【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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   ◇◇◇
 薄れた意識の中、ユリウスに抱きしめられている事だけが分かった。
 首筋が冷たく、傷口が氷で塞がれているのを感じながら野盗団のアジトで大怪我をした私を同じように救ってくれたのだと分る。
 酒場で水をくれた時に入れてくれていた氷も、彼の力だったのだ。

 こんな状況なのに抱きしめて、そっと口付けされて思い出す。

––––これが合図だよ。覚えていて欲しい。
 呟いていた彼の言葉、意識が鮮明になっていくに連れて思い出されていく。
 この合図があれば、ユリウスを信じて剣を握ると誓った私の覚悟を。
 気付いた瞬間に彼の意図に気付き、最後の力を振り絞ってこちらへ背を向けていたガディウスへと迫って剣を振るった。
 騎士として、民を守るためだけに身体は勝手に動いていた。

 そこからは、あまり覚えてはいない。
 気付けば切り飛ばした腕が転がり、ガディウスは血を流して力なく膝をついていたのだ。

「打つ手はなし……か」

「はぁ……はぁ……」

 何か言おうしても傷口が痛くて声が出せない、限界を振り絞って動いた反動でゆらりと身体が倒れてしまう。
 ユリウスが咄嗟に支えてくれて、私の肩を支えながら「ありがとう」と言ってくれる。
 それだけで、私は充分な程に嬉しい。

「ガディウス、王宮騎士団に命じて野盗団を全員投降させろ」

 ユリウスは剣先を向けて油断なくガディウスへと声を掛けるが、奴は黙って俯いたままだ。
 やがて、ガディウスは堪えきれないように小さく笑った。

「首を落とせばいい。俺の手で野盗団は止まらない。ここに俺がいる時点で賊の指揮権は別の者に任せているのだからな」

「……っ!?」

 最悪の答えだ。
 ガディウスを殺しても戦は終わらない、止められないのだ。
 私達の動揺を察して奴はニヤリと頬を緩ませる。

「俺は確かにお前達に負けた、しかし計画は終わってはいない!! 多数の賊が王都に迫り、野盗共は王都で容赦のない戦を起こすだろう。止めることなどできない、お前達が死ぬ結果に変わりはない!」

 ガディウスが叫んでいると、王座の間に慌てたように王宮騎士が一人走ってきた。

「で、伝令! っ!? な、何があったのですか?」

 伝令兵であった王宮騎士はこの場の惨劇に尻餅をつきながら、顔を青ざめさせる。
 まだ若く、反応を見ても新兵だ。

「伝令をせよ、貴様はなにも気にするな」

「へ……は、はい! ガディウス様に伝令があります。先程、戦場より報告があり……ギーデウス伯が討ち取りました! 繰り返します! 正騎士団を率いていたギーデウス伯を討ち取りました!」

「っ!?」

 その言葉に思わず身体の力が抜け落ちてしまう。
 あの父が……戦死? 有り得ない、あの……強くて、私を想ってくれていた父が死ぬはずない。
 優しい笑みで私を抱きしめてくれた父がもうこの世にいないなど有り得ない。
 脳裏に浮かぶ嫌な考えを払拭しようとしても、遮るようにガディウスは大きな声で笑う。

「はははは!! 始まったぞ。あの老体が死ねば、残る正騎士団など指揮を失った烏合の衆。賊共がここまで攻め入るのも時間の問題だ!」

 へたりと座り込みそうになった私の腕をユリウスが支え、首を横に振って呟いた。

「大丈夫だよリルレット、ギーデウス元団長は圧倒的戦力差でも応援が来るまで耐える手腕を持っている方だ。気付かないか? これは合図だよ」

 ユリウスの言葉を受け、私の諦めのよぎった瞳に光がともる。
 その通りだ、父が戦死など有り得ない。
 私の記憶の中、どんな状況でも必ず帰ってきて幼い私と母を抱きしめていた父は憧れの騎士そのもの、負けるはずがない。

「何を言っている? この状況に勝ち筋は残っていないだろう」

 憐れみのように笑うガディウスであったが、私はユリウスの言っていた事を信じて笑みを浮かべる。
 これは父からの合図だ、私の策が成功したと知らせる証。

「なぜ笑っている?」

 疑問を浮かべてガディウスは首を傾げる。
 私はかすれる声で答えた。 

「私達の目的は……アルフレッドを守るだけではありません。ガディウス、貴方をここに留めて、時間を稼ぐ事が本当の狙いです」

「は? 何を言っている? 圧倒的な戦力差だったのだ。時間を稼いでも殿下の助力もなければ何ができる!」

「言う通り、何もできませんでした。殿下からの助力は見込めない。だから一か八かで別を頼ったのです」

「……な、何をした……お前はなにをした!?」

「見れば、分かりますよ」

 視線の先、王座の間からは王都が見下ろす事が出来る。
 王都は防壁に囲われているが、外と繋ぐ鉄門がゆっくりと開いていく。

「ガディウス……貴方には最早、勝ち目は残っていません」

 遠目に鉄門が完全に開かれるのが見えた。
 そこから颯爽と王宮に馬を走らせてくる人物は遠くからでも分かる。
 あの大きな体躯を見間違えるはずがない。

「お父様……」

 父が死ぬはずがないと思っていた。
 それでも、安心感からほろりと涙が私の瞳を濡らす。
  
「どうやら、リルレットの策は成功のようだ」

 ユリウスも視線を外に向けながら、小さく呟く。
 先陣を切る父の後に付き従うように、ラインハルト王国のものではない国章を掲げた見知らぬ兵達が馬に乗って王宮へ迫る。

「……貴様らは、命知らずなのか?」

 信じられないといった表情を浮かべるガディウスであったが、反対に私とユリウスからは笑みがこぼれる。
 見知らぬ兵達は他国からの援軍、それを率いているのは目立つように金の鎧を身にまとって兵を率いるイエルク様の姿であった。
 
 これこそが、この状況を覆す一手。
 ガディウスが予想できていなかった策。
 私達はセレン妃を通じて、イエルク様に助けを求めたのだ。
 つまり、自国の危機に他国の援軍を求めた。

 それが、あまりにも無謀な賭けであったと知りながら。

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