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一巡「後悔」
11話
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母が漏らした、俺の責任という言葉に耳を疑う。
「母上……? なにを言って」
「貴方がセレリナを追い詰めたのは紛れもない事実、再調査により責任の有無を決めるのは当然よ? でないと国民が納得しないわ」
なにを言っている。
暫し前に会ったはずの母とは、まるで違う冷たい対応。
あまりの変貌ぶりに、戸惑いが思考を埋める。
「母上だって、セレリナを罰する事を望んでいたはずです! なぜ今になって!?」
「失礼ね! レオン!」
「っ!!?!」
突然、俺の頬に強い平手が飛ぶ。
人気のない玉座の間、空虚な空間で破裂音が響く。
「私はあくまで、アンネッテの侍女の証言を伝えただけよ。そして貴方が強行してセレリナを捕えたのよ!?」
「な……!?」
「とても酷いことね。証言だけで斬首刑にするなんて、王権を利用した横暴にほかならないわ!」
母が漏らす言葉は、確かに俺が実行したこと。
だが……それを賛同して背中を押していたのは、確かに母だったはず。
「ち、違う! 母上だって俺に……」
「もういいわ。話し合いはおしまい」
母は踵を返し、フォンド公爵と大臣のスルードを見つめる。
「再調査が始まるわ、後は結果が出るまで待つだけね」
「……」
「レオン、自身の選択に責任を持ちなさい……貴方は王なのだからね?」
まるで、過去の母が幻想であったかのような態度の急変ぶり。
突き放された言葉に、俺の立場が揺らぐ感覚を覚える。
騙されていた? 母に……なにを、どこから?
溢れ出る疑問の答えは分からず、母は不敵な笑みを浮かべたのを最後に、フォンド公爵達と共に玉座の間を去る。
母の真意が分からぬまま……俺は本当の意味で孤独に突き落とされた。
どうすればいい……
再調査の末、もしセレリナの罪が無実となれば、今の俺の立場は脆く崩れ去るだろう。
だが、他にアンネッテを殺害した人物など誰がいる。
アンネッテの死で得をしたのはセレリナであり、俺の疑いは当然だったはず……
『き、キッカケだったのだ。数年前のアンネッテも……セレリナも……すべて』
ふと、俺の思考の中に蘇る父の言葉。
途端に、今までの疑問の答えが浮かぶ。それは考えうる限り最悪の展開でもあった。
「セレリナも、アンネッテも……母上が?」
思えば、俺の疑心をいつだって大きくしていたのは母だった。
さらに此度の件で益を得ているのは……セレリナでも俺でもなく……
「……母上は、セレリナの死を利用して民からの支持を得たのか?」
考えた瞬間に、背筋が凍るような寒気が襲った。
最も恐ろしい想像が、一笑に付すこともできない現実になっていく感覚。
二人の女性が亡くなり、誰が多大な益を得ているかは一目瞭然だ。
セレリナの死後、早々に態度を転換した母は世論に紛れて求心力を高めたのだ。
「……だが、目的はなんだ?」
王家が崩壊する事は、母とて痛手のはず。
支持を得るためだけの行動には、とうてい思えなかった。
◇◇◇
答えは出ぬまま、数日が経った。
俺は、情報を求めてセレリナの焼身遺体を最初に発見した看守を呼び出した。
セレリナは看守が交代し、人目の無くなった僅かな間に亡くなったのだ。
俺の考え通りに、母がセレリナの死を引き起こしたなら……なにか証拠が残っていたかもしれない。
「お呼びでしょうか、レオン陛下」
「急な呼び出し、すまない」
看守は、俺を見て明らかに動揺しているように思える。
なにかを、隠している様子だ。
「お前に、聞きたい事がある」
「な、なんでしょうか?」
「セレリナが自死を行った牢に……なにか違和感はなかったか?」
突拍子もない質問ではある。
だが、今の俺には遠回しに聞く余裕はない。
セレリナの死が俺の責任でないと証明するためにも、母が殺害した可能性に賭けるしかない。
「違和感、ですか……」
「あぁ、自死以外の可能性だ。なんでもいい」
「あ、ありませんよ。そんなもの」
看守は視線を逸らす。
何かを感じ取り、金貨が入った袋を彼に手渡した。
