5 / 38
一巡「後悔」
4話
しおりを挟む
セレリナが入宮し、数か月が経った。
連日、スルードが俺へと詰め寄る。
「レオン殿下! 今日こそはセレリナ様へ謝罪をして、王妃としてお認めなさってください!」
「何度も言わせるな あの女を愛する気は無い」
「あの方は、本来ならば二年をかけて行う王妃教育を半年で終える事も承諾したくださっているのですよ!」
「……何が言いたい?」
「此度の王妃入れ替えは、王家の不手際で生じた問題でもあります。それらの解決のためにあの方は王家の頼みを引き受けてくれております」
「……」
「そんなセレリナ様に対して、あの態度は……このスルード。貴方への忠誠心さえ揺らぎます」
「黙れ。今にお前たちも、奴の本性に気付くはずだ」
「殿下!」
叫ぶ声を無視する。
疑い通りなら、セレリナは親友を殺害してまで王妃の座を手に入れた女。
そのぼろは必ず出る。
性悪で、悪女としての性格を知れば皆が意見を変えるはず。
そう……思っていた。
◇◇◇
半年が経つ。
王妃教育で過密な激務を過ごすセレリナだが、その合間にも養護施設への慰問や寄付により、国民からの支持を集め出したと聞く。
さらには王妃候補であっても驕らず、気さくに接する事で王宮の者達からの信も厚い。
俺の狙いとは裏腹に、彼女は王宮……果ては国内からの信頼も揺るがぬ程の数を集めていた。
そんな彼女に態度を改めぬ俺に、当然ながら皆の反感が高まっていく。
スルードだけでなく、父までもが激昂する日々が続いた。
だが俺は態度を改める事はなく時が過ぎ……セレリナを王妃として迎える式の日がやって来た。
「レオン様……お久しぶりです」
「……」
久々に見たセレリナは、変わらぬ美しさで目が離せない。
王妃として、式のために着飾った純白のドレスに蒼色の髪がしだれかかる姿に、目が奪われた。
「レオン様……式には民も来ております。不安を与えぬよう、せめて腕を組み不仲を隠しましょう」
「黙れ、俺に喋りかけるな」
セレリナの民を思う提案に、悪態を漏らす。
彼女へと抱くのは、かつての初恋と同じ感情のはずなのに、その恋情が肥大するほど、アンネッテを殺した疑惑が憎しみを生み、悪態をついてしまう。
この女に愛を抱くほど、アンネッテの悲しむ顔が思い浮かぶ。
そんな愛憎混ざる存在が傍に居る事が、耐えられなかった。
「レオン様、私は……民のために提言しているのです」
「次期国王は俺だ。全て、俺が決める」
言い放ち、セレリナと距離を離して歩む。
観衆の前に出れば、膨れ上がっていた期待から一転……
俺達の幸せとは思えぬ様子に、ため息が聞こえた。
セレリナは今や、民や貴族たちに望まれる妃。
彼女へと冷たい対応をとる俺に、王家に向けているとは思えぬ視線が注がれる。
そんな中、儀式のような式を終えた。
「何を考えているのだ! お前は」
「……」
式後のパーティーで、王たる父が人目もはばからずに激昂する。
見た事ない剣幕で俺の胸倉を掴み、声を張り上げた。
「セレリナは……王家の頼みで妃になってくれたのだ! それに対し、なんという非礼だ!」
「……父上、俺はセレリナを愛する気はありません」
「っ!! この……大馬鹿者が!」
鈍い痛みが走り、殴られたのだと分かる。
手を出されたのは、生まれて初めてだった。
「お前は……セレリナの気持ちを何も知らぬのか! 一度でも対話をしたのか!」
「父上、セレリナはアンネッテの死に関わっているかもしれないのですよ!」
「妄言も大概にしろ! セレリナは……お前のためだけでなく、アンネッテのため……妃を引き受けたのだぞ!」
セレリナが……アンネッテのためだと?
