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二巡「変化」
17話
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私が王妃を辞めると聞き、傍に居たスルード様が動揺を示す。
「セレリナ様……ど、どうかお考え直しください!」
「そ、そうだ! 待ってくれ! どうか!」
二人の制止は必死であった。
だが、私の考えは変わらない。
「いえ、今すぐにレオン様達の処罰をお決めくださらねば、私は王妃を降ります」
「か、考え直してくれないかセレリナ。確かにレオンには悪い部分が多い、だが……あいつはまだ未熟なのだ。どうか寛大な処置を……」
ゴルド様は頭を下げて頼み込むが、それを受けいれはしない。
もう、何回も、何十回だって彼の罵倒や、侮辱を許してきた。
寛大な処置なんて……何度だって与えてきている。
「申し訳ありませんが、受け入れられません」
「ス、スルード……セレリナを止めてくれ!!」
ゴルド様が、スルード様へと呟く。
だが、彼は眉根をしかめて首を横に振った。
「セレリナ様がここまで固く決めたなら、私ではもう……異議を挟むなどできません」
「……な……そんな」
「ゴルド様。お決めください」
詰めるように問いかければ、彼は再びスルード様へと叫ぶ。
「す、直ぐにレオンとミランダを呼び出せ! セレリナへと謝罪をさせろ!」
「っ! 直ぐに呼び出します!」
あぁ、どうやら彼らの謝罪で事を収めようというのだろう。
残念ながら、それで譲歩する気もない。
◇◇◇
呼び出されたレオンや、ミランダ。
二人は、罰の悪い子供のように沈黙して入室した。
「ち、父上……お呼びでしょうか?」
「ゴルド……?」
「お前達は、なにをしたのか分かっているのか? 侍女の証言のみでセレリナを疑い、罪を負わせようしたのだぞ」
「っ……」
「……直ぐに謝罪をするんだ」
別に謝罪など必要ない……
私にとって、幾ら頭を下げられたとって、その行為に一切の価値はない。
「ち、父上! セレリナがアンネッテを殺したと確かに証言が出て、疑惑が確信となったのですよ?」
「黙れ! そのような妄言を信じ……こうして彼女の怒りをかっているのだ。彼女が妃を降りれば、どれだけの惨事となるか分かるのか……」
「なにを言っているのです……セレリナが居なくとも、俺だけでもどうにかなります! こんな女に思い上がらせてはなりません!」
「馬鹿が……セレリナは今や国民に愛される妃だ。王家の不始末で王妃を降りれば、我が王家の求心力は地に落ちるぞ」
「そんなはずがない! セレリナはそこまで民に愛されているはずがありません」
「彼女は幾つもの貴族の中を取り持って事業を起こして国益をあげている。その国益で、民への税率を下げる事が出来たのだって彼女のおかげだ!」
「そっ……それは」
「お前の選択を、貴族が黙っていると思うか?」
「……彼女はアンネッテを殺したのです。そうでなければ……疑っていた俺は……俺の人生は……」
レオンは表情をしかめ、苦悶する。
そして長い葛藤の末に、首を横に振った。
「やはり俺は、間違ってなどいません父上。アンネッテの命を奪ったセレリナに、謝罪などできない」
やはり、彼の頑固な考えは変えられそうにない。
私が死に、ミランダに追い詰められるまで考えを変えなかった人だ。
そう簡単に変わるはずないか。
「こ、この馬鹿が!」
「っ!!?!」
ゴルド様は身を起こしてレオンを殴りつけ、そのまま襟首を掴み上げる。
凄まじい怒りを眉の辺りに這わせ、声が枯れる程の怒声をレオンへと浴びせた。
「セレリナに罪を着せるなど、絶対に許さん! お前が王命を使っても私が止める!」
「ち、父上!」
「国益も考えぬ息子の愚行を、これ以上王家の判断にしてなるものか!」
これは、思ったよりもいい展開に転がってくれた。
間接的にだが、レオンが私を強制して捕らえる権力をゴルド様がはく奪してくれた。
王権はそのままなので……王妃を降りない条件は達成できていないが、良い結果だ。
「ミランダ、お前も謝罪をせぬか!」
「ひっ……わ、私も? ゴルド」
「当然だ」
「い、嫌よ。私が謝罪するなんて……あなた、私を守ってよ!」
レオンを諦め、ミランダへと向き直ったゴルド様だが。
彼女はここにきて、ゴルド様へとすり寄った。
「ミランダ……言い加減に……」
「私、貴方のためでもあったのよ。殺人を犯した妃がいれば、貴方の評価まで落ちるから」
「っ……妻も勘違いして暴走していただけなんだ。どうか許してやってくれないか、セレリナ」
ゴルド様、やはり貴方は家族に甘い。
その甘さを利用され、殺さてしまうというのに。
「許す事はできません」
