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あれから数日が経ち、カラミナ妃の侍女を挟んだ定期的な連絡によってアルフレッドから行為を迫る事はなくなったと知らされる。
私とユリウス様の策は上手くいったようだ。
とりあえず、アルフレッドが暴走した原因を探る時間は出来たと安堵する。
しかし、別の問題が起きていた。
ユリウス様の補佐官となってから嫌なぐらい注目を集めているのだ。
補佐官とは新人騎士が就く役職で、特段珍しいものではない。
諸先輩方に仕事を教えてもらうため、騎士として通るべき道だ。
ではなぜ注目を集めているのか? 理由はユリウス様が補佐官を許可したのが私が初めてだからだ。
そんな訳で変に注目された私はため息を吐きながら、今日も副団長執務室へと向かう。
「リール、お前が副団長の補佐官になった話、本当か?」
道中、同僚のマルクが怪訝な顔で私に尋ねてくる。
どこか不機嫌にも見えた。
「本当です。といっても与えられている仕事は雑務ばかりですよ」
「なんだよそれ……俺はお前と同じ先輩の補佐官になるはずだったのに」
「愚痴っても仕方ありませんよ。上官の命令は絶対です」
「愚痴ぐらいいいだろ……楽しみだったんだぞ」
「楽しみ? どうしてですか?」
問いかけた私にマルクは自身の赤髪をいじりながら「それは……」と口ごもる。
何か言いたいことがあるのだろうか? 首をかしげると彼は話を逸らした。
「それよりも……ユリウス副団長は男色の噂もあるから、お前も気をつけろよ」
「はぁ……マルク、言いましたよね? 私はそういった話は嫌いなんです」
「もしかして……お前もそういった事に興味があるのか? 女々しい感じがするし」
「根も葉もない噂が嫌いなだけです。それに誰が誰を好きになろうと自由じゃないですか?」
私だってアルフレッドに恋をしていたから分かる。
好きという感情を止める事は出来ない、馬鹿になんて出来ない。
マルクを諌めるように睨むと、流石に言い過ぎたと感じたのか彼は頭を下げた。
「ごめん、でも本当に心配だったからさ」
「要らぬ心配ですよ。補佐官といっても本当に雑務の手伝いだけですから」
答える私の腕をマルクが掴んでくる。
その表情はやはり納得しておらず、彼の琥珀色の瞳は憂いを帯びていた。
「なぁ……今からでも遅くない。やっぱり俺と同じ先輩の補佐官になれるように頼もう。今まで誰一人として補佐官にしなかったユリウス副団長がいきなりお前を選ぶなんて、変な考えがあるんだよ」
何か考えがあるのは同意できるが、何も知らずに心配だけをする彼に少しだけ胸がピリつく。
「離してマルク、本当に余計なお世話ですから」
「リール……俺はお前を心配して」
掴む力が強くて引き離せない、剣術では彼に勝てるが単純な力では勝ち目がない。
余計なお世話だと伝えているのに理解してくれないマルクに四苦八苦していると、突然彼の腕を掴む手が横から伸びてくる。
「僕の補佐官に何をしているのかな?」
その背中、結わえた長い髪が尻尾のように揺れる後ろ姿は見覚えしかない。
「ユリウス副団長……」
いつもの笑顔でマルクを見ながらも、瞳には今まで感じた事がない冷たさを感じた。
冷たい笑顔のまま、声には怒気がこもる。
「新人のマルクだね。とりあえず手を離してくれるかな?」
「ユリウス副団長、俺はリールが心配で」
「いいから……さっさと離せ」
話を切ったユリウス様の言葉は荒々しく、その威圧感にマルクはゆっくりと手を離す。
「君が人選に文句があるのは聞こえたが、それはリールにではなく僕へと言うべき事じゃないかな?」
「お、俺はリールを心配して……」
「心配というよりも……何処か私情が混ざっていたように思える。君のワガママに僕の補佐官を巻き込まないでくれるか?」
