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8話

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「落ち着いてください! まずはお話を……」

「ここにリディアが居ると聞いた! どうか会わせてくれ、彼女はどこに!」

 医療所に着いて早々、俺はリディアについてを尋ねた。
 だが看護師、そして出てきた医者は苦い表情で「知らない」と口を揃える。

 しかしその態度、仕草には明らかに嘘が含まれていると長年の騎士業の勘が告げていた。
 
「お願いだ。会わせてくれ……頼む」

「できません。どうかお引き取りを……彼女に会うことはできません!」

 もはや向こうも隠すことはなく、暗にリディアの存在を匂わせる。
 ここまで知って、引き返すなどできるはずがない。

「お願いだ。俺は……彼女に謝りたいんだ。頼む……頼む!」

 膝を落とし、床へと頭を落とす。

「頼みます! 話だけでもさせてほしい!」

 もはや騎士団長としての恥、醜態など関係がなかった。
 プライドも、尊厳など必要はない。
 ただリディアにもう一度会って、話し合う機会がどうしても欲しかった。

「話は、できません」

 しかし、告げられた言葉は無慈悲なものであった。
 なぜ、リディアと話もさせてくれないんだ。
 悲観に暮れて顔を上げれば、そこには……

「レイクスさん。娘を捜して、会いにきてくださって、感謝しております」

 そこに居たのは、身なりの良い夫婦の姿。
 『娘』と発した言葉通り、リディアの両親であったのだ。

「お、お二人が……なぜここに? 以前に尋ねた際は、知らないと……」

「リディアに口止めされておりましたから。貴方にだけは伝えないでほしいと」

「な……俺は、それほど嫌悪されているのですね」

「いえ、違います」

 否定の言葉に、思わず視線が上がる。
 リディアの父上は首を横に振り、悲しげに瞳を閉じた。

「ここまで来てくださったのなら、事情をお話するしかありませんね」

「事情……?」

「ええ、娘とは話はできないと言いましたが。正確には、私共も含めて誰も話せないのです」

 理解が追い付かぬ中、リディアの両親は全てを告げてくれた。
 どうして、彼女と話すらできないのか……その理由を。


   ◇◇◇
 

 案内された病室。
 そこで眠る彼女は、瞳を閉じて浅い呼吸を繰り返す。
 両親が呼び掛けても、起きることはない。

「リディアは現在、病を患っており……寝たきりの状態です」

 リディアの父上の言葉を聞いて、思わず問いかける。

「起きないの……ですか?」

「医者が言うには、かなり厳しい状況らしく。病魔が体を蝕み、下手をすれば二度と起きない可能性もあると」

「そん……な……」

「今は延命処置で、流動食や栄養水を流し込むことでなんとか生きています。でも……それも直に止めてもらう予定です」

「どうしてですか! まだ彼女は生きて……」

 理由を尋ねれば、彼女の父上は眉をひそめて悲しそうに俯く。
 そして、俺へと幾つかの書類を渡した。

「そこに書かれているのは、リディアの治療費です」

「っ!」

 すぐに書類に目を通せば、肩がすくむほどの金額が書かれている。
 あまりの額に、愕然と彼らに目線を向けた。

「元から治療が難しい病気らしく。治療には他国の名医を呼ぶしかない。だがそれでも……助かる可能性は限りなく低いのです」

「……」

「リディアは、それを医者から聞いたのでしょうね。身体は限界の中で一度帰宅し、貴方には離婚届けを置いて、私達には口外せぬように言っておりました」

 リディアが、どうしてそんなことをしたのか。
 聞かずとも分かるが、彼女の父上は全てを告げてくれた。


「娘は、貴方の未来に迷惑をかけたくない。名誉ある英雄の妻として、矜持を持って死にたいと……」

「くっ……う、ぅ……」


 英雄の妻として生きろ……
 何度もリディアへと言って、俺が押し付けていた十字架だ。

 彼女は忠実に守り、迷惑をかけぬように俺の元を離れたのだと悟る。
 同時に胸に宿るのは、堪えようのない罪悪感だった。

「リディア……」
 
 声をかければ、いつも足音を響かせて俺の元へ来てくれた彼女。
 名を呼べば、なぜか嬉しそうに「どうしましたか」と聞いてくれた彼女。

 しかしもう、俺の声に返ってくる反応はなく。
 手を取れば驚くほどに軽くて、骨ばった手に……彼女が病魔に蝕まれていたことを痛感する。

「すまない……すまない」

 こんなにボロボロになった身体で、俺を支えてくれていたのだ。

 どうして、気付いてやれなかった。
 どうして、心配もしてやれなかった。

 彼女は病魔に苦しめられる中、貴族家の社交界に参加していた。
 痛みに眠れぬ夜に、俺はミラの元へ訪れていた。

 その時、リディアはどれだけ苦しかったか。
 どれだけ、辛かっただろうか。
  

「俺は……ちっとも、ちっとも英雄などではないな……」


 とめどなく流れる涙が、雫となって寝台を濡らす。
 嗚咽が漏れて、それでもリディアの手を握り締める。

 君に支えてもらいながら……俺は……
 俺は……なんて稚拙な人間だろうか。



 悲泣の声は病室に響き、罪悪感で痛む胸が俺を苦しめる。
 英雄などと偉ぶっていた気持ちを、恥じて、恥じて……恥じ続けた。





   ◇◇◇




 翌朝。
 涙を流し続けたせいか、瞳が赤らんで痛む。

 だが、そんな醜態を晒すことなど気にせずに俺は騎士団本部へ向かう。
 ある目的を果たすために。
 

「団長! どうしたのですか……その顔……」

 ラルフが俺を見て心配の声を上げる。
 しかし、答えは提示せずに……淡々と指示を告げた。

「すまない、ラルフ。皆を……集めてほしい」

「え?」

「頼む……」

 ラルフにとって、それは意外なことであったかもしれない。
 騎士団長として生きてきた俺が、初めて頭を下げているのだから。

 だからなのか、彼はすぐに行動してくれた。
 集められた騎士達が、疑問の瞳を投げかける中で壇上に上がる。


「皆、急な呼び出し……すまない」
 
 皆は敬礼しつつ、俺の言葉を待つ。
 そんな彼らへと用意していた口上を述べていく。

「皆に、頼みたいことがある」


 俺は英雄などに相応しくはない。
 だから……


「本日を持って、俺は騎士団長としての職務を降りる」


 途端にざわつく騎士達の中、俺はその後の計画を述べていく。


 今の名誉や地位に、微塵も惜しむ気持ちはない。
 俺が抱く覚悟は……ただ一つ。

 英雄の妻として生きてくれて、無理を強いたリディアを救うため。
 彼女の夫として、生きていきたいだけだ。

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