【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「どれだけ危険な事か分かるはずだ! 他国に救難を求めるなど自国を攻めろと言っているようなものだ!」

 ガディウスにとってこれらの策は信じられないのだろう。 
 その危険性を必死に問うが、そんな事は私も含めて全員が分かっている事だ。

「無謀な策だった事は重々承知しています。ですが正騎士団にとって最も優先すべきは民の命、例え国名が消えても今を生きる国民が無事であればいい」

「な……貴様……」

「ですが、最悪の事態にはならなかった。イエルク様は留学の際にしっかりと隣国との友好を築いてくれていたようですね」

 しかし、この策は無謀な博打に変わりない。
 イエルク様が留学によって広げた良縁により、ラインハルト王国へ攻め入るよりもイエルク様に恩を売った方が益になると思われているかどうかの賭け。
 優秀だと聞いていたイエルク様であったが、噂通りに類まれなる才覚の方だったようだ。
 彼には感謝せねばならない、国難を救った英雄王に違いないのだから。

「しかし、誰が……イエルクに頼れるような者は俺の監視の目をくぐり抜けてはいないぞ!」

「ガディウス、貴方は女性を……私達を軽視し過ぎですよ」

「な……っ」

「妃候補の方々は有事から救うためだけに居なくなったと思ったのですか? カラミナ様のご実家は商家、その輸出経路を用い、荷に混じってセレン様にイエルク様の留学なさる他国へと発ってもらいました」

 私を見つめ、わなわなと震えながらガディウスは唇を噛む。
 きっと、今告げた全ては彼にとって屈辱的な感情を抱かせるのだろう。
 なぜなら……。

「貴方が軽んじてきた女性達に負けたのですよ、戦いは男性だけの場ではありませんから」

 皮肉なものだ、勝つためだけに計画を練っていたガディウスが唯一軽視していた女性によって勝ち筋は消されてしまったのだから。
 この事実が、ガディウスの最後のとどめとなったのだろう。
 顔から全ての表情が抜け落ち、瞳には絶望の色がうつろって諦めの色を浮かべる。
 先程までそこに居た王宮騎士団長ガディウスは、面影も感じられない程に力なく項垂れてしまう。

「……負けたのか? 俺は……」

 私を支えてくれていたユリウスが空いた手をガディウスに向ける。
 右腕を切り落とし、血を流して地面を赤く染めていた傷口が凍てつく氷によって塞がれていく。

「ガディウス、お前を死なせはしない。お前の罪は王国の法によって裁かれるべきだ、それが殺害したジェイソン様や、殺してきた人物へのせめてもの贖罪だ」

 もはやガディウスには一切の抵抗力は無く、力なく俯くのみ。
 王宮内に駆け込んだ私の父、それにイエルク様や他国の援軍達も時を移さずこの場にやって来てガディウスを捕らえるだろう。
 それを察してか、伝令兵であった王宮騎士も剣を落として投降するように両手を上げる。
 きっと、野盗団を率いていた戦場でも同じ事が起こっているはずだ、私の父がこの場にやって来たという事は戦場から離れても問題ないと判断したからだ。
 王座の間に近づいてくる足音が徐々に近づく中、ガディウスはポツリと呟きだした。

「俺は……半生をかけてこの計画を練ったのだ。その結果がこれか?」

 わなわなと震えながら、ガディウスはシュレイン団長を恨めしそうに見つめる。
 その瞳には既に執念の炎はない、哀れな程に悲し気な瞳だった。

「シュレイン……俺は、俺はただお前に勝ちたかっただけだ。なのに、何を間違っていた? 俺はどこで間違った!」

 ガディウスが団長へ抱いている執念に理解など出来ない。
 行動には一切の同情などなく、一方的な執念による行動によって王国中が被害者となった。
 アルフレッドも、マルクも……ガディウスも、溢れる感情を抑えられずに間違った行動を選んでしまったのだ。

 理解など出来ない、しかしたった一つだけ言える事があった。

「この計画を抱いた時点で間違っていたのです。誰かを恨んだり、求めたり、想いを押し付けるのではなく……自分の新たな幸せを見つければ良かった。自由に生きていく権利は確かにあったはずです」
 
 私も一歩踏み外せば復讐心に駆られて一生を生きていたかもしれない。
 しかし、そうなれば人生の全てを負の輪廻に囚われてしまい、抜け出せずに落ちていくだけだ。
 似ているけど、やっぱり私と貴方達はまるで違う。

「誰かを犠牲に幸せとなるのでなく、自分で幸せを見つけるべきでした。ガディウス」

 届いてほしいなんて思っていない、自分に言い聞かせるように吐いた言葉。
 しかし、ガディウスは目を閉じ……ゆっくりと頷いた。

「完敗だ。俺はお前達……騎士に完膚なきまでに負けたのだな。戦も、精神も」

 絞り出すようなガディウスの声。
 それを聞いたと同時に、安堵から糸が切れたように身体の力が抜けていく。
 元から限界の体力を振り絞っていたのだ、倒れしまう所をユリウスがそっと横抱きしてくれる。
 
「終わったよ、リルレット」

「ユリウス……私、役に立てましたか?」

「当たり前だよ、君は正真正銘の騎士だった」

「なら、良かっ……た」

 王座の間に足音が広がっていく、父も来ているのだからあと少しだけ起きていないといけない。
 なのに、気持ちに逆らうように力は抜けて……瞳は鉛のように重たく閉じられていく。
 薄れる視界に映ったのは、いつもの笑顔を浮かべて見つめるユリウスの紅い瞳だった。
 
「お疲れ様、今は僕の腕で女性として……ゆっくりと休んでくれ」

 やっぱり、貴方はずるい。
 こんな時ばっかり、女性として扱って……嬉しいに決まっている。
 囁くような言葉に最後に残った緊張の糸は切れ、私の意識はゆっくりと彼の腕の中で沈んでいく。

「……リ……ウス……あり……とう」

「僕の方こそ、王国を救ってくれて……ありがとう。リルレット」

 彼の優しい囁きに全てが終わったと確信した瞬間、私は深い眠りの海へと沈んだ。
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