「些細な事でいい。お前が見た事を聞かせてくれ。ここには誰もいない」
「っ!? し、しかし。ミランダ様は不確かな証言をすれば、死罪だと……」
彼がこぼした、母からの脅迫。
感じた疑念は、急激に現実味を帯びる。
「教えてくれ、お前の責は問う事はない」
「……」
看守は、周囲に誰も居ない事を確認し、重い口を開いて話す。
まず、セレリナが焼身自殺を図った現場には確かに燭台が置かれていた。
しかしそれは牢の外で、彼女では恐らく届かぬ位置にあったという。
それに彼女は自殺するような素振りもなかったようだ。
「そして、私が疑問に思ったのは……セレリナ様の牢の中に、血痕があった事です」
「焼けた際に、血が出たのでは?」
「ですが……私が発見した際の遺体とは離れた位置にあり気になったのです。もしかすればセレリナ様は刺され、焼かれたのでは……と」
「っ!!!? なぜ言わなかった!」
「当時、第一発見者である私の元へミランダ様が来られて、不確かな証言で国を惑わすなら死罪だと……」
彼の証言から分かる、明らかな疑惑。
セレリナの自死こそ偽りであり、母が殺した可能性を感じる。
「お前は、母上を怪しいと思わなかったのか? 匿名で告発は出来ただろう」
「殺害と疑うには確実な証拠ではなく、言えば死罪となる事を恐れ……黙っておりました」
看守の怯えは、当然か。
確実な証拠でもない事を広め、自身の命が脅かされるとなれば行動も怯えるだろう。
だが……
「分かった、感謝する。お前のおかげで、俺の責は無くなりそうだ」
「え?」
新たに分かった、セレリナの死に母が関わっていた疑惑。
これがあれば……彼女が自死をした責任は、全く別のものに変わる。
俺は直ぐに大臣のスルードへ、この件を伝えるために玉座の間を出た……
「遅かったわね、あともう少し早ければ良かったのに」
「っ!?」
玉座の間の外で、母––ミランダが不敵な笑みを浮かべ……そこに居た。
「は、母上……?」
「残念ね。貴方がセレリナを想い、早くに死を疑っていれば……結果も変わっていたはずよ。まぁ、その時は看守を消していたけどね」
「なにを……言って」
「見なさい」
母が指さすのは、王城から見える外。
窓からは王都が見えるが……いつもの光景と違い、王都のあちこちで黒煙が上がっている。
「な……なにが?」
「昨夜、証言していた侍女が、ウソを吐いた事を認めたのよ」
「っ!?」
「アンネッテの殺害の犯人は分からなくなったけれど。セレリナを間接的に自死に追い込んだ人物は、民でも分かる事実よね?」
母の言葉に、冷や汗が止まらない。
「民達は貴方に責任を求めて反乱を起こした。これを収めるため……誰が責任を負うか分かるわね?」
俺はすでに手遅れで……母の思惑に落ちていた。
「母上……? なにを言って」
「貴方がセレリナを追い詰めたのは紛れもない事実、再調査により責任の有無を決めるのは当然よ? でないと国民が納得しないわ」
なにを言っている。
暫し前に会ったはずの母とは、まるで違う冷たい対応。
あまりの変貌ぶりに、戸惑いが思考を埋める。
「母上だって、セレリナを罰する事を望んでいたはずです! なぜ今になって!?」
「失礼ね! レオン!」
「っ!!?!」
突然、俺の頬に強い平手が飛ぶ。
人気のない玉座の間、空虚な空間で破裂音が響く。
「私はあくまで、アンネッテの侍女の証言を伝えただけよ。そして貴方が強行してセレリナを捕えたのよ!?」
「な……!?」
「とても酷いことね。証言だけで斬首刑にするなんて、王権を利用した横暴にほかならないわ!」
母が漏らす言葉は、確かに俺が実行したこと。
だが……それを賛同して背中を押していたのは、確かに母だったはず。
「ち、違う! 母上だって俺に……」
「もういいわ。話し合いはおしまい」
母は踵を返し、フォンド公爵と大臣のスルードを見つめる。
「再調査が始まるわ、後は結果が出るまで待つだけね」
「……」
「レオン、自身の選択に責任を持ちなさい……貴方は王なのだからね?」
まるで、過去の母が幻想であったかのような態度の急変ぶり。
突き放された言葉に、俺の立場が揺らぐ感覚を覚える。
騙されていた? 母に……なにを、どこから?
