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一巡「後悔」

8話

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 セレリナが焼身自殺をしたと報告があってから、一か月が過ぎた。

 いまだにアンネッテへ抱いた疑問に答えが出せぬまま、時間だけが過ぎる。
 そしてこの日、大臣のスルードにより最悪の報告を受けた。

「スルード、セレリナの父……フォンド公爵セレリナの父への制裁は決まったか? 娘の罪は奴に償わせめば」

「そんな事よりもレオン陛下、貴族たちから反発の声が上がっております」

「は? 貴族たちが?」

 聞けば、貴族たちが王家に対して非難の声明を出したというのだ。
 それも、ほぼ全ての貴族だという。
 
「……本当か?」

「はい、奇しくもセレリナ様の死をキッカケにして……散らばっていた各貴族派閥がまとまりはじめたのです」

 あり得ぬ。貴族派閥がまとまるなど……ここ何十年も無かった事だ。
 派閥ある貴族だからこそ、王家へと反抗する勢力にならない。
 だが、一つにまとまるのなら、それは脅威にすらなり得る。
 
「貴族たちからは、セレリナ様の殺害疑惑の再調査と、フォンド公爵への制裁を無効にするよう要望が送られております」

「なっ……」

 馬鹿な、セレリナの罪は明白だ。
 彼女はアンネッテと最後に会った人物で、侍女から殺害の証言まで出ている。
 貴族たちが擁護できる点などない。

「何度も言わせるな! 再調査などしない! セレリナの罪を疑う必要性がどこにある!?」

「……貴族派閥は、セレリナ様に殺害は不可能だと判断しております」
 
「不可能だと? 何を根拠に!?」

「当時のセレリナ様には、常に侍女と護衛が付いておりました。剣も持ったことがないセレリナ様が、アンネッテ様を返り血もなく刺殺するなど……考えられません」

 看病のために室内ではアンネッテと二人きりだが、外には専属の侍女と護衛が居た。
 その新たな証言に、セレリナの犯行は不可能に近いと……俺ですら思ってしまった。

 だが、その考えを振り払う。
 こちらには、証言があるのだから迷う必要はない。
 それに、セレリナでないなら。誰がアンネッテを殺害したというのだ……他に怪しい候補など誰もいない。

「なにを言おうと、侍女から証言がある。彼女が見たと言っているのだ!」

「フォンド公爵様も言っていたように、今になって証言が出るのも不可解なのですよ」

「ね、年月が経ち、セレリナが口止めしていた影響が薄れただけだ!」

 侍女の証言で、状況証拠は揃っている。
 だが……周囲の皆はそれでは納得しない。

「やはり、感情論を抜きにしてもセレリナ様が犯人とは思えません。それを皆が訴えているのですよ。陛下」

「な……」

「現在、フォンド公爵様が貴族派閥を主導し……アンネッテ様の殺害事件を再調査をする意向で進んでおります」

「か、勝手な事をさせるな! セレリナの罪は王家が定めた事だ。絶対に再調査などさせるな!」 

「しかし……セレリナ様の無実を信じる者達は、歯止めなどできませぬ」

「……」

 ふざけるな、俺が間違っていたのか……?
 セレリナは王妃となるため、親友であるアンネッテを嫉妬の末に殺害した。
 その事実は間違いないと思い、王命により罪を定めたのだ。

 もしも再調査などで覆れば、俺の進退は簡単に吹き飛んでしまう。
 冷や汗が、背中を伝った。

「レオン陛下、どうか此度の殺害事件、もう一度再調査の許可を」

「ならん! 王命まで出して定めた罪を、覆すなどできるか!」

「……陛下、貴方のお母上であるミランダ様も……再調査へ賛成なさっているのですよ」

「なっ!? 母上が?」
 
 信じられない。
 母上が俺に黙ってセレリナの死を弔っていただけでなく、陰でセレリナの罪を再調査する事を賛成だと?
 なぜそんな事を……一体何を考えている。

「陛下、どうかミランダ様のご要望も聞き入れてください」

「……暫し待て。考えさせろ!」

 逃げ場なく……選択肢を確実に潰されていく感覚。
 フォンド公爵は、民や貴族たちを一致団結させ、再調査の要望を押し通すつもりだろう。
 断れば王家へ反感が向くよう仕向けている手腕は、恐ろしくすらある。

 だが、それ以上に俺の思考を乱すのは……

「母上……なにをお考えに……」 

 母、ミランダの思惑が掴めない。
 以前と反転している行動に、肉親であっても疑惑が溢れる。

「スルード、母上は何処にいる?」

「今はフォンド公爵と共に、セレリナの死を弔う会合を各地で開いております。王宮に帰還なさるのは、十日ほどは先かと……」

「っ……」

 母から真意を聞こうにも、近くに居ない。
 考えるほどに……母が俺に対し、不穏な行動をとっているようにも思える。
 だが、その理由が分からない。

「少し……風に当たってくる」

「陛下、再調査についての答えは、早急にお願いしますね」

「……分かっている」

 玉座の間を出て、風に当たる。
 そよぐ風が、少しだけ俺の頭を冷やした。

「流石に……考え過ぎだな。母が俺を追い詰める行動をするはずがない」
 
 そうだ、母はいつだって俺のために行動してくれていた。
 どんな時だって味方だった。
 真意の掴めぬ母の行動も……きっと意味があるはずだ。

 風に当たりながら、抱いた疑心に答えを出した時……


「貴様がぁぁぁ!!」

「っ!!!!」

 突然、鈍い音が響いて壁に叩きつけられた。
 
 激しい痛みを感じ、自身の口から鮮血が飛び散る。
 叫びの主へ視線を向ければ、男が拳を握っており、殴られたのだと分かった。

「ガデリス様! おやめください! 手を出してはなりません!」

「離せ! こいつが……セレリナ様を!」

 目の前で拳を振り上げたガデリスと呼ばれた男には、聞き覚えがある。

 セレリナの護衛騎士であり、その武の力から王家近衛騎士へ推薦もあった者だ。
 漆黒の髪に翡翠の瞳、整った顔立ちは記憶と違わない。
 しかし初めて会った時は無表情であった彼は、今は修羅のごとき怒りを表情にのせて俺へと詰め寄る。

「貴様が……セレリナ様を!」

「や、やめ!」

「殺してやる……貴様だけは」

 憎しみ、憎悪、激情。
 全てがこもった拳が、俺へと叩きつけられた。
 さらに、首を絞められて……息ができない……

「やめぇ……ろ……」

 懇願も虚しく、拳は止まずに……何度も、何度も殴られる。
 あぁ……俺は当然の警戒を怠っていた。
 セレリナが民に愛されているなら、復讐という強行手段をとる者もいて当然だったのに。

「殺す……絶対に……」

「た。だずげ……」

 殴られながら見える護衛騎士ガデリスの瞳には、王家に対する敬意など一切ない。
 純粋な憎しみだけが、その視線を鋭くする。
 彼は重罪となるのもいとわず、ただ憎しみのまま俺を殴り続けた。

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