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◇◇◇
おぼろげな意識の中、幼い私を仏頂面で抱きしめる父の姿が見えた。
……幼き時の夢を見ているのだとかすれた意識の中で自覚する。
父は表情をあまり変えない方だけど、私を撫でる手付きは宝石を扱うように優しかった。
「お父様、頬は痛くないのですか?」
当時の私は笑わない父を怖いと感じつつも、頬に傷を負って包帯を巻いている姿に心配の声を出す。
痛々しい姿は子供の私が不安を抱くには充分な要素だった。
傷口に触れて憂いの言葉を述べた時、父はいつもの仏頂面を解いて、安心させるために小さな笑みを浮かべたのを覚えている。
「この傷は、父の誇りだ」
「誇り……ですか?」
「そうだ、リルレットや民達を守るために出来た傷だ。まさしく騎士の証に相応しいだろう?」
自慢気に笑うお父様が何だかとても逞しくて、凛々しい姿だったのを覚えている。
思えば、私の騎士への憧れはあの時から芽生えていたのかもしれない。
痛々しい傷であっても、痛がる素振りすら見せず、私達を守るために出来た傷だと誇っている姿に憧れていたのだ。
「私も、お父様みたいになりたいです!」
瞳をキラキラさせて返した言葉に父は苦笑を漏らして私の頭をガシガシと撫でた。
父の表情は私が騎士になる事を拒むような、複雑な表情であった。
「お前は俺の宝物だ、傷ついて欲しくない。だから剣などとは無縁の世界で生きて欲しい。それが父の願いだ」
そう言った父の言葉を今になって思い出す。
父は私が騎士になると言った時、どのような気持ちで送り出してくれたのだろうか?
もしかして、私が騎士となって傷ついてしまえば後悔させてしまうかもしれない。
夢の中で私を抱きしめる父の愛を感じ、一抹の不安を覚えた瞬間、私の意識は引き上げられるように夢の海から飛び出した。
◇◇◇
「…………」
瞳を開くと陽光の差し込む部屋の中、純白の寝具に包まれて私は横になっていた。
取り戻していく感覚、柔らかい布団やあちこちに巻かれた包帯、そして首元のジクジクとした痛みを感じて夢から覚めたのだと分かる。
「起きたようだね」
優しく聞き馴染みのある声に視線を向けると、寝台の横にはユリウスが座っていた。
寝具から少しだけ出ていた私の手を包み込むように握っており、目の下のクマを見れば寝ずに見ていてくれたのだと分かる。
「ユリウス……ここは」
「王宮の医療室だよ、君は三日間も寝込んでいたから、もう起きないのではないかと本気で心配したよ」
彼は手を握る力を少しだけ強め、俯きながら小さく「本当に良かった……」と呟いた。
心配させてしまった申し訳なさと、見てくれていた嬉しさから握られていない空いた手を伸ばしてそっと彼のバターブロンドの髪をそっと撫でる。
「ただいま、ユリウス」
「はは、おかえり」
涙目で笑い、言葉を返す彼を見ると私もほろりと涙腺がほどけていく。
激動の時間が終わり、安堵できるひと時がこれ程に嬉しいとは思わなかった。
泣いてしまった私の涙を彼は拭き取ってくれて、そのまま首元の包帯が巻かれた傷口を痛まないようにそっと触れる。
「ごめん、僕がもう少し早く団長を止血して動いていれば……君が傷つく事はなかったのに」
「ユリウス、謝らないでください。この傷のおかげでガディウスを油断させられたのです」
「君には本当に……救われてばかりだ」
「私こそ、ユリウスが教えてくれた数々のおかげでガディウスに立ち向かえました。それに……貴方が合図をくれたから信じて動けた」
あの時のキスを思い出すと赤面してしまいそうだ。
ユリウスがしてくれたキスはとても優しかったから。
「今度は合図とは関係なく……口付けをしてくださいね」
ねだるように本心を告げるとユリウス顔を近づけて吐息の当たる距離で小さく笑う。
そのまま言葉もなく、触れるような軽い口付けをしてくれた、傷を負った私をいたわる優しいキスだった。
心の内ではまだして欲しいと思ってしまったが、彼はそれを見透かしてからかうように頬を緩めた。
「続きは君の怪我が治ってから……」
「……わ、分かってます」
気持ちを見透かされてしまっている事は恥ずかしいが、彼が見せた普段通りの意地悪な笑みを見て日常が帰ってきたのだと改めて思えた。
張り詰めていた緊張が解け、こぼれた笑みにユリウスもつられて笑う。
暖かな雰囲気に包まれた医療室であったが、外から慌ただしい足音が近づいてくるのを感じた。
足音の主が誰か分からないためにとりあえず私達は副団長とその補佐官という、いつもの距離間をとる。
近づく足音には鎧の金属音も聞こえ、その足音からはおおよその検討がついた。
私もユリウスも思わず姿勢を正し、あの人が訪れるのを待ってしまう。
姿を見なくとも、あの人が放つ緊張感が感じ取れたからだ。
数回のノックが鳴り、私は「どうぞ」と声を出す。
ゆっくりと開かれた扉から医療室に入ってきたのは私の父ギーデウスであり、いつもの無表情で私とユリウスを交互に見つめる。
「お父様……」
ごくりと喉を鳴らし、緊張感から胸がどくどくと高鳴る。
相変わらず、鋭い視線を放つ父は無言のまま寝台で横になる私へと一歩踏み出す。
正直に言って怖い。
騎士になることを心から賛成はしていない父であったが、傷を負ってしまった私を見て何を思うのか。
後悔させてしまうかもしれない、激怒させてしまうかもしれない。
夢で見てしまったかつての思い出が、私の不安を大きくした。
おぼろげな意識の中、幼い私を仏頂面で抱きしめる父の姿が見えた。
……幼き時の夢を見ているのだとかすれた意識の中で自覚する。
父は表情をあまり変えない方だけど、私を撫でる手付きは宝石を扱うように優しかった。
「お父様、頬は痛くないのですか?」
当時の私は笑わない父を怖いと感じつつも、頬に傷を負って包帯を巻いている姿に心配の声を出す。
痛々しい姿は子供の私が不安を抱くには充分な要素だった。
傷口に触れて憂いの言葉を述べた時、父はいつもの仏頂面を解いて、安心させるために小さな笑みを浮かべたのを覚えている。
「この傷は、父の誇りだ」
「誇り……ですか?」
「そうだ、リルレットや民達を守るために出来た傷だ。まさしく騎士の証に相応しいだろう?」
自慢気に笑うお父様が何だかとても逞しくて、凛々しい姿だったのを覚えている。
思えば、私の騎士への憧れはあの時から芽生えていたのかもしれない。
痛々しい傷であっても、痛がる素振りすら見せず、私達を守るために出来た傷だと誇っている姿に憧れていたのだ。
「私も、お父様みたいになりたいです!」
瞳をキラキラさせて返した言葉に父は苦笑を漏らして私の頭をガシガシと撫でた。
父の表情は私が騎士になる事を拒むような、複雑な表情であった。
「お前は俺の宝物だ、傷ついて欲しくない。だから剣などとは無縁の世界で生きて欲しい。それが父の願いだ」
そう言った父の言葉を今になって思い出す。
父は私が騎士になると言った時、どのような気持ちで送り出してくれたのだろうか?
