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二巡「変化」
27話
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レオンから教えられた場所はコリウス王国の辺境地だった。
近隣の街から離れて、人目を避けるような場所にアンネッテの両親と侍女が移り住んでいるようだ。
どうしてそんなところに? という疑問を残るが、手がかりはこれだけなので向かうしかない。
「着きましたよ、セレリナ様」
「ありがとう、ガデリス」
「お手に触れても?」
「ええ、お願い」
辺境ゆえに道が整備されておらず、高い車高の馬車で来たので私が下りるのは難しい。
手助けを申し出てくれたあガデリスの手を握れば、ふわりと身体が持ち上げれられる。
「え……」
「セレリナ様、最近は忙しくてお忘れでしょうけど。俺は全て終われば、貴方に想いを伝えるために容赦しないつもりですからね」
そんなことを言って私を横抱きする彼は、真っ直ぐに見つめてくる。
以前の言葉を忘れぬように告げてきたのだろう。
改めて言われてしまえば、少し気恥ずかしい。
「分かっていますよ、全て終われば……私に遠慮はしなくていいわ」
「っ!! 嬉しいです……セレリナ様」
これは、もう想いを伝えているのと同じでは?
思いつつも今は蓋をし、たどり着いた屋敷へと視線を移す。
アンネッテの父親は、マクシミア公爵家の現当主で地位ある方だ。
なのに、彼らが住んでいるはずの屋敷は酷く寂れており、庭も荒れている。
まるで住んでいる事を知らせなくないような佇まいだ。
マクシミア公爵は当主としての仕事を数年も代理に任せているらしく、近況を知る者はいない。
どうして……人目を避けるような暮らし方をしているのか、聞いてみないと分からないだろう。
「不気味ね……」
「大丈夫です、おれがいますから」
「頼もしいわ、ありがとう……ガデリス」
屋敷の呼び鈴を鳴らすが、返事はない。
しつこく鳴らし続ければ、ようやく扉が開いた。
「誰ですか? いきなりの来訪なんて迷惑で––」
扉を開いたのは、私も知る人物だ。
アンネッテの侍女だったマリという女性……ようやく会えた。
彼女は私の姿を確認した途端、驚きの声を漏らして扉を閉めようとした……が。
「貴様が……セレリナ様を貶めた侍女か……?」
「ひっ!!」
ガデリスが木製の扉を突き破り、侍女の腕を握って止める。
……なんて怪力だ。
でも、有難い。これで逃げられる事は無い。
「話をしたいの? いいかしら?」
「あ……あの……」
侍女のマリは言い淀むが、ガデリスの眼光に逃げられぬと判断したのだろう。
コクリと頷き、中へと案内してくれた。
「マリ、誰が来た……っ」
マクシミア公爵が、物音に気付いて顔を見せる。
彼らも私の姿を見て酷く驚いていた。
久々に会っただけにしては、明らかに異様な反応だ。
「急な来訪で申し訳ありません、話をさせてもらえますか?」
「わ、分かった……君の要件は承知している。私は直ぐに向かうから、マリと客室で待っていてくれ」
思ったよりもすんなり受け入れた彼に謝意を示しつつ、怯えたマリに客室へと案内される。
「そ、それでは私は……これで」
「待ちなさい、私はむしろ貴方に一番用があるのよ」
「っ!!」
ガデリスが扉を塞ぐように立ち、怯えた表情のマリが視線を泳がせる。
私達がなぜ来ているのか、当然分かっているはずだ。
なにせ、私がアンネッテを殺したなんてありもしない虚言を吐いたのは彼女なのだから。
「聞かせなさい、どのような理由で……私がアンネッテを殺したなんて虚偽を吐いたの」
「……」
「答えろ。貴様らの沈黙に付き合う気はない」
「ひっ!!」
