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劣等感③ セドアside
しおりを挟む明日は他国から帝国に来賓がやって来る。
月に一度の交流会、言い換えれば国際会議である。
ポーションを供給する我が帝国は、いつだってその会議で強い発言権を得ていた。
開催国はいつだって帝国で、その事に誰も文句など言わない。
だが、今回はそれが仇となっている。
「今からでも、会議を他国で開く予定に変えられないのか?」
執務室で尋ねた言葉に、隣に立つ宰相は額に汗を流して首を横に振る。
「セドア様。月に一度の定例会……各国の皆がこの帝国に来るために予定を合わせております。急な変更など不可能です」
「くそ……」
会議があるとクロヴィスに知られれば、全て明かされてしまうかもしれない。
俺がポーションを無理やり多く作らせるために、虐げていた事を……
ラシェルを手に入れるため、脅迫をしていた事までも。
「どうすればいいんだ。いったい……」
「安心せよ。セドア」
「っ!! 父上!」
執務室に訪れたのは、現皇帝である父上だ。
病床に伏している父上には報告だけはしていたが、まさか起きて来てくださるとは。
「父上。お身体は大丈夫なのですか……?」
「気にするな。今は我が皇族の危機なのだから」
「申し訳ありません。俺の不手際です」
「そうだな。お前のせいだ」
父上の責めるような言葉を受け、悔しさから唇を噛む。
不甲斐ない、こうなっているのは確かに俺のせいなのだから。
「だがな、セドア。安心せよ」
「え?」
「私が皇宮内に緘口令を敷く。国際会議の日程を秘匿するのだ。事情を知るエミリーにもすでに伝えておいた」
「しかし、それではいつかクロヴィスたちが直接他国に向かうのでは?」
「そうなる前に、此度の国際会議でお前が皇帝に即位する事を告げるのだ」
「っ!!」
「他国の理解を得た後、直ぐにお前は皇帝に即位してもらう。そうなれば、クロヴィスが幾ら喚こうが簡単には覆らん」
父上は、俺を守るために皇帝の地位を退いてくれるのだ。
どれだけ感謝しても足りない。
「父上……感謝します……!」
「あぁ。私もお前こそが皇帝を継ぐに相応しいと思っている。あの下民の血が流れたクロヴィスに、その座を奪われるなどあってはならん」
父上の怒りを交えた言葉。
クロヴィスの母を蔑む父上に、ふと気になった事を問いかけた。
「そういえば……父上はどうして、クロヴィスの母と子を設けたのですか。父上も下民の血が混ざるのは反対だったのでしょう?」
「アレの母親は、魔力量が桁違いに多かった。だからこそ……その魔力を継ぐ男児を皇族に欲したのだ」
「それがクロヴィスだと?」
「全ては帝国のためだ。我が国が他国からの脅威に怯えずに暮らせるよう、強大な力を持つ者が必要であった」
聞かされた話は、衝撃でもあった。
クロヴィスは意図的に作られた子供だというのだ。
だから、幼き頃から魔物討伐という皇族に相応しくもない職務をさせられていたのだろう。
「ち、父上……その判断は、あまりに非道では? はじめから帝国の武器にするため、子を成したなど……」
「良いか。セドア……奴の責務は帝国のために身を尽くす事だけだ。それ以外に使い道などない」
「責務……?」
「民が安心して暮らすためならば、たとえ非道だと言われても力を持つクロヴィスを戦地に向かわせる。それは皇帝として民を想うがゆえの正しい判断だ」
ならば、もしもクロヴィスが産まれていなければ……
俺が魔力を持っていれば。
立場はクロヴィスと……同じだったのか。
「……」
下民の母を持つと見下していたクロヴィスと、高貴な血を引く俺。
その立場は、揺らがない自信があった。
しかし、もしも俺がクロヴィスと同じ立場であったならと考えた瞬間。
魔物と幼き頃から戦い、死が隣にある恐ろしさに身が震えた。
「どうでもいい事は聞くな。セドア。次の国際会議でお前の即位を伝える。今はそれだけを考えよ」
「は、はい! 父上」
そ、その通りだ。
たらればを考えていたって仕方がない。
俺はクロヴィスに皇帝の地位を渡す訳にはいかないのだ。
そして……俺が即位した暁には、全ての権力を用いてラシェルを俺の女にしてみせる。
彼女の隣は、クロヴィスなどではなく。
俺の方が相応しいはずだから。
◇◇◇
三日後。
国際会議が開かれ、予定通りに俺が皇帝に即位する事を伝えた。
父上の承認もあるおかげで、他国の使者は直ぐに自国の王族に伝える事を約束してくれた。
「セドア殿下、貴方が皇帝になられる事。我らは賛成です」
一人の言葉に、各国の使者が頷きで同調してくれた。
「皆には感謝している。まだまだ不甲斐ないが……よろしく頼む」
「いえいえ、セドア殿下が不甲斐ないなんて、各国の誰もいいませんよ。なにせ……あれだけの高品質のポーションを安定生産する技術を持っていらっしゃるのですか」
まずい。
あえて避けていたポーションの話題を切り出されてしまった。
慌てて話を戻そうと思ったが、もう遅かった。
「ポーションといえばセドア殿下。いつも安定供給して頂いていたポーションが、今月は届いておりませんでしたが、いかがなされました?」
「ポーションの購入には前金でかなりの額を払っているので心配なのですが……」
「そ……それは……」
「ポーションの安定生産なんて、そいつには無理だよ」
言い訳の言葉を考えた瞬間、聞きたくない声が響いた。
その声に視線を向けて、心が絶望で満たされる。
クロヴィスとラシェルが、この国際会議の議場に来ていたのだ。
どうして……奴らが知っている……!
「貴方は? いえそれよりも、セドア殿下がポーションの安定生産をできないとは、いったいなにを言って……」
「ポーションを作るのに……セドアは何も貢献していないからな」
「やめろ! クロヴィス! 黙れ!!」
父上が叫んで止めようと走り出すが、もう遅かった。
クロヴィスはラシェルを片腕で抱きしめながら、言葉を続ける。
「そいつはラシェルを虐げて、ポーションを作らせていただけだ。無理やりな」
「っ!?」
他国の者達が、俺を見る目が変わる。
クロヴィスによって俺が培ってきた信頼が……崩れていく音が聞こえた気した……
「国を救い。女神の御業にも近い力を持ったラシェルを……あろうことか虐げ、自分の妻にするために閉じこめた」
やめてくれ、俺から奪うな……クロヴィス
「そんなセドアを皇帝にするなんて、他国の皆様は本気でおっしゃっていられるのだろうか?」
クロヴィスに問いかけられた皆が、一様に不審そうに俺を見つめる。
父上は啞然として、膝を落としていた。
俺も同様だ……ここから言い逃れするための言葉を必死に探すが、そんな希望は残されていない。
絶望だ。
他国の者達の前にクロヴィスとラシェルが来てしまった今。俺に逃げ場などないのだから。
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