「っ!? 違います。もういいです……おれ、訓練があるので行きます」
ユリウス様の言葉に明らかな動揺を見せたマルクは罰が悪そうに目線を逸らし、私へと小さく頭を下げて走り去ってしまった。
何がマルクをあそこまで駆り立てたのか、理由も告げぬままで複雑な気分だ。
だけど、今はお礼が先だろう。
「ありがとうございます。マルクは気の合う友人ですが、今日は虫の居所が悪かったのかもしれません」
「友人ね……」
ユリウス様は腑に落ちない表情を浮かべながらも、私の掴まれた腕に触れる。
「赤くなってる。後で冷やすといい、跡になったらいけない」
「あ……ありがとうございます。なんだか今日は優しいのですね、何か企んでますか?」
「いつも優しいの間違いだろう? 分かってくれないかな」
軽口を叩きながらもユリウス様の気遣いにトクリと胸が鼓動してしまう。
いつもは厳しい鍛錬を強いてきたり、悪魔のような意地悪しかしないくせしてこんな時は優しいなんて少しずるい。
「所で、週末の休暇に予定あるかい?」
「え? そうですね、寮で自己鍛錬でもしようかと思っていました」
ユリウス様の突然の問いに首を傾げると彼は言葉を続けた。
「補佐官として君に頼みがあってね。少し付き合って欲しい所がある」
「ど、どこにいくのですか?」
「内緒……だけど君にはしてもらいたい事があってね」
嫌な予感がした。
ユリウス様は私の髪に触れて頷き、からかう笑顔を見せた。
「女装して来てくれるかな? 衣装代等はこちらが出すよ、構わないよね」
絶対にからかっている、私が女性だと気付いていながらの発言なのだから。
でも、それを掴まれているからこそ逆らえない。
「わ……分かりました」
本当になにを考えているのか分からない、父の言う通りにユリウス様は警戒すべき人物だった。
しかし、「楽しみにしているよ」と笑みを浮かべる彼に従う私の心は、何故かそこまで嫌な気分ではないのは……なぜなのだろう?
不思議な感情に疑問を感じながら、週末の休みを待つことになった。
私とユリウス様の策は上手くいったようだ。
とりあえず、アルフレッドが暴走した原因を探る時間は出来たと安堵する。
しかし、別の問題が起きていた。
ユリウス様の補佐官となってから嫌なぐらい注目を集めているのだ。
補佐官とは新人騎士が就く役職で、特段珍しいものではない。
諸先輩方に仕事を教えてもらうため、騎士として通るべき道だ。
ではなぜ注目を集めているのか? 理由はユリウス様が補佐官を許可したのが私が初めてだからだ。
そんな訳で変に注目された私はため息を吐きながら、今日も副団長執務室へと向かう。
「リール、お前が副団長の補佐官になった話、本当か?」
道中、同僚のマルクが怪訝な顔で私に尋ねてくる。
どこか不機嫌にも見えた。
「本当です。といっても与えられている仕事は雑務ばかりですよ」
「なんだよそれ……俺はお前と同じ先輩の補佐官になるはずだったのに」
「愚痴っても仕方ありませんよ。上官の命令は絶対です」
「愚痴ぐらいいいだろ……楽しみだったんだぞ」
「楽しみ? どうしてですか?」
問いかけた私にマルクは自身の赤髪をいじりながら「それは……」と口ごもる。
何か言いたいことがあるのだろうか? 首をかしげると彼は話を逸らした。
「それよりも……ユリウス副団長は男色の噂もあるから、お前も気をつけろよ」
「はぁ……マルク、言いましたよね? 私はそういった話は嫌いなんです」
「もしかして……お前もそういった事に興味があるのか? 女々しい感じがするし」
「根も葉もない噂が嫌いなだけです。それに誰が誰を好きになろうと自由じゃないですか?」
私だってアルフレッドに恋をしていたから分かる。
好きという感情を止める事は出来ない、馬鹿になんて出来ない。
マルクを諌めるように睨むと、流石に言い過ぎたと感じたのか彼は頭を下げた。
「ごめん、でも本当に心配だったからさ」
