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「すみません、余計な事を言ってしまいました」
触れてはいけない話題のような気がして、慌てて謝る。
彼の憂いを帯びた笑みに胸がキュッとして、辛い表情を見る事が怖かった。
「大丈夫だよ、僕が聞いたことだしね」
「何か……別の話題にしましょうか」
「いや、本当に大丈夫。八年前の僕が十七だった頃の出来事だからね」
笑う彼にはやはり胸につっかえがあるように見えてしまう。
ユリウス様が元気なく笑っているのは……なんだか嫌だ。
「あの……良ければ話してくれませんか? 全部吐き出せばスッキリする事もあるでしょうし」
ポロリと出た言葉は自分でも意外だった。
別の話題に切り替えても良かったのに、彼の悩みをどうにかしたくて思わずこぼれてしまったのだ。
当の本人は少し嬉しそうな笑みに戻り、頷いた。
「じゃあ、聞いてもらおうかな」
「ど、どうぞ」
「といっても複雑でもないよ。フロスティア伯爵家に次男として生まれた僕は当主の席を長男に譲るしかなく、残された役目でいえば良家との縁を結ぶ事、そのために子供の頃から許嫁がいてね」
貴族としては珍しくもない話。
むしろ伯爵家次男のユリウス様が正騎士団の副団長になっている方が異例だ。
まぁ……私も他人事ではないが。
「親に決められた許嫁といっても一緒に過ごす内に自然と好意を抱いていたのは事実だよ」
店の窓から外を見つめるユリウス様の笑みは消えていた。
いつもと違う、寂しそうな瞳に既視感を抱いてしまう。
アルフレッドから見捨てられた私と同じ、失恋した表情だ。
「しかし許嫁は別の相手とも婚約を進めていてね、僕は保険だった。他で良縁を結べたから保険の僕は捨てられてしまったよ。だから見返してやろうと思って騎士となったら、いつしか副団長って訳」
冗談を挟み、空元気に笑顔を取り繕う彼だったが……。
私の頬には自然と雫が伝う。
とても悔しかったから。
「酷いです、相談もないなんて」
「リルレット……」
重ねてしまっていたのかもしれない、同じように恋心を踏みにじられた私自身を。
「許嫁なら、せめて一度は話合うべきです。内緒で縁談を進めるなんて」
「リルレット、僕は本当に気にしていないから」
「噓ですよね。さっきも無理に笑ってた。今も……そうやって笑うのは悲しさを表情に出したくないからですよね」
「っ……」
図星だったのだろう、彼の笑みは固まる。
「だから……私が代わりに泣きます。ユリウスの分まで」
自分でも何を言っているのだろうかと思ってしまうが、重ねてしまった境遇が胸を締め付ける。
私自身も抑えていた悲しみが溢れてしまう。
そんな私を見て、ユリウス様は何故か声を出して笑った。
「あははは……君は本当に面白いね。リルレット」
「なんで笑うんですかぁ……」
「ごめん、ごめん」
泣きじゃくる私の髪をわしゃわしゃと撫でまわす彼は本当に嬉しそうに見えた。
「もう充分だよ。本当に元気が出たよ」
瞳から落ちる雫をハンカチで拭ってくれる彼に思わず甘えてしまう。
されるがまま、幼い子供のような扱いが何故か嬉しい。
「スッキリできましたか?」
「そうだね。代わりに泣いてくれたおかげだよ」
「なら……いいです」
噓は言ってないと思う、ユリウス様の笑みはいつも通りに戻っていたから。
私は泣いてしまった恥ずかしさもあり、顔を伏せていると彼が話題を逸らすように別の話をしてくれた。
それからはお互いに自然と会話を重ねてゆく、騎士団での出来事や好みの事など話は良く弾んだ。
頼んでいたケーキが届き、そのクリームの甘さや鼻孔をくすぐる苺の匂いを堪能して時間を過ごす。
彼は私自身の事は触れないでくれていた、何故男装しているのか等に触れずに接してくれる。
その気遣いに嬉しさと感謝を感じながら、二人で過ごすこの時間がとても楽しく、終わって欲しくないと願ってしまう。
願いも虚しく、気づけば夕陽の光が窓から差し込み初めて店を出る。
不思議だった、いつもは悪魔のように厳しくて、避けていた彼と今は少しでも長く居たいと思ってしまっている。
釈然としない感情に戸惑っていると、店を出た彼は私の手をそっと握った。
「っ!? ユリウス様?」
いつ振りだろうか、男性と手を繋ぐなんて……。
剣を握っているとは思えない柔らかい肌、暖かな体温が手を伝ってくる。
ドクンと跳ねた鼓動を感じながら彼を見つめた。
「あ……あの」
「噂を否定されるためにも、協力してくれるかな?」
夕陽に照らされ、彼のバターブロンドの髪がキラキラと輝いて見える。
目の前で笑うのは憧れをくれた、かつての騎士。
彼の魔性を帯びた薄い笑みに断る事ができない不思議な魅力を感じる。
「は……はい」
こくりと頷きで返した。
自分でも驚く程にドクドクと脈打つ心臓に困惑する。
手を繋いで歩き出す私達は周囲から見ればしっかりと恋仲に見えるはず。
そう、これは演じているだけ。
噂を否定するために彼は手を握っているだけだ。
誰に聞かれているわけでもないのに、自分自身に言い聞かせながら帰り道を共に歩く。
