【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「本当ですか? セレン妃」

「ええ……あの歪んだ笑顔が頭にこびりついて離れないもの」

 セレン妃は恐怖で震えており、噓をついているようには見えない。
 しかし……王宮騎士団長であるガディウスがなぜ王宮魔術師ジェイソン様を殺害したのか理解できない。
 なんのメリットがある?

「他には、見ていないのですか?」

「ええ……怖くて寝室に逃げ込んだもの。でも、ガディウスは寝室が近かった私を疑っているのかもしれない。次の日から見張るように王宮騎士達が部屋の前を監視していたから……。私はイエルク様と再会する前に殺されるわけにはいかない、だから自衛のため精神を病んだ事にして部屋にこもっていたの」

 色々と腑に落ちる。
 セレン妃は精神を病んでいるという情報はガディウスから身を守るための自衛方法だったようだ。
 恐怖を抱えながらも真実を打ち明けてくれた事に感謝しつつも、私は気にかかった事を尋ねる。

「アルフレッドには言えなかったのですか? 嫌い合っていても、彼に頼れば動いてくれたのでは?」
 
 セレン妃は小さく首を横に振る。

「尋ねて欲しいと侍女を通じて伝えたけど、忙しいと突っぱねられたわ。それに彼は半年程前からピタリと私の元から離れ、カラミナ妃の元へと通っていたようだから」

 半年前といえば……私が妃候補を降ろされた少し前ぐらいだろうか。

「半年前にアルフレッドと何かあったのですか?」

「いえ、元より殿下が私へ会いにきた時は会話なんてないわ。彼はこの部屋の窓から外を見ているだけだった。私の元へと来る理由なんて弟であるイエルク様への嫌がらせ意外になかったようね。きっと、飽きてカラミナ妃の元へと向かったのよ」

「そう……ですか」

 十五となった歳、私はアルフレッドに初夜を放置された。
 それから私が妃候補を降りるまでの約三年間を嫌がらせだけのためにセレン妃へ会いにくるだろうか?
 彼も年頃であったはず、恋情を捨ててまでそれが出来るとは思えなかった。

 気がかりと共にアルフレッドが見ていたという窓から外を眺める。
 セレン妃の寝室は最上階であり、王宮のほぼ全てを見渡す事が出来るのは心地よい、正騎士団の修練場、王都、私が元居た寝室まで見渡せる。
 しかし、特に代わり映えのない景色でずっと見ていられるほどではない。

 なぜ、アルフレッドはずっとこの窓から外を見て、急に来なくなったのだろうか?
 疑問の答えを考えていた私は慌てて首を振る。
 いけない、今はそんな事を考えている場合ではない。

「打ち明けてくださりありがとうございます。直ぐに正騎士団へと報告し、セレン妃の身の安全を保障いたします」

 正騎士団の名を出すとセレン妃は安心したのか初めての笑みを見せる。
 相談できずに恐怖を抱えていたのだろう、その心労は計り知れない。

「良かった。イエルク様にも無事に会わせてちょうだね」

「はい、必ず。時間もありませんので私はこれで失礼します」

 あまり長居はできない。
 直ぐにここを出てカラミナ妃の起床を見届けてからユリウス様達に全てを報告しよう。
 想像以上の収穫だ。

 意気揚々と寝室を出ようとした瞬間、セレン妃は思い出したように声を漏らした。

「思い出した、アルフレッド殿下は来なくなる前に呟いていました。新しい遊び方を見つけた……と」

「遊び、方ですか?」

「それ以上は分からない。これが手がかりになるかもわからないけど……」
 
 確かに手がかりになる程の情報でもない、本題はジェイソン様を殺害した犯人がガディウスだという事だけだ。
 しかし、心で引っかかる。
 遊びとは、一体なにを指している?

