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一巡「後悔」

12話

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 どれだけの時間が流れた?
 石造りの固い床に腰を下ろし、冷たい鉄格子に背を預けて……俯く。

「くそ……どうして」

 あの日、俺の人生は転落するように激変した。
 セレリナが無罪だと証明され、自死に対する責任を問うために民達が反乱を起こしたのだ。
 貴族たちも俺を責める声明を出した。

 この事態を収めるため、俺へと責任を問うために投獄が決定された。
 母であるミランダの疑惑をどれだけ語っても……憎まれる俺の言葉を聞く者は居なかった。


「残念ね、レオン」

「っ! 母上……」

 牢で一人沈む俺へと、いつの間にかやって来た母が囁く。
 他には誰もおらず、鉄格子を挟んで俺と母の二人きりのみ。

「貴方の罪状が決まったわ。斬首刑よ」

「なにを……言って……」

「セレリナを不当に責め自死に追い込んだ責任よ。民や貴族たちが怒り狂い、死で償う事でしか収められそうにないのよ」

「なっ!! 母上! 分かっているのですか! そんなことをすれば、王家が……」

「分かっているわよ? 今の状況は全て私の望み通りなのだから」

「っ!!?!」

「残った王家の私が、次代の王を決める権力を与えられるわ? 素晴らしい事よね?」

 ようやく、母の思惑が掴めた気がした。
 セレリナの死を利用して支持を集め、この筋書きを導いていたと。

「なぜ……どうしてですか母上……俺を愛してくれていたはずです! なのに、俺が死ぬ事を望んでいたのですか!?」

「確かに、貴方を愛する気持ちはあったわ。でも……それ以上に私はあの人と一緒にいたいの」

「あ、あの人……?」

「ふふ、あの人の言う通り……全ては上手くいった。アンネッテも、セレリナの死も……貴方が愚かに選択を誤ってくれたおかげね」

「……母上、俺が……間違っていたというのですか?」

「ええ、最初から終わりまで、貴方は全て間違っていたわ」


 そう告げて、母は背を向けて去っていく。
 

 俺はどうすれば良かった。
 どこから、間違っていた……
 考え続け、俺はただひたすら時間を過ぎるのを牢で待つしかなかった。
 


「予想通り、こうなったのか」

「っ!?!!」
  
 新たに聞こえた声に顔を上げれば、セレリナの護衛騎士であったガデリスが居た。
 俺を見下ろす瞳は、以前と変わらずに憎しみに満ちている。

「大臣のスルード様の言う通りだ。レオン……貴様が態度を改めぬ限り、いずれこのような未来が訪れると言っておられた。だから、俺が剣を振るう必要もないとな」

「……」

 かつてガデリス達が言っていた「その時」というのは、スルードが今を予想してのものだったのか?

「ガデリス! 聞いてくれ! セレリナは––」

「黙れ、貴様と会話などしない!」

 憎しみに囚われたガデリスは、言葉を聞く気はない。
 鉄格子の隙間から、剣を向け……その切っ先を俺の喉元へと当てる。

「……ガデリス、聞いてくれ!」

「黙れ、今までセレリナ様の言葉を聞かなかったのは誰だ」

 そう言って、ガデリスは瞳から仄かに雫を流す。
 固い床に、雫が斑点を作った。

「なぜ、セレリナ様が妃となってからも貴様を支えていたのか。ここで教えてやる」

「っ!!」

「セレリナ様は、学園時代から想っていた貴様のため……妃を降りても、貴様が一人で王政を導けるように、貴族や民をまとめていた」

「な……そんなはずが、セレリナは……」

「何度も、言われていたはずだ! 一度でもセレリナ様を知ろうとすれば、アンネッテ嬢を殺害するような方ではないと分かるはずだったのに!」

 そう言って、ガデリスは嘆くように下を向き。
 小さく呟く。

「どうして、信じてくれなかった。セレリナ様を……」

「そんな……俺は、そんな……アンネッテが、言って……」

 あぁ、ようやく分かった。
 母の言う通り、俺は最初から間違っていた。

 学園時代、アンネッテは王妃となるため……セレリナの気持ちを偽った。
 今思えば彼女が生前に漏らした謝罪も、自責の念に囚われていたのだと分かる。

 そんな俺を母が利用し、セレリナを遠ざけるように仕向けたのだ。
 母がセレリナの死亡時は他の場所にいたという事は……
 他にもこの筋書きを描いた者がおり、そいつが……セレリナを殺した?
 

 しかし、全ては俺の責任だ。
 誰かを疑い、信じず、行動もしなかった俺のせいで……皆が……

「死ぬまで……セレリナ様を信じなかった事を後悔し続けろ」

 言い残すガデリスの背を見ながら、文字通りの絶望が心を埋め尽くす。
 真実に辿り着いても、俺の言葉を聞く者は誰一人としていない。
 今までセレリナを信じてこなかったように、皆が俺の罪を信じて疑わない。
 なにより、そんな状況を作ったのは俺自身の過ちのせいだ。



 こんな気持ちだったのか。セレリナ。
 信じてもらえず、無実の罪を疑われる、それは酷く辛い事だったはずなのに……君は。

「あ……あぁ……ぁぁぁ」


 今になって、セレリナを失った事への罪悪感が心を満たす。
 俺が……俺が一度でも、彼女の言葉を聞いて、信じていれば。
 きっと、こんな未来は訪れなかったのに。


 セレリナ。
 すまない……全て、俺のせいで。

 


   ◇◇◇


 台に上がれば、多くの民に非難の声を浴びせられる。
 遠くに視線を向ければ、母のミランダが不敵な笑みで俺を見下ろしていた。

「レオン・コリウス元国王。貴殿は亡き王妃セレリナ様を不当に罰して命を奪った罪により……正義ある裁きを受けてもらう」
 
「違う、聞いてくれ! セレリナは、母上……ミランダに殺された!」

 非難の声が溢れる中、俺は必死に叫ぶ。
 だが俺の叫びをかき消し。睨み、憎み、恨む声だけが響き渡っていた。

「信じてく––」

 漏らした言葉が途切れ、視界が途端に下へと落ちた。
 気付けば、俺の足が見える。

 そして俺の死を見届ける母……ミランダの微笑みが、最後に見た光景であった。
 







 あぁ……後悔ばかりだ。
 俺の選択は、人生は間違いだらけだった。

 お願いだ。
 誰でも言い、神でも悪魔でもいい。
 そこにいるなら、この運命を変え…………
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