瞬間、怒りが湧く。
アンネッテの座を奪いながら、彼女のためだと言うセレリナが許せなかった。
感情が沸き立ち、足が勝手に動く。
「待て! レオン! 話はまだ終わって……」
「まって、ゴルド。行かせてあげて」
「ミランダ……?」
制止の声を上げた父を止めてくれた母に感謝し、セレリナを探す。
式後のパーティの準備で色直しをしているであろう部屋を開いた。
「っ!!?! レオン様?」
色直しが終わり、新たなドレスを着込んだセレリナに目を奪われて、動きが止まる。
だが……アンネッテを思い出し、揺らいだ怒りは再び燃え上がった。
「貴様が、二度とアンネッテの名を語るな!」
「っ!!?」
パーティ会場から持ち出してきた果実酒を、彼女へとぶちまける。
甘ったるい酒気の香りが部屋を満たし……彼女の純白のドレスは無残にも赤黒く染まる。
「そんなっ!? セレリナ様! ご無事ですか!」
「直ぐに拭くものを!」
「……」
セレリナは無言のまま、静かに鏡を見た。
そこに映った自身の姿を確認し、瞳を潤ませる。
「どうして……こんな事を?」
「アンネッテの代わりの貴様が……彼女のためだと? 思い上がるのもいい加減にしろ!」
「……」
「俺は、アンネッテを殺したお前だけは許さ––」
言葉の途中で……鋭い痛みが頬に走る。
軽快な音が部屋に響き渡り、暫し時間が流れた後に平手を受けたのだと分かった。
「もう……いいです」
聞いたことがない冷たい声が、セレリナの口から漏れ出た。
「ここまで尽くして信じてくれないなら。もう貴方に期待なんてしません」
視線を向ければ、セレリナは大粒の涙を流し……堪え切れぬ怒りを抑えて拳を握る。
今まで見せたことがない……公爵令嬢として威厳を保ってきた彼女の悔し涙。
それを見た瞬間、疑問を抱く考えが揺らぐ。
本当に……セレリナがやったのか……俺が間違っていないか?
「私は王妃を降ります。それでは……」
始めて見た、セレリナの冷たい瞳。
突き放す短い言葉に、思わず呼び止めてしまう。
「ま、まて。セレリ」
「貴方を……もう愛する事はありません」
「っ!!」
去っていくセレリナの背に手を伸ばすが、届かない。
遠ざかっていく彼女を見て……憎んでいたはずなのに、嫌われたと分かった瞬間にジクリと胸が痛む。
俺は間違っていない。
いや、間違っているのでは?
殺したのはセレリナだ。
もしかして、俺の思い込みでは?
否定する思考と、相反する思考。
混乱する中で……俺は情けなくも、一人呆然と立ち尽くした。
連日、スルードが俺へと詰め寄る。
「レオン殿下! 今日こそはセレリナ様へ謝罪をして、王妃としてお認めなさってください!」
「何度も言わせるな あの女を愛する気は無い」
「あの方は、本来ならば二年をかけて行う王妃教育を半年で終える事も承諾したくださっているのですよ!」
「……何が言いたい?」
「此度の王妃入れ替えは、王家の不手際で生じた問題でもあります。それらの解決のためにあの方は王家の頼みを引き受けてくれております」
「……」
「そんなセレリナ様に対して、あの態度は……このスルード。貴方への忠誠心さえ揺らぎます」
「黙れ。今にお前たちも、奴の本性に気付くはずだ」
「殿下!」
叫ぶ声を無視する。
疑い通りなら、セレリナは親友を殺害してまで王妃の座を手に入れた女。
そのぼろは必ず出る。
性悪で、悪女としての性格を知れば皆が意見を変えるはず。
そう……思っていた。
◇◇◇
半年が経つ。
王妃教育で過密な激務を過ごすセレリナだが、その合間にも養護施設への慰問や寄付により、国民からの支持を集め出したと聞く。
さらには王妃候補であっても驕らず、気さくに接する事で王宮の者達からの信も厚い。
俺の狙いとは裏腹に、彼女は王宮……果ては国内からの信頼も揺るがぬ程の数を集めていた。
そんな彼女に態度を改めぬ俺に、当然ながら皆の反感が高まっていく。
スルードだけでなく、父までもが激昂する日々が続いた。
だが俺は態度を改める事はなく時が過ぎ……セレリナを王妃として迎える式の日がやって来た。
「レオン様……お久しぶりです」
「……」
久々に見たセレリナは、変わらぬ美しさで目が離せない。
王妃として、式のために着飾った純白のドレスに蒼色の髪がしだれかかる姿に、目が奪われた。
「レオン様……式には民も来ております。不安を与えぬよう、せめて腕を組み不仲を隠しましょう」
「黙れ、俺に喋りかけるな」
セレリナの民を思う提案に、悪態を漏らす。
彼女へと抱くのは、かつての初恋と同じ感情のはずなのに、その恋情が肥大するほど、アンネッテを殺した疑惑が憎しみを生み、悪態をついてしまう。
