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二巡「変化」

14話

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 私が呟いた言葉に、黒い子犬の悪魔がケラケラと笑う。
 こちらを馬鹿にしているようだ。

「潰すなんて大口叩くのは良いが、記憶を継いで知っただろう? あと数時間もすれば、お前は前王妃ミランダとレオンにより投獄されるんだよ」
 
 その通り。
 朝にはレオンがアンネッテの侍女の証言を知り、私を捕えに来る。
 継いだ彼の記憶から知った情報では、私を王命を使って捕えたようだ。

「残念だったなぁ。せっかく時間が戻ったのに……投獄されて、なにも変わらずに終わっちまうんだから」

 この悪魔、恐らくわざとこの日に時間を戻したのだろう。
 身なりは小さな子犬で可愛くなったが……悪趣味な考えは名前負けしていない。

「さぁ、怖くて逃げ出すか? 身を隠して泥水をすすって生きれば、多少は長生きできるかもしれないぞ?」

「……」

「それとも、泣き喚いてレオンに謝れば……少しは変わるかもなぁ」

「ふ、ふふ」

「……なに笑ってやがる」

「案外、思慮の浅い考えなのね。私が選ぶのはどれでもないわよ」

「あ? じゃあ何を……」

「なにもしないの、私は朝を待つだけよ」

「は?」

 答えつつ、私は子犬の悪魔を抱き抱える。
 うん、思った以上にもふもふだ。
 変貌した時から見た目の愛くるしさに惹かれていたが、想像以上だ。

「ちょ! おま……なにして!」

「今から寝るのは遅すぎるから、朝まで時間を潰すの。……私、犬を飼うのに憧れてたから、撫でさせてくれない?」

「ふざけるな!」

 どうやら悪魔自身に大きな力は無さそうだ。 
 撫でる私の手に抵抗する力は、変化した子犬相応だ。

「いいじゃない、減るものでもないでしょう」

「減るんだよ、俺の尊厳が……やめろ!」

「ほら、大人しくしなさい」

「なんだよお前……どうして怯えない! 殺されるんだぞ!」

「怯える必要がないからよ、私がすべき事は決まっているの」

 答えた言葉に、悪魔は撫でられる事への抵抗を止めた。
 私の自信満々な様子に疑問を感じたのだろう、ジッと見つめて問いかけてくる。

「すべき事だと? まさか……国を救うためにあのレオンを説得し、ミランダとでも戦う気か?」

「ふふ、案外悪魔さんも綺麗な考え方してるのね」

「あ?」

 私はレオンのためでも、国を救うなんて大儀もなく、自分のために行動するだけなのに。

「レオンの記憶を継いだとて、私は彼の説得も、救うための行動もしないわ」

「……は?」

「だって彼の誤解は、私が死に……さらに民や家臣の説得の末にようやく解けたのよ。ただ話し合っても説得なんて不可能に決まってる」

「じゃあ、どうする気だ? このまま逃げもせず、説得にも向かわずに時間が過ぎれば、お前は投獄されるだけだぞ」

「簡単よ、悪魔さん」

「っ……」

「説得できないなら、レオンもミランダも等しく……悪あがきもできぬよう、徹底的に追い詰めてあげるのよ。ややこしい事を気にせず、誰かも分からない黒幕ごと潰してあげるわ」

「なにを……する気だ。お前……」

「それは、見てのお楽しみでしょう? 悪魔さん」

 そんなやり取りを交わしていれば、陽が少しずつ上がってきた。
 もう直に、レオンがやって来るだろう。

「ねぇ、ずっと側にいるのなら、貴方の名前を教えてよ?」

「お……お前はどうせ何もできやしないさ。そんな奴に教える必要はない、さっさと殺されちまいな」

 やはり悪魔は、私の不幸や終わりを望んでいるらしい。
 だけど、望みは叶う事はないだろう。

「では、私が生き延びたら教えてもらうわ」

「無理な条件だ。お前は前回と同じく焼かれて死ぬ、絶対にな」

 そんな憎まれ口をたたきながらも、撫でられる事に、もはや無抵抗となった悪魔は少し可愛い。
 撫でられるのも悪くないのか、結構リラックスしているように思える。
 言っても認めないだろうけど……
 

 外を見れば、すっかり空は白みを帯びていた。
 そろそろかな。

「セレリナ!」

 予想通り、荒々しい足音と怒声が聞こえてきた……

「さぁ、来たぞ……記憶を無くし、不幸の種の根源に戻ったろくでなしが……お前を殺しに来たぞ!」

 小悪魔が煽り笑ったと同時に、妃室の扉が勢いよく開く。
 そこには……私を睨み、激情に囚われるレオンがいた。

「やはり、貴様がアンネッテを殺したのだな! 侍女からの証言はとれたぞ!」

 レオンが叫ぶと、共に連れてきた騎士達を見つめた。
 彼らはレオンの直属の騎士であり、王命に必ず従う者達だ。
 私の膝上で座る悪魔に見向きもしない様子だと、私以外に見えていないのだろう。

「直ぐにこの女を捕えろ! 前王妃殺害の罪で、死罪にしてや––」

「その前に、私から話があります」

「は……?」

 動揺したレオンに、私は微笑む。

 前回、どうして私が素直に捕らえられたのかは分かる。
 継いだ記憶がなければ、私はアンネッテの遺言を守り、レオンを責めるような手を使う事をしなかっただろう。

 でも、それも気にしなくて良くなった。
 それだけで、私は充分だ。

「レオン様、私はアンネッテを殺害などしていません。何度言えば分かりますか?」

「黙れ。証言はでたのだ! 幾ら貴様が弁明しても無駄だ。よくも今まで俺や民を騙してくれたな、悪女め」

「……分かりました。私の言葉ではなく、その不確かな証言を信じるというのなら、考えがあります」

「セレリナ、重罪人の貴様に喋る権利はない。愚劣な悪妃は、死でもって罪を償え」

 私を縛りつけていたアンネッテの遺言は消えた。
 ならば私の人生のために、不幸の種とやらを全て刈り取ってしまおうか。

 使える全ての手を使うのだ……
 それが例え、王家が崩壊する手だとしても……構わない。

「それではレオン様、今まで貴方から受けた侮辱の数々、強姦まがいの行為。全てを国民へと告発いたしますね」

「………………は?」

「今まで貴方のために生きてもきましたが、信じてくれないのなら……王家がどうなっても私には関係ありませんもの」

「な……な……お前……そんな」

 途端に青ざめていくレオンに、私は微笑んだ。
 
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