苛立ったように言葉を強めたガデリスが、マリの首を掴んで持ち上げる。
さらに鞘を払った剣先を、脅すように頬へ突きつけた。
「言え」
「い、嫌よ! 私は……死罪になんてなりたくな––」
もう、それが証言しているようなものだけどね……
当然ながらガデリスも疑いを確信とし、ためらいなくマリの頬を薄く裂いた。
「あぁぁぁぁ!!!!!! 痛い!」
「言え、誰に命じられ……なぜ従ったのかを」
「いたい、いたいぃ……」
「言え」
「ひっ……!! わ、分かりました。話すから、剣を向けないで……」
ガデリスには感謝したい。
私では、こういった脅しは出来ずに時間をかけてしまっていただろう。
首を離され、暫く咳き込んだマリは恐る恐ると真相を告げた。
「ミ、ミランダ様に、噓の証言をすれば……多額の謝礼を支払うと言われたのです」
「それで、噓の証言をしたというの?」
「はい。セ、セレリナ様が処刑されれば……証言を取り消して欲しいとも言われました。そうすればさらに数倍払うと……」
前回の記憶通り、レオンに責任を被せるための計画だ。
ミランダの思惑は想定通りだ。
だが、私には彼女が他に理由を隠しているように思えた。
「貴方、お金目的と言ったけれど……腐っても公爵家の使用人、死罪になるようなウソをつくほどお金には困っていないでしょう?」
「っ!?」
「言いなさい。なにか隠しているのでしょう?」
「旦那様に……ミランダ様の話を引き受けるように言われたのです」
マクシミア公爵が関わっていたという事実に、彼は金銭以上の秘密を抱えているのだと分かる。
「そんな事を受け入れたのは、マクシミア公爵がこんな寂れた地に移り住んだ理由と関係しているのかしら?」
「そ、それは……」
「来る前に調べたわ。公爵家はアンネッテが亡くなってすぐにこの地に移住しているようね。それには何か秘密を抱えているのではなくて?」
「……」
「アンネッテの死に、何か隠し事があるの?」
「っ!! わ、私からは言えません! 旦那様に、お聞きください……!」
驚く反応を見るに、恐らく当たりだ。
彼らはアンネッテの死について、何かを隠しているような予感がする。
「すぐにマクシミア公爵を呼びましょ……」
言いかけた瞬間、客室の上階からゴトリと音が聞こえた。
同時に「うっ……あっ……」と、もがき苦しむ声が響く。
「っ……ガデリス、見に行きましょう」
「はい!」
違和感を確かめるため、上階へ向かう。
声が漏れ聞こえる部屋の扉を、警戒しながら開くと、そこには……
「なにをしているの!!」
部屋には吊り揺れる影が一つ。
首を吊って苦しみもがく……マクシミア公爵の姿があった。
やはり彼は、死を覚悟するような秘密を隠している。
目の前で自殺を図ったマクシミア公爵の姿に、私の考えは確信に変わった。
近隣の街から離れて、人目を避けるような場所にアンネッテの両親と侍女が移り住んでいるようだ。
どうしてそんなところに? という疑問を残るが、手がかりはこれだけなので向かうしかない。
「着きましたよ、セレリナ様」
「ありがとう、ガデリス」
「お手に触れても?」
「ええ、お願い」
辺境ゆえに道が整備されておらず、高い車高の馬車で来たので私が下りるのは難しい。
手助けを申し出てくれたあガデリスの手を握れば、ふわりと身体が持ち上げれられる。
「え……」
「セレリナ様、最近は忙しくてお忘れでしょうけど。俺は全て終われば、貴方に想いを伝えるために容赦しないつもりですからね」
そんなことを言って私を横抱きする彼は、真っ直ぐに見つめてくる。
以前の言葉を忘れぬように告げてきたのだろう。
改めて言われてしまえば、少し気恥ずかしい。
「分かっていますよ、全て終われば……私に遠慮はしなくていいわ」
「っ!! 嬉しいです……セレリナ様」
これは、もう想いを伝えているのと同じでは?
