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二巡「変化」

25話

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「ち、ちがうのよゴルド……これは、違うのよ。信じて……」

「ミランダ……」

 必死に弁明の言葉を吐くミランダに対して、ゴルド様は瞳を潤ませる。
 生涯を共にすると誓った伴侶の裏切りに、悲しみを感じているようだった。

 だが、彼は視線を向ける貴族たちに気付いて涙をぬぐった。
 王家として、毅然とした対応すると決めたのだろう。

「どうして、こんな事をした、ミランダ」

「違うの、違うのよ! 信じて……お願いだから!」

「証拠品が出て、もはや言い逃れなどできない! 理由を明かせ!」

 語気を強めて問い詰め、ゴルド様はミランダの腕を掴む。
 だが、彼女はそれでも口をつぐんだままだった。

「っ!! この! なぜ理由を明かさない!」

「っ!」

 軽快な音が響き、ミランダの頬へとゴルド様が平手を打った。
 それでも黙る彼女へ、さらに数回。

「どうして、お前はもっと素直だったはずだ……」

「……」
 
 あくまで沈黙を貫く気のようだ。
 彼女に指示した人物を聞いても、応えることに期待はできそうにない。

「言わぬならいい。お前に相応の処罰を下すだけだ」

「っ……そんな、やめて。ゴルド」

「王家の血を害するのは、例え我が妻であっても死罪だ」

「あ……あぁぁぁ……お願い聞いて! スルードを呼んで、本当に私が罪を犯したか、彼に調査させて!」

「見苦しい言い訳はするな! 連れて行け! 理由も尋問して吐かせろ」

 指示に従い、衛兵達がミランダを連行していく。
 王妃だった彼女は抵抗するが、虚しく引きずられていく。
 そこに、煌びやかなミランダはもう居なかった。

「や! やだ! 離しなさい! 私を…だれだと思って!」

 黙ったままのゴルド様は、自身を裏切った伴侶へと背中を向ける。
 そして、私へと視線を移した。

「……セレリナ、すまなかった。ミランダの思惑に気付けず……私はなんと節穴だろうか。君の忠告に従うべきだった」

「……」

 私とて、レオンの前回の記憶が無ければ導きだせなかった結論だ。
 ミランダは問題を起こさず、自己の意見を言わない静かな人の印象があった。
 故に、記憶を継ぐ前まで暗躍していたなど知る由もなかった。
 
 だけど、かといってゴルド様の謝罪を受け入れてはならない。
 この機を逃さず、私の要求を押し通そう。
 
「ゴルド様、もう一つ……私の忠告に従うべき事があったはずです」

「っ!!」

 以前に要求した言葉を思い出したのか、瞳を見開くゴルド様と、その背後で呆然としていたレオンも蒼白となって唇を強張らせた。

「レオンの王位のはく奪、これを早急に実行ください」

「……そ、それは」

「セレリナ! 俺の母が犯した罪と、なんの関係が……」

 レオンが口を挟むが、視線も向けずに答える。

「そのミランダに貴方は焚きつけられていたのでしょう?」

「っ!!」

「ゴルド様、ご判断ください。今件も関係なく、レオンの失態で王家の信頼は失墜しています。レオンは然るべき処罰を受けねば、国民達は納得いたしません」

「……」

 長く、長く。
 眉間にしわを寄せ、ゴルド様は長考する。
 一気に状況が変わって混乱しているのだろうが、答えを待っていられない。

「ご判断を」

「……分かった。早急にレオンの王位は一時失効し、代理の王を暫し私が勤める。セレリナを無理に捕らえるような行為は禁じよう」

 よし、決断してくれた。
 これでレオンに強制的に捕らえられる最悪の展開は無い。

「ち、父上……!」

「レオン、これは私の決断だ。お前とミランダへの取り調べは早急に進める。アンネッテの件についても再調査をしよう。セレリナ……よければ君は王家に留まってくれないか?」

「申し訳ありませんが、私は独自にアンネッテの事件の真相を追います」


 戻ってなるものか。
 裏で糸を引く人物には、まだ見当がついていないのだ。
 ミランダも簡単に白状しそうになく、待ってもいられない。
 心当たりがありそうな、アンネッテの侍女と早急に会う必要がある。

 断りの言葉を吐き、踵を返した私へとレオンが声をかけてきた。

「セ、セレリナ……お前に話が……」

「私にはありません」

「待て! セレリナ! 行かないでくれ……」

 レオンは手を伸ばし、私を掴もうとする。
 しかし……傍で見守っていたガデリスがその手を止めて、鋭い眼光で射貫いた。

「触れるな」

「っ……セレリナ。俺は……反省し––」

「疑った事は間違っていた。反省している……とでも言いたいのですか?」

「っ!?」

 驚いた表情を見るに、当たりのようだ。

「謝れば、私を傷つけた過去が清算されるとお思いですか?」

「……」

「もう、どれだけ望まれても貴方の隣に立つ日はありません」

「セレリナ……セレリナ、待ってくれ、俺は……後悔して」

 膝を落とし、自責の念に呑まれたレオンだが……
 彼を慰め、支えていた自分とは決別した。
 どれだけ後悔されようが、振り返りはしない。

「セレリナ……俺は間違っていたんだ。母に……騙され……」
  

 レオンが吐く懺悔の言葉など、聞く必要もない。
 彼に背を向けて、社交界の場を後にした。



   ◇◇◇




 会場を抜けてすぐ、私の肩に乗るムトが呟く。

「本当にお前が言った通り、運命は変わるのかもしれないな……」

 ガデリスの前だから、ムトの言葉に応えられない。
 突然、なにを言いだしているの。

「あいつが何百と繰り返して成し遂げられなかった事を、お前なら……」

「え?」

 耳元で呟かれた意味深な言葉に、思わず聞き返してしまう。
 ガデリスの戸惑いも無視してムトを見つめるが、彼はそれ以上何も言わずに黙ったままだった。
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