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二人で過ごした日から数日が経つ。
男色である噂を払拭できたか定かではないが、ユリウス様はいつも通りだ。
そう……いつも通り。
補佐官となっても変わらず鍛錬場にて彼の厳しい指導を今も受けている。
「じゃあ、次は腕立てを百回しようか?」
「ひゃ……ひゃい」
相変わらず厳しい鍛錬を私へと課してくるのは変わらない。
しかし、彼は私が女性であると分かっているからこそ厳しく接してくれているのだろう。
父仕込みの剣技だけは渡り合えるが、男性よりも力や体力が劣っているのは事実だ。
スパルタではあるが、少なくともユリウス様は私を女性でなく、騎士として見てくれている。
「う、腕立て終わりました……」
「お疲れ様、リール君」
あの日から変わったのはむしろ私だ。
鍛錬が終わって一息ついた私へと水を渡してくれる彼の笑顔に鼓動が早くなってしまう。
視線を逸らして平然を装うが、思い出されるのはあの時に手を繋いで帰った情景。
違う、違う……あれは演技だ。
彼は私を騎士として見てくれているのだから、私も余計な感情は抱くべきでないと言い聞かせる。
「どうかした?」
「いえ、考え事をしていました」
気持ちを整理し、ユリウス様へと視線を向けると相変わらずの笑顔だ。
こっちは意識してしまっているのに、向こうは意識なんて全くしていない平常運転に寂しいと思ってしまう自分自身に腹が立つ。
悶々としていると、ユリウス様を探して先輩騎士の一人がやって来た。
何やら焦った様子であり、私達の表情も引き締まる。
「ユリウス様、ここにいましたか」
「どうかしたのかい?」
「その……実は先程、アルフレッド殿下が正騎士団の執務室へ来られたのです」
「っ!?」
思わぬ名前に吃驚してしまった。
先輩騎士の困惑した視線を感じて慌てて平静を取り繕う。
アルフレッドが? 正騎士団に王家がわざわざ出向く機会などないはずだ。
「アルフレッド殿下のご用件は?」
ユリウス様の問いに先輩騎士も困惑した表情を浮かべた。
「それが……気まぐれで寄った、と言っていました。今は王宮に戻られましたが」
「気まぐれか、分かった。報告ありがとう」
先輩騎士が去っていき、ユリウス様は顎に手を当てて大きなため息を吐いた。
「もしかすると、僕はアルフレッド殿下から怨みを買ってしまったかもね」
「ど、どうしてですか?」
「執務室に来たという事は僕に会いに来たのだろう。カラミナ妃との件でフロスティア家から釘を刺し、王家の雑務も返還したからね。苦言も言いたくなるさ」
言われればユリウス様はアルフレッドから怨みを買ってしまう原因は沢山ある。
しかも、それらは全て私のせいだ。
「すみませんユリウス様、僕のお願いのせいで」
「気にしすぎだよ、僕に非がないと向こうも理解しているからこそ長居もしなかったのだろう」
彼は謝罪した私の髪を撫で、心配ないと笑顔を振る舞う。
こんな時はしっかりと優しくて……ドキドキとさせられる。
「しかし、これで僕からアルフレッド殿下へ直接的に話を聞く事は出来ないだろう」
「そこまでユリウス様に頼るわけにはいきません。元は僕が解決すべき事です」
「君は僕の補佐官で一蓮托生だ。もっと上官を頼りなよ」
「ユリウス様……」
アルフレッドが欲情した事、王宮騎士団の数が減っている事。
疑問が多く募るが、未だに進展できていないのが本音だ。
彼もそれを知っているからこそ、私だけに任せないようにしてくれている。
「とりあえず、今日の夜は新人騎士の歓迎会だと君も聞いているだろう?」
「え? は、はい」
「それに合わせて正騎士団長も帰って来てくれると報告があったよ。あの人に頼ってみよう」
「団長様は聞いて下さるでしょうか?」
