【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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 いよいよ、休暇の日がきてしまった。
 元は女性なのだから、衣服などは寮に隠し持ってきている。
 衣装代は手間賃のつもりだろう。

 流石に寮から女性として出るわけにもいかず、宿をとって着替える事にする。

 久々に袖を通すワンピースはローゼリア家にいた頃からよく身に着けていた服、これなら市街を歩いていても違和感はない。
 胸のサラシ布は少し緩める程度に留める、一応は女装という体だ。


 男装から少し離れ、指定された市街の噴水広場へと向かうと一際目立つユリウス様が既におり、こちらを見て大きく手を振った。

「お待たせしました、ユリウス副団長」

 カーテシーをして挨拶すると、彼は私の額に指を当てて首を横に振る。

「今日は副団長でなく、ユリウスと呼んでくれ。君の呼び名も考えないと、その格好でリールはまずいよね」

 分かっている癖に聞いてくるのは彼のいたずら心なのだろうか、私は目線を逸らして返答する。

「リルレット……でいいですよ」

「よし、じゃあ行こうかリルレット」

「その前に聞かせてください。何が目的ですか? わざと目立つように大振りで手を振ったり、身分も隠さずに会うなんて……」

「それは着いてからね。さぁ行こう」

 何を考えているのか分からない。
 歩き出した彼の後ろを歩くが、やがて並んで歩くように彼が歩幅を揃える。
 親しい間柄のような距離、悪いわけではないがユリウス様にとってはいいのだろうか?
 これでは親しい仲の女性がいると噂されても仕方ない。

 疑問だらけで辿り着いた先はスイーツ店であった。
 市街でも噂となっている名店であり、店頭に並んでいるケーキはどれも目移りしてしまう程に綺麗だ。
 まるで宝石のようなケーキや菓子に見惚れてしまう。

 席についた私達は店主のおすすめメニューを頼んで一息ついた。

 ……って、一息ついている場合ではない。

「ユリウス様…」

「リルレット?」

「っ……ユ、ユリウス教えてください。何故二人でここへ?」

「男性だけだと寄り難いだろう? お客さんは女性ばかりだしね」

 見渡せば女性ばかりであり、彼の爽やかな笑みに熱を帯びた視線が集まって注目されている。
 ここでは確かに彼一人では寄りづらいかもしれない。
 しかし、それだけが理由ではないのは明らかであり、睨むように見つめると彼は観念したと手を上げた。

