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二巡「変化」
28話
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マクシミア公爵が吊っていた紐をガデリスが断ち切る。
公爵は床に落ち、苦し気に咳き込み、私を睨んだ。
「死なせてくれ! 私は……君に話す事などない!」
「そうですか……でも、どうせ死ぬのなら、話すまで痛みを与えられてもいいですよね?」
「っ!?」
「貴方たちの隠し事に付き合う気はないの、こちらは容赦なく吐かせるだけです」
真実を知るために遠慮などしない。
ミランダと公爵の共謀で王家は崩壊しかけ、私は命まで狙われた。
こんな状況では、たとえ亡き親友の家族であろうと悠長に説得なんてしていられない。
ガデリスへと目配せすれば、彼が剣をマクシミア公爵へと向けてくれた。
「ひっ!」
銀光りする刃を瞳に近づけられ、公爵は痛みに怯え、その唇を震わせる。
「話しなさい」
「……」
「なぜ死のうとしたのか、隠している事を全て明かしてください」
「は、話せん。これだけは……我がマクシミア公爵家を守るために、絶対に言えん!」
「すでにマリは虚偽の証言を吐いた事実を認めましたよ? これでは公爵家の存続など不可能です」
「は!? そ、それはマリが勝手にやったことだろう!?」
「いえ、彼女に指示したマクシミア公爵家にも罪を償ってもらいます。元王妃を貶めたのよ? 私が何があっても責任を負わせるわ」
「っ!! そんな……そんな事が許されるわけがない!」
「真に許されないのは、私の罪をでっちあげた貴方達でしょう!?」
「わ、私の公爵家が、守ってきた家が……」
「それを招いたのは貴方です」
私の言葉に、マクシミア公爵は絶望の表情を浮かべた。
諦めたように視線を落とし、小さく呟き出す。
「仕方なかったのだ。私は公爵家を守るために、こうするしかなかった」
「……なにをしたの」
マクシミア公爵は大きく深い息を吐き、覚悟を決めたように視線を上げた。
「アンネッテは自殺した……殺害されたというのは、それを隠すためのウソだ」
「っ!!」
ドクリと胸が跳ねる。
予想外の真実に、声が出せない。
だが、納得する自分もいた。
いつまでも犯人が見つからない訳だ。
存在すらしていないのだから。
「アンネッテは、胸を自分で刺して死んでいた……遺書には、ただ一言『後はお願い』と……謎の書置きを残してな……」
「そんな……」
「私には悲しむ間もなかった。王妃候補だった娘が自殺したとなれば、我が家の信頼は失墜してしまうのだから」
「それで、殺害だと偽ったの……?」
「どうすれば良かったというのだ! 妻は娘の死で廃人となって寝たきりとなった! 残された私達の身を護るため、僻地に身を隠し、娘の死を隠ぺいするため以前の屋敷も取り壊すしかなかっただろう!」
「……」
「仕方なかった! 私は、私は家族のためにしただけだ!」
「恥を知りなさい、貴方のした事は死者への冒涜に違いないわ」
許しを乞う彼の態度に、思わず語気が荒くなる。
仕方ないなんて言葉で片付けていいものじゃない。
彼らの隠し事で私や多くの人々が、どれだけ人生を狂わされたか。
「そこまでの自己保身をしながら、どうしてミランダの話を引き受けたの?」
「……」
「答えなさい!」
「ある人物が埋めた娘の遺体を掘り起こし、自殺だと知られた……」
「っ……!?」
「その者に脅されて、私は従うしかなかった」
「それは、誰なの?」
「大臣のスルードだ。彼が協力するよう脅してきていた」
「っ……」
スルード様と聞き、驚きと共に腑に落ちた気もした。
アンネッテの死について遅々として調査が進まなかったが、彼ならば調査も止める権限もあった。
思えば最後まで私を王妃に繋ぎ止めようと出向いたのは彼だけだ。
彼の真意や、アンネッテの自殺の理由は分からない。
しかし、確かな事実はマクシミア公爵を脅し、スルードが全ての事象を引き起こしていた事だ。
この真実を掴んだのは大きい。
「ゆ、許してくれ! 私たちも脅されていたんだ!」
マクシミア公爵が頭を下げるが、そんな謝罪は意味がない。
死を偽装し、挙句に利用されても黙ったままだった彼らに、一切の同情の必要はない。
「貴方たちは裁きを受けてもらう。その罪は、恐らく家もろとも潰されて……命はないでしょう」
