【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか

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二巡「変化」

20話

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 ガデリスの邸は、想像よりも大きく立派だ。
 庭先には、薔薇まで咲いている。
 明るいランタンが玄関までの道を照らす様相など、神秘的にすら感じた。

「気に入っていただけましたか?」

「そ……うですね。驚きました」

「没落した貴族の邸を安く購入できたのです。それに……同居人もおりますよ」

「同居人?」

「ええ、入れば分かります」

 屋敷へと入れば、綺麗に清掃されている玄関にほっと息が漏れる。
 温かみのある内装……理想的な屋敷だ。

「おや……セレリナ様ではないですか」

「っ!! え?」 

 しわがれた声に視線を向ければ、一人の老婆が出迎えてくれていた。
 腰を曲げ、白髪に染まった髪、優し気な笑みは忘れるはずもない。

「ラザばあ!?」

 ラザ。彼女は私が幼い頃に世話をしてくれていた侍女だ。
 数年前に引退したが、なぜここに……?

「セレリナ様、おひさしゅうございます」

「ど、どうしてガデリスの邸に?」

「引退してからゆっくり過ごせる土地を探していれば、ガデリスが屋敷に住んでいいと言ってくれてね」

「そ、そうなのですか?」

「ええ、俺は騎士の任で普段は邸に居ないですし、ラザさんが住んでくれれば空き家にならず、趣味の菜園で庭も綺麗にしてくれて助かりますから」

 驚きに声が出ない。
 奇しくも、幼少期から私の傍に居てくれた二人が全てを捨てた先で共に居てくれるなんて。
 こんなに心が安らぐ事は無い。

「でも、ガデリス。普段は邸で過ごさぬのに、なぜこんな広い屋敷を?」

「っ!!?!」

 思わず問いかけた言葉に、ガデリスは視線をさ迷わせた。

「そ……それは」

「ガデリスは、セレリナ様を想って購入していたのですよ」

「ラザさん!?」

 ガデリスが言いよどんだ内容を、ラザばぁは笑いながら口にする。
 やっと言えたというように、どこか嬉しそうだ。

「ガデリスは、いつか貴方が王宮での日々に耐えられない日がくるのではと、気にかけていたのですよ。だから……もしも貴方が逃げたいと言った時、過ごせる場所を作っておきたいらしくてねぇ」

「ら、ラザさん。それは、言わない約束のはずで……」

「……ガデリス。ありが」

 お礼を言いかけた所で、ガデリスが顔を真っ赤になって俯く。
 見た事がないほど羞恥に染まった顔だ。

「ガデリス……?」

「き、きき気持ち悪いですよね。貴方を想い続けて……ずっと諦められなくて……執着心の塊なんですよ、俺は……」
 
「そんな事はありませんよ。ガデリス……」

 彼の手に触れる。
 ピクリと跳ねた手が、徐々に熱く真っ赤になっていく。
 真っ赤になった頬と共に、彼は私を見つめた。

「貴方のおかげで、全てを捨てても暮らす場所があるのよ」

「っ……」

「ありがとう。すごく助かったわ」

 呟き、彼の頬に触れた。
 途端に熱くなっていく頬。
 加えて、彼の瞳が潤み始める。

「泣いて……いるの?」

「す、少し顔を冷ましてきます」

 逃げるように去っていく彼の背を見ていれば、ラザばぁが面白そうに笑った。

「仕方ないよ。ガデリスはちっこい頃から、セレリナ様を想い続けてたんだから」

「小さい頃から?」

「むかし、セレリナ様が倒れていた孤児のガデリスを屋敷に連れ帰るよう、泣いて頼んでらしたじゃないですか。お父様の反対も押し切って、助けてほしいとね」

「そんな事が……」

「おや、忘れておりましたか? あの子はずっと、その恩を胸に貴方の傍に居たんですよ」

 ……記憶には無い、はるか過去の話。
 そんな幼少期から私を想っていてくれたの?
 恋情を殺して傍に居る事がどれだけ辛いか、容易に想像できるからこそ、彼には感謝がこみ上げる。

「……ガデリス。ありがとう」

 彼の想いを、今は噛み締めたい。
 王妃を辞めて良かった、こんなに嬉しい事が知れたのだから。




   ◇◇◇




 その後、ガデリスへのお礼にと簡単なスープを作る。
 なのにガデリスったら、「セレリナ様の手料理など……心の準備ができておりません!」と、今もスープの前で手を合わせて神に感謝している。
 大げさだ。

