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一巡「後悔」
5話
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「私の言いたい事が分かるか? レオン」
「……」
「失望しているぞ……これ以上ないほど。お前に失望している」
無言の俺に、父は絶えず責める言葉を吐く。
そこにもはや親子の愛は無く、睨む視線は子に向けるものではない。
「さきほど、セレリナが妃を辞めると言い出した」
「存じて……おります」
「お前の望みがこれか? 民からも、貴族たちからも望まれている妃のセレリナを失うことが、どれだけ国家の損失か分かるか?」
「……」
「こんな事なら、もう一人……子を産むべきだった」
遠回しに、王太子として否定の言葉を吐く父。
言い返せずに無言でいれば、父が続けた。
「セレリナの要望は、引き受けた」
「っ!!」
「だが、流石に今すぐにとはいかん。民からの信頼の厚いセレリナが式後に廃妃となれば、反乱すらあり得る。それはセレリナも望んでいない」
「……」
「だから、お前との一切の関わりを無くす条件で、三年間を妃として過ごしてもうら事に納得してもらった」
三年……
その期間が、俺とセレリナを別つまでの時間。
「やるべき事は……分かるな?」
「俺に、どうしろと」
なにをすべきか分かっていたはずなのに問いかける。
父は呆れつつ、ため息交じりに答えた。
「セレリナへ懇切丁寧に謝罪をし、許してもらうまで頭を地面に伏せ続けろ」
「……」
「いいな?」
言葉に含まれた父の威圧に、判断を迷う。
アンネッテを殺したと疑うセレリナを愛するなどできない。
むしろ……憎しみすら湧く。
しかし、セレリナに嫌われて胸が痛む心もある。
情けなくも俺は……心の奥底でセレリナへの恋情が残っているのだろう。
「父上、セレリナの疑惑を晴らさねば……俺は彼女を愛せません」
「また、その馬鹿げた疑いか……セレリナの名誉を侮辱するな」
「しかし、アンネッテに最後に会ったのは彼女です! 本来疑うべき者を王妃になど!」
「お前はすぐに白黒をつけたがる。国家のためなら……あやふやのままでいい時もある」
あやふやでいい?
そんなはずがない……俺の愛するアンネッテを、殺したかもしれないのに。
「いい加減に……大人になれ。レオン」
突き放す言葉と共に、数時間続いた父からの激昂が終わった。
俺は、未だに答えが出せない。
疑い、疑惑、憎しみが……セレリナを遠ざける。
しかし、彼女への恋情が……遠ざかるのを拒否して胸を締め付ける。
複雑に絡み合う感情の糸口が見えぬまま、俺は無駄に時間を費やしていった。
◇◇◇
式から二年半が経った。
あれからセレリナと会ってはいないが……彼女の華々しい功績は嫌でも耳にする。
彼女は王妃の政務だけでなく、貴族たちをとり繋いで国益にも成り得る事業を始めたり。
民達のために養護施設を増やし、誰でも入学できる学び舎の建設を進めたりと。
上げればキリがない功績を上げ、今やセレリナは紛れもなく「王妃」としての地位を盤石なものとしていた。
「いい加減に謝罪をしに行け!」
彼女の功績が増えるごとに、父の語気が強くなっていく。
そんな父も、半年前に病気により退位し……俺が王を戴冠した。
だが即位の式典も、話題はセレリナ一色だ。
俺の国王としての求心力は、正式な王妃となった彼女あってのものとなっていた。
「残り……半年だぞ!」
父の言葉に、焦りが生まれる。
当然だ、セレリナが妃を辞めれば、王家の地位が揺らぐ程の存在になっているのだから。
「……」
しかし俺は未だに答えを決められないままでいた。
だから、彼女を手放さずに……王妃に縛る選択を実行する事にした。
◇◇◇
「レオン陛下? この先はセレリナ様の私室です。陛下は立ち入り禁止で……」
「黙れ、王命だ。どけ」
「っ!!?!」
衛兵を突き飛ばし、真っ直ぐにセレリナの部屋へ入る。
久しぶりに見るセレリナは、記憶に違わずに美しく、恋情が沸き立つ。
「レオン様……っ!?」
「なにを迷う必要があったか……愛さずとも、お前が王妃を辞めれぬようにすれば良かったのだ」
「っ!!」
セレリナを寝台へ押し倒し、手首を力で抑える。
「なにを……レオ……」
「お前を愛することはない……しかし、今やお前は手放せない。だから、子を孕ませれば……妃を辞める事も出来ぬだろ?」
「っ! や、やめ! いや!」
「大人しくしろ、直ぐに終わらせる」