「小さな事の解決が平和への道だ。なんて言葉が口癖だからね、きっと聞いてくれるさ」
「優しい人なのですね」
「う~ん……まぁ優しいけど、変わっているよ。良い意味で誰にも興味がないというか」
含みのあるユリウス様の言葉に首を傾げるが、それ以上は答えてくれなかった。
「会ってからのお楽しみって事で、それじゃあまた夜に」
「は、はい」
執務室に戻ってしまった彼の背を見送りながら、私も夜の歓迎会に向けて準備を進めた。
◇◇◇
新人騎士の歓迎会は市街の酒場を貸し切って行われる。
飲酒に年齢制限のないこの国での歓迎会といえば発泡酒が定番だ。
酒場に辿り着くと発泡酒の入った大樽が幾つも積み重なっており、先に着いていた先輩騎士や同僚はすっかり出来上がっている。
席は空いているが、飲ませようと迫ってくる先輩騎士が点在している。
どうしようかと見渡すと手を振ってくれたのはユリウス様であった。
頼るアテを見つけた私はそそくさと彼の隣へと座る。
「皆、すっかり出来上がっているね」
「早すぎです」
「仕方ないさ、最近は忙しくて酒を飲む機会がないからね」
そっと私の前に置いてくれたのは苦みのある発泡酒ではなく、甘い果実水であった。
気遣いに感謝しつつ、歓迎会を彼の隣で楽しむ。
いつもは真面目な先輩方がバカ騒ぎをしているのを見るのは少し楽しい。
時間が過ぎていくと、ユリウス様は大きなため息を吐いて立ち上がった。
「遅い、団長は迷っているのだろう。僕が迎えに行ってくるよ」
「わ、分かりました」
「この席から離れないようにね。約束」
「へ? わ、分かりました」
ユリウス様との謎の約束を交わし、一人残った私は果実水を口に含む。
すると、目の前に突然座ってくる男性がいた。
ドンっと音を立てて酒瓶を置いた彼は、少しだけ気まずい表情を浮かべている。
「マルク……どうしたの?」
「その、リールに話したい事があるんだ」
マルクは少しはにかみながら、私を見つめた。
男色である噂を払拭できたか定かではないが、ユリウス様はいつも通りだ。
そう……いつも通り。
補佐官となっても変わらず鍛錬場にて彼の厳しい指導を今も受けている。
「じゃあ、次は腕立てを百回しようか?」
「ひゃ……ひゃい」
相変わらず厳しい鍛錬を私へと課してくるのは変わらない。
しかし、彼は私が女性であると分かっているからこそ厳しく接してくれているのだろう。
父仕込みの剣技だけは渡り合えるが、男性よりも力や体力が劣っているのは事実だ。
スパルタではあるが、少なくともユリウス様は私を女性でなく、騎士として見てくれている。
「う、腕立て終わりました……」
「お疲れ様、リール君」
あの日から変わったのはむしろ私だ。
鍛錬が終わって一息ついた私へと水を渡してくれる彼の笑顔に鼓動が早くなってしまう。
視線を逸らして平然を装うが、思い出されるのはあの時に手を繋いで帰った情景。
違う、違う……あれは演技だ。
彼は私を騎士として見てくれているのだから、私も余計な感情は抱くべきでないと言い聞かせる。
「どうかした?」
「いえ、考え事をしていました」
気持ちを整理し、ユリウス様へと視線を向けると相変わらずの笑顔だ。
こっちは意識してしまっているのに、向こうは意識なんて全くしていない平常運転に寂しいと思ってしまう自分自身に腹が立つ。
悶々としていると、ユリウス様を探して先輩騎士の一人がやって来た。
何やら焦った様子であり、私達の表情も引き締まる。
「ユリウス様、ここにいましたか」
「どうかしたのかい?」
「その……実は先程、アルフレッド殿下が正騎士団の執務室へ来られたのです」
「っ!?」
思わぬ名前に吃驚してしまった。
先輩騎士の困惑した視線を感じて慌てて平静を取り繕う。
アルフレッドが? 正騎士団に王家がわざわざ出向く機会などないはずだ。
「アルフレッド殿下のご用件は?」