「そ……そんな! 私は必死だっただけなんだ! 許してくれ!」
「謝って済む段階をすでに超えているの。貴方たちのせいで、多くの人が苦しんだのだから!」
親友の死に、どれだけ悲しんだか。
記憶を継ぎ、裏切られたと知って傷つく心も確かにあった。
その上、親友の父まで私が冷遇される一端を担っていたと知り、激情が胸を満たす。
怒りと悲しみが、かき混ぜられたような感覚だ。
「罪を償ってもらいます。スルードと共に」
「っ! ゆ、許してくれ……」
「黙りなさい。直ぐに調書を取り、今の話を貴族たちへ公表します」
「そ、それだけは!」
いい加減にして! と、言いかけた瞬間。
ガデリスが、マクシミア公爵の頭へと足を振り下ろした。
地面がひび割れる勢いの蹴りに、公爵は強く顔を叩きつけられ、もがき苦しむ。
「セレリナ様の苦しみを知りながら……黙っていた貴様らには虫唾が走る」
「ゆ、ゆるひ……」
「指示に従え、いいな」
ガデリスのおかげか、直ぐに話はまとまった。
マクシミア公爵の血印付きの調書をとり、彼らの身柄は捕らえて王立騎士団に引き渡す事に決めた。
スルードがまだ残っているが、これで真相は全て明るみになるはずだ。
◇◇◇
全てが終わったと思い、ガデリスの邸へと戻っていた馬車の中。
私の足元にいたムトがジッと見つめてくる。
「どうしたの?」
「まさか、ここまでたどり着くなんて……お前はすぐに死ぬ予定だったのにな」
「私は生きてみせると言ったでしょう?」
私の返答に、ムトは今まで見せた事がない笑みを浮かべた。
まるで、有言実行した私を認めているような態度だ。
「確かに、お前の言葉は信じられる」
「それはどうも。それより、以前の意味不明な言葉の説明を……」
「お前なら、幾度と人生を繰り返し……諦めて死んだ。あのろくでなしの願いも叶えられるかもな」
「諦めた? 願い? ムト……何を言って」
「最後まで見させてもらうぞ。あいつが諦めた、この不幸だらけの運命を生き残れるのかどうか……」
「ムト、質問に答え––!!」
「期待してる……まだ、終わってないからな」
私の言葉にムトは答えない。
それどころか、姿を隠すように霧となって身体を消してしまった。
言い残された多くの意味深な言葉。
それらの答えを……私は導き出せないでいた。
公爵は床に落ち、苦し気に咳き込み、私を睨んだ。
「死なせてくれ! 私は……君に話す事などない!」
「そうですか……でも、どうせ死ぬのなら、話すまで痛みを与えられてもいいですよね?」
「っ!?」
「貴方たちの隠し事に付き合う気はないの、こちらは容赦なく吐かせるだけです」
真実を知るために遠慮などしない。
ミランダと公爵の共謀で王家は崩壊しかけ、私は命まで狙われた。
こんな状況では、たとえ亡き親友の家族であろうと悠長に説得なんてしていられない。
ガデリスへと目配せすれば、彼が剣をマクシミア公爵へと向けてくれた。
「ひっ!」
銀光りする刃を瞳に近づけられ、公爵は痛みに怯え、その唇を震わせる。
「話しなさい」
「……」
「なぜ死のうとしたのか、隠している事を全て明かしてください」
「は、話せん。これだけは……我がマクシミア公爵家を守るために、絶対に言えん!」
「すでにマリは虚偽の証言を吐いた事実を認めましたよ? これでは公爵家の存続など不可能です」
「は!? そ、それはマリが勝手にやったことだろう!?」
「いえ、彼女に指示したマクシミア公爵家にも罪を償ってもらいます。元王妃を貶めたのよ? 私が何があっても責任を負わせるわ」
「っ!! そんな……そんな事が許されるわけがない!」
「真に許されないのは、私の罪をでっちあげた貴方達でしょう!?」
「わ、私の公爵家が、守ってきた家が……」
「それを招いたのは貴方です」
私の言葉に、マクシミア公爵は絶望の表情を浮かべた。
諦めたように視線を落とし、小さく呟き出す。
「仕方なかったのだ。私は公爵家を守るために、こうするしかなかった」
「……なにをしたの」
マクシミア公爵は大きく深い息を吐き、覚悟を決めたように視線を上げた。
「アンネッテは自殺した……殺害されたというのは、それを隠すためのウソだ」
「っ!!」
ドクリと胸が跳ねる。
予想外の真実に、声が出せない。
だが、納得する自分もいた。
いつまでも犯人が見つからない訳だ。
存在すらしていないのだから。
