【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「なぜだ……お前が指揮を執らねば正騎士団の指揮は誰が執る!!」

 ガディウスはシュレイン団長の魔法で動けない状況ながらも、当然の疑問を投げかける。
 シュレイン団長が正規軍の指揮を捨ててここにやって来るなどあまりにも無謀であり、ガディウスにとっては理解できない状況だろう。
 しかし……一人だけ残っているのだ、正騎士団を指揮できる人物が。

「リルレット君の父である、ギーデウス・ローゼリア伯が変わりに指揮を執って下さっている。あの方には頭が上がらないよ」

「な!? あの老体で戦場にだと!?」

「流石に娘のためであれば引退なさっても協力してくださったよ。元騎士団長のあの方であれば僕以上に正騎士団を指揮してくださる」

 父には戦が始まる寸前まで動かないでいてもらった。ガディウスに父の動きを悟られ警戒されてはこの場にやって来ない可能性があったからだ。
 そのため、シュレイン団長が最初こそ指揮を執り、ひっそりと父に入れ替わって王宮へと舞い戻って来ていた、私とユリウスはその間の時間稼ぎ。
 父には頭を何度下げても足りない、本当に返しきれない程の恩を頂いている。

「さて、ガディウス……僕は愛する妻と平和を享受して生きていきたい。そのためにも大人しく投降してくれるかい? 王宮騎士団さえ抜ければ指揮を失った野盗団は幾らでも対処できる」

「ふざけるなシュレイン!! 俺は貴様などに負けるはずがない……絶対に貴様にだけは」

「最終確認だ、僕は君を殺したくはない。お願いだから投降して欲しい」

「負けを認めるぐらいなら……この命など惜しくはない」

「残念だよ、ガディウス」

 シュレイン団長が手を振りかざすとガディウスが片膝を付いている周辺の地面が大きくひび割れる。
 同時にメキメキと骨が軋む音が鳴り、圧倒的な重圧が圧し潰すように負荷を上げていく。
 だが、奴はうめき声をあげながらも寸前の所で耐え、絞り出すように声を出す。

「俺は……入団初期からお前にだけは勝てなかったな」

「ガディウス、昔話に付き合うつもりはない」

 地面が砕かれる程に負荷が上昇しても、ガディウスの強靭な身体はそれを耐える。

「お前に分かるか? 新兵の頃より超えられない壁が目の前に居る俺の気持ちが……幾ら努力してもお前の魔法技術に追いつける気がしなかった、幾ら剣技を極めようとこうして抑えられれば勝ち目がない。あんまりだろう? 幾ら努力しても超えられない等……」

「ガディウス……同情するつもりはない。僕は正騎士団長として君を殺すしかない」

「お前から逃げるように王宮騎士団に入った、だがそこで一番となっても満たされはしない。お前から逃げたという事実が俺を敗北感で覆う。その苦しみから逃れるために俺はお前に勝つしかない……この屈辱を晴らすには勝利を上げる他はない!!」

 苦しみもがきながら、かすれた声で地面へ伏しているガディウスは不思議とアルフレッドと重なる。
 アルフレッドはイエルク様に全てを敗北していると認めており、その屈辱を埋め合わせるように妃候補であった私達を苦しめた。
 逆にガディウスは諦められないのだ、敗北したままで終われないという執着が彼の原動力。
 
 似て非なるものではある、しかし二人とも敗北感に囚われて新たな幸せを見出せずに歪んでしまった。
 一歩間違えていれば……私もこうして歪んでいたのかもしれない。
 二人のやり取りを見てそう感じながら、私はガディウスの最後を見届けるように視線を向ける。
 シュレイン団長は最後だとばかりに力を込めて更なる負荷をかけた。

「ガディウス……君は新たな幸せを見つけるべきだった。勝ち負けだけが全てじゃない。愛する妻と過ごす時間を大切にするような、もっと別の道があったはずだ」

「くく、そんな道は勝者故の特権だ。敗者にはいつだって二択しか残されていない、負けを認めて一生を負け犬として過ごすか、勝つまで戦うかだ……俺は後者を選んだ、シュレイン! お前に勝つ事だけが俺の望みで、そのためだけに生きてきた」

「……もう話すつもりはない」

 シュレイン団長も殺す気で重圧をかけているはずなのに、ガディウスは口から血反吐を吐きながらも耐えている。
 その視線には諦めは見えておらず、何を企んでいるのか分からない不気味さが私達を包む。
 ガディウスは敏感に私達の怯えを感じ、歪んだ笑みを浮かべた。

「勝つため、勝つためだけに何十年もかけてきた……ようやく全てが揃ったと言ったはずだ。此度の戦を起こしたのは手駒が揃ったからだ」

「何を言って……」

 シュレイン団長の言葉には返事をせず、ガディウスは誰かに語りかけるように呟きだした。

「話した通りだ。貴様にはくれてやろう……リルレットは好きにすればいい」

「っ!? 団長!!」

 なぜ、気づけなかった……。
 戦の前に感じていた違和感を思い出す。
 今回の野盗団との戦では王宮騎士団が関わっている情報は混乱を避けるため隠されており、それを知っていたのは私とユリウス、シュレイン団長だけだったはず。
 彼はあの時、知るはずがない事を口走っていた。

「約束通りだ、シュレインを殺せ……マルク」

 ガディウスが呟いた瞬間、シュレイン団長の腹部から銀色の剣が這い出る。
 背後から刺した剣を握っていたのは、虚ろな表情で私を見つめるマルク。
 
 シュレイン団長の腹部は突き刺さる剣の周囲から赤く染まっていき、口から血を吐きだして倒れていく。

「ようやく……俺が勝者となったな、シュレイン」

 解放されたガディウスはポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がった。
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