本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか

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番外編

その後の物語③ ヴォルフside

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「団長、執務作業……真面目にやってますね」

 驚きながら俺を見つめるその視線に、自信満々に頷く。
 部下であり、気の知れた友人のような存在であるシュイクへと……自らがこしらえた執務の成果を見せ、胸を張った。

「貯め込んでいたものも含め、全部終わらせたぞ!」

「ほ、本当に団長ですか?」

「失礼だな……」

 それほどまで、俺は執務は出来ぬ上官だと認識されていたのか。
 自省し、これからはそのような不名誉は被らぬように生きねばな。

 なにせ、最近は心の内で覚悟を決めているからだ。
 アーシア。
 彼女の隣に立てるように、俺自身も自らを正し、今や王国の花ともういべき彼女の傍にいる剣となるのだと。

「それにしても団長って、本当に分かりやすいですね」

「どういう意味だ? それ……」

「誰のためにやってるのか、一目瞭然ですから」

「……」

 見透かしたような言葉に、それ以上他の騎士が居る前で漏らすなと睨む。
 照れはないが、団長職を務める者として威厳は保つ必要はある。
 それを理解してか、シュイクは軽く笑って頭を下げた。

「まぁ、僕からすれば……団長に真面目に執務をしてもらえば助かるので、彼女には感謝してるんですよ」

 冗談を交えて笑うシュイクだが、一転して表情を素に戻して俺の耳元で囁いた。

「でも団長、あんまり彼女を悠長に待たせてはなりませんよ」

「……分かっている」

「分かってませんよ。彼女が王国の花と呼ばれているのは、なにも比喩ではなく。今やアーシアさんの評価は事実としてそうなっております」

 言う通りだ。
 俺がウダウダと悩む間、貴族達はアーシアの功績を知り、王国の危機を救った女傑の噂を絶やさず広めた。
 気付けばレジェスと離婚した彼女が……社交界で絶えぬ話の種となっているのだ。

 なれば、自家の影響力を高めるためにアーシアを求める者が多くなるのは必然。

「分かっているぞ、シュイク。俺は……最近はかなり覚悟を決めている」

「はは、英断ができるのを待ってますよ」

 シュイクは笑いつつ、束ねた書類を持って執務室を出る。 
 去り際「団長の遅めの春の花は、もうすぐ咲きますよ」と告げながら……

「なにを言って……」

「父がアーシアさんを幸せにするために、ジッとしてはいませんから」

「……?」
 
 意味深な言葉を告げ、去っていく
 一体、なにを伝えようとしていたのだ。

 しかし、やはりというべきか、周囲は待ってくれる状況にないということだ。
 ならば今日こそは……と覚悟を決め、いつも通りの夕刻に彼女を邸へ送迎する道を共に行く。

「ヴォルフ様、あちらのお店にいきませんか?」

「あ、あぁ……そうだな」

 彼女の手を握って共に歩けば……つい先程の覚悟も忘れ、緊張にて紡ぐ言葉が出てこない。
 この想いをより完璧に彼女に伝えたいが、用意する言葉はどれも陳腐にも思えて。
 なかなか、実行ができなかった。

 そんな悶々とした日々を、情けなく過ごしていたある日。
 俺の元へ、ブルーノ閣下が不穏な言葉を告げに来た。


   ◇◇◇


「アーシアが、社交界に出席するのですか?」

「あぁ。その通りだ。ヴォルフ殿」

 王家騎士団の執務室にやって来た閣下は、こちらの驚きを意にも介さずに話を続ける。

 始めてディノ殿下が主催となり、王家で二日後に開かれる予定の社交界について。
 当然だが、ブルーノ閣下は参加予定だった。
 王家と公爵家の親密な繋がりを周知して、ディノ殿下の権威を高める狙いだ。

 しかし、ブルーノ閣下の奥様であるルーシェ様の不調で、閣下の参加が取りやめになった。
 主催の一人が不在となる訳にもいかず、かといって閣下の代わりとなる顔役などそう居ない。

「そこで、白羽の矢が立ったのがアーシアだ」

「確かに今の彼女なら、ブルーノ閣下と並ぶ社交界の花ですね……」

「あぁ、加えて知略で王国の危機を退けた彼女が、王家と蜜月である事を公表もできる。またとない機会だ」

 意気揚々と話す閣下だが、気付いているはずだろう。
 飽くなき名声への欲求を持つ貴族の中、彼女が顔を見せれば……どうなるか。

「ブルーノ閣下、先日の王妃の一件。今だ話を出す貴族の熱は冷めておりません」

「だからこそ、王家の権威を高めるためにもアーシアの立場は重要だ」

 分かっている。ブルーノ閣下もアーシアも、王国の未来を見据えて判断していると。
 しかし、普段は社交界に出席もしない彼女が……久方ぶりに表舞台に出る。
 名声と注目が集まる中、欲深き貴族社会へ身を晒せば……