もしかして、私が騎士となって傷ついてしまえば後悔させてしまうかもしれない。
夢の中で私を抱きしめる父の愛を感じ、一抹の不安を覚えた瞬間、私の意識は引き上げられるように夢の海から飛び出した。
◇◇◇
「…………」
瞳を開くと陽光の差し込む部屋の中、純白の寝具に包まれて私は横になっていた。
取り戻していく感覚、柔らかい布団やあちこちに巻かれた包帯、そして首元のジクジクとした痛みを感じて夢から覚めたのだと分かる。
「起きたようだね」
優しく聞き馴染みのある声に視線を向けると、寝台の横にはユリウスが座っていた。
寝具から少しだけ出ていた私の手を包み込むように握っており、目の下のクマを見れば寝ずに見ていてくれたのだと分かる。
「ユリウス……ここは」
「王宮の医療室だよ、君は三日間も寝込んでいたから、もう起きないのではないかと本気で心配したよ」
彼は手を握る力を少しだけ強め、俯きながら小さく「本当に良かった……」と呟いた。
心配させてしまった申し訳なさと、見てくれていた嬉しさから握られていない空いた手を伸ばしてそっと彼のバターブロンドの髪をそっと撫でる。
「ただいま、ユリウス」
「はは、おかえり」
涙目で笑い、言葉を返す彼を見ると私もほろりと涙腺がほどけていく。
激動の時間が終わり、安堵できるひと時がこれ程に嬉しいとは思わなかった。
泣いてしまった私の涙を彼は拭き取ってくれて、そのまま首元の包帯が巻かれた傷口を痛まないようにそっと触れる。
「ごめん、僕がもう少し早く団長を止血して動いていれば……君が傷つく事はなかったのに」
「ユリウス、謝らないでください。この傷のおかげでガディウスを油断させられたのです」
「君には本当に……救われてばかりだ」
「私こそ、ユリウスが教えてくれた数々のおかげでガディウスに立ち向かえました。それに……貴方が合図をくれたから信じて動けた」
あの時のキスを思い出すと赤面してしまいそうだ。
ユリウスがしてくれたキスはとても優しかったから。
「今度は合図とは関係なく……口付けをしてくださいね」
ねだるように本心を告げるとユリウス顔を近づけて吐息の当たる距離で小さく笑う。
そのまま言葉もなく、触れるような軽い口付けをしてくれた、傷を負った私をいたわる優しいキスだった。
心の内ではまだして欲しいと思ってしまったが、彼はそれを見透かしてからかうように頬を緩めた。
「続きは君の怪我が治ってから……」
「……わ、分かってます」
気持ちを見透かされてしまっている事は恥ずかしいが、彼が見せた普段通りの意地悪な笑みを見て日常が帰ってきたのだと改めて思えた。
張り詰めていた緊張が解け、こぼれた笑みにユリウスもつられて笑う。
暖かな雰囲気に包まれた医療室であったが、外から慌ただしい足音が近づいてくるのを感じた。
足音の主が誰か分からないためにとりあえず私達は副団長とその補佐官という、いつもの距離間をとる。
近づく足音には鎧の金属音も聞こえ、その足音からはおおよその検討がついた。
私もユリウスも思わず姿勢を正し、あの人が訪れるのを待ってしまう。
姿を見なくとも、あの人が放つ緊張感が感じ取れたからだ。
数回のノックが鳴り、私は「どうぞ」と声を出す。
ゆっくりと開かれた扉から医療室に入ってきたのは私の父ギーデウスであり、いつもの無表情で私とユリウスを交互に見つめる。
「お父様……」
ごくりと喉を鳴らし、緊張感から胸がどくどくと高鳴る。
相変わらず、鋭い視線を放つ父は無言のまま寝台で横になる私へと一歩踏み出す。
正直に言って怖い。
騎士になることを心から賛成はしていない父であったが、傷を負ってしまった私を見て何を思うのか。
後悔させてしまうかもしれない、激怒させてしまうかもしれない。
夢で見てしまったかつての思い出が、私の不安を大きくした。
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