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16話
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「な……なにをぉ……こ……の」
悶絶した表情を浮かべ、あまりの痛みに冷や汗を流すセドク。
その様子に、グレインが放った拳の威力を察する事ができる。
「お姉さん、あと何発必要?」
「え、じゃあ、あと五発……」
グレインの屈託のない笑みと共に問いかけられた言葉に、思わず答えてしまう。
彼も容赦なく、次の拳を構えたとき。
「ま、待ちなさい! 少し待て!」
セドクが焦った様子で距離を置くように逃げだし。街の中で叫びだす。
「貴方がした事を、分かっているのですか!? マヌス伯爵から全てを聞きました! 恐喝して公爵家に対立させるように仕向けるなど、最低な女め!」
「……」
「そして、アーリア様の不倫相手を騙して旦那様に会わせるなど……最低な行為です。貴方のおかげで伯爵家との関係は根絶され、ベクスア家は大きな被害を受けたのですよ!?」
セドクは叫び、腹の痛みに耐えながらも、懐から幾つかの書類を取り出す。
ベクスア家のサインが描かれた紙には、多額の金額が記載されていた。
「ベクスア家が受けた被害、その全てを支払う義務が貴方にはある! これはベクスア家として正式に請求させてもらう!」
どうやら……彼らは私を公に罰する方法を選んだらしい。
いまや平民である私に対しての請求、公爵家は根回しさえすれば、法的な力を持つ請求書だって作れるのだろう。
彼らは権力を活用し、私に法外な賠償金を支払う義務を作り上げたのだ。
「貴方にも分かりますよね? これを支払わない事は、帝国法に違反する事に等しい犯罪者となるのです!」
「セドク、書類を見せてもらえますか? 本当に私が支払うべきなのか確かめます」
「えぇ、確認しなさい。支払う事ができるとは思えませんがね?」
グレインに警戒してもらいつつ、セドクから書類を受け取る。
今まで、私が公爵家に与えてきた損害が明記されて……平民ならば一生をかけて働いても支払えぬ額が記載されていた。
加えて、帝国裁判所からの支払命令まで記載されている。
こんな事、通常ならあり得ぬはず。
司法にさえ手を広げ、権力を邪な方向に振るい、私を追い詰めようというのだろう。
デミトロ……にしては、その手腕が手慣れているように思える。
それにしても、あまりにも横暴だ。
そして……笑えてもくる。こんな請求を呑むはずがないのに。
「さて、自分の立場が分かりましたか? 貴方には支払う義務がある! もしこれが支払えないというのなら、即刻にベクスア家に戻って謝罪をしなさい!」
「邸に戻してから、私を殺すとでもいうの?」
「…………言っている意味が、私には分かりませんね。なんのことでしょうか」
そう言いつつも、嘲るような口ぶりと視線で分かる。
知らぬふりをしているだけで、恐らく彼も私が命を狙われた事を知っている。
「さぁ、ベクスア家に戻って旦那様達に謝罪せよ。そして身を粉にして働くと誓いなさい」
「……」
「器量も良いのだ、いっそ身体でも売る道もあるが。そんな事はできないだろう? ならば……大人しくベクスア家に来て謝罪すれば、期限を与えてやる。ベクスア家は恩赦を与えてやろうというのだ」
その思惑は見え透いている。
ここで怯えてベクスア家に戻ってしまえば、その時は誰にも知られずに消されるだけ。
……彼らが知る臆病な私ならば、この請求書に怯えて謝罪のために出向くだろう。
けど、もう違う。
「さぁ、旦那様に謝罪しに来い。貴方の軽い頭でも下げる姿を見れば、旦那様の溜飲も下がるだろう」
「お、お姉さん……」
セドクの高圧的な言葉と、グレインの心配そうな表情が向けられる中。
私は書類を見つめ、大きくため息を吐いた。
「くだらない」
「……は?」
「くだらないわね。こんな請求書を持ってきて、脅せば従うと思った?」
「な……何を言っている! 支払いを拒否しろというのか!?」
「えぇ、それに。私が支払う事ですか? これ」
「は?」
改めて、明記された損害を見つめる。
正直、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。権力を悪用せねば、こんな請求が通るはずがない。