「貴族令息が黙っているはずがありません。またとない機会にアーシアと婚約を果たすため、倫理なき手段を取るかもしれない……」

 思わず漏らした危惧に、ブルーノ閣下は「気付いたか」と、
 試していたような言葉を漏らして、俺の肩を叩いた。

「それに気付いてなお、貴殿は動かぬ気か?」

「っ!!」

「これ以上は待たせてやるな。私は最大限に……場を作ってやったつもりだぞ」

 なにを伝えようとしているのかなど、流石に分かる。
 ブルーノ閣下の瞳の強さが、うじうじと悩む俺を戒めるような鋭さであったから。

「シュイクにも想い人がいるのだが、あいつも……中々に奥手でな」

「シュイクが……?」

「末の息子であるシュイクは、政略に身を置く必要はない。だから自由な恋路には進ませてやりたいと思ってる。団長のお前が背中を見せてやれば、倅も一歩進めるだろうな」

 そんな言葉を吐いて、閣下は俺の背中を押した。
 屈託のない笑みを浮かべて。
  
「気持ちが決まっているなら、さっさと告げる事だな。アーシア嬢を支えてやれ」

 かつてアーシアや俺が、大臣の陰謀解決に導かれたように。
 ブルーノ閣下の手腕で俺の気持ちが自然と導かれていく。

 押された背中と共に、覚悟は決まった。



   ◇◇◇
 

 二日後、王宮内での社交界。
 俺はディノ殿下の許諾を得て、自らアーシアの護衛に志願した。
 社交界で、要らぬ虫が寄らぬための盾となるためだ。

 そして……彼女が会場へ向かう通路へとやって来る。
 
「ヴォルフ様、どうしてここに?」

 いつもと違い、正装に身を包んだ俺に驚きの表情を見せたアーシア。
 だが、俺からすればアーシアの着飾った姿こそ、心奪われる魅力があった。

 綺麗な意匠であり、細かな装飾が彼女の魅力を引き立たせる。
 蒼色のドレスに着飾った姿から、目が話せない。

「アーシア……俺は、君の護衛として、社交界に参加する」

「え? それは、良かったです。一人では不安でしたので」

「……そうだな、一人なら。君を放っておく者はいないだろう」

 この姿を見た貴族令息のどよめきなど、容易に想像できる。
 だからこそ、彼女の護衛についた自身の判断は最善だ。

「でも良かったです。ヴォルフ様に会えると思って、ドレスを選んでおりましたから」

 その言葉に、胸が弾む。
 加えて、彼女が暗に込めた意味に気付いた。

 アーシアは、俺の瞳の色と同じ蒼色のドレスを見に包んだ。
 我が王国の古い風習には、想い人へ気持ちを伝えるために相手の色を身に付けるものがある。
 俺の瞳色と同じドレスに加えて、髪色と同じ金。

 気付いた途端、彼女が伝えたい想いに答えぬ訳にはいかなかった。
 閣下に押されていた背中と共に、俺の想いを……彼女へと伝える。

「アーシア」

「え? っ!!」 


 完璧に気持ちを伝えたいなど、ウダウダと考えて、俺は馬鹿だ
 俺らしく、初めから直球で真っ直ぐ伝えるべきだったのだ。

「君を、誰にも渡したくない……」

「え?」

「アーシアを、愛している。誰よりも」

 突然の告白の意味を理解して、彼女の頬は朱に染まっていく。
 いつも余裕を含んだ表情が溶けて、赤面していくのだ。

 その可憐さが見れるなら、もっとはやく気持ちを伝えておけばと後悔して、俺は彼女の返事を待つ。

「俺は、君の隣にずっといたい」

「……ヴォルフ様」

 バクバクと鳴り響く鼓動、それに気付いたアーシアが俺の胸へと顔を埋めた。
 途端にさらに心臓が跳ねて、彼女は面白そうに笑った。

「すごい、鼓動ですね」

「き、緊張しているから……」

「ずっと待ってましたよ。ヴォルフ様」

「え?」

 不意の返事にアーシアを見つめれば、彼女は俺を見上げて笑った。
 その可憐な笑みと共に、焦がれた想いが俺へと紡がれていく。

「私も、大好きです」

 答えと同時に、彼女を抱きしめる手を抑える事は。
 俺にはもう……出来なかった。
 
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