「アンネッテは、胸を自分で刺して死んでいた……遺書には、ただ一言『後はお願い』と……謎の書置きを残してな……」
「そんな……」
「私には悲しむ間もなかった。王妃候補だった娘が自殺したとなれば、我が家の信頼は失墜してしまうのだから」
「それで、殺害だと偽ったの……?」
「どうすれば良かったというのだ! 妻は娘の死で廃人となって寝たきりとなった! 残された私達の身を護るため、僻地に身を隠し、娘の死を隠ぺいするため以前の屋敷も取り壊すしかなかっただろう!」
「……」
「仕方なかった! 私は、私は家族のためにしただけだ!」
「恥を知りなさい、貴方のした事は死者への冒涜に違いないわ」
許しを乞う彼の態度に、思わず語気が荒くなる。
仕方ないなんて言葉で片付けていいものじゃない。
彼らの隠し事で私や多くの人々が、どれだけ人生を狂わされたか。
「そこまでの自己保身をしながら、どうしてミランダの話を引き受けたの?」
「……」
「答えなさい!」
「ある人物が埋めた娘の遺体を掘り起こし、自殺だと知られた……」
「っ……!?」
「その者に脅されて、私は従うしかなかった」
「それは、誰なの?」
「大臣のスルードだ。彼が協力するよう脅してきていた」
「っ……」
スルード様と聞き、驚きと共に腑に落ちた気もした。
アンネッテの死について遅々として調査が進まなかったが、彼ならば調査も止める権限もあった。
思えば最後まで私を王妃に繋ぎ止めようと出向いたのは彼だけだ。
彼の真意や、アンネッテの自殺の理由は分からない。
しかし、確かな事実はマクシミア公爵を脅し、スルードが全ての事象を引き起こしていた事だ。
この真実を掴んだのは大きい。
「ゆ、許してくれ! 私たちも脅されていたんだ!」
マクシミア公爵が頭を下げるが、そんな謝罪は意味がない。
死を偽装し、挙句に利用されても黙ったままだった彼らに、一切の同情の必要はない。
「貴方たちは裁きを受けてもらう。その罪は、恐らく家もろとも潰されて……命はないでしょう」
「そ……そんな! 私は必死だっただけなんだ! 許してくれ!」
「謝って済む段階をすでに超えているの。貴方たちのせいで、多くの人が苦しんだのだから!」
親友の死に、どれだけ悲しんだか。
記憶を継ぎ、裏切られたと知って傷つく心も確かにあった。
その上、親友の父まで私が冷遇される一端を担っていたと知り、激情が胸を満たす。
怒りと悲しみが、かき混ぜられたような感覚だ。
「罪を償ってもらいます。スルードと共に」
「っ! ゆ、許してくれ……」
「黙りなさい。直ぐに調書を取り、今の話を貴族たちへ公表します」
「そ、それだけは!」
いい加減にして! と、言いかけた瞬間。
ガデリスが、マクシミア公爵の頭へと足を振り下ろした。
地面がひび割れる勢いの蹴りに、公爵は強く顔を叩きつけられ、もがき苦しむ。
「セレリナ様の苦しみを知りながら……黙っていた貴様らには虫唾が走る」
「ゆ、ゆるひ……」
「指示に従え、いいな」
ガデリスのおかげか、直ぐに話はまとまった。
マクシミア公爵の血印付きの調書をとり、彼らの身柄は捕らえて王立騎士団に引き渡す事に決めた。
スルードがまだ残っているが、これで真相は全て明るみになるはずだ。
◇◇◇
全てが終わったと思い、ガデリスの邸へと戻っていた馬車の中。
私の足元にいたムトがジッと見つめてくる。
「どうしたの?」
「まさか、ここまでたどり着くなんて……お前はすぐに死ぬ予定だったのにな」
「私は生きてみせると言ったでしょう?」
私の返答に、ムトは今まで見せた事がない笑みを浮かべた。
まるで、有言実行した私を認めているような態度だ。
「確かに、お前の言葉は信じられる」
「それはどうも。それより、以前の意味不明な言葉の説明を……」
「お前なら、幾度と人生を繰り返し……諦めて死んだ。あのろくでなしの願いも叶えられるかもな」
「諦めた? 願い? ムト……何を言って」
「最後まで見させてもらうぞ。あいつが諦めた、この不幸だらけの運命を生き残れるのかどうか……」
「ムト、質問に答え––!!」
「期待してる……まだ、終わってないからな」
私の言葉にムトは答えない。
それどころか、姿を隠すように霧となって身体を消してしまった。
言い残された多くの意味深な言葉。
それらの答えを……私は導き出せないでいた。
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