「ベクスア家が伯爵家と関係を絶ったのは、デミトロが振るった暴行のせいですよね? 加えて彼が不倫されていたのも、別に私のせいじゃないわ」
「……マ、マヌス伯爵を脅して、我ら公爵家に対立させたではないか! 貴族派閥が大きく揺れているのだぞ!」
マヌス伯爵……彼はどうやら全てを白状したようだ。
だが貴族派閥が揺れたのなら、役割は果たせてはいるだろう。
大方、ここで私がまるめ込まれたならアーリアと伯爵家を救えると思ったのだろうが……
そんな訳がない、誓いを破った制裁はまた与えておこう。
「貴族派閥が揺れた? それも貴方の当主が原因でしょう?」
「な……」
「セドク、貴方も分かっているはずよ、デミトロは公爵家当主の器ではない。今までの損害や、信頼を失ったのは全て……彼が自身で起こした事。私はそのキッカケを作ったにすぎないわ」
私の言葉に、セドク自身も思っていた節があるのだろう。
黙り込み、視線を落とす。
ベクスア家に忠誠を誓っていようと、その本心では出来損ないの当主に考える部分はあったのだろう。
「い、言い訳を述べようと……貴方がベクスア家に与えた損害を支払う義務はあるはずだ! 司法が認めたのぞ!」
「えぇ……司法さえ貴族に腐らされている事はよく分かりました。そして……公爵家は腐りきっているようですね」
「なっ……侮辱しているのか!? 貴方ごときに侮辱される程、我らが公爵家は落ちぶれては……」
叫ぶセドクを無視しつつ、私は書類を持つ手に力を込める。
ビリっと、軽快な音が鳴った。
「な……! なにをして……」
二つに裂いた書類を、セドクの前へと放り投げる。
邸を出て行く前に私がしてあげたように、破り裂いて彼に見せつけた。
「支払え? 従うはずがないわ」
「わ、分かっているのか!? もしもこの請求書を無視するというのなら、貴方はベクスア家が総力を挙げて捕らえるために動き出すのだぞ!?」
「構わないわ」
元から、命を狙われていたのだ。
いまさら、なにも怯える事など無い。
「っ!?」
「例え、この帝国中から追われたとしても……私は復讐をやり遂げて見せる。私から全てを奪った貴方達を許す気はないもの」
呟いた言葉に、セドクが思い描いていた展開と違っただろう。
困惑して、視線をさ迷わせた。
悶絶した表情を浮かべ、あまりの痛みに冷や汗を流すセドク。
その様子に、グレインが放った拳の威力を察する事ができる。
「お姉さん、あと何発必要?」
「え、じゃあ、あと五発……」
グレインの屈託のない笑みと共に問いかけられた言葉に、思わず答えてしまう。
彼も容赦なく、次の拳を構えたとき。
「ま、待ちなさい! 少し待て!」
セドクが焦った様子で距離を置くように逃げだし。街の中で叫びだす。
「貴方がした事を、分かっているのですか!? マヌス伯爵から全てを聞きました! 恐喝して公爵家に対立させるように仕向けるなど、最低な女め!」
「……」
「そして、アーリア様の不倫相手を騙して旦那様に会わせるなど……最低な行為です。貴方のおかげで伯爵家との関係は根絶され、ベクスア家は大きな被害を受けたのですよ!?」
セドクは叫び、腹の痛みに耐えながらも、懐から幾つかの書類を取り出す。
ベクスア家のサインが描かれた紙には、多額の金額が記載されていた。
「ベクスア家が受けた被害、その全てを支払う義務が貴方にはある! これはベクスア家として正式に請求させてもらう!」
どうやら……彼らは私を公に罰する方法を選んだらしい。
いまや平民である私に対しての請求、公爵家は根回しさえすれば、法的な力を持つ請求書だって作れるのだろう。
彼らは権力を活用し、私に法外な賠償金を支払う義務を作り上げたのだ。
「貴方にも分かりますよね? これを支払わない事は、帝国法に違反する事に等しい犯罪者となるのです!」
「セドク、書類を見せてもらえますか? 本当に私が支払うべきなのか確かめます」
「えぇ、確認しなさい。支払う事ができるとは思えませんがね?」
グレインに警戒してもらいつつ、セドクから書類を受け取る。
今まで、私が公爵家に与えてきた損害が明記されて……平民ならば一生をかけて働いても支払えぬ額が記載されていた。
加えて、帝国裁判所からの支払命令まで記載されている。
こんな事、通常ならあり得ぬはず。
司法にさえ手を広げ、権力を邪な方向に振るい、私を追い詰めようというのだろう。