この選択は、やはり間違っていない。
ゴルド様が制裁の機能を果たさぬなら、私がするんだ。
「私は王妃を降り……無実を証明します。私を貶めた二人の責任は、我が民や貴族の総意で決めます」
「な……そんな、やったのはレオンよ! 私は関係な……」
必死に弁明の言葉を吐くミランダへと、歩み寄って近づく。
「焚きつけたのは貴方でしょう? 知っているのですよ」
「っ!!!?」
「アンネッテ殺害の真相を明かし、無実を証明して貴方たちに処罰を下します。それまで必死に私の罪を皆に訴えかけてみればいかがですか?」
「……そ、そんな……できっこな……」
「やってみせますよ」
ミランダは怯えて腰が抜けたのか、へたりと座りこむ。
それを見下ろした後、ゴルド様にも言葉をかけておく。
「ゴルド様、ミランダ様には警戒してくださいね」
「は……なにを……」
「貴方が毒殺されたなど、聞きたくありませんから」
「は……?」
忠告はした……これ以上、王家の面倒を見る気は無い。
慌てる皆を置き、私は礼をする。
「それでは、妃を降りさせていただきます。必要な手続きは早急に終わらせますね」
「ま、待ってくれ! セレリナ!」
必死に止めるゴルド様。
その背後で睨みつける、レオンとミランダの姿。
ゴルド様には悪いが、いつ刺されるかもしれぬ環境に身を残す訳にいかない。
前回の悲劇を回避するために、私の生存は絶対に必要だ。
「それでは、さようなら。皆様」
踵を返し、王家に別れを告げる。
これで……私は本当の意味で自由へと一歩進む。
これからは、今まで受けて来た侮辱の借りを返すため……自身の疑惑を払拭してみせよう。
この先を考え、妃室に帰っていた時。
「セレリナ様!!」
「っ!!」
当然、私の身を抱きしめるような勢いで引いたのは……
長年連れ添う護衛騎士––ガデリスであった。
「昨夜のお話をお聞きしました……御身の危険の際に傍におれず……申し訳ありません」
「ガデリス……」
「ご無事でしたか?」
彼の切れ長の瞳が、心配して私を見つめる。
なにより、その瞳の奥にあるのは優しさだけでなく愛情の色も感じるようになったのは……
レオンの記憶で、私のために命を懸けて行動していた光景を見たからかもしれない。
「セレリナを離せ、護衛騎士ごときが触れるな……」
「っ」
だが、ガデリスが私を見つめていた背後。
追いかけてきたのか……レオンが近づいてきた。
彼は憎々しげな瞳を向け、ガデリスと共にいる私の手を……突然引いてくる。
「セレリナ……俺から離れるのは許さん」
「セレリナ様……ど、どうかお考え直しください!」
「そ、そうだ! 待ってくれ! どうか!」
二人の制止は必死であった。
だが、私の考えは変わらない。
「いえ、今すぐにレオン様達の処罰をお決めくださらねば、私は王妃を降ります」
「か、考え直してくれないかセレリナ。確かにレオンには悪い部分が多い、だが……あいつはまだ未熟なのだ。どうか寛大な処置を……」
ゴルド様は頭を下げて頼み込むが、それを受けいれはしない。
もう、何回も、何十回だって彼の罵倒や、侮辱を許してきた。
寛大な処置なんて……何度だって与えてきている。
「申し訳ありませんが、受け入れられません」
「ス、スルード……セレリナを止めてくれ!!」
ゴルド様が、スルード様へと呟く。
だが、彼は眉根をしかめて首を横に振った。
「セレリナ様がここまで固く決めたなら、私ではもう……異議を挟むなどできません」
「……な……そんな」
「ゴルド様。お決めください」
詰めるように問いかければ、彼は再びスルード様へと叫ぶ。
「す、直ぐにレオンとミランダを呼び出せ! セレリナへと謝罪をさせろ!」
「っ! 直ぐに呼び出します!」
あぁ、どうやら彼らの謝罪で事を収めようというのだろう。
残念ながら、それで譲歩する気もない。
◇◇◇
呼び出されたレオンや、ミランダ。
二人は、罰の悪い子供のように沈黙して入室した。
「ち、父上……お呼びでしょうか?」
「ゴルド……?」
「お前達は、なにをしたのか分かっているのか? 侍女の証言のみでセレリナを疑い、罪を負わせようしたのだぞ」
「っ……」
「……直ぐに謝罪をするんだ」
別に謝罪など必要ない……
私にとって、幾ら頭を下げられたとって、その行為に一切の価値はない。
「ち、父上! セレリナがアンネッテを殺したと確かに証言が出て、疑惑が確信となったのですよ?」
「黙れ! そのような妄言を信じ……こうして彼女の怒りをかっているのだ。彼女が妃を降りれば、どれだけの惨事となるか分かるのか……」
「なにを言っているのです……セレリナが居なくとも、俺だけでもどうにかなります! こんな女に思い上がらせてはなりません!」
「馬鹿が……セレリナは今や国民に愛される妃だ。王家の不始末で王妃を降りれば、我が王家の求心力は地に落ちるぞ」
