【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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 完全にやられた、俺はユリウスの策にはめられていたのだ。
 爆破魔法で吹き飛ばされ、倒れていると見せかけてシュレインの傷口を塞いでいたのだ。
 リルレットが時間を稼ぐと信頼しての行動。
 これによって、俺は完全に油断してシュレインを殺せず、全力のユリウスと相手をする事になってしまった。
 
「…………」

「何も言わないのか? お前の女を殺した俺に罵倒の一つでもすればいい」

「……」

 挑発に乗らず、奴は空いた手に氷の刃を作り出して俺の首元へと突き刺す。
 咄嗟に後ろに引いたが、あと少し反応が遅れていれば死んでいた。

「どうした? 悔しくはないのか? 騎士として女すら守れない無力な自分が」
 
 見れば分かる、ユリウスは勝ち筋の見えぬ相手だ。
 であれば、挑発し動揺させて少しでも隙を作り出す必要がある、しかし挑発を繰り返しても奴は無言のまま再び氷を作り出し、無数の刃に変えて俺に繰り出す事を止めない。

「何も言わないのは……絶望からか? ユリウスよ」

 氷を避け、ユリウスから距離を取りながら挑発を繰り返すがやはり何も返してこない。
 不気味だ、何をしようとしている?
 疑問を抱いて警戒したが、次にユリウスが取った行動を見て思わず笑みが漏れ出た。

「なるほど、最後に女に挨拶でもしたかったのかユリウス!」

 わざと俺を遠ざけ、何を考えているのかと思えば血を流しているリルレット抱きしめていたのだ。
 髪に血が付着しながらも大事そうに抱きしめている姿に余程の愛があったのだと察する事ができる。
 しかし、ここは戦場だ。
 結局、それだけの力を持っていながら策も講じずに恋情を優先するような男であれば俺にも勝ち筋は残っている。

「ユリウス、死んだ女に今さら愛を注いでも無駄だ。何をしている」

 奴は何も言わずにリルレットの髪をゆっくりと撫で、顔に付着していた血を宝石のように吹き取ったかと思えば別れを惜しむように小さな口付けを行った。
 いちいち癇に障る、俺の言葉さえ無視して最早使い物にならない女との別れを優先しているのだ。
 そんな事、何一つ益にならぬというのに。

「ユリウス、別れは済んだだろう? さっさと済ませよう」

 剣を握り、わざとらしく正々堂々と戦うために構えをとる。
 恋情ごときにほだされるような相手であれば、絶対に勝てる勝ち筋は残っていた。
 しかし、その前にどうしても確かめたかった……俺は本当にユリウスに勝てないのかどうか。

 挑発の言葉を皮切りに、ゆらりと立ち上がったユリウスはやはり無言のまま俺に鋭い視線を向けた。
 瞬間、視界から奴は消えてあっという間に間合いを詰められ、氷の刃が眼前へと迫る。

「っ!!」

 咄嗟に避けるが二の刃、三の刃が息もする間もなく襲い掛かる。
 縦横無尽にあらゆる方向から殺気と共に振るわれる刃を必死に避け、受け止めても俺とユリウスの力の差は歴然と見えてくる。
 奴の動きに視線が追いついていかなないのだ、四方八方から繰り出される刃に方向感覚が狂わされていく、どちらを向いているのかも分からぬ程。

「はぁ……はぁ……くそ」

 苦しく、息も保てない。
 ユリウスを見失い、咄嗟に振り返ろうと思った瞬間に足が動かせないと気付く。
 下に視線を向ければいつの間にか足と地面が凍りつき、俺の自由は消えていた。
 嫌でも分かる、俺がユリウスに勝てる見込みは何一つない。

「……貴様も傑物の類いかユリウス」

 ポツリと呟き、剣を下した俺の喉元へと氷刃が迫る。
 その切っ先にまとう冷気、殺気に満ちた鋭い視線はためらいすらなく俺の命を断つだろう。
 心の奥では……勝てないと分かっていた。

 だから、俺も正攻法では戦わない。

「止まれユリウス、それ以上動けば王都が血の海となるぞ」

 言葉を聞き、ピタリと切っ先が喉元で止まる。
 まさか、最後の手段を使うことになるとは思ってはいなかった。
 俺にとって民などどうでもいい、しかし騎士である奴らにとっては最も優先すべき命。
 ましてや恋情でリルレットに寄り添うような男、その甘い考えが命とりとなる。

「爆破魔法を仕込んだ金貨は王都にも広く流通させている。俺は殺される間際に発動出来るぞ?」

 俺は魔術印の刻まれた右手を掲げ、いつでも魔法を発動させられる素振りを見せる。

「……」

「この手段は使いたくなかったが、仕方がない。お前にとって優先すべき命は分かっているだろう?」

 氷の刃がゆっくりと下ろされ、ユリウスの殺気が消えていく。
 俺の勝ちだ、お前達には最早勝ち筋は残っていない。
 民を守らなくてはいけない騎士道とやらのせいでお前達は敗北した……滑稽だな、民達はお前達を救ってくれないのに。

「結局、騎士道とやらは貴様達を救ってはくれない。価値のない考えだ」

 剣を握り、無抵抗のユリウスへと向ける
 絶望に染まった奴の顔を見つもりで視線を向けた時、奴は頬を緩めて笑っていた。
 そして、この状況で口を開いたのだ。

「違うなガディウス、騎士道こそが全てを守る上で至高の考えだよ」

 何を言っている?
 ここにきて、ユリウスはなぜ未だに余裕の笑みを浮かべているのだ。

「一人ではなにも成し遂げられない、誰にも勝てないよガディウス」

「ふざけるな、ここで貴様の首を切り裂いて終わらせる」

 剣先をユリウスへと向けた瞬間で、奴の視線が俺を見ていない事に気付いた。 
 それに気付いて振り返ろうとした時、ユリウスは種明かしをするように呟く。

「爆破魔法を使えると明かした時点でこの程度の手段を用いるのは分かっていた。だからこそ僕も策を練らせてもらった。お前の周りをわざと回るように戦ったのも、足元を凍らせたのも全ては意識を向けさせないためだ」

 振り返れば、動けるはずがないと思っていたあの女がいない。
 既に足音が間近に迫り、強烈な殺気が俺に向けられている。

 まずい……まずい……まずい。

「お前は間違っていた。この場で最も警戒すべきなのは僕でも……シュレイン団長でもない。不屈に立ち上がるたった一人の騎士だ」

 あの傷で動けるはずがない、例えユリウスの氷によって傷を塞いだとて、常人なら動けぬ程に血を流していたはず。
 ありえるはずがない! 立ち上がれるはずがない!!

 なのに、俺の右手に迫り、身を翻して剣先を振るうのは紛れもなくあの女の姿であった。
 アイスシルバーの髪が陽光に照らされ光り輝き、鋭い視線が俺を睨みつけ、月弧を描くように振るわれた剣先は、真っ直ぐと一寸の狂いもない最高の剣筋だった。

 有り得ない……目の前に迫ったコイツは、俺が知っている女達とは違う。
 コイツは、リルレットは……。

 紛れもない、民を守る騎士であり。
 俺の勝てない……本当の相手。
 

 綺麗な剣筋が一瞬の内に振るわれ、右腕が身体から切り離されて宙を舞う。
 膝をついた俺の心は、完膚なきまでに負けを認めていた。
 
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