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アルフレッドは王宮でも隅にある部屋に隔離されていた、かつて王宮内で最も権力を持っていたとは思えない。
王宮騎士団はいないため、監視には正騎士団が任されている。
木製の扉をノックすると「入れ」と力のない声が聞こえ、私はユリウスと共に部屋へと入った。
「リルレット……」
寝台とタンス、必要最低限の家具の置かれた部屋でアルフレッドは一人で寝台に座っていた。
身の回りの世話をする者もおらず、髪は乱雑に跳ね、げっそりと瘦せているように見える。
かつての国一番の美形であった彼の面影はそこにはない。
「アルフレッド……私を呼んで何用ですか?」
「頼みがあるんだ、お前にしか頼めない」
アルフレッドは震えながら、私にすがるように手を伸ばす。
後ろへ後ずさると、彼は寝台から腰を上げてヨタヨタと歩み寄る。
「頼む、リルレット……もう一度でいい。あと少しでも俺を愛してくれているのならイエルク達に免罪を申し入れる手伝いをして欲しい」
「……何を言っているのか分かっているのですか? 貴方が王族としての責務を放棄したのです。今さら許しを懇願した所で納得などされません」
「だが、まだ方法は残っているはずだ。お前達の方から俺は単に気絶していただけだと言ってくれれば、子爵家に臣籍降下される事は免れるかもしれない!」
「どうでもいいと言っていたあの時の威勢はどうしたのです?」
「ぐっ……」
呆れてため息が出てしまいそうだ。
まさか、今になって事の重大さを認識して焦りを見せているなんて……。
「結果は変えられません。貴方が自分の欲求を満たすために行った行為にはしかと責任を追及されるべきです」
「だが……怖いのだ。俺は王族であることが嫌だった……しかしその王族という肩書きを失えば何が残る? 辺境の地で一体、何を糧に生きていけばいい」
「私が考えるべき事ではありません。好きに生きていけばいいではないですか」
そう言った時、隣に立つユリウスも頷きながら言葉を続けた。
「特権は受けたいが、責任は負いたくないなど都合の良い話ではないですか?」
言葉に詰まったアルフレッドは力なくしゃがみ込み、震えて頭を抱える。
「王族として生きていくだけで良かった。俺はただ……劣等感を背負ったまま生きていく事が嫌だっただけだ。地位も名誉も失って憎まれて生きるなど望んではいない」
「そうならない選択肢や機会は確かに私達から提案したはずです。貴方が一方的に私を求めて断ったのですよ、後先も考えず……」
私達が手を貸すことはないと悟ったのだろう、彼は悔しそうに諦めの色を浮かべる。
どこまで自己中心的なのだろうか、私達に散々な扱いをして助けを求めるなど受け入れられるはずもない。
手を貸す気など今後、一生ない事だ。
「最後の頼みも無駄か……はは、俺はこのまま落ちぶれていくだけか……」
彼の乾いた笑い声に胸が締め付けられる。
私の初恋はアルフレッド一色で染まっていた、あの頃の彼は輝いており、笑顔は胸が焼ける程に希望に満ちていた。
なのに、彼は劣等感から弟を怨み、自尊心を埋めるために私や他の妃候補へ歪んだ愛を向ける怪物に変わり果て、挙句に今では生気を失った抜け殻になり果ててしまっている。
その姿を見て、悔しくてたまらなかった。
私の初恋を、恋焦がれた記憶を汚されるのが我慢ならない。
「……私は、貴方を許せません。恋心を踏みにじられて何年も一人にされた辛さは今でも覚えています」
「もうどうだっていい、俺はもはや辺境にて死を待つだけ、お前にとっても復讐心を果たせて良かっただろう。憎むべき相手が落ちぶれていくのが見られるのだ。代えがたい快楽だろう?」
「貴方と一緒にしないで……私がなによりも許せないのはその腐った性根です」
アルフレッドにとって私の言葉は予想外であったのだろう。
目は見開かれ、俯いていた視線が私へと向けられる。
「私が望むのは恋焦がれた相手が落ちぶれていく事じゃない。恋焦がれた事を後悔させないで欲しいのです。情けなく、みっともない姿を見せないで」
「……」
「貴方は最低だった。正直に言ってもう二度と会いたくない……だけどかつての綺麗な思い出が汚されるのだけは嫌です」
最後まで言い切った時、コンコンと扉がノックされてユリウスが出てくれる。
そして、扉を開いた先の相手から何かを受け取った彼はこちらへ視線をくれた。
イエルク様に頼んでいたものが届いたのだろう。
「アルフレッド、もう貴方と会う事はありません……これは餞別の意味で受け取ってください」
ユリウスから手渡されたのは花束だ、真っ赤なアルストロメリアの花束をアルフレッドの寝台へと優しく置く。
「これは……今さらなんだというのだ?」
「アルストロメリアの花言葉には未来への憧れという意味があります。貴方は王族から離れてようやく自由に生きるようになったではありませんか……私も生きる糧などない時に騎士という選択をしました。諦めずにどうか未来を生きてくださいアルフレッド」
「……」
今の彼はあの時の私だ、生きる糧をアルフレッドとしていた頃の私。
糧を失って、先の未来など考えられずに死を考えてしまった。
だけど、人生とはどんな状況でもあらゆる選択肢が残されている、悲観する時はまだ早いのかもしれない。
「二度と会う事はありません……それでも、恋した貴方の人生に幸がある事を望んでおります」
「……もう二度と、会ってはくれないのか?」
「はい」
一切の迷いなく答えた私に、アルフレッドは瞳を潤ませて後ろへと振り返る。
そして、花束を抱き上げながら……小さく頷いた。
「もう俺を想って泣いていたお前は、いないのか」
「……いません、私には新しい道とユリウスがいるから。貴方も新しい生き方を見つけてください」
「…………俺はお前のような女性を手放した事を、今になって後悔している。気付くのが遅すぎたな……すまなかった、リルレット」
彼に恋焦がれていた私はもう何処にもいない。
いまさらどれだけ後悔されても、された仕打ちや酷い扱いをされた記憶は消えない。
だけど、幸せを願う気持ちだけは本当だ。
これから彼がどのような人生を歩むか知る由もない。
だけど、どうか幸せに。
この別れで……私の初恋は、ようやく終わる。
「さようなら、アルフレッド……元気で」
かけた言葉を最後に、ユリウスと共に部屋を出る。
扉を閉めた途端、むせび泣くような声が聞こえても私は振り返る事はなく前に進む。
もう、未練はない。
私の人生に、もうアルフレッドはいないのだから。
王宮騎士団はいないため、監視には正騎士団が任されている。
木製の扉をノックすると「入れ」と力のない声が聞こえ、私はユリウスと共に部屋へと入った。
「リルレット……」
寝台とタンス、必要最低限の家具の置かれた部屋でアルフレッドは一人で寝台に座っていた。
身の回りの世話をする者もおらず、髪は乱雑に跳ね、げっそりと瘦せているように見える。
かつての国一番の美形であった彼の面影はそこにはない。
「アルフレッド……私を呼んで何用ですか?」
「頼みがあるんだ、お前にしか頼めない」
アルフレッドは震えながら、私にすがるように手を伸ばす。
後ろへ後ずさると、彼は寝台から腰を上げてヨタヨタと歩み寄る。
「頼む、リルレット……もう一度でいい。あと少しでも俺を愛してくれているのならイエルク達に免罪を申し入れる手伝いをして欲しい」
「……何を言っているのか分かっているのですか? 貴方が王族としての責務を放棄したのです。今さら許しを懇願した所で納得などされません」
「だが、まだ方法は残っているはずだ。お前達の方から俺は単に気絶していただけだと言ってくれれば、子爵家に臣籍降下される事は免れるかもしれない!」
「どうでもいいと言っていたあの時の威勢はどうしたのです?」
「ぐっ……」
呆れてため息が出てしまいそうだ。
まさか、今になって事の重大さを認識して焦りを見せているなんて……。
「結果は変えられません。貴方が自分の欲求を満たすために行った行為にはしかと責任を追及されるべきです」
「だが……怖いのだ。俺は王族であることが嫌だった……しかしその王族という肩書きを失えば何が残る? 辺境の地で一体、何を糧に生きていけばいい」
「私が考えるべき事ではありません。好きに生きていけばいいではないですか」
そう言った時、隣に立つユリウスも頷きながら言葉を続けた。
「特権は受けたいが、責任は負いたくないなど都合の良い話ではないですか?」
言葉に詰まったアルフレッドは力なくしゃがみ込み、震えて頭を抱える。
「王族として生きていくだけで良かった。俺はただ……劣等感を背負ったまま生きていく事が嫌だっただけだ。地位も名誉も失って憎まれて生きるなど望んではいない」
「そうならない選択肢や機会は確かに私達から提案したはずです。貴方が一方的に私を求めて断ったのですよ、後先も考えず……」
私達が手を貸すことはないと悟ったのだろう、彼は悔しそうに諦めの色を浮かべる。
どこまで自己中心的なのだろうか、私達に散々な扱いをして助けを求めるなど受け入れられるはずもない。
手を貸す気など今後、一生ない事だ。
「最後の頼みも無駄か……はは、俺はこのまま落ちぶれていくだけか……」
彼の乾いた笑い声に胸が締め付けられる。
私の初恋はアルフレッド一色で染まっていた、あの頃の彼は輝いており、笑顔は胸が焼ける程に希望に満ちていた。
なのに、彼は劣等感から弟を怨み、自尊心を埋めるために私や他の妃候補へ歪んだ愛を向ける怪物に変わり果て、挙句に今では生気を失った抜け殻になり果ててしまっている。
その姿を見て、悔しくてたまらなかった。
私の初恋を、恋焦がれた記憶を汚されるのが我慢ならない。
「……私は、貴方を許せません。恋心を踏みにじられて何年も一人にされた辛さは今でも覚えています」
「もうどうだっていい、俺はもはや辺境にて死を待つだけ、お前にとっても復讐心を果たせて良かっただろう。憎むべき相手が落ちぶれていくのが見られるのだ。代えがたい快楽だろう?」
「貴方と一緒にしないで……私がなによりも許せないのはその腐った性根です」
アルフレッドにとって私の言葉は予想外であったのだろう。
目は見開かれ、俯いていた視線が私へと向けられる。
「私が望むのは恋焦がれた相手が落ちぶれていく事じゃない。恋焦がれた事を後悔させないで欲しいのです。情けなく、みっともない姿を見せないで」
「……」
「貴方は最低だった。正直に言ってもう二度と会いたくない……だけどかつての綺麗な思い出が汚されるのだけは嫌です」
最後まで言い切った時、コンコンと扉がノックされてユリウスが出てくれる。
そして、扉を開いた先の相手から何かを受け取った彼はこちらへ視線をくれた。
イエルク様に頼んでいたものが届いたのだろう。
「アルフレッド、もう貴方と会う事はありません……これは餞別の意味で受け取ってください」
ユリウスから手渡されたのは花束だ、真っ赤なアルストロメリアの花束をアルフレッドの寝台へと優しく置く。
「これは……今さらなんだというのだ?」
「アルストロメリアの花言葉には未来への憧れという意味があります。貴方は王族から離れてようやく自由に生きるようになったではありませんか……私も生きる糧などない時に騎士という選択をしました。諦めずにどうか未来を生きてくださいアルフレッド」
「……」
今の彼はあの時の私だ、生きる糧をアルフレッドとしていた頃の私。
糧を失って、先の未来など考えられずに死を考えてしまった。
だけど、人生とはどんな状況でもあらゆる選択肢が残されている、悲観する時はまだ早いのかもしれない。
「二度と会う事はありません……それでも、恋した貴方の人生に幸がある事を望んでおります」
「……もう二度と、会ってはくれないのか?」
「はい」
一切の迷いなく答えた私に、アルフレッドは瞳を潤ませて後ろへと振り返る。
そして、花束を抱き上げながら……小さく頷いた。
「もう俺を想って泣いていたお前は、いないのか」
「……いません、私には新しい道とユリウスがいるから。貴方も新しい生き方を見つけてください」
「…………俺はお前のような女性を手放した事を、今になって後悔している。気付くのが遅すぎたな……すまなかった、リルレット」
彼に恋焦がれていた私はもう何処にもいない。
いまさらどれだけ後悔されても、された仕打ちや酷い扱いをされた記憶は消えない。
だけど、幸せを願う気持ちだけは本当だ。
これから彼がどのような人生を歩むか知る由もない。
だけど、どうか幸せに。
この別れで……私の初恋は、ようやく終わる。
「さようなら、アルフレッド……元気で」
かけた言葉を最後に、ユリウスと共に部屋を出る。
扉を閉めた途端、むせび泣くような声が聞こえても私は振り返る事はなく前に進む。
もう、未練はない。
私の人生に、もうアルフレッドはいないのだから。
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