溢れ出る疑問の答えは分からず、母は不敵な笑みを浮かべたのを最後に、フォンド公爵達と共に玉座の間を去る。
母の真意が分からぬまま……俺は本当の意味で孤独に突き落とされた。
どうすればいい……
再調査の末、もしセレリナの罪が無実となれば、今の俺の立場は脆く崩れ去るだろう。
だが、他にアンネッテを殺害した人物など誰がいる。
アンネッテの死で得をしたのはセレリナであり、俺の疑いは当然だったはず……
『き、キッカケだったのだ。数年前のアンネッテも……セレリナも……すべて』
ふと、俺の思考の中に蘇る父の言葉。
途端に、今までの疑問の答えが浮かぶ。それは考えうる限り最悪の展開でもあった。
「セレリナも、アンネッテも……母上が?」
思えば、俺の疑心をいつだって大きくしていたのは母だった。
さらに此度の件で益を得ているのは……セレリナでも俺でもなく……
「……母上は、セレリナの死を利用して民からの支持を得たのか?」
考えた瞬間に、背筋が凍るような寒気が襲った。
最も恐ろしい想像が、一笑に付すこともできない現実になっていく感覚。
二人の女性が亡くなり、誰が多大な益を得ているかは一目瞭然だ。
セレリナの死後、早々に態度を転換した母は世論に紛れて求心力を高めたのだ。
「……だが、目的はなんだ?」
王家が崩壊する事は、母とて痛手のはず。
支持を得るためだけの行動には、とうてい思えなかった。
◇◇◇
答えは出ぬまま、数日が経った。
俺は、情報を求めてセレリナの焼身遺体を最初に発見した看守を呼び出した。
セレリナは看守が交代し、人目の無くなった僅かな間に亡くなったのだ。
俺の考え通りに、母がセレリナの死を引き起こしたなら……なにか証拠が残っていたかもしれない。
「お呼びでしょうか、レオン陛下」
「急な呼び出し、すまない」
看守は、俺を見て明らかに動揺しているように思える。
なにかを、隠している様子だ。
「お前に、聞きたい事がある」
「な、なんでしょうか?」
「セレリナが自死を行った牢に……なにか違和感はなかったか?」
突拍子もない質問ではある。
だが、今の俺には遠回しに聞く余裕はない。
セレリナの死が俺の責任でないと証明するためにも、母が殺害した可能性に賭けるしかない。
「違和感、ですか……」
「あぁ、自死以外の可能性だ。なんでもいい」
「あ、ありませんよ。そんなもの」
看守は視線を逸らす。
何かを感じ取り、金貨が入った袋を彼に手渡した。
「些細な事でいい。お前が見た事を聞かせてくれ。ここには誰もいない」
「っ!? し、しかし。ミランダ様は不確かな証言をすれば、死罪だと……」
彼がこぼした、母からの脅迫。
感じた疑念は、急激に現実味を帯びる。
「教えてくれ、お前の責は問う事はない」
「……」
看守は、周囲に誰も居ない事を確認し、重い口を開いて話す。
まず、セレリナが焼身自殺を図った現場には確かに燭台が置かれていた。
しかしそれは牢の外で、彼女では恐らく届かぬ位置にあったという。
それに彼女は自殺するような素振りもなかったようだ。
「そして、私が疑問に思ったのは……セレリナ様の牢の中に、血痕があった事です」
「焼けた際に、血が出たのでは?」
「ですが……私が発見した際の遺体とは離れた位置にあり気になったのです。もしかすればセレリナ様は刺され、焼かれたのでは……と」
「っ!!!? なぜ言わなかった!」
「当時、第一発見者である私の元へミランダ様が来られて、不確かな証言で国を惑わすなら死罪だと……」
彼の証言から分かる、明らかな疑惑。
セレリナの自死こそ偽りであり、母が殺した可能性を感じる。
「お前は、母上を怪しいと思わなかったのか? 匿名で告発は出来ただろう」
「殺害と疑うには確実な証拠ではなく、言えば死罪となる事を恐れ……黙っておりました」
看守の怯えは、当然か。
確実な証拠でもない事を広め、自身の命が脅かされるとなれば行動も怯えるだろう。
だが……
「分かった、感謝する。お前のおかげで、俺の責は無くなりそうだ」
「え?」
新たに分かった、セレリナの死に母が関わっていた疑惑。
これがあれば……彼女が自死をした責任は、全く別のものに変わる。
俺は直ぐに大臣のスルードへ、この件を伝えるために玉座の間を出た……
「遅かったわね、あともう少し早ければ良かったのに」
「っ!?」
玉座の間の外で、母––ミランダが不敵な笑みを浮かべ……そこに居た。
「は、母上……?」
「残念ね。貴方がセレリナを想い、早くに死を疑っていれば……結果も変わっていたはずよ。まぁ、その時は看守を消していたけどね」
「なにを……言って」
「見なさい」
母が指さすのは、王城から見える外。
窓からは王都が見えるが……いつもの光景と違い、王都のあちこちで黒煙が上がっている。
「な……なにが?」
「昨夜、証言していた侍女が、ウソを吐いた事を認めたのよ」
「っ!?」
「アンネッテの殺害の犯人は分からなくなったけれど。セレリナを間接的に自死に追い込んだ人物は、民でも分かる事実よね?」
母の言葉に、冷や汗が止まらない。
「民達は貴方に責任を求めて反乱を起こした。これを収めるため……誰が責任を負うか分かるわね?」
俺はすでに手遅れで……母の思惑に落ちていた。
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