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6話

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 クロヴィス様は崩れた瓦礫を魔法で浮かせて、痛みで呻く騎士の前へと立った。

「聞きたい事がある」

「ひ、ひぃ……な、なんで……貴方が……?」

「俺の質問にだけ答えろ」

 クロヴィスの怒りがこもった声色に気付いた騎士が青ざめる。

 死んだと思っていた彼が帰還したのだと、理解したのだろう。
 それは、私を冷遇していた日々が断罪される事が決まったにも等しい。

「お前は、ラシェルになにをした?」

「え……あ、あの……」

 クロヴィス様は騎士の腰に差さった剣を抜き取り、銀色に光る剣先を揺らす。
 衛兵の首元に、剣がピタリと当たった。

「正直に言え……」

「っ! は、話します! わ、分かりました!」

 身の危険を感じたのだろう。
 衛兵は痛みに耐えながらも、息も絶え絶えに話し始める。
 今まで私にしてきた行為の数々を……

「お、俺はそんなに大層なことはしてませんよ! 本当です! ラシェル様が社交界に出るのを止めるため、ドレスを切り裂いたぐらいで……」

 彼の言った事は、セドア様が命令した嫌がらせの一つだ。
 衛兵が数人で私の動きを止めて、目の前で私のドレスの多くを裂いた。

 その中には、クロヴィス様が贈ってくれたものもあった。
 あの時抵抗できなかった自分が情けなくて、拳を握りしめる。

「他には?」

「え……あ、あの……」

「他にもあるだろ、全部話せと言ったはずだ」

「わ、分かりました!」

 衛兵が話すものは、改めて聞けば酷いものだった。

 私に食事をとらせないために、スープに虫を混入させたり。
 睡眠時間を削るために、深夜にわざと訪れたり。

 当時は辛い事の連続で、深く考えずにそれらの扱いを受けていた。
 だけど……思い出せば辛い事ばかりだ。

「こ、これで全部です……」

「そうか……」

「ゆ、許してください! こんな事はみんなやってます! セドア様が許可してくれて、だんだん過激になっていって……」

 私から見えるのは、クロヴィス様の背中だけだ。
 だけど、その背中から感じる怒気が大きくなっていく。

「俺はむしろ、みんなの中では控えていた方です! そ、そうだ! 改めてラシェル様の護衛を務めるので! お許しを!」

「黙れ」

「へ……?」

「俺が、お前に弁明の機会を許可したか?」

 クロヴィス様はそう言った瞬間、持っていた剣を騎士の手に突き刺した。
 彼の怒りが傷となって現れ、騎士が断末魔のような悲鳴を上げる。

「あぁぁぁ!!! や、やめ!」

「護るべきラシェルを虐げた騎士など……必要ない」

「た! たすけ!」

「最悪だ。ラシェルがそんな扱いを受けていたのに……俺が傍に居てやれなかったなんて」

「クロヴィス様……」

 私が声をかければ、彼は振り返る。
 そして、安心させるように笑みを浮かべた。

「ごめんな。俺がお前の立場を正当なものに変えてやる。だから……もう少しだけ待て、分かったな?」

「は……はい」

「いい子だ」

 かつてのように、私の頭を撫でる彼。
 五年前と変わらない子供扱いが、今の状況であっても懐かしさを感じた。

「さて、お前ら」

「「ひ!」」

 制裁を受けた騎士と侍女は、クロヴィス様の声に怯える。
 そんな彼らに、彼は酷く冷徹な表情で命令を告げた。

「今すぐに、セドアをここに連れてこい。ラシェルを虐げる事を命じた報いを、お前らと同様に奴に刻む」

「そ、そんな……セドア様を我らが呼びつけるなど……無礼だと解雇されてしまいます! 我らの生活はどうなるのですか!」

「なぁ、お前……分かってるのか?」

 クロヴィス様は要望を拒否した騎士の傷付いた手を踏みつけた。

「い……いだぁ!!」

「俺のラシェルを傷つけたお前を気にかける必要があるか? さっさと行け」

「っ!? わ、分かりました!」