デミトロ……にしては、その手腕が手慣れているように思える。
それにしても、あまりにも横暴だ。
そして……笑えてもくる。こんな請求を呑むはずがないのに。
「さて、自分の立場が分かりましたか? 貴方には支払う義務がある! もしこれが支払えないというのなら、即刻にベクスア家に戻って謝罪をしなさい!」
「邸に戻してから、私を殺すとでもいうの?」
「…………言っている意味が、私には分かりませんね。なんのことでしょうか」
そう言いつつも、嘲るような口ぶりと視線で分かる。
知らぬふりをしているだけで、恐らく彼も私が命を狙われた事を知っている。
「さぁ、ベクスア家に戻って旦那様達に謝罪せよ。そして身を粉にして働くと誓いなさい」
「……」
「器量も良いのだ、いっそ身体でも売る道もあるが。そんな事はできないだろう? ならば……大人しくベクスア家に来て謝罪すれば、期限を与えてやる。ベクスア家は恩赦を与えてやろうというのだ」
その思惑は見え透いている。
ここで怯えてベクスア家に戻ってしまえば、その時は誰にも知られずに消されるだけ。
……彼らが知る臆病な私ならば、この請求書に怯えて謝罪のために出向くだろう。
けど、もう違う。
「さぁ、旦那様に謝罪しに来い。貴方の軽い頭でも下げる姿を見れば、旦那様の溜飲も下がるだろう」
「お、お姉さん……」
セドクの高圧的な言葉と、グレインの心配そうな表情が向けられる中。
私は書類を見つめ、大きくため息を吐いた。
「くだらない」
「……は?」
「くだらないわね。こんな請求書を持ってきて、脅せば従うと思った?」
「な……何を言っている! 支払いを拒否しろというのか!?」
「えぇ、それに。私が支払う事ですか? これ」
「は?」
改めて、明記された損害を見つめる。
正直、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。権力を悪用せねば、こんな請求が通るはずがない。
「ベクスア家が伯爵家と関係を絶ったのは、デミトロが振るった暴行のせいですよね? 加えて彼が不倫されていたのも、別に私のせいじゃないわ」
「……マ、マヌス伯爵を脅して、我ら公爵家に対立させたではないか! 貴族派閥が大きく揺れているのだぞ!」
マヌス伯爵……彼はどうやら全てを白状したようだ。
だが貴族派閥が揺れたのなら、役割は果たせてはいるだろう。
大方、ここで私がまるめ込まれたならアーリアと伯爵家を救えると思ったのだろうが……
そんな訳がない、誓いを破った制裁はまた与えておこう。
「貴族派閥が揺れた? それも貴方の当主が原因でしょう?」
「な……」
「セドク、貴方も分かっているはずよ、デミトロは公爵家当主の器ではない。今までの損害や、信頼を失ったのは全て……彼が自身で起こした事。私はそのキッカケを作ったにすぎないわ」
私の言葉に、セドク自身も思っていた節があるのだろう。
黙り込み、視線を落とす。
ベクスア家に忠誠を誓っていようと、その本心では出来損ないの当主に考える部分はあったのだろう。
「い、言い訳を述べようと……貴方がベクスア家に与えた損害を支払う義務はあるはずだ! 司法が認めたのぞ!」
「えぇ……司法さえ貴族に腐らされている事はよく分かりました。そして……公爵家は腐りきっているようですね」
「なっ……侮辱しているのか!? 貴方ごときに侮辱される程、我らが公爵家は落ちぶれては……」
叫ぶセドクを無視しつつ、私は書類を持つ手に力を込める。
ビリっと、軽快な音が鳴った。
「な……! なにをして……」
二つに裂いた書類を、セドクの前へと放り投げる。
邸を出て行く前に私がしてあげたように、破り裂いて彼に見せつけた。
「支払え? 従うはずがないわ」
「わ、分かっているのか!? もしもこの請求書を無視するというのなら、貴方はベクスア家が総力を挙げて捕らえるために動き出すのだぞ!?」
「構わないわ」
元から、命を狙われていたのだ。
いまさら、なにも怯える事など無い。
「っ!?」
「例え、この帝国中から追われたとしても……私は復讐をやり遂げて見せる。私から全てを奪った貴方達を許す気はないもの」
呟いた言葉に、セドクが思い描いていた展開と違っただろう。
困惑して、視線をさ迷わせた。
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