「それにしても、銀のカテラリーなんて高かったでしょう?」

 私はスープを掬う匙を見て呟く。
 銀製など、高位貴族と王家ぐらいしか使わない品だ。
 毒に反応する銀は、かなり高価なのに。

「セレリナ様といつか食事できると思い、用意していました。こんなに幸せな時に、貴方へ害があってはなりませんから」

 どこまで私を気にかけてくれているのか、想像は出来そうにない。

「ふふ。ありがとう……それより早く食べて。ガデリス」

「も、もう少し心の準備をさせてください! こんな日が来るなんて……感謝します、セレリナ様、神様」

 真っ赤に頬を火照らしたガデリスが、未だに祈りを続けている。
 仕方ない、私は先に頂こう。

「……たく、面白くねぇな」

「ムト?」

 私の足元にいたムトが悪態を吐き、その瞳を向ける。

「お前らが絶望に落ちると思って見に来たのに……最悪だ。以前のお前とまるで違うじゃねぇか」

「人はキッカケ次第で変わるものですからね」

「はん、あのろくでなしの王も変わるとでも言うのか?」

 レオンの事を指した言葉。
 だが……当然ながら私の答えは頷きだ。

「変わるかもしれませんね。かといって私は許しませんけど」

「ちっ。お前がもっと絶望してくれりゃ楽しめるんだが」

「悪趣味な考えね」

「…………悪趣味なのは、お前ら人間じゃねぇか」

「どういう意味よ」

 ムトは暫し考えた後、深いため息と共に……どこか悲壮感を漂わせて話し出す。

「俺だって元は、人間を好きで見ていたんだ」

「なっ……貴方が人間を?」

「あぁ。だがな、何百、何千年と人間を見てきたが……いつだって末路は欲深い者達の争いで終わる。無関係な者達が犠牲になり、見てるだけで辛い」

「……」

「生きる以外の欲を抱くのはお前ら人間ぐらいだ。だから俺は人間が嫌いになった。お前ら全員の不幸を望めば……誰が死んだってなにも感じない」

 ムトが漏らした本音。
 想像もできぬ時間、人間を見続けた彼の想いなど分かる事はできない。
 だが……

「私は死にませんよ。だから安心しなさい」

「は? お前の運命は……絶望で……」

「きっと助かる。現にこうして私は生きてるもの」

「……ふん、せいぜい足掻いてみろ。つまらないが、最後までは見ておいてやるよ」

 いつもの悪態だが、ムトの返す言葉は少し明るい。
 照れたように不貞腐れているので、スープを掬ってムトへと差し出す。
 
「つまらないなら、せめて美味しい物でも食べときなさい」

「……」

「要らないの?」

 ムトは暫し考えた後、私が差し出したスープをペロリと舐めた。

「もう一杯よこせ」

 案外、美味しいものも好きみたいだ。





   ◇◇◇

 


 ガデリスの邸にやってきて、十日が経つ。
 その間、私は身を隠しつつアンネッテの侍女の所在を探す。
 侍女に加え、アンネッテの両親も行方が知れない事も気にかかる。

 とりあえず侍女の証言を覆すだけで、ミランダの罪は確定して、私は無罪と証明できる。
 なんとしても探しださねば……

「……セレリナ様、お客様が来ましたよ」

「え? 誰が……?」

 ラザばぁが、私の元へと訪れた客人を出迎えてくれていたようだ。
 来訪は……大臣のスルード様だった。
 客室には警戒したガデリスがすでにおり、二人でスルード様と対面する。

「スルード様……どうしてここが」

「申し訳ありません、セレリナ様が行方不明だったため。ガデリス殿の住所を調べました」

 ここを知った理由を話し終えた途端。
 スルード様は、突然頭を下げた。

「無理を承知でお願いいたします。どうか王妃に戻ってください! レオン陛下一人では、王家を背負う事はできません!」

「え?」

「陛下は、この僅かな間で大きく信頼を損なってしまったのです!」

 スルード様は、悲痛な声で願いを漏らす。
 そして……私が不在の間にレオンが犯した失態を話し始めた。

 その内容は、正直に言って私が望んでいた……
 王家に非難が集まる兆しでもあった。
 
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