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16話

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 クロヴィスの事を人間じゃないなんて。
 この人は、何を言っているの。

「皆には分からないのですか? このクロヴィス殿下からは、生きている者は誰もが持っている生気の魔力がない。……生きている人間では、ないのです」

「なにを……」

「言い換えれば、肉が動いているだけという表現の方が……適任でしょうか」

「何を言っているのですか! クロヴィスを侮辱しないでくだ––」

「いい。ラシェル」

 諌めようとし私を、クロヴィスが手で制す。
 その表情を見て、息が詰まった。

「クロヴィス……なんで、そんなに悲しそうな表情をしているの?」

「……ごめん」

「どういうこと、なにを言っているの。あの人が言っているのは、ウソですよね?」

「……」

「説明してください。どうして、黙るの……」

 笑って、なんでもないと言ってほしかった。
 ルーン国の使者が言った言葉なんて、ふざけていると一笑してほしいのに。
 クロヴィスは、否定すらしない。

「クロヴィスは人間です! だって! こうして触れられる。私の目の前に居ます!」

「……」

「お願い、クロヴィス……違うって言ってよ! 生きているんですよね!」

「ごめん」

「謝らないでいいから。否定してよ……クロヴィス、お願いだから」

 不安が胸を満たす。
 クロヴィスの反応が、認めるようだから……

「嘘ですよね……生きて、ますよね?」

「いつか言おうと思ってた。もっと、先に言ってやれば良かったな」

「っ……」

「ラシェル。俺は……彼が言うように、五年前に死んでいる」

「っ!!?! 違う。嘘をつかないで……だって、こうして触れて、目の前に居て……」

「人体の身体は、主に水分や脂肪、肉や少量の鉱物と……案外、手に入る材料で出来てるんだ。それが俺の正体なんだよ。ラシェル」

「なにを……言って……」

 それ以上ききたくない。
 知りたくないのに……彼は全てを明かすように、言葉を続けていく。

「魔力ってのは、人の意志に従って大きな変化を起こす。自由自在に扱うには多くの魔力が必要だ……それを持つ俺は、考えられない力を生み出す事もあるんだ」

「魔力? なんの関係が……」

「俺は五年前にセドアの策により死んだ。しかし死の間際、自身の血に魔力を込めた。たった一人残してしまった、ラシェルを守るため……」

「血に……」

「その血は俺の意思を継ぎ、周囲の物体を少しずつ取り込んでいくことで……仮初ながら人の身体を作り出した。この身体は魔力で動かしているもので……本来の俺の身体は死んでいる」

 信じられない。
 信じたくもない。
 だけど、クロヴィスの態度や口ぶりは……恐ろしいほどに真剣な表情だ。

「クロヴィス殿下。人体の錬成など……禁忌に近い行為です。それで生き永らえられるはずがない……代償だって大きいはずですよね?」

 ルーン国の使者が言った禁忌という言葉に不安を覚える。
 だが、クロヴィスはそれを知っていたように、小さく頷いた。

「分かってる……俺の仮初の身体は長くもたない。魔法を使う度にこの身体の魔力はすり減って、朽ちていくからな」

「え……」

 ウソだなんて、もう聞けなかった。
 クロヴィスの真剣な表情は、訪れる死期に覚悟を決めていたから。

「皇帝になる道で俺は魔法を多く使うだろう。だからこの身体は直ぐに朽ちてしまう。だから……今は何も言わずにその時を待っていてくれないか?」

「……我がルーン王国は貴方が皇帝になる事に反対です。死期が近いだけでなく、魔力で肉を動かすだけの者など……人間ではない!」

 ひときわ強い表現でクロヴィスへと苦言を呈すルーン国の使者。
 しかし、私は彼の言葉を受け入れられない。
 今の話を聞いても、私はクロヴィスを人間ではないなんて思わない。
  
「クロヴィスは……身体が違っても、その心は彼のままです!」

「っ……ラシェル……」

「クロヴィスを……人間じゃないなんて、言わないでください」

 私の叫びを受け、その場の皆が沈黙で返す。
 そんな状況で、クロヴィスは穏やかな表情を浮かべ、他国の使者へと頭を下げた。

「俺は幼い頃からずっと一人だった……けど、ラシェルが来てからは、邪魔だって言ってもずっと傍に居て。うっとうしかったのに、いつしかそれが幸せで……俺はそれをくれた彼女に感謝してるんだ」

「クロヴィス殿下……」

「俺に幸せをくれた彼女がせめて幸せに暮らせるようにと、この身体を五年かけて作った。そして……今はまだ、彼女を守るための途中なんだ」

「……」

「俺が皇帝になり、セドアや現皇帝の腐敗した部分を正し、ラシェルの待遇を改善する」

 あれほど強気だった彼が、他国の使者へと頭を下げる。
 協力を求める声には、涙も混じって聞こえた。
 
「あと二年でやり遂げる。二年後には俺の身体は朽ちて、次期皇帝は遠縁の皇族から継がせる。だからせめてラシェルが幸せに暮らせるまで、何も言わずに黙っていて欲しい……頼む」

