ち着かない。
 だが……今はジッとただ静かに過ごす。
 

 
 沈黙が流れる中、鍵が開き。
 ゆっくりと、扉が開く音が聞こえた。

(きた……)

 ゆっくりと、足音を鳴らさぬように近づいてくる音。
 床の軋みすら最小限にとどめて近づくのは、確実に彼でなかった。

「……」

 緊張の中、食卓へと入る扉が開く。
 勢いよく駆け込んできたのは、見知らぬ騎士達だった。

「不用心な女だ。こっちはずっと気が緩む隙を狙っ––っ!?!」

 騎士はなにかを喋っていたが、部屋で潜んでいたグレインによってその顔が殴り付けられる。
 驚いた襲撃者たちへと、グレインは躊躇なく剣を抜いた。

「お姉さんの護衛が、そう簡単に離れるはずないでしょ」

「グレイン……お前、帰ったはずでは」

「ふふ、罠です!」

 その言葉に襲撃者達は焦りを見せながらも、流石は帝国騎士。
 一瞬で距離をとり、剣を抜いて応対しようと構えた。

 が……
 
「騎士としての、本分を忘れたか? お前達」

「へ?」

 むなしくも、彼らの抵抗は意味をなさず。
 帰還したジェラルド様が彼らの頭を掴み、壁へと叩きつけた。
 豪音と共に、襲撃者達はあっさりと沈む。

「……流石に、全力疾走で帰ってくるのは疲れるな」

「団長! 僕が時間を稼いでおく作戦だから、もっとゆっくりで良かったのに!」

「レティシアが危険な状態で、ゆっくりしてられるか」

 そう、襲撃者達は簡単に私達の罠にかかってくれたのだ。
 護衛が不在という、格好の好機。
 
 見え透くほどの罠だが、焦っていたのか簡単にかかってくれた。
 ジェラルド様は言葉通りに全力で帰還してくれたのだろう、息を吐きながらも私の手をとる。

「怪我はないか?」

「はい、二人のおかげです」

 騎士団の内通者、ベクスア家を通じて私達を狙う者は驚くほどにあっさりと捕えられた。
 縛り上げ、邸の外へ連れ出していく。
 連行しようと思っていた時、副団長のアレク様が驚きつつも走ってきた。

「だ、大丈夫か!?」

「……アレク様、どうしてここに?」
 
「いや、やっぱり心配で見に来てたんだよ。まさか……本当に襲撃されていたとは……」

「アレク、こいつらを運ぶのを手伝ってくれるか?」

 ジェラルド様がアレク様へ指示を飛ばす。
 彼は頷きながらも、グレインにも視線を向けた。

「……グレイン。そいつも抑えて連れてきてくれるか?」

「はい!」

 指示を出されたグレインが走り出す。
 襲撃者達を縛り上げ、騎士団へ連行するために連れて行こうとした時。


 油断していたのかもしれない。
 彼らから少し離れた瞬間、腕を横から掴まれた。
 物陰に潜んでいたのは、どうやら私達だけではなかったようだ。

「っ!?」

「声をだすな。久々だな……レティシア」

 そう呟くのは、見紛うはずもない。
 以前よりも酷くやつれたデミトロが、私へとナイフを向けて笑みを浮かべていた。
 瞳は憎悪にまみれ、向けられた刃は本気で私を殺す距離に近づく。

 まずい……これはまずい。

「分かってるな? 黙って俺についてこい。助けを呼べば……殺す」

「……」

「おい、さっさと」

 



 まずい……抑えられない。
 彼の顔を見た瞬間、あふれ出る怒りが……燃えるような激情が身体を突き動かした。


「……くも」

「……は? さっさと来い! それともここで死ぬ気か?」

「よくも、私の前に顔を出せたわね」

「え?」

「このっ!!」

 全身全霊、人生最大の怒りを込めた蹴り。
 それを、私が勝つために狙うべき男性の急所へと……ためらいなく蹴り込んだ。

「おっぐっ!!?!?!?!」
 
 あっけなくもナイフを落とし、急所を押えて悶えるデミトロ。
 そんな彼へと、微笑みながら見下ろしてあげた。

「私も最近知ったの、先手必勝が一番ってね」

「レ……レティシアァァァ」
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