いまや、俺は正しいも間違いも判断できぬ思考となっていた。
ただ、答えの出せぬまま……それに迷う時間を引き延ばす選択をしたのだ。
「抵抗するっ––」
「ふざけないでっ!!」
セレリナは、顔を近づけた俺へと噛みついた。
公爵令嬢らしからぬ反撃に身を引けば、さらに押されて寝台から突き落とされる。
「もう……やめて。お願いだから、私の前から消えて」
嗚咽を上げ、しゃくりあげて泣くセレリナ。
それを情けなく見上げながら、理解してしまう。
彼女は、俺を本気で拒絶をしている。
もうそこに、俺が選択を決めたとて……彼女の心に入れる隙間などない。
「出て行って……この事はゴルド様に報告します、消えてください」
「……」
「お願い……消えて」
ふと鏡を見れば、自身の姿が見えた。
セレリナを拒絶しながら、過去の恋情が彼女を求め、強姦まがいの行為を行った俺は、なんと醜い。
これなら、ずっと拒絶していた方が潔かっただろう。
「早く出ていって!」
恥から逃げるように、妃室を後にする。
迷い悩んだ末の選択が惨めで、醜くて……その場にいられなかった。
翌日の朝。
父達から、非難を受ける覚悟をしていた俺だったが。
やって来たのは母であり、開口一番に俺を称賛した。
「よく、耐えたわね! レオン!」
「……母上? なにを」
「ようやく、証言がでたわ! アンネッテの屋敷に勤めていた者が証言したの! セレリナが殺害を犯した現場を見たと!」
「……っ!!」
母の言葉に、心が躍った。
やはり俺は間違っておらず、正しかったのだ。
その後は、醜い選択をした過去を拭うため……セレリナに罪を償わせる事しか考えられなかった。
「母上、直ぐにセレリナへ罪を償わせます。王命を……使ってでも」
「そうよ、レオン! 貴方は間違ってなんてない」
そうだ。やはり俺は間違ってなどいない……
◇◇◇
その後、王命によってセレリナを拘束。
すぐさまにアンネッテが殺された事実も、セレリナの罪も民へと公表した。
だが、世論はセレリナを信じていた。
証言のみという事に疑問が残り、王妃としての働きを知る支持者が再調査を要望したのだ。
しかし俺は、王命により罪を下す。
貴族の意見を無視して、民の非難を聞かず、セレリナの斬首刑を決めた。
多くの者が止めたとしても関係ない。
俺は間違っていない。
もう……醜い選択などしない、潔く、徹底的にセレリナへ罪を償わせる。
そう思っていた俺へ、一つの報告がなされた。
「……セレリナ妃が、自死されました」
ここから、全ては始まる。
間違っていない。
そう思う俺が、亡きセレリナが残したものを知る事になっていく日々が……
「……」
「失望しているぞ……これ以上ないほど。お前に失望している」
無言の俺に、父は絶えず責める言葉を吐く。
そこにもはや親子の愛は無く、睨む視線は子に向けるものではない。
「さきほど、セレリナが妃を辞めると言い出した」
「存じて……おります」
「お前の望みがこれか? 民からも、貴族たちからも望まれている妃のセレリナを失うことが、どれだけ国家の損失か分かるか?」
「……」
「こんな事なら、もう一人……子を産むべきだった」
遠回しに、王太子として否定の言葉を吐く父。
言い返せずに無言でいれば、父が続けた。
「セレリナの要望は、引き受けた」
「っ!!」
「だが、流石に今すぐにとはいかん。民からの信頼の厚いセレリナが式後に廃妃となれば、反乱すらあり得る。それはセレリナも望んでいない」
「……」
「だから、お前との一切の関わりを無くす条件で、三年間を妃として過ごしてもうら事に納得してもらった」
三年……
その期間が、俺とセレリナを別つまでの時間。
「やるべき事は……分かるな?」
「俺に、どうしろと」
なにをすべきか分かっていたはずなのに問いかける。
父は呆れつつ、ため息交じりに答えた。
「セレリナへ懇切丁寧に謝罪をし、許してもらうまで頭を地面に伏せ続けろ」
「……」
「いいな?」
言葉に含まれた父の威圧に、判断を迷う。
アンネッテを殺したと疑うセレリナを愛するなどできない。
むしろ……憎しみすら湧く。
しかし、セレリナに嫌われて胸が痛む心もある。
情けなくも俺は……心の奥底でセレリナへの恋情が残っているのだろう。
「父上、セレリナの疑惑を晴らさねば……俺は彼女を愛せません」
「また、その馬鹿げた疑いか……セレリナの名誉を侮辱するな」
「しかし、アンネッテに最後に会ったのは彼女です! 本来疑うべき者を王妃になど!」
「お前はすぐに白黒をつけたがる。国家のためなら……あやふやのままでいい時もある」
あやふやでいい?