「要らぬ心配ですよ。補佐官といっても本当に雑務の手伝いだけですから」
答える私の腕をマルクが掴んでくる。
その表情はやはり納得しておらず、彼の琥珀色の瞳は憂いを帯びていた。
「なぁ……今からでも遅くない。やっぱり俺と同じ先輩の補佐官になれるように頼もう。今まで誰一人として補佐官にしなかったユリウス副団長がいきなりお前を選ぶなんて、変な考えがあるんだよ」
何か考えがあるのは同意できるが、何も知らずに心配だけをする彼に少しだけ胸がピリつく。
「離してマルク、本当に余計なお世話ですから」
「リール……俺はお前を心配して」
掴む力が強くて引き離せない、剣術では彼に勝てるが単純な力では勝ち目がない。
余計なお世話だと伝えているのに理解してくれないマルクに四苦八苦していると、突然彼の腕を掴む手が横から伸びてくる。
「僕の補佐官に何をしているのかな?」
その背中、結わえた長い髪が尻尾のように揺れる後ろ姿は見覚えしかない。
「ユリウス副団長……」
いつもの笑顔でマルクを見ながらも、瞳には今まで感じた事がない冷たさを感じた。
冷たい笑顔のまま、声には怒気がこもる。
「新人のマルクだね。とりあえず手を離してくれるかな?」
「ユリウス副団長、俺はリールが心配で」
「いいから……さっさと離せ」
話を切ったユリウス様の言葉は荒々しく、その威圧感にマルクはゆっくりと手を離す。
「君が人選に文句があるのは聞こえたが、それはリールにではなく僕へと言うべき事じゃないかな?」
「お、俺はリールを心配して……」
「心配というよりも……何処か私情が混ざっていたように思える。君のワガママに僕の補佐官を巻き込まないでくれるか?」
「っ!? 違います。もういいです……おれ、訓練があるので行きます」
ユリウス様の言葉に明らかな動揺を見せたマルクは罰が悪そうに目線を逸らし、私へと小さく頭を下げて走り去ってしまった。
何がマルクをあそこまで駆り立てたのか、理由も告げぬままで複雑な気分だ。
だけど、今はお礼が先だろう。
「ありがとうございます。マルクは気の合う友人ですが、今日は虫の居所が悪かったのかもしれません」
「友人ね……」
ユリウス様は腑に落ちない表情を浮かべながらも、私の掴まれた腕に触れる。
「赤くなってる。後で冷やすといい、跡になったらいけない」
「あ……ありがとうございます。なんだか今日は優しいのですね、何か企んでますか?」
「いつも優しいの間違いだろう? 分かってくれないかな」
軽口を叩きながらもユリウス様の気遣いにトクリと胸が鼓動してしまう。
いつもは厳しい鍛錬を強いてきたり、悪魔のような意地悪しかしないくせしてこんな時は優しいなんて少しずるい。
「所で、週末の休暇に予定あるかい?」
「え? そうですね、寮で自己鍛錬でもしようかと思っていました」
ユリウス様の突然の問いに首を傾げると彼は言葉を続けた。
「補佐官として君に頼みがあってね。少し付き合って欲しい所がある」
「ど、どこにいくのですか?」
「内緒……だけど君にはしてもらいたい事があってね」
嫌な予感がした。
ユリウス様は私の髪に触れて頷き、からかう笑顔を見せた。
「女装して来てくれるかな? 衣装代等はこちらが出すよ、構わないよね」
絶対にからかっている、私が女性だと気付いていながらの発言なのだから。
でも、それを掴まれているからこそ逆らえない。
「わ……分かりました」
本当になにを考えているのか分からない、父の言う通りにユリウス様は警戒すべき人物だった。
しかし、「楽しみにしているよ」と笑みを浮かべる彼に従う私の心は、何故かそこまで嫌な気分ではないのは……なぜなのだろう?
不思議な感情に疑問を感じながら、週末の休みを待つことになった。
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