【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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 やはりと言うべきか、王宮内の警備を管轄する王宮騎士団はもぬけの殻だ。
 流石にこの状況であればアルフレッドも私達を信用するしかない。
 事態は最悪ではあるが、王命で正規軍を募ればまだ勝機は見出せる。

 有事とは思えぬ程に手薄な王宮を私とユリウスは進む。
 残っているのは不安そうな表情を浮かべる侍女達や忙しく状況を確認するために走り回っている官僚達であり、彼らは王宮騎士団の所在が分からずに混乱をしていた。

 肝心のアルフレッドは今の状況を話し合う会議には不参加なようで、道中で覗き見た会議室に姿はなかった。
 現王は既に病に伏しており、実権を握っているアルフレッドがいなくてはいくら話し合ったとて打開策は講じる事などできない。
 王家としての責任を捨ててまで、私を待っているのか……。

 ため息を吐き、私とユリウスは王座の間へと着いて早々に無断で扉を開く。
 陽光が差し込む王座の間でアルフレッドは座っていた。
 不貞腐れたように王座で足を組み、荘厳な王座に座るには不釣り合いな程、その表情には余裕が見えない。
 宝石のように綺麗だったライトブルーの髪は整える時間がなかったのか乱れており、かつて恋焦がれた美しい蒼き瞳には怒気を孕めて私達を睨みつける。

「リルレット……考えは決まったのか?」

「アルフレッド、今一度だけ考え直してください。まだ王命で正規軍を招集すれば間に合います、被害は最小限で済むかもしれないのです」

「それは俺の望む答えではないと分かっているだろう? そんな事を聞いてはいない」

「私情は捨ててください!! 今は王としてのご判断を!」

「リルレット、俺は元より王になる気などない。生まれてから王として生きていくのを定められ、イエルクのお情けで王位継承者となったが、臣下が俺を見る視線はいつだってお飾りの王という評価だ。好きでもない王を無理やり継がされ、勝手に評価される気持ちがお前に分かるか?」

 苦い表情を浮かべ、アルフレッドは頭をガシガシとかき乱す。
 その言葉は本音だ、王としての苦悩は私には推し量れない、その苦しみに共感など抱けない。
 第一王子派閥の後押しで王となったアルフレッドであったが、それは実際には彼の望むものではないのだろう。
 返事を待たずにアルフレッドは言葉を続ける。

「そんな俺がようやく手に入れたのが妃候補たちだ。王国で高嶺の花だった令嬢達が俺の妃となるために努力し、俺に恋焦がれてくれる。それがたまらなく優越感を感じ、自己肯定感を満たした。特にリルレット、お前が俺を想う気持ちは人一倍であり、それを踏みにじった時に流してくれる涙は最高だった。またあの涙を見たい……それが俺の生きがいだったのだ」

 苦しみを推し量る事はできない、しかしどんな理由があろうと彼の欲求には一切の理解ができない。
 きっと彼も同情や共感を求めていないのだろう、その瞳からは光が消えて諦めが見えており。
 死ぬ覚悟を決めていると分かる。

「アルフレッド、今……ここで貴方が正規軍を率いれば後世に残る英雄王となれるのかもしれないのです。それで優越感は満たされないのですか」

「俺はそんな事に興味がない。お前が戻ってこないのならもうどうだっていい。勝手に俺を王に奉った者共も一緒に王国ごと、この世から消えてやる」

「王国が消えてもいいのですか? 貴方の先祖から続くこの王国が消えても」

 苦笑を漏らし、アルフレッドは背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
 もはや、そこには王としての気力などはなく、堕落して死を待つだけの男がいた。
 かつて私の恋焦がれた麗しい王子様は面影もなく消えてしまっている。

「その先祖共のせいで俺は王にされるのだろう? ならこれも俺なりの復讐だ」

「本当に良いのですね?」

「あぁ……お前が帰って来ないのならな、リルレット」

 貴方は最後の最後まで、私の初恋を踏みにじって砕いてしまうのですね。
 私の青銀色の髪を美しいと褒めてくれた貴方はもういない。
 
 怒りも何も湧いてこないが、心の奥底でチクリと悲しさを感じたのは、彼を想っていた最後の気持ちが潰れたのだと分かる。

「ユリウス、では計画通りに進めましょう」

 ユリウスへ目配せすると、彼は待ってましたとばかりに笑顔を浮かべてアルフレッドへと歩み寄る。

「殿下、貴方が王を望んでいなくとも周囲はそうは見ていない。貴方は紛れもなくラインハルト王国の王位継承者であり、貴方が殺されればその時点で王国は終わりだ」

「はっ……ならどうしようと言うのだ?」

 どうでもいいと笑ったアルフレッドにユリウスは一切の感情もなく、彼の顔に手を当てる。

「幾らでも悲観してもらってもいい、だけど僕達には王国を守るため貴方を守る必要がある。どうせ諦めるのなら眠っていてください殿下」

「な……にを……」

 トロリとうつろになった瞳は閉じられ、アルフレッドは眠りについてしまう。
 催眠魔法によって眠ってもらった、後は彼を運ぶだけだ。
 複雑な気分ではあるが、王族さえ生きていれば正規軍はいつでも招集はできる。

「では、アルフレッドを逃がしましょうユリウス」

「了解、期待はしていなかったけど……本当に君の言う通りになったねリルレット」

「……そう、ですね」

 本当は、アルフレッド……貴方に期待していた。
 最後ぐらい私が恋焦がれた、カッコイイ貴方に戻ってくれると信じていたよ。

 ほんのりと苦い気持ちを抱きながら、私とユリウスがアルフレッドを連れて行こうとした時、王座の間と廊下を隔てていた両開きの扉が開き、ガシャガシャと無数の鉄音が鳴り響く。
 正騎士団の純白の鎧とは真逆、漆黒の鎧に身を包む王宮騎士団が行く手を阻むように扉をふさいだ。
 その中央で、やはり奴が笑う。
 
「さぁリルレット……考えていたか? 俺の元へと来るか、ユリウスをここで殺されるかを選ぶ時だ」

 勝ち誇った笑み浮かべ、銀色の瞳を歪ませるガディウスがそこにはいた。
 奴は元々、王宮内に身を隠していたのだろう……狙うべきアルフレッドを見張るため、野盗団を率いるのを部下に任せていたのだ。
 多勢に無勢……奴が勝ち誇る笑みを浮かべるのも分かる程に絶望的な状況ではあったが、私とユリウスは目配せをしながら小さく頬を緩めた。

 本当に良かった。
 ガディウスは……私達の策に嵌ってくれたのだから。
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