そうしないと、この鼓動を抑える事が出来なかった。
触れてはいけない話題のような気がして、慌てて謝る。
彼の憂いを帯びた笑みに胸がキュッとして、辛い表情を見る事が怖かった。
「大丈夫だよ、僕が聞いたことだしね」
「何か……別の話題にしましょうか」
「いや、本当に大丈夫。八年前の僕が十七だった頃の出来事だからね」
笑う彼にはやはり胸につっかえがあるように見えてしまう。
ユリウス様が元気なく笑っているのは……なんだか嫌だ。
「あの……良ければ話してくれませんか? 全部吐き出せばスッキリする事もあるでしょうし」
ポロリと出た言葉は自分でも意外だった。
別の話題に切り替えても良かったのに、彼の悩みをどうにかしたくて思わずこぼれてしまったのだ。
当の本人は少し嬉しそうな笑みに戻り、頷いた。
「じゃあ、聞いてもらおうかな」
「ど、どうぞ」
「といっても複雑でもないよ。フロスティア伯爵家に次男として生まれた僕は当主の席を長男に譲るしかなく、残された役目でいえば良家との縁を結ぶ事、そのために子供の頃から許嫁がいてね」
貴族としては珍しくもない話。
むしろ伯爵家次男のユリウス様が正騎士団の副団長になっている方が異例だ。
まぁ……私も他人事ではないが。
「親に決められた許嫁といっても一緒に過ごす内に自然と好意を抱いていたのは事実だよ」
店の窓から外を見つめるユリウス様の笑みは消えていた。
いつもと違う、寂しそうな瞳に既視感を抱いてしまう。
アルフレッドから見捨てられた私と同じ、失恋した表情だ。
「しかし許嫁は別の相手とも婚約を進めていてね、僕は保険だった。他で良縁を結べたから保険の僕は捨てられてしまったよ。だから見返してやろうと思って騎士となったら、いつしか副団長って訳」
冗談を挟み、空元気に笑顔を取り繕う彼だったが……。
私の頬には自然と雫が伝う。
とても悔しかったから。
「酷いです、相談もないなんて」
「リルレット……」
重ねてしまっていたのかもしれない、同じように恋心を踏みにじられた私自身を。
「許嫁なら、せめて一度は話合うべきです。内緒で縁談を進めるなんて」
「リルレット、僕は本当に気にしていないから」
「噓ですよね。さっきも無理に笑ってた。今も……そうやって笑うのは悲しさを表情に出したくないからですよね」
「っ……」
図星だったのだろう、彼の笑みは固まる。
「だから……私が代わりに泣きます。ユリウスの分まで」
自分でも何を言っているのだろうかと思ってしまうが、重ねてしまった境遇が胸を締め付ける。
私自身も抑えていた悲しみが溢れてしまう。
そんな私を見て、ユリウス様は何故か声を出して笑った。
「あははは……君は本当に面白いね。リルレット」
「なんで笑うんですかぁ……」
「ごめん、ごめん」
泣きじゃくる私の髪をわしゃわしゃと撫でまわす彼は本当に嬉しそうに見えた。
「もう充分だよ。本当に元気が出たよ」
瞳から落ちる雫をハンカチで拭ってくれる彼に思わず甘えてしまう。
されるがまま、幼い子供のような扱いが何故か嬉しい。
「スッキリできましたか?」
「そうだね。代わりに泣いてくれたおかげだよ」
「なら……いいです」
噓は言ってないと思う、ユリウス様の笑みはいつも通りに戻っていたから。
私は泣いてしまった恥ずかしさもあり、顔を伏せていると彼が話題を逸らすように別の話をしてくれた。
それからはお互いに自然と会話を重ねてゆく、騎士団での出来事や好みの事など話は良く弾んだ。
頼んでいたケーキが届き、そのクリームの甘さや鼻孔をくすぐる苺の匂いを堪能して時間を過ごす。
彼は私自身の事は触れないでくれていた、何故男装しているのか等に触れずに接してくれる。
その気遣いに嬉しさと感謝を感じながら、二人で過ごすこの時間がとても楽しく、終わって欲しくないと願ってしまう。
願いも虚しく、気づけば夕陽の光が窓から差し込み初めて店を出る。
不思議だった、いつもは悪魔のように厳しくて、避けていた彼と今は少しでも長く居たいと思ってしまっている。
釈然としない感情に戸惑っていると、店を出た彼は私の手をそっと握った。
「っ!? ユリウス様?」
いつ振りだろうか、男性と手を繋ぐなんて……。
剣を握っているとは思えない柔らかい肌、暖かな体温が手を伝ってくる。
ドクンと跳ねた鼓動を感じながら彼を見つめた。
「あ……あの」
「噂を否定されるためにも、協力してくれるかな?」
夕陽に照らされ、彼のバターブロンドの髪がキラキラと輝いて見える。
目の前で笑うのは憧れをくれた、かつての騎士。
彼の魔性を帯びた薄い笑みに断る事ができない不思議な魅力を感じる。
「は……はい」
こくりと頷きで返した。
自分でも驚く程にドクドクと脈打つ心臓に困惑する。
手を繋いで歩き出す私達は周囲から見ればしっかりと恋仲に見えるはず。
そう、これは演じているだけ。
噂を否定するために彼は手を握っているだけだ。
誰に聞かれているわけでもないのに、自分自身に言い聞かせながら帰り道を共に歩く。
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