ユリウス様の問いに先輩騎士も困惑した表情を浮かべた。
「それが……気まぐれで寄った、と言っていました。今は王宮に戻られましたが」
「気まぐれか、分かった。報告ありがとう」
先輩騎士が去っていき、ユリウス様は顎に手を当てて大きなため息を吐いた。
「もしかすると、僕はアルフレッド殿下から怨みを買ってしまったかもね」
「ど、どうしてですか?」
「執務室に来たという事は僕に会いに来たのだろう。カラミナ妃との件でフロスティア家から釘を刺し、王家の雑務も返還したからね。苦言も言いたくなるさ」
言われればユリウス様はアルフレッドから怨みを買ってしまう原因は沢山ある。
しかも、それらは全て私のせいだ。
「すみませんユリウス様、僕のお願いのせいで」
「気にしすぎだよ、僕に非がないと向こうも理解しているからこそ長居もしなかったのだろう」
彼は謝罪した私の髪を撫で、心配ないと笑顔を振る舞う。
こんな時はしっかりと優しくて……ドキドキとさせられる。
「しかし、これで僕からアルフレッド殿下へ直接的に話を聞く事は出来ないだろう」
「そこまでユリウス様に頼るわけにはいきません。元は僕が解決すべき事です」
「君は僕の補佐官で一蓮托生だ。もっと上官を頼りなよ」
「ユリウス様……」
アルフレッドが欲情した事、王宮騎士団の数が減っている事。
疑問が多く募るが、未だに進展できていないのが本音だ。
彼もそれを知っているからこそ、私だけに任せないようにしてくれている。
「とりあえず、今日の夜は新人騎士の歓迎会だと君も聞いているだろう?」
「え? は、はい」
「それに合わせて正騎士団長も帰って来てくれると報告があったよ。あの人に頼ってみよう」
「団長様は聞いて下さるでしょうか?」
「小さな事の解決が平和への道だ。なんて言葉が口癖だからね、きっと聞いてくれるさ」
「優しい人なのですね」
「う~ん……まぁ優しいけど、変わっているよ。良い意味で誰にも興味がないというか」
含みのあるユリウス様の言葉に首を傾げるが、それ以上は答えてくれなかった。
「会ってからのお楽しみって事で、それじゃあまた夜に」
「は、はい」
執務室に戻ってしまった彼の背を見送りながら、私も夜の歓迎会に向けて準備を進めた。
◇◇◇
新人騎士の歓迎会は市街の酒場を貸し切って行われる。
飲酒に年齢制限のないこの国での歓迎会といえば発泡酒が定番だ。
酒場に辿り着くと発泡酒の入った大樽が幾つも積み重なっており、先に着いていた先輩騎士や同僚はすっかり出来上がっている。
席は空いているが、飲ませようと迫ってくる先輩騎士が点在している。
どうしようかと見渡すと手を振ってくれたのはユリウス様であった。
頼るアテを見つけた私はそそくさと彼の隣へと座る。
「皆、すっかり出来上がっているね」
「早すぎです」
「仕方ないさ、最近は忙しくて酒を飲む機会がないからね」
そっと私の前に置いてくれたのは苦みのある発泡酒ではなく、甘い果実水であった。
気遣いに感謝しつつ、歓迎会を彼の隣で楽しむ。
いつもは真面目な先輩方がバカ騒ぎをしているのを見るのは少し楽しい。
時間が過ぎていくと、ユリウス様は大きなため息を吐いて立ち上がった。
「遅い、団長は迷っているのだろう。僕が迎えに行ってくるよ」
「わ、分かりました」
「この席から離れないようにね。約束」
「へ? わ、分かりました」
ユリウス様との謎の約束を交わし、一人残った私は果実水を口に含む。
すると、目の前に突然座ってくる男性がいた。
ドンっと音を立てて酒瓶を置いた彼は、少しだけ気まずい表情を浮かべている。
「マルク……どうしたの?」
「その、リールに話したい事があるんだ」
マルクは少しはにかみながら、私を見つめた。
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