【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「ふざけないで……」

「何が不満だ? 貴様の命を助け、俺は今の妻と別れてお前を迎えると言ってやっているのだ。ユリウスを捨てて俺になびけばいい」

「人の心がないのですか? 愛するなどと貴方が口にしないで」

 ガディウスは目を丸くし、考えが分からないといった様子で首を傾げる。

「妻も、友も損得で決めるものだ。不要になれば捨てるのは当たり前だろう?」

 話が通じない、考えが根本から逸脱している。
 ようやく気付いた。
 この恐怖はジェイソン様を殺害した事に怯えている訳じゃない、目の前の男が理解できないからだ。
 愛や情といった全てがこの男から抜けており、人間ではない何かと話しているような恐怖を感じる。

「私も……必要なくなれば捨てるのでしょう、貴方は」

「そうならないように努力すればいい、分かるだろう? ここで死ぬか俺と生きるかだ。簡単な選択だ」

 私は力の限りに足を振り上げ、ガディウスを蹴り上げようとしたがあっさりと空いた手で抑えられてしまう。
 しかし、私はとある希望が頭に浮かび、一切の怯みもなく声を出す。

「貴方の妻になる気はない、私にはユリウスがいる」

「その名前を口にするな、死にたいのか?」

「いえ、貴方は私を殺せない。そうやって急かすのも実は焦っているからでしょう?」

「っ!?」

 初めて見せたガディウスの動揺、私の考えは当たっていると裏付ける。

「先程、貴方と殿下が話しているのを見ました。理由は知らないけど彼は私を探している、なのに貴方は私の事を彼に報告せず、それどころか自分の手元に置いて遠ざけようとしてるわ」

「貴様……」

「つまり、アルフレッドが私を探すために貴方に与えていた特権を……手放すことはできないということ」

 ギリギリとガディウスが私の首を掴み、指が食い込んで息苦しくなるが言葉を止めずに口を開く。

「ここで私を殺せば必ず誰かに見つかる、遺体を隠す時間もない。私を侵入者として捕えても彼に見つかり、その時点で特権は消えてなくなる。だから私を手込めにして事を収めようとしているのでしょう?」

 完璧主義者なのか、考えが見透かされた事が憎いのか分からないが、ガディウスは眉間にしわを寄せて怒りを露にする。
 なんにせよ、彼が初めて見せた余裕のない表情は全て私の言葉が正しいと証明するものだ。

「黙れ……俺が貴様の命を握っている。それに代わりはない」

 今にも首をへし折られてしまうのではないかと思うほどに力強く首を掴まれているが、私の心は意外にも余裕であった。
 微笑みを見せながら、ガディウスへと言葉を返す。

「いえ、貴方に残された選択肢は一つだけ。全てが見透かされた今、私を見逃すしかできないはずよ」

「き……さま」

「離しなさいガディウス、今すぐにでも叫びましょうか?」

「っ!!」

 悔しそうに唇を噛みながら、彼は私を突き飛ばして首から手を離す。
 床に倒れ込み、咳き込みながら立ち上がって睨むとガディウスも同様に鋭い視線を向けてきた。
 恐らく、私は彼にとって他愛もない女から敵に変わったのだろう。

「まぁいい、貴様を逃した所で大局は変わらない。全ては揃った。このために王宮騎士団を俺の手駒でそろえた
……今さら何をしても結果は変わらん」

「貴方は何を……考えているのですか?」

「教える必要はない。見逃してやると言っているのだ、さっさと去れ」

「ガディウ……っ!!」

 私の頬を短剣が掠め、痛みと共にドロリと血が流れ落ちる。

「去れと言っている。殺しはせずとも苦しませる方法はいくらでもあるのだぞ」

 本気だ、頭に血が上った今のガディウスをこれ以上刺激してはいけない。
 ガディウスに選択肢が一つしかないように、私にもこの場を去るという選択肢しか残されていない。
 叫んだり、アルフレッドに会いに行こうとすれば本気で殺してくるだろう。

「……」

 睨みつけたまま距離を取る。
 ガディウスはそれを見て、愉快だというように笑みを見せた。

「怯えずに睨みつけたままか……勇ましい、やはり誰かの女にするには惜しい」

 私は奴の考えが変わらぬうちに足早でその場を去る。
 背後から、奴が大きな声で私へと声をかけた。

「また会った時、貴様に同じ選択肢を与えよう。次は貴様の命が引き換えではない……ユリウスが死ぬか、俺の女となるか、今のうちに考えておくといい」

 ユリウスの名を告げられ、動揺で胸が鼓動するがそれを見せれば奴の思う壺だ。
 視線を向けることなく、絞り出す声で私は返事をする。

「彼は……貴方に殺されるような人ではないわ」

「すぐに分かる。俺が計画したことも、正騎士団の運命も」

 意味深な言葉を受けながら、私は駆け出してその場を去る。
 今すぐにでも、ここから離れたかった。

 王宮から出て、正騎士団の本部へと向かう途中に止められない程に身体が震える。
 怖い……必死に虚勢を張ってはいたが、死が目の前に迫った恐怖で 震えが止められない、怖くて仕方がない……今も奴に見られている錯覚で呼吸が荒く、息が苦しい。
 なによりも、奴が言っていた事を真に受けていた自分がいた。
 思い浮かべてしまったのだ、ユリウスが殺されてしまう瞬間を。

「……ス…………リウス」
 
 怯え、歯がガチガチと勝手に震えてしまう。
 涙が勝手に溢れて、自分を落ち着かせるためにすがるように彼の名前を口にしながら正騎士団の本部へ向かっていく。

 しかし、正騎士団の本部へと向かう前に私の身体はふわりと浮いて、ガディウスとは違う優しい力に後ろから抱きしめられる。
 
 ……私が無事に帰ってくると信じて、待っていてくれたんだ。

「すぐ近くで待っていて、良かった」
 
「……リウス…………ユリウス」

「無事……じゃなかったようだね。ごめん、無理させて」
 
 涙を目に浮かべ、震えた声で呟いた私を優しく撫でてくれながら、彼は悲痛な表情を浮かべた。
 怯えた私を抱きかかえて、彼は正騎士団本部へと人目につかぬように向かってくれる。

 今だけは好意に甘えたい、この怖くて仕方がない感情を抑えるため。
 この瞬間だけは騎士でなく、女性としてユリウスに甘えさせてもらう。

 絶対に、また勇気をだすから。

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