そんなはずがない……俺の愛するアンネッテを、殺したかもしれないのに。
「いい加減に……大人になれ。レオン」
突き放す言葉と共に、数時間続いた父からの激昂が終わった。
俺は、未だに答えが出せない。
疑い、疑惑、憎しみが……セレリナを遠ざける。
しかし、彼女への恋情が……遠ざかるのを拒否して胸を締め付ける。
複雑に絡み合う感情の糸口が見えぬまま、俺は無駄に時間を費やしていった。
◇◇◇
式から二年半が経った。
あれからセレリナと会ってはいないが……彼女の華々しい功績は嫌でも耳にする。
彼女は王妃の政務だけでなく、貴族たちをとり繋いで国益にも成り得る事業を始めたり。
民達のために養護施設を増やし、誰でも入学できる学び舎の建設を進めたりと。
上げればキリがない功績を上げ、今やセレリナは紛れもなく「王妃」としての地位を盤石なものとしていた。
「いい加減に謝罪をしに行け!」
彼女の功績が増えるごとに、父の語気が強くなっていく。
そんな父も、半年前に病気により退位し……俺が王を戴冠した。
だが即位の式典も、話題はセレリナ一色だ。
俺の国王としての求心力は、正式な王妃となった彼女あってのものとなっていた。
「残り……半年だぞ!」
父の言葉に、焦りが生まれる。
当然だ、セレリナが妃を辞めれば、王家の地位が揺らぐ程の存在になっているのだから。
「……」
しかし俺は未だに答えを決められないままでいた。
だから、彼女を手放さずに……王妃に縛る選択を実行する事にした。
◇◇◇
「レオン陛下? この先はセレリナ様の私室です。陛下は立ち入り禁止で……」
「黙れ、王命だ。どけ」
「っ!!?!」
衛兵を突き飛ばし、真っ直ぐにセレリナの部屋へ入る。
久しぶりに見るセレリナは、記憶に違わずに美しく、恋情が沸き立つ。
「レオン様……っ!?」
「なにを迷う必要があったか……愛さずとも、お前が王妃を辞めれぬようにすれば良かったのだ」
「っ!!」
セレリナを寝台へ押し倒し、手首を力で抑える。
「なにを……レオ……」
「お前を愛することはない……しかし、今やお前は手放せない。だから、子を孕ませれば……妃を辞める事も出来ぬだろ?」
「っ! や、やめ! いや!」
「大人しくしろ、直ぐに終わらせる」
いまや、俺は正しいも間違いも判断できぬ思考となっていた。
ただ、答えの出せぬまま……それに迷う時間を引き延ばす選択をしたのだ。
「抵抗するっ––」
「ふざけないでっ!!」
セレリナは、顔を近づけた俺へと噛みついた。
公爵令嬢らしからぬ反撃に身を引けば、さらに押されて寝台から突き落とされる。
「もう……やめて。お願いだから、私の前から消えて」
嗚咽を上げ、しゃくりあげて泣くセレリナ。
それを情けなく見上げながら、理解してしまう。
彼女は、俺を本気で拒絶をしている。
もうそこに、俺が選択を決めたとて……彼女の心に入れる隙間などない。
「出て行って……この事はゴルド様に報告します、消えてください」
「……」
「お願い……消えて」
ふと鏡を見れば、自身の姿が見えた。
セレリナを拒絶しながら、過去の恋情が彼女を求め、強姦まがいの行為を行った俺は、なんと醜い。
これなら、ずっと拒絶していた方が潔かっただろう。
「早く出ていって!」
恥から逃げるように、妃室を後にする。
迷い悩んだ末の選択が惨めで、醜くて……その場にいられなかった。
翌日の朝。
父達から、非難を受ける覚悟をしていた俺だったが。
やって来たのは母であり、開口一番に俺を称賛した。
「よく、耐えたわね! レオン!」
「……母上? なにを」
「ようやく、証言がでたわ! アンネッテの屋敷に勤めていた者が証言したの! セレリナが殺害を犯した現場を見たと!」
「……っ!!」
母の言葉に、心が躍った。
やはり俺は間違っておらず、正しかったのだ。
その後は、醜い選択をした過去を拭うため……セレリナに罪を償わせる事しか考えられなかった。
「母上、直ぐにセレリナへ罪を償わせます。王命を……使ってでも」
「そうよ、レオン! 貴方は間違ってなんてない」
そうだ。やはり俺は間違ってなどいない……
◇◇◇
その後、王命によってセレリナを拘束。
すぐさまにアンネッテが殺された事実も、セレリナの罪も民へと公表した。
だが、世論はセレリナを信じていた。
証言のみという事に疑問が残り、王妃としての働きを知る支持者が再調査を要望したのだ。
しかし俺は、王命により罪を下す。
貴族の意見を無視して、民の非難を聞かず、セレリナの斬首刑を決めた。
多くの者が止めたとしても関係ない。
俺は間違っていない。
もう……醜い選択などしない、潔く、徹底的にセレリナへ罪を償わせる。
そう思っていた俺へ、一つの報告がなされた。
「……セレリナ妃が、自死されました」
ここから、全ては始まる。
間違っていない。
そう思う俺が、亡きセレリナが残したものを知る事になっていく日々が……
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