 疑問を抱きつつ、セレン妃の寝室を後にしてカラミナ妃への寝室へと戻っていく。
 王宮内の燭台はすでに消されており、真っ暗な中を足音を立てぬように抜き足で進む途中、他の部屋と違って光が漏れる部屋の前があった。
 特に気にもせずに前を通った際、中から怒声が漏れ聞こえてくる。

「いつになったら見つかる!! ガディウス!!」

 ……! アルフレッドの声だ。

「申し訳ありません、殿下」

「お前が必ず見つけ出すと信じ、王宮騎士団の自由を父に内密に許可したのだぞ!! 多額の支援金も与えたはずだ、成果はいつ出るんだ!!」

 もう一人の声は名指しされている通り、件の王宮騎士団長ガディウスのものであった。

「殿下、あと少しだけお待ちください。必ずや見つけ出し、殿下の元へと連れて参ります」

「何度も聞いたぞ、その言葉!! 結果で示せ! 早くリルレットを見つけよ!!」 

 ドキリと胸が鼓動する。
 今、私の名前を呼んで……アルフレッドは王宮騎士団を使って私を探している?
 騎士になるために本来の私は行方不明になっていたが、なぜ妃候補から外した私を今さら探す必要があるのだ。

「信じてください。必ずやリルレット嬢を探し出してみせます」

「……っ。必ず、必ずリルレットを見つけろ。必要なものは幾らでもくれてやる」

「仰せのままに、殿下」

 理由が分からない、捨てたくせに……今さら遅い。

 今すぐにでも扉を開いて叫びたい気持ちを抑え、その場を離れる。
 ガディウスに見つかれば王宮で知った事をユリウスに知らせる事はできない。
 アルフレッドに未練などない、今の私は騎士である優先すべきことは一つだ。

 心で何度も言い聞かせながら、私はカラミナ妃の寝室へと戻った。


   ◇◇◇

 朝になり、カラミナ妃へ朝の挨拶をして違和感がないように努める。
「話したかったのに寝てしまったわ」と残念がるカラミナ妃に「また来ますよ」と呟き、寝室を出ていく。
 問題はない、カラミナ妃は気付かず王宮内も騒ぎにはなってはいなかった。
 眠らせていた王宮騎士団員も警備をサボって寝ていたと思われないために口をつぐんでいるのだろう。

 窓から朝日の差し込む王宮内を気を抜かず、誰にも見つからないようにして進む。
 気は抜いてはいないが……やはり早くユリウスに会いたいと急く気持ちは止められない。
 ガディウスがジェイソン様を殺害した、この情報を元に功績を残せば……私も晴れて騎士に。

 期待を胸に進み、外に出るための最後の角を曲がった。



 瞬間。

「やはり、ネズミがいたようだな」

 突然、陰に隠れていた者に首を掴まれて壁際へと追いやられる。
 首元には冷たい短剣が当てられ、目の前の男は愉悦に満ちた笑みを見せた。

「ガ……ガディウス」

「王宮内に来るならお前だと思っていた。部下が眠っているのを見つけて直ぐに来てよかった」

 ぞわりと寒気がした。
 ガディウスは私の頬をねぶり、唇に指を当ててくる。

「王宮内への侵入は重罪、ましてや貴様は王宮騎士団に害を与えた。処罰は俺に一任される。分かるか? お前の命は俺が握っている」

 首元に当てられた短剣が少し食い込み、痛みと共に温かな血が流れていくのが分かる。
 殺される……そんな恐怖に立ち向かうように睨みつけるとガディウスは再び笑った。

「やはり、いいなお前は……女でありながら騎士となった力量、怯えぬ精神力、ユリウスごときには惜しい」

「ユリウスを、馬鹿にしないで……っ!?」

 短剣が更に食い込み、ガディウスは怒りの色を示した。

「今、お前が他の男を呼ぶことを許さん、俺を見ろ」

 突き付けられた短剣、近づく奴の顔に視線を逸らそうとしても顎を掴まれて瞳を重ね合わせられる。

「選べ、ここで侵入者として殺されるか……俺の妻となるか」

「な……なにを……」

「寂しくない程度には愛してやるぞ、リルレット」

 この男は何を考えている? 気持ち悪いと同時に感じたのは恐怖。
 愉悦で歪んだ笑みを見せるこの男が、怖くて仕方がなかった。

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