「本音を言えば、噂を否定しておこうと思ってね」

「う、噂ですか?」

「そう、僕が男色だという噂」

「ありましたね……」

「別に否定する理由もなかったから見逃していたけど煩わしい考えの者もいるからね。君が恋仲のように接してくれれば噂を否定できるから」

 なるほど。
 だからわざと目立つように振る舞っていたのか、名店のスイーツ店を選んだのは多くの人目につくため。

 納得しつつ、私は大きく息を吐いた。

「分かりました。それならそうと早く言ってください」

「慌てる君を見るのも楽しいからね」

「やっぱり、帰りますね」

「冗談、冗談……もちろん君にもメリットがあるように考えているよ」

 からかって席を立ったけど、珍しく慌てた姿に少し可愛いと思ってしまう。
 再び席に座ると、彼は小さな声で言葉を続けた。

「僕の方でも殿下について調べた、交換条件にはちょうどいいだろう?」

「何か分かったのですか?」
 
 思わず身を乗り出してしまった私を彼は諌めながら、小声で話を続ける。

「といっても重要な事じゃない。あくまで気になる事があった程度だ」

「教えてください、小さな事でも手がかりになるかもしれません」

「分かった。これは確証ではないが王宮騎士団の数が減っていると聞いている。これは殿下の人払いではなく、単純に王宮管轄の彼らが王宮に居ないみたいだ」

 確かに……私がカラミナ妃の護衛についた夜も王宮の警備は少なく感じた。

「関係ないように思えるが、君から聞いた殿下の欲情が始まった期間と王家騎士団の数が減った時期が同じでね。少し気になる」

「しかし調べるのは難しいですよね。別機関ですし」

「今度帰ってくるうちの団長なら王宮内をもう少し調べられるだろうね」

 私の所属する正騎士団の団長といえば、現在は治安の悪化した各地の視察で王都には不在だ。
 忙しい方で、騎士として就任した今でも顔を見たことがない。

「それでは、私の方から騎士団長が帰ってくれば相談してみます。情報に感謝します」

 ペコリと頭を下げようとした私の額をユリウス様はピンっと指で弾いた。

「噂を否定するためにも恋仲を演じてくれないかな? 恋人に頭を下げさせるなんて別の噂が広がるよ」

「す……すみません」

 恋人……面と言われると恥ずかしい単語だ。
 そんな事を言われてしまうといつもの笑顔でさえ意識してしまう。
 この状況を楽しみ、子供のような澄んだ紅の瞳で見つめられると、不思議と鼓動が早くなる。
 
 鼓動を抑えるために慌てて別の話題を話そうと考えていた時、彼は思い出すようにポツリと呟いた。

「ところで、リルレットはどうして騎士になったの?」

「い、いきなりですね。私は誰かのために––––」

「違うよ、もっと初歩的な……騎士を目指すキッカケが知りたい」

「キッカケ、ですか?」

 聞かれて思い出すのは、やはりあの本しかない。
 私にとってあの本と騎士は切り離せない。

「その、ずっと前にとても辛い時があったのです。そんな時に見知らぬ騎士からとある本を頂いて……その物語に元気をもらえたのです。だから物語の騎士のようになりたいと」

 言ってる内に恥ずかしくなってきた、子供っぽくないだろうか?
 顔が熱くなるのを感じると、目の前の彼はくつくつと笑っている。

「なるほど、そんなに喜んでくれるなんてね」

「へ?」

「実は僕もそういった本が好きでよく持ち歩いていてね。仕事で王宮に入った時に妙に寂しそうな女性が庭で座っていて、何故かとても気になった僕は愛読書である本をその子にあげたんだ。名前は知らないけど君によく似ていたよ、リルレット?」

「…………」

 顔が真っ赤になっていくのを感じる。
 忘れていた記憶が蘇るのだ、あの時私に本を手渡してくれた騎士の影がユリウス様と重なっていく。
 夢をくれた騎士が、私の目の前にいるのだ。

「あ、あの……」

「その女性は僕なんて忘れているだろうけどね」

「それでも……感謝はしていると思います」

「なら良かった」

 敢えて私ではないふりをしてくれているのは、今の私がリールだからだ。
 私がそれについて感謝をしてしまえばリルレットと明かす事になる、そうなれば彼も副団長として軍律に従って処分しなければならない。

 秘密の関係を続けようという、彼の暗に込めたメッセージに顔を伏せてしまう。
 本をくれた騎士に会えてとても嬉しくて、今まで悪魔に見えていたユリウス様が別人のように見える。
 全てを知っていながらも、私を騎士にしてくれたのだ。
 
 どんな顔をすればいいか分からない。
 顔が熱くて、目を合わせられない。

 いたたまれず、別の話題を切り出す。

「ユリウス様……ユリウスも噂を気にするのですね」

 また私の額を突こうとした彼に気付き、慌てて恋仲を演じる。
 彼は満足したように頷いた。

「まぁね、本当に噂が多くなると面倒ではあるよ。君にも迷惑がかかるしね」

「迷惑なんて思ってません……でも噂が多いのは大変ですね」

「君はどんな噂を聞いたの?」

「確か……婚約者に捨てられたなんて、根も葉もないくだらない噂を聞きましたよ」

「あぁ、それか」

 彼はゆっくりと背もたれに体重を預けて、小さく微笑む。

「それは本当だよ」と言った声色は、どこか憂いを含んでいた。


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