この女に愛を抱くほど、アンネッテの悲しむ顔が思い浮かぶ。
そんな愛憎混ざる存在が傍に居る事が、耐えられなかった。
「レオン様、私は……民のために提言しているのです」
「次期国王は俺だ。全て、俺が決める」
言い放ち、セレリナと距離を離して歩む。
観衆の前に出れば、膨れ上がっていた期待から一転……
俺達の幸せとは思えぬ様子に、ため息が聞こえた。
セレリナは今や、民や貴族たちに望まれる妃。
彼女へと冷たい対応をとる俺に、王家に向けているとは思えぬ視線が注がれる。
そんな中、儀式のような式を終えた。
「何を考えているのだ! お前は」
「……」
式後のパーティーで、王たる父が人目もはばからずに激昂する。
見た事ない剣幕で俺の胸倉を掴み、声を張り上げた。
「セレリナは……王家の頼みで妃になってくれたのだ! それに対し、なんという非礼だ!」
「……父上、俺はセレリナを愛する気はありません」
「っ!! この……大馬鹿者が!」
鈍い痛みが走り、殴られたのだと分かる。
手を出されたのは、生まれて初めてだった。
「お前は……セレリナの気持ちを何も知らぬのか! 一度でも対話をしたのか!」
「父上、セレリナはアンネッテの死に関わっているかもしれないのですよ!」
「妄言も大概にしろ! セレリナは……お前のためだけでなく、アンネッテのため……妃を引き受けたのだぞ!」
セレリナが……アンネッテのためだと?
瞬間、怒りが湧く。
アンネッテの座を奪いながら、彼女のためだと言うセレリナが許せなかった。
感情が沸き立ち、足が勝手に動く。
「待て! レオン! 話はまだ終わって……」
「まって、ゴルド。行かせてあげて」
「ミランダ……?」
制止の声を上げた父を止めてくれた母に感謝し、セレリナを探す。
式後のパーティの準備で色直しをしているであろう部屋を開いた。
「っ!!?! レオン様?」
色直しが終わり、新たなドレスを着込んだセレリナに目を奪われて、動きが止まる。
だが……アンネッテを思い出し、揺らいだ怒りは再び燃え上がった。
「貴様が、二度とアンネッテの名を語るな!」
「っ!!?」
パーティ会場から持ち出してきた果実酒を、彼女へとぶちまける。
甘ったるい酒気の香りが部屋を満たし……彼女の純白のドレスは無残にも赤黒く染まる。
「そんなっ!? セレリナ様! ご無事ですか!」
「直ぐに拭くものを!」
「……」
セレリナは無言のまま、静かに鏡を見た。
そこに映った自身の姿を確認し、瞳を潤ませる。
「どうして……こんな事を?」
「アンネッテの代わりの貴様が……彼女のためだと? 思い上がるのもいい加減にしろ!」
「……」
「俺は、アンネッテを殺したお前だけは許さ––」
言葉の途中で……鋭い痛みが頬に走る。
軽快な音が部屋に響き渡り、暫し時間が流れた後に平手を受けたのだと分かった。
「もう……いいです」
聞いたことがない冷たい声が、セレリナの口から漏れ出た。
「ここまで尽くして信じてくれないなら。もう貴方に期待なんてしません」
視線を向ければ、セレリナは大粒の涙を流し……堪え切れぬ怒りを抑えて拳を握る。
今まで見せたことがない……公爵令嬢として威厳を保ってきた彼女の悔し涙。
それを見た瞬間、疑問を抱く考えが揺らぐ。
本当に……セレリナがやったのか……俺が間違っていないか?
「私は王妃を降ります。それでは……」
始めて見た、セレリナの冷たい瞳。
突き放す短い言葉に、思わず呼び止めてしまう。
「ま、まて。セレリ」
「貴方を……もう愛する事はありません」
「っ!!」
去っていくセレリナの背に手を伸ばすが、届かない。
遠ざかっていく彼女を見て……憎んでいたはずなのに、嫌われたと分かった瞬間にジクリと胸が痛む。
俺は間違っていない。
いや、間違っているのでは?
殺したのはセレリナだ。
もしかして、俺の思い込みでは?
否定する思考と、相反する思考。
混乱する中で……俺は情けなくも、一人呆然と立ち尽くした。
285
お気に入りに追加
4,211
あなたにおすすめの小説
王子様、あなたの不貞を私は知っております
岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。
「私は知っております。王子様の不貞を……」
場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で?
本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる