【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「ギーデウス伯、貴方の大切なご息女に傷を負わせてしまった事……僕からお詫びを」

「っ、ユリ……」

 ユリウスは元団長でもある父に向かって膝をついて謝罪する。
 父は手を差し出して制止し、首を横に振る。

「娘の決断だ。お前が謝る必要はないユリウス」

「しかし……」

「判断は俺がする。リルレットと話をさせてくれるか?」

「分かりました……邪魔立てしてしまい申し訳ありません」

 ユリウスは私と父の間から一歩離れてしまう。
 父に何を言えばいいのか、何を言われてしまうのか……正直、緊張感があったためにユリウスには傍に居て欲しかったと心の隅で思う。

「…………」

 寝台の傍に立ち、私を見下ろす父にどう声を掛けるべきか分からない。
 謝るようなことはしていない、だが心配させてしまった事は事実だ。
 私が騎士になる事でさえ父に多くの心労をかけていたはず、加えて最前線ともいえる場所で剣を握って傷を負った等、騎士を辞めて戻ってこいと言われても返す言葉がない。

「あ……あのお父様」

 なんとか言葉を紡ごうと口を開こうとした瞬間、父の手がゆっくりと伸びた。
 そして、私の首元の包帯に触れる。

「痛いか? リルレット」

 その口調には確かに心配する気持ちが含まれている、しかし父の視線は何かを試すように私の返答を待っている。
 父が聞いたこの言葉には、別の意味があると感じたのだ。
 試しているのだ、父は私の答えを待っている。

「痛いです。しかし……この傷を負った事を後悔などしていません。自分で決めて、剣を握って受けた傷だから」

 その言葉を聞き、父は幼き頃のように私の頭をガシガシと撫でる。
 懐かしいその仕草に視線を上げると、子供の頃に見せてくれたような笑みが私を見つめていた。
 とても、嬉しそうな表情で。

「嬉しくもあり、寂しいものだな……娘の成長というのは」

「お父様……?」

「玉のように可愛い娘が、いつしか聡明な騎士の顔つきになりおって……父を置いていくな」

 父はもう、かつて見せた騎士を拒むような表情は浮かべていない。
 剣とは無縁の世界で生きろと心配の言葉をかけてくれた父は私を騎士として認め、それを嬉しいと思ってくれているのだ。

 そんなの……私も心満たされるほどに嬉しいに決まっている。
 心が躍って、感涙にむせび泣きながら父の優しい手に頬を当てる。

「お父様、私は立派にやれたでしょうか?」

「これ以上はない、流石は俺の娘だ」

 あぁ……この言葉を私は忘れないだろう。
 憧れの騎士に私は認めてもらったのだ、父という憧れの存在が娘である私を騎士として見てくれる。
 これ以上、私を騎士たらしめる言葉はない。

「リルレット、お前が成したことはイエルク様にも伝わっている。きっと女性であるお前が騎士のままでいる事を許可してくださり、女人禁制の軍律も変わるだろう」

 私が成し遂げた事を褒めてくれるように、父は喜々として言葉を紡ぐ。

「お前が引き続き騎士として生きていくことに俺からの文句はない。リルレット……お前はどうする?」

 そんなの決まっている。
 私の役目は変わらないから。

「私はユリウス副団長の補佐官です。その役目を投げ出さずに果たしてみせます」

「よく言った」

 満足そうに頷いた父は踵を返し、その際にユリウスへと視線を向けた。

「ユリウス、良い補佐官を持ったな」

「ギーデウス伯……彼女は僕にはもったいない程に優秀な騎士です」

「手放すなよ」

 二人の賞賛の言葉に赤面してしまう。
 そうやって褒め合うのは禁止だ。

 父はユリウスの返答を聞くと、医療室の扉に手を掛ける。

「リルレット、またいつでも帰ってこい」

「はい、思い出話を持って帰りますね。ありがとうございます、お父様」

「あぁ、待っている」

 いつだってお父様は優しくて、私のしたい事を優先してくれていた。
 怖がる必要などなかったのだと、背中を見送りながら思う。
 ありがとう……お父様。


 再び二人となり、彼はそっと私の手を握る。

「リルレット、戦う前に言った事を覚えてる?」

 ドキリと胸が高鳴る、何を言っていたか鮮明に覚えていた。

「全てが終われば……伝えたい事があると」

「そう、覚えてくれてありがとう」

「忘れるはずがないですよ」

 そう、忘れるはずなんてない。
 顔が熱くなるのを感じて視線を逸らすと、彼は小さく笑った。

「傷が治った時、君に伝えるよ。まだやる事は少しだけ残っているからね」

 焦らすような言葉に少しだけ残念に思いながら頷く。
 言ってほしかったな……心の奥底で呟くと、それに答えるように彼は私の唇にキスを落とした。
 突然の事に言葉が出ないでいると、彼はいつものからかいの笑顔を浮かべる。

「何が伝えたいか、分かっているだろうけどもう少し我慢して」

「……焦らして、相変わらず、ずるいですよ」

「ごめん、反応が可愛いから」

 彼は「それに……」と言葉を続けながら私と繋いでいた手の指を絡め合う。
 交互に指先を絡めて繋いだ手でギュッと力を入れ、妖艶な顔立ちを近づけて囁いてくる。

「甘えたいと言っていただろう? 僕もそれを楽しみにしているよ」

 私が冗談で言った言葉、囁かれた事で思い出して顔から火が出そうな程に赤面してしまう。
 気持ちが高ぶっていたとはいえ、なんて事を言ってしまったのだ。
 既に、ユリウスの笑みは逃げる事を許してくれそうにない。
 私も腹を括るしかないようだ。

「悪魔ですね。ユリウス」

「はは、久々に聞けたよ。そう言われるのも案外、悪くないね」

 恥ずかしいけど、傷が治るまでに私も覚悟を決めよう。
 早く、傷が治りますようにと心の中で祈る。

 目の前で笑う狡猾騎士様といつもの日常へと戻るため。
 

   ◇◇◇

 七日が経過し、医者の方から医療室から出ても良いとようやく許可がもらえた。
 といっても直ぐに正騎士団の本部へと戻る事はなく、私は騎士としての装いを取りながらユリウスやシュレイン団長と共にイエルク様の元へと向かうことになった。
 イエルク様は新たに王位継承権を引き継ぎ、此度の戦によって功績を上げた私達へ論功行賞を行ってくれるようだ。
 マルクやガディウス、アルフレッドについて聞こうとしたが、空気を読んで終わってからだと考えた。
 
 王座の間に辿り着くとあの時に流した血や死体は当たり前だが面影すら残ってはいない。
 凄惨な現場となったとは思えぬ程に王座の間は権威ある姿を取り戻し、私達を出迎えて気を引き締めさせる。

「よく、ラインハルト王国の危機を救ってくれた……英雄達に感謝を」

 労いの言葉をくれたイエルク様はアルフレッドとは似ているようで、少しだけ違う。
 ライトブルーの髪色や顔つきは兄弟らしく似ているが瞳の色は深い青色ではなく、私の髪色によく似た空のような蒼さに見えた。
 傍らに立っていたのはセレン様であり、彼女の恋は上手く実ったのだと安堵する。

「……リルレット・ローゼリア特命騎士。前へ」

「はい!」

 ユリウスとシュレイン団長はなにも言わず、送り出すように視線をくれている。
 イエルク様の前へと進み、私は騎士として片膝をつく。

「女性でありながら、特命騎士として王国を救ってくれた事を心から感謝します」

「ありがたきお言葉です。イエルク殿下」

「論功行賞による恩賞に加え、リルレット殿に正騎士団への加入の許可、そして軍律から女人禁制を取り消す事を約束しよう」

 父の言う通りの褒美を頂き、私は深々と頭を下げる。
 祝福のように鳴り響く拍手の中で騎士として認められた私は……夢焦がれた物語の騎士そのものだ。
 感謝されて、多くの人々を救えて……心が感極まって満たされていく。
 嬉しさで頬が緩むのを止められなかった。

 論功行賞は無事に終わり、王座の間を出ようとした所をセレン様に私とユリウスは呼び止められ、色々と話を聞いた。
 セレン様はイエルク様の留学先である東国で再び出会った時に思いを伝えたようで、事が終われば結婚をする事が決まったようだ。
 驚いた事といえば、カラミナ様はセレン様に付き添うように東国へと向かったようで、東国貴族と恋に落ちて今も帰ってきていない。
 逞しいというか……流石は商家というべきか、すぐさま自分の幸せを見つけられる彼女は流石だ。

「色々と教えて頂き、ありがとうございました。セレン様」

「お礼を言うのは私の方よ。東国からも策を考えた貴方に会って話したいという方も多かったのよ。とんでもない策だったけど民を守る最善策であったと東国の将校様が言っておられたの」

「あれは本当に賭けに近い策でしたので褒められるようなものではありません。私はこれからもラインハルト王国を守る騎士として力を付けていきます」

「流石ね。またいつでも会いにきてリルレット」

「は、はいセレン様」

 セレン様は妃候補として寝室にいた時とはまるで変わった、笑顔に溢れる姿から幸せを感じ取れる。
 話を終え、正騎士団本部にユリウスと帰ろうとした瞬間にイエルク様が慌てて私達を再び呼び止めた。

「すまない、二人とも待ってくれるだろうか?」

「イエルク様? どうされましたか?」

 尋ねたユリウス様にイエルク様は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「今回の件で俺の兄が多大な迷惑を掛けてしまった事をお詫びしたい。兄は責任を追及され臣籍降下となり、辺境の地で監視されながら子爵家貴族として生きていく事になる」

 王族としては異例の処置だ。
 第一王子であるアルフレッドが臣籍降下され、子爵家まで地位を落とすなど前例はないだろう。
 しかし、自己の責務を果たさずに民をないがしろにしたアルフレッドには相応の処罰だ。

「イエルク殿下、教えて頂きありがとうございます。しかしなぜ私達に?」

 わざわざイエルク様が伝えなくともいずれ分かっていた事だろう。
 尋ねた言葉に彼は戸惑いながらも声を出す。

「実は……今日から兄が辺境へと向かうのだが、最後にリルレット殿、貴方に会いたいと懇願しているようなのです」

「っ!?」

「兄がした事は許される事ではない。しかし王位継承の争いを去った俺のせいで追い詰めてしまった負い目もある。だから、こんな事を頼める立場ではないと分かっていますが……どうか兄に会って頂けないだろうか?」
 
 アルフレッドに会うという選択肢はイエルク様に言われるまで頭にはなかった。
 尋ねるようなユリウスの視線を感じつつ、私は覚悟を決める。
 ちょうど良い、私にもアルフレッドへ言い残した事は残っている。
 
「分かりました、しかし一つだけ用意して頂きたい物があるのです」

「あ、ありがとう! 何が必要だろうか? 早急に用意しよう」

 イエルク様の質問に私はとある物を持って来てほしいとお願いをした。
 要求した物に彼は意味が分からなそうに首を傾げたが、ユリウスは意味が分かったのだろう、笑って私の背中を叩いてくれた。

「ユリウス、付いてきてくれますか?」

「あぁ、もちろん」

 笑顔で応えてくれたユリウスと共にアルフレッドの元へと向かう。
 会うのはこれが……最後だと私は分かっていた。
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