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一巡「後悔」

4話

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 セレリナが入宮し、数か月が経った。
 連日、スルードが俺へと詰め寄る。

「レオン殿下! 今日こそはセレリナ様へ謝罪をして、王妃としてお認めなさってください!」

「何度も言わせるな あの女を愛する気は無い」

「あの方は、本来ならば二年をかけて行う王妃教育を半年で終える事も承諾したくださっているのですよ!」

「……何が言いたい?」

「此度の王妃入れ替えは、王家の不手際で生じた問題でもあります。それらの解決のためにあの方は王家の頼みを引き受けてくれております」

「……」

「そんなセレリナ様に対して、あの態度は……このスルード。貴方への忠誠心さえ揺らぎます」

「黙れ。今にお前たちも、奴の本性に気付くはずだ」

「殿下!」

 叫ぶ声を無視する。
 疑い通りなら、セレリナは親友を殺害してまで王妃の座を手に入れた女。

 そのぼろは必ず出る。
 性悪で、悪女としての性格を知れば皆が意見を変えるはず。
 そう……思っていた。




  ◇◇◇



 半年が経つ。

 王妃教育で過密な激務を過ごすセレリナだが、その合間にも養護施設への慰問や寄付により、国民からの支持を集め出したと聞く。
 さらには王妃候補であっても驕らず、気さくに接する事で王宮の者達からの信も厚い。
 俺の狙いとは裏腹に、彼女は王宮……果ては国内からの信頼も揺るがぬ程の数を集めていた。

 そんな彼女に態度を改めぬ俺に、当然ながら皆の反感が高まっていく。
 スルードだけでなく、父までもが激昂する日々が続いた。
 だが俺は態度を改める事はなく時が過ぎ……セレリナを王妃として迎える式の日がやって来た。

「レオン様……お久しぶりです」

「……」

 久々に見たセレリナは、変わらぬ美しさで目が離せない。
 王妃として、式のために着飾った純白のドレスに蒼色の髪がしだれかかる姿に、目が奪われた。

「レオン様……式には民も来ております。不安を与えぬよう、せめて腕を組み不仲を隠しましょう」

「黙れ、俺に喋りかけるな」

 セレリナの民を思う提案に、悪態を漏らす。

 彼女へと抱くのは、かつての初恋と同じ感情のはずなのに、その恋情が肥大するほど、アンネッテを殺した疑惑が憎しみを生み、悪態をついてしまう。

 この女に愛を抱くほど、アンネッテの悲しむ顔が思い浮かぶ。
 そんな愛憎混ざる存在が傍に居る事が、耐えられなかった。

「レオン様、私は……民のために提言しているのです」

「次期国王は俺だ。全て、俺が決める」

 言い放ち、セレリナと距離を離して歩む。
 観衆の前に出れば、膨れ上がっていた期待から一転……
 俺達の幸せとは思えぬ様子に、ため息が聞こえた。
 
 セレリナは今や、民や貴族たちに望まれる妃。
 彼女へと冷たい対応をとる俺に、王家に向けているとは思えぬ視線が注がれる。
 そんな中、儀式のような式を終えた。

「何を考えているのだ! お前は」

「……」

 式後のパーティーで、王たる父が人目もはばからずに激昂する。
 見た事ない剣幕で俺の胸倉を掴み、声を張り上げた。

「セレリナは……王家の頼みで妃になってくれたのだ! それに対し、なんという非礼だ!」

「……父上、俺はセレリナを愛する気はありません」

「っ!! この……大馬鹿者が!」

 鈍い痛みが走り、殴られたのだと分かる。
 手を出されたのは、生まれて初めてだった。

「お前は……セレリナの気持ちを何も知らぬのか! 一度でも対話をしたのか!」

「父上、セレリナはアンネッテの死に関わっているかもしれないのですよ!」

「妄言も大概にしろ! セレリナは……お前のためだけでなく、アンネッテのため……妃を引き受けたのだぞ!」

 セレリナが……アンネッテのためだと?
 瞬間、怒りが湧く。
 アンネッテの座を奪いながら、彼女のためだと言うセレリナが許せなかった。
 感情が沸き立ち、足が勝手に動く。
 
「待て! レオン! 話はまだ終わって……」

「まって、ゴルド。行かせてあげて」

「ミランダ……?」

 制止の声を上げた父を止めてくれた母に感謝し、セレリナを探す。
 式後のパーティの準備で色直しをしているであろう部屋を開いた。

「っ!!?! レオン様?」

 色直しが終わり、新たなドレスを着込んだセレリナに目を奪われて、動きが止まる。
 だが……アンネッテを思い出し、揺らいだ怒りは再び燃え上がった。

「貴様が、二度とアンネッテの名を語るな!」

「っ!!?」

 パーティ会場から持ち出してきた果実酒を、彼女へとぶちまける。
 甘ったるい酒気の香りが部屋を満たし……彼女の純白のドレスは無残にも赤黒く染まる。

「そんなっ!? セレリナ様! ご無事ですか!」
「直ぐに拭くものを!」

「……」

 セレリナは無言のまま、静かに鏡を見た。
 そこに映った自身の姿を確認し、瞳を潤ませる。

「どうして……こんな事を?」

「アンネッテの代わりの貴様が……彼女のためだと? 思い上がるのもいい加減にしろ!」

「……」

「俺は、アンネッテを殺したお前だけは許さ––」

 言葉の途中で……鋭い痛みが頬に走る。
 軽快な音が部屋に響き渡り、暫し時間が流れた後に平手を受けたのだと分かった。

「もう……いいです」
 
 聞いたことがない冷たい声が、セレリナの口から漏れ出た。

「ここまで尽くして信じてくれないなら。もう貴方に期待なんてしません」

 視線を向ければ、セレリナは大粒の涙を流し……堪え切れぬ怒りを抑えて拳を握る。
 今まで見せたことがない……公爵令嬢として威厳を保ってきた彼女の悔し涙。
 それを見た瞬間、疑問を抱く考えが揺らぐ。
 本当に……セレリナがやったのか……俺が間違っていないか?

「私は王妃を降ります。それでは……」

 始めて見た、セレリナの冷たい瞳。
 突き放す短い言葉に、思わず呼び止めてしまう。

「ま、まて。セレリ」

「貴方を……もう愛する事はありません」

「っ!!」

 去っていくセレリナの背に手を伸ばすが、届かない。
 遠ざかっていく彼女を見て……憎んでいたはずなのに、嫌われたと分かった瞬間にジクリと胸が痛む。
 
 俺は間違っていない。
 いや、間違っているのでは?

 殺したのはセレリナだ。
 もしかして、俺の思い込みでは?

 否定する思考と、相反する思考。
 混乱する中で……俺は情けなくも、一人呆然と立ち尽くした。
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