思いつつも今は蓋をし、たどり着いた屋敷へと視線を移す。
アンネッテの父親は、マクシミア公爵家の現当主で地位ある方だ。
なのに、彼らが住んでいるはずの屋敷は酷く寂れており、庭も荒れている。
まるで住んでいる事を知らせなくないような佇まいだ。
マクシミア公爵は当主としての仕事を数年も代理に任せているらしく、近況を知る者はいない。
どうして……人目を避けるような暮らし方をしているのか、聞いてみないと分からないだろう。
「不気味ね……」
「大丈夫です、おれがいますから」
「頼もしいわ、ありがとう……ガデリス」
屋敷の呼び鈴を鳴らすが、返事はない。
しつこく鳴らし続ければ、ようやく扉が開いた。
「誰ですか? いきなりの来訪なんて迷惑で––」
扉を開いたのは、私も知る人物だ。
アンネッテの侍女だったマリという女性……ようやく会えた。
彼女は私の姿を確認した途端、驚きの声を漏らして扉を閉めようとした……が。
「貴様が……セレリナ様を貶めた侍女か……?」
「ひっ!!」
ガデリスが木製の扉を突き破り、侍女の腕を握って止める。
……なんて怪力だ。
でも、有難い。これで逃げられる事は無い。
「話をしたいの? いいかしら?」
「あ……あの……」
侍女のマリは言い淀むが、ガデリスの眼光に逃げられぬと判断したのだろう。
コクリと頷き、中へと案内してくれた。
「マリ、誰が来た……っ」
マクシミア公爵が、物音に気付いて顔を見せる。
彼らも私の姿を見て酷く驚いていた。
久々に会っただけにしては、明らかに異様な反応だ。
「急な来訪で申し訳ありません、話をさせてもらえますか?」
「わ、分かった……君の要件は承知している。私は直ぐに向かうから、マリと客室で待っていてくれ」
思ったよりもすんなり受け入れた彼に謝意を示しつつ、怯えたマリに客室へと案内される。
「そ、それでは私は……これで」
「待ちなさい、私はむしろ貴方に一番用があるのよ」
「っ!!」
ガデリスが扉を塞ぐように立ち、怯えた表情のマリが視線を泳がせる。
私達がなぜ来ているのか、当然分かっているはずだ。
なにせ、私がアンネッテを殺したなんてありもしない虚言を吐いたのは彼女なのだから。
「聞かせなさい、どのような理由で……私がアンネッテを殺したなんて虚偽を吐いたの」
「……」
「答えろ。貴様らの沈黙に付き合う気はない」
「ひっ!!」
苛立ったように言葉を強めたガデリスが、マリの首を掴んで持ち上げる。
さらに鞘を払った剣先を、脅すように頬へ突きつけた。
「言え」
「い、嫌よ! 私は……死罪になんてなりたくな––」
もう、それが証言しているようなものだけどね……
当然ながらガデリスも疑いを確信とし、ためらいなくマリの頬を薄く裂いた。
「あぁぁぁぁ!!!!!! 痛い!」
「言え、誰に命じられ……なぜ従ったのかを」
「いたい、いたいぃ……」
「言え」
「ひっ……!! わ、分かりました。話すから、剣を向けないで……」
ガデリスには感謝したい。
私では、こういった脅しは出来ずに時間をかけてしまっていただろう。
首を離され、暫く咳き込んだマリは恐る恐ると真相を告げた。
「ミ、ミランダ様に、噓の証言をすれば……多額の謝礼を支払うと言われたのです」
「それで、噓の証言をしたというの?」
「はい。セ、セレリナ様が処刑されれば……証言を取り消して欲しいとも言われました。そうすればさらに数倍払うと……」
前回の記憶通り、レオンに責任を被せるための計画だ。
ミランダの思惑は想定通りだ。
だが、私には彼女が他に理由を隠しているように思えた。
「貴方、お金目的と言ったけれど……腐っても公爵家の使用人、死罪になるようなウソをつくほどお金には困っていないでしょう?」
「っ!?」
「言いなさい。なにか隠しているのでしょう?」
「旦那様に……ミランダ様の話を引き受けるように言われたのです」
マクシミア公爵が関わっていたという事実に、彼は金銭以上の秘密を抱えているのだと分かる。
「そんな事を受け入れたのは、マクシミア公爵がこんな寂れた地に移り住んだ理由と関係しているのかしら?」
「そ、それは……」
「来る前に調べたわ。公爵家はアンネッテが亡くなってすぐにこの地に移住しているようね。それには何か秘密を抱えているのではなくて?」
「……」
「アンネッテの死に、何か隠し事があるの?」
「っ!! わ、私からは言えません! 旦那様に、お聞きください……!」
驚く反応を見るに、恐らく当たりだ。
彼らはアンネッテの死について、何かを隠しているような予感がする。
「すぐにマクシミア公爵を呼びましょ……」
言いかけた瞬間、客室の上階からゴトリと音が聞こえた。
同時に「うっ……あっ……」と、もがき苦しむ声が響く。
「っ……ガデリス、見に行きましょう」
「はい!」
違和感を確かめるため、上階へ向かう。
声が漏れ聞こえる部屋の扉を、警戒しながら開くと、そこには……
「なにをしているの!!」
部屋には吊り揺れる影が一つ。
首を吊って苦しみもがく……マクシミア公爵の姿があった。
やはり彼は、死を覚悟するような秘密を隠している。
目の前で自殺を図ったマクシミア公爵の姿に、私の考えは確信に変わった。
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