【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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 盗賊団との一件から七日が経ち、療養を終えた私は久々に隊服に袖を通し、補佐官としてユリウス様へと会いに行く。
 とはいえ、彼は職務の合間を見ては病室へと頻繫にやって来てくれていたので、顔合わせはそれほど久しい訳じゃない。
 会う度にアプローチしてきて、胸がもたない日々からとりあえず通常通りに戻る事に一息つける。
 別に嫌な訳ではないが、しかし心の平穏が必要な時もある。

 鼻歌まじりに副団長の執務室へと向かっていると、廊下で待つように立っている人物が申し訳なさそうな表情を見せていた。

「マルク……久々ですね」

「リールっ!! 完治したと聞いて待っていたんだ」

 パッと明るい笑みを浮かべ、嬉しさのあまり私へと抱きつくマルクであったが、私は胸を押して距離を取る。
 少し、友達関係にしては距離が近く感じた。

「マルクも怪我はなかったのですね。良かったです」

「あぁ、お前が助けてくれたおかげだよ。あの時……俺は自分の力不足を痛感した、リールには助けられてユリウス様には𠮟責されてな」

「仕方ありませんよ。あの事態は誰も予想できていませんでしたから」

「俺は……血を流すお前を見て、守るために強くなりたいと思ったんだ。役立たずで力不足な俺じゃあ守れない」

「マルク、何度も言っています。僕は守られる気はないと」

 私の言葉を切り、マルクは言葉を続ける。

「だから、シュレイン団長に頼み込んで補佐官にしてもらった。いずれ、俺がユリウス様を超えてお前を守ってやる、絶対にな!!」

 全く……彼は何も分かってくれていない。
 彼の両頬を叩くように手で挟み、瞳を見つめて諭す。

「聞いてマルク、僕は貴方を対等の友達として見ています。貴方に守られるなんて、足手まといだと言われているようで不愉快です。友人として、共に並んで立ってはくれないのですか?」

「友達じゃ嫌だ」

 言葉を受けながら、マルクは両頬を挟んでいた私の手に自分の手を重ねる。
 寂しさと悲しみの色を帯びた瞳で私を見つめ、覚悟を決めたように唇をキュッと嚙みしめた。

「マルク?」

「入団試験、訓練中もお前とずっと一緒にいて……気持ちが離れない。ユリウス様とお前が近くにいると胸が苦しくて辛い。……分からないんだこの気持ちが、男色だと笑っていたのに、お前が気になって仕方ないんだ」

 マルクの瞳は見たことがある。
 恋心を抱いた相手が、自分を見ていないと気付いた瞳。
 私自身がかつてアルフレッドへ向けていた瞳によく似ている。

「男のお前と特別になりたいといえば……困るか? リール」

「マルク……僕は」

 彼が私へと抱いている想いがようやく分かった。
 過剰な心配も私への想いゆえ、そして私の正体が分かっていないからこそ葛藤させてしまっている。
 騎士としても、女性としても曖昧な私のせいで彼が悩んでしまったのだ。
 
 私がいなければ、本来なら受けなくていい苦しみを彼は抱えてしまった。
 どうすればいいのだ、こんな時にどう返すべきか分からない。
 
 しかし、マルクが打ち明けてくれた気持ちから目を背けられない。
 あやふやにして長引かせるのはアルフレッドと同じだ。

「僕は、僕は……」

 私が口を開いた時。
 コツコツと足音が廊下に響いて、こちらへと近づいてくる。
 視線を向けた瞬間、会話を邪魔するように私達へと声がかかった。

「邪魔をする。シュレインの執務室はどこだ?」

 気配さえなく、私達の傍に立った人物に一驚する。
 そこにいたのは私の父であるギーデウス伯に並ぶ程に大きな男性だった。
 夜中のように真っ黒な髪、見たこともない珍しい銀眼で私達を見つめている瞳はヒヤリとする程に冷たく感じる。
 軍服に身を包んでいるが、正騎士団とは明らかに違って真っ黒な装いだ。

 その男性は私達を羽虫でも見るように見下ろしており、視線が合えば身震いするほどの威圧感だ。
 あまりの威圧感に危機を感じ取り、私とマルクは咄嗟に構えた。

「失礼ですが……お名前を聞かせてください。団長の補佐官として見知らぬ方を案内できません」

 マルクの言葉に長身の男は見下ろしながら大きなため息を吐く。

「シュレインに会いに来ただけだ。大人しく通せ」

「出来ません、俺にも補佐官としてのプライドが––っ!?」

 突如、マルクの身体は宙に浮いて壁に叩きつけられた。
 見えない程の速さで長身の男が裏拳を繰り出し、マルクを片手で吹き飛ばしたのだ。

「ぐっ……」

 倒れて悶えるマルクの身体を長身の男はゆっくりと触れて頬を緩めた。
 その笑みに暖かさはない、まるで玩具を手に入れたような笑みだ。
 私はそれを見て、身震いする恐怖を感じてしまう。

「対応力はないが、良い筋肉だ。シュレインの補佐官というのも頷ける……有望株だ。王宮騎士に興味があれば俺の元へと来るがいい」

 怯えている場合ではない、これはれっきとした正騎士団への暴行だ。
 マルクの懐に紙きれをしまっている男の隙をとり、私は剣を抜いて首筋へと当てた。

「名前を聞かせてください。そしてマルクを離して」

「……」

 男は素直にマルクから手を離し、両手を上げながら私へと振り返る。
 背筋が凍えそうな瞳、怖くて剣が震えた。

「ガディウス・マドゥール……分かりやすく言おう。王宮騎士団の団長だ」

「な……ぐっ!?」

 王宮騎士団長、その言葉に動揺した一瞬の隙に私の剣は振り払われてしまい、首を掴まれて壁に抑えられる。
 身体が宙に浮き、脚が床に届かず力が入らない。

「お前は知っているぞ? ユリウスの補佐官リール……しかしおかしい、報告では男だと聞いていたが」

「な……にを」

 ぞわりと身の毛がよだつ感覚が身体を走る。
 私の身体をゆっくりと撫で、ガディウスは抑えられないとばかりに笑い声を上げた。

「なにやらくだらない色恋について語っていると思ったが、合点がいった。そこのお前、よく見ろ」

「っ!? やめ!!」

 ガディウスはマルクへ視線を投げかけて、私の服を掴んで引きちぎる。
 サラシ布を巻いた胸があらわとなり、それを見たマルクは呆然と口を開く。

「女が騎士だと? 立派な軍律違反だな。正騎士団共よ」

 見られてしまった、明かされてしまったのだ。
 ガディウスは弱みを握ったように笑い声を上げた、その瞬間。
 銀色の輝きを放つ剣先がガディウスの首元へと走り、それを避けるように奴は私から手を離す。
 ずるりと床に落ちる私を支えたのはユリウス様だった。

「ガディウス……なんのつもりだ?」

 激昂した声色と、怒りに満ちた瞳。
 ガディウスにさえ劣らない威圧感を放つ彼は、今まで見たことない程に怒気をまとって問いかけた。
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