「そんなはずがない! セレリナはそこまで民に愛されているはずがありません」
「彼女は幾つもの貴族の中を取り持って事業を起こして国益をあげている。その国益で、民への税率を下げる事が出来たのだって彼女のおかげだ!」
「そっ……それは」
「お前の選択を、貴族が黙っていると思うか?」
「……彼女はアンネッテを殺したのです。そうでなければ……疑っていた俺は……俺の人生は……」
レオンは表情をしかめ、苦悶する。
そして長い葛藤の末に、首を横に振った。
「やはり俺は、間違ってなどいません父上。アンネッテの命を奪ったセレリナに、謝罪などできない」
やはり、彼の頑固な考えは変えられそうにない。
私が死に、ミランダに追い詰められるまで考えを変えなかった人だ。
そう簡単に変わるはずないか。
「こ、この馬鹿が!」
「っ!!?!」
ゴルド様は身を起こしてレオンを殴りつけ、そのまま襟首を掴み上げる。
凄まじい怒りを眉の辺りに這わせ、声が枯れる程の怒声をレオンへと浴びせた。
「セレリナに罪を着せるなど、絶対に許さん! お前が王命を使っても私が止める!」
「ち、父上!」
「国益も考えぬ息子の愚行を、これ以上王家の判断にしてなるものか!」
これは、思ったよりもいい展開に転がってくれた。
間接的にだが、レオンが私を強制して捕らえる権力をゴルド様がはく奪してくれた。
王権はそのままなので……王妃を降りない条件は達成できていないが、良い結果だ。
「ミランダ、お前も謝罪をせぬか!」
「ひっ……わ、私も? ゴルド」
「当然だ」
「い、嫌よ。私が謝罪するなんて……あなた、私を守ってよ!」
レオンを諦め、ミランダへと向き直ったゴルド様だが。
彼女はここにきて、ゴルド様へとすり寄った。
「ミランダ……言い加減に……」
「私、貴方のためでもあったのよ。殺人を犯した妃がいれば、貴方の評価まで落ちるから」
「っ……妻も勘違いして暴走していただけなんだ。どうか許してやってくれないか、セレリナ」
ゴルド様、やはり貴方は家族に甘い。
その甘さを利用され、殺さてしまうというのに。
「許す事はできません」
この選択は、やはり間違っていない。
ゴルド様が制裁の機能を果たさぬなら、私がするんだ。
「私は王妃を降り……無実を証明します。私を貶めた二人の責任は、我が民や貴族の総意で決めます」
「な……そんな、やったのはレオンよ! 私は関係な……」
必死に弁明の言葉を吐くミランダへと、歩み寄って近づく。
「焚きつけたのは貴方でしょう? 知っているのですよ」
「っ!!!?」
「アンネッテ殺害の真相を明かし、無実を証明して貴方たちに処罰を下します。それまで必死に私の罪を皆に訴えかけてみればいかがですか?」
「……そ、そんな……できっこな……」
「やってみせますよ」
ミランダは怯えて腰が抜けたのか、へたりと座りこむ。
それを見下ろした後、ゴルド様にも言葉をかけておく。
「ゴルド様、ミランダ様には警戒してくださいね」
「は……なにを……」
「貴方が毒殺されたなど、聞きたくありませんから」
「は……?」
忠告はした……これ以上、王家の面倒を見る気は無い。
慌てる皆を置き、私は礼をする。
「それでは、妃を降りさせていただきます。必要な手続きは早急に終わらせますね」
「ま、待ってくれ! セレリナ!」
必死に止めるゴルド様。
その背後で睨みつける、レオンとミランダの姿。
ゴルド様には悪いが、いつ刺されるかもしれぬ環境に身を残す訳にいかない。
前回の悲劇を回避するために、私の生存は絶対に必要だ。
「それでは、さようなら。皆様」
踵を返し、王家に別れを告げる。
これで……私は本当の意味で自由へと一歩進む。
これからは、今まで受けて来た侮辱の借りを返すため……自身の疑惑を払拭してみせよう。
この先を考え、妃室に帰っていた時。
「セレリナ様!!」
「っ!!」
当然、私の身を抱きしめるような勢いで引いたのは……
長年連れ添う護衛騎士––ガデリスであった。
「昨夜のお話をお聞きしました……御身の危険の際に傍におれず……申し訳ありません」
「ガデリス……」
「ご無事でしたか?」
彼の切れ長の瞳が、心配して私を見つめる。
なにより、その瞳の奥にあるのは優しさだけでなく愛情の色も感じるようになったのは……
レオンの記憶で、私のために命を懸けて行動していた光景を見たからかもしれない。
「セレリナを離せ、護衛騎士ごときが触れるな……」
「っ」
だが、ガデリスが私を見つめていた背後。
追いかけてきたのか……レオンが近づいてきた。
彼は憎々しげな瞳を向け、ガデリスと共にいる私の手を……突然引いてくる。
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