 私は、クロヴィスが隣に居てくれるだけで幸せだったのに。
 その彼が、自分がいなくなる条件で皆に協力を頼んでいた。

 そして、その頼みを聞いた皆は……

「分かりました……私は何も聞いていません」

「っ!?」

「ルーン国の方。貴方もなにも見ていない。それでいいはずです。もうこれ以上、若き彼らが苦しむ人生を私達が作らぬようにしてあげましょう」

「……分かりました。二年……我が王への報告を待ちます」

「感謝します。各国の皆様……」

 彼は協力をもらい、安堵の息を吐いていた。
 その後、使者の方々はひとしきり応援の言葉を漏らしつつ、帰路についた。

  

 残った私は、混乱で整理がつかないままだ。
 彼は、私のために皇帝になると言っていた。
 そのために魔法を使い、身体の寿命を減らしていくのだ。

 だけど私は、皇帝になんてならなくていいから、共に生きる道を模索したい。
 そんな心境で迷っていれば、クロヴィスへとセドア様が掴みかかった。

「貴様、どういうつもりだ!!」
  
「……」

「いつか死ぬ身体で、俺から皇位を奪っただと? ふざけるな! ならば俺にその座を譲れ––!」

 言葉の途中で、クロヴィスがセドア様を殴りつける。
 地面に倒れ込んだセドア様を見下ろして、彼は呟いた。

「俺が皇帝になり、お前がラシェルを虐げていた罪を裁く。父上と共にな!」

「……! なにを……」

「二度と、その面を俺に見せるな。お前が居なければ……俺は……ずっとラシェルの傍にいれたのに……」

 クロヴィスが初めて漏らす、悲しみを帯びた呟き。
 セドア様もどこか言い淀み、たじろいで沈黙してしまった。

「行こう。ラシェル」
 
「クロヴィス……」

「もう直に、俺が皇帝になる。きっと……幸せにするから」

 彼はそれだけを告げて、私の手を引いて歩き出す。
 いつもより早足で、こちらを見てくれないのは……私に何も聞いてほしくないからだろうか。


 でも……私は、クロヴィスの手を握って問いかける。

「クロヴィス……聞いてください」

「無理だ。聞きたくない」

「聞いて……私の幸せなんかよりも、貴方が生きる道を……」

「無理なんだよ! ラシェル! 俺は死ぬ運命だ!」

「っ!!」

「この身体は今も死に向かってる。だから……生きる道なんて考えている暇はないんだよ! 俺が皇帝になって、お前が幸せになる環境を作る! それ以外は必要ない!」

「違う……私は、貴方が傍にいてほしいのです! 私の幸せよりも、貴方が生きる時間を少しでも長く……」

 傍にいてほしい、私のためというのなら共に生きる道を探してほしい。
 その想いがこみ上げて、視界が涙で滲んでいく。
 その涙を、彼の指がすくった。


「泣くなって、言っただろ」

「クロヴィス……」

「俺が居なくなった世界で……お前がまた傷つくなんて耐えられないんだよ。ラシェル」

「っ」

「だから、せめて最後まで足掻かせてくれ……俺は、もう一度死ぬ覚悟なんてできてるんだよ」

「でも……私は、貴方を救うために、頑張りたいのです」

「勝手にしろ。でも……俺はもう歩みを止める気はない」

 言葉を告げて、彼は再び歩き出す。
 そして私が何かを言おうとも、もう何も答えてくれない。
 それでも手だけは離さず、彼はずっと傍に居続けてくれた。


   ◇◇◇


 あれから、クロヴィスは一年をかけて帝国中の魔物討伐の任を果たした。
 加えて諸侯貴族と帝国全土の治安維持のための騎士団育成に注力を始める。

 やがて、帝国の平和は彼あってのものだと賞賛されて、皇帝に推す声が高まり……
 彼は、皇帝にまで至った。

   ◇◇◇
 

「セドアの所に、行ってくるよ。ラシェル。あいつらを……俺が裁く」

「クロヴィス……もう、無理はしなくていいのです。後は私が……」

「いい。あと……少しなんだ」

 今では彼の足は、十分に動かせずに杖をついて歩く。
 片手も、徐々に制御が効かないらしい。
 そんな状況でも、彼は私のために身体を酷使し続けていた。

 そして……私は……。



「あと、少しで、彼を救えるのに……せめて……––––があれば……」



 彼を助けるために、死ぬ気であらゆる方法を模索する中で、唯一彼を救える手段を見つけた。
 だけどそれには、幾つかの重要な物が足りていなかった。
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