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三巡目「戻せない選択」

32話

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 フォンド公爵がセレリナへとナイフを向けている瞬間を見た時。
 突然、俺の頭に見知らぬ記憶が流れ込んだ。

「……っ!?」

 アンネッテの死の真相。
 俺の一度目の人生と、セレリナが変えて見せた二度目の人生。
 そして、これが最後の巻き戻りという事実。

「レオ……ン」

 まずい、フォンド公爵が近づける銀色の刃がセレリナの肌へと近づいている。
 巻き戻った彼女の死の間際。
 これが最後であり、死なせる訳にはいかない。
 なのに、足が……動かない。

「っ!! セレリナ……」
 
 怖い、怖くて動けない。  
 目の前で血を流すガデリスやスルードの姿。
 床に広がる赤黒い液体に、恐怖が身体に重くのしかかる。



 セレリナが救いを求めるているの……怯えた足が震えて、一歩も踏み出せない。
 怖くて仕方がない、助けに向かえば……俺が殺され……


『私がそうだったように、私の記憶を継いだレオンは……少しは変われるはず』


 彼女が悪魔と交わした言葉を、ふと思い出す。

 怯えている場合じゃなかった。
 セレリナを救うのは、今しかない。
 幾度も失敗を重ねていた俺が変わるなら……今しかない。
 
 ようやく、足が一歩進む。
 たった一歩、だがその勇気が背中を押した。

「さよならだ、愛しい娘よ」

「っ!!」

 走り出した足は、もう止まらずに……彼女を突き飛ばしていた。

「なにをっ!?」

「レオ……」

 腹部に入ってくる異物の感覚、次に訪れたのは焼けるような痛み。
 あまりの激痛に息ができず、詰まったように声が出ない。

「あ……がっ……」

「無駄な事を……貴様も殺す予定だったんだ、先にとどめを刺してやろう……」

 血塗られたナイフが引きずりだされて、赤黒くそまった刃が再び眼前に迫った。

 激痛と恐怖で息が詰まり、次の手を考えずに飛び出した事を後悔した。

 だが、迫るフォンド公爵の身体が突然大きく突き飛ばされた。

「うぐっ!?!?」

 驚いた。
 ガデリスが激痛に耐えてフォンド公爵へ掴みかかっている。

 勢いよく殴られた衝撃で、フォンド公爵はナイフを落とした。

「ひ、拾え! そのナイフを……ひろ……」

 血を吐き出しつつ、ガデリスは俺を睨む。
 伝えたい事を察し、咄嗟にナイフを拾い上げる。

「くそっ! こんな抵抗をしても無駄というのに」

 ガデリスはセレリナを片手で抱き、荒く息を吐いた。
 剣を握る手は震えながらも、彼女を護るために立ち続けている。
 俺も同様に痛みに耐え、震える手でナイフを持つ。

 相手は無傷どころか、玉座の間の入り口を守っていた騎士達が俺達を殺すために向かってくる。
 状況は変わらずに絶望的だ。

「セ……レリナ様。俺の後ろに……いてください」

「ガデリス……血が……」

「いいのです、貴方が……無事なら」

 ガデリスはセレリナを気遣った後、俺を見つめた。

「まだ……動けるか?」

「あ……あぁ」

 ガデリスは……セレリナを奪った男。
 なんて怒りを抱いていたが、ガデリスの血を流しながらもセレリナを護る姿に恥を感じた。
 その姿に、俺よりも彼女を愛している気持ちを思い知らされる。

「レオ……陛下。まさか……ずっと憎んだ貴方と、セレリナ様を護る日がくるとは……」

「お、俺に…できることは、なにも」

「やるしか……ないだろ。この騒ぎに、きっと衛兵達が駆けつける……そ、それまで時間を稼ぎ、セレリナ様を守れば、我らの勝利だ」

「……っ」

「俺が前に出る。だから、そこで牽制しているだけでいい。頼む……俺は、セレリナ様が死ぬなんて、耐えられない」

 そう言って、引きずった足でガデリスは前に出た。
 血を流した身体で、騎士達と剣戟を始める。

「はやく殺せ! なにをして……」

「っ!!!!」

 唇を噛んで痛みに耐え、傷もいとわずに剣を振るうガデリス。
 彼が剣を振るい、戦い続ける。

 俺は、必死にナイフを落とさぬように立つ事しかできなかった。
 腹から流れ落ちていく血を片手で押さえ、今にも抜け落ちそうな意識を必死に保つ。

 ここで俺が倒たら、ガデリスは後ろを気にして戦う事になる。
 そうなれば終わりだ。




 耐えろ……倒れるな、絶対……倒れるな。


 セレリナを救うんだ。


 これが……最後で……


 …………











 ……








 ……



「……デリス!」




「ガデリス!」


 叫ぶ声に、僅かに瞼を開く。
 俺の傷を、医者が必死を治療している。
 終わったのか?

 見渡せば、フォンド公爵達は取り押さえられていた。
 ガデリスは……? セレリナは……!

「ガデリス! お願い、目を開けて!」

「……もう……大丈夫……大丈夫ですよ。セレリナ様」

 声の方向に、ガデリスへと言葉をかけるセレリナの姿があった。
 彼女の涙は、もう俺には向けられない……
 
 胸が痛くて苦しいのは、きっと傷のせいじゃない。
 幾ら頑張ろうと、彼女の気持ちが振り向く事はないのだと思い知ったからだ。

 それに、今回だってガデリスが居なければ彼女を救えなかった。
 俺はやり直しの機会を与えられても、結局は何も出来ずに、人任せ。


 あぁ……惨めだ。
 俺は無力で、最後まで一人じゃ何も出来なかった。

 後悔と罪悪感しかない。
 俺は、セレリナとアンネッテ……どちらの想いも踏みにじっていた。
 俺が正しい選択をしていれば、違う道もあったのに。

 悔やむうち、意識が遠のいた。
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