「ひ、ひぃ……!!」

 彼らは慌てて走っていく。
 要望通りにセドア様を呼びに向かったのだろう。

「クロヴィス様、私のために……ありがとうございます」

 私のために怒ってくれているクロヴィス様に、感謝を漏らす。
 そんな私に、彼は首を横に振った。

「ラシェル、お前はもっと怒っていいんだ」

「え……?」

「ここに戻る前。各国に輸出されているポーションを見た。魔力で分かった……作ったのは、ラシェルだろ?」

「そ……そうです……」

 私が頷けば、クロヴィス様はため息交じりに私の頭を撫でてきた。

「あんなに高品質なポーション。他の国に居る光の魔力を持つ奴でも作れない。だから各国がこぞってラシェルのポーションを求めてるんだ」

「そ、そうなのですか!?」

「あぁ、実際……今の帝国が得た利益の三割はラシェルのポーションのおかげだぞ。来る前に執務室に忍び込んで見て来た」

 セドア様は私を皇宮に半ば閉じこめていたため、知らなかった。
 私が作ったポーションが、そこまで評価されているなんて。

「国が違えば、直ぐに聖女や女神だと讃えられる功績だ。だからラシェルは幸せに過ごせていると思ってたが、来て見たらこれだ。あれだけの富を得ながら……奴らは恩知らずにも程がある」

 クロヴィス様は表情に怒りを混ぜながらも、私の手を握った。

「だからラシェル。もうお前は我慢するな。これからは自由に、好きに生きろ」

「好きに……?」

「あぁ。俺のラシェルを傷付けるような馬鹿は、居なくしてやる」

 好きに生きていい。
 そう聞いた瞬間、私の胸が跳ねるような高揚感が訪れた。
 
 もう、セドア様達の前で……我慢しなくていいなら。
 私は言ってやりたい事が、数多くあった。

 そんな時、幾つかの足音が聞こえだす。
 途端、部屋の扉が開き、数人が入ってきた。

「侍女や衛兵に手を出したのは……貴方ね?」

 驚いたことに、やって来たのはセドア様ではなく、婚約者候補のエミリーであった。
 彼女の傍らには、数人の護衛騎士が控えている。

「ラシェル……まさかセドア様が不在の間に、そんな人を連れてくるなんてね」

 エミリーは何を言っているのだろうか。
 今、私の傍にいるのは皇子のクロヴィス様なのに。

「エミリー、この人は……クロヴィス様で……」

「いえ、違うわ! セドア様はクロヴィス様が死んだと言っていたもの。偽物に決まっています! 貴方のような惨めな女は嘘を吐くしかないのよね?」
 
 取り付く島もないとはこの事だ。
 エミリーは、連れてきた護衛騎士に指示を飛ばした。

「この男を殺しなさい! それを手引きしたラシェルも……そうね、この際たっぷり傷付けて構わないわ!」

「エミリー! 話を……」

「黙りなさい! 惨めな女が……本当に腹立たしい! 面倒をかけないで!」

「この人は本当に……!」

「セドア様に迷惑をかけるなら、私が断罪してあげる! 今まで以上にイジメぬいて、心を壊してあげ––」

 エミリーの言葉の途中、豪音が鳴り響た。
 彼女が音の方向を見れば、動き出していた護衛騎士達が壁にめり込んで気絶している。
 クロヴィス様の魔法だ。

「は……え? え!? はぁ!?」

「なぁ、誰だよ。お前」

 驚くエミリーに、クロヴィス様が舌打ちをした。
 そして、ゆっくりと彼女へと歩み始めた。

「わ、私を誰ですって!? 次期皇妃候補で、セドア様の婚約者と……な……」

「俺は……セドアを呼んだはずだ。お前じゃない」

「あ……」

 クロヴィス様の怒りに呼応するように、エミリーの周囲には氷の棘が浮かぶ。
 もうすでに、彼女は逃げられない死地に居た。

「だけど、一つだけ聞きたい事ができた。……死にたくなければ答えろ」
 
「え? 死……?」

「ラシェルをイジメたって、どういう意味だ?」

 エミリーは、虎の尾を踏んでしまった。
 クロヴィス様の激情の混ざった声に、私はそう思った。
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