【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「あ……まて、リ……」

 ふらりと身体が揺れたアルフレッドを椅子に座らせる。
 カラミナ妃の部屋で怪我があってはいけない、彼女が責任を追及されてしまう危険性は避けておかねばならない。
 怪我がないように座らせるが、少しだけイラつくので頭を叩いておく。
 スッキリはしないな。


 それにしても……ユリウス様のお守りが効いてくれてよかった。
 彼が私に書いてくれた魔術印は催眠魔法、発動条件は顔に手をかざすことだ。
 ヘルムを取られる際に抵抗しないでよかった、ここまで上手くいくとは。
 顔も一瞬しか見られていないから……恐らく大丈夫。

「ね、ねぇ……アルフレッドはどうなったの?」

 事態が呑み込めずに動揺しているカラミナ妃へ微笑む。

「催眠魔法で眠って頂きました。朝までは起きないでしょうから……今日は安心して眠ってください」

「そんな魔法が……」

 頷きながらカラミナ妃はまだ不安そうに、アルフレッドの顔を見つめていた。
 私へとなにも聞いてこないということは、リルレットだとは分かっていない。

「差し支えなければ聞かせて頂きたいのですが、アルフレッド殿下はどうして行為を迫ったのですか?」

 尋ねた理由は好奇心が半分、残りは解決できないかという思いだ。
 カラミナ妃は素直に答えてくれた。

「少し前からずっとあの調子だったの……婚前交渉はお互いの同意があってなされるのが通例なのに、一方的に行為を迫り、寝室周囲の護衛や侍女達も人払いされてしまって」

「カラミナ妃は寵愛を受けていると聞いていましたが……相談もなく迫っていたのですか?」

「そう、一方的よ。私はいきなり行為を迫るアルフレッド様が怖くて最初はやんわりと断っていたけど、次第に迫る態度が強くなって怖くて仕方なかった。寵愛を受けていたといっても半年前から急にアルフレッド様が来てくれたのよ? その前はずっとリルレット妃を寵愛していると聞いているわ」

 ……どういうことだ?
 私は初夜をすっぽかされた三年前の日から、アルフレッドはカラミナ妃だけを寵愛していると侍女達から聞いていた。
 なのにカラミナ妃は半年前から寵愛を受け、その前は私が寵愛されていると聞いていた?
 他の妃候補への牽制として自ら寵愛されている噂を流す者もいるようだが、私もカラミナ妃もそのような事はしていない。
 お互いに入れ違うような情報を渡されたと考えられるが、一体だれが何の目的でそのような事をするのだ。
 それに、アルフレッドは実際に空白のその期間は何処で過ごしていたのだろうか。

 訳の分からない疑問の連続に頭をかかえてしまう、解決しようと思った問題は根っこが思った以上に深いかもしれない。
 思考の巡りを遮り、カラミナ妃は震える声で呟いた。

「きっと明日も迫られるわ。どうすればいいの? 婚前交渉は仕方ないと理解しているけど、強引なアルフレッド様が怖くて受け入れられない」

 初夜を合意もなく迫られれば、怖くなるのは当たり前だ。
 私はカラミナ妃の手を取り、安心させるためにもとある事を提案する。

「安心してください、私に考えがあります。せめて心の準備が出来るまでの時間を稼ぎましょう」

「そんな事ができるの?」

「はい、私には頼れる方がいますので」

 微笑む私の頭にはユリウス様が浮かんでいた、先ずは彼に頼るしかない。

「僕に頼るのなら、お返しをもらわないとね?」なんて言ってきそうで少しだけ陰鬱だが、私もとある考えがある。
 アルフレッドがどうして行為を迫っているのかも調べる必要もあり、そのためには時間が必要だ。

 安心させるために手を握る私を見つめ、カラミナ妃はポーッとこちらを見つめていた。

「どうかしましたか?」

「い、いえ……なんでもない、眠るから少しだけこのままでもいい?」

「はい、大丈夫ですよ。安心してお眠りください」

 寝台に横になったカラミナ妃は寝息を立てるまで私の手を離すことはなかった。
 とりあえずは安心してくれたようだ。
 頼りになるぐらいには逞しく見てくれているのだろう。

 騎士として最善は尽くせた。
 とはいえ、謎多き王宮内の出来事に答えが分からない。
 考えつつ、椅子で眠るアルフレッドと、寝台で眠るカラミナ妃に挟まれる奇妙な夜を過ごした。


   ◇◇◇

 翌朝、私は早速ユリウス様へと全てを伝えた。

「それで……僕を頼ってくれたわけだ。嬉しいよ」

「はい、ユリウス副団長に頼みたい事がありますので」

 全ての事情を聞いたユリウス様は珍しく真剣な表情で私を見つめて問いかけた。

「頼みたい事とは?」

「正騎士団では、本来なら王家の職務である雑務も任されていますよね? 現王が病気に伏せておられる事を理由に正騎士団が臨時で引き継いでいるはず……それをアルフレッド殿下へ戻して欲しいのです」

「なかなか無茶を言うね。妥協的に任されている業務だから殿下へ任せるのは可能だけど、多忙にさせる気?」

「はい、忙しければカラミナ妃との夜伽への元気もなくなるかと」

 いくら盛っていても元気がなければ駄目なはず。
 そう思って提案したのだけど、ユリウス様は首を横に振った。

「分かっていないね。抑えられれば余計に暴走するだけだよ。君は本当に男なのかな?」

「っ!?」

 からかうようないつも通りの笑みを浮かべ、私の反応を楽しむ彼は間髪入れずに言葉を続けた。

「僕のフロスティア伯爵家からカラミナ妃のラビエンス伯爵家に伝えておくよ、両家共に親交が深いからね。流石に両者の合意もない婚前交渉については抗議するだろう。それで猶予が三ヶ月は出来るはず」

 渡りに船のような提案にコクコクと頷いて「お願いします」と言った瞬間に気付いてしまう。
 ユリウス様がこんな優しく無茶をすんなり受け入れてくれるはずがない。

「それじゃあ、交渉成立だね」

 嬉々として肩を掴むユリウス様の企み顔は訓練中に幾度となく見てきた。
 冷や汗が背中を伝う。

「それじゃあ、見返りをもらわないとね」

「昨日、助けたものでは足りませんでしょうか?」

 問いかけも虚しく、返ってきたのは首を横に振る否定のみ。

「少し足りないな、まぁ安心して欲しい。悪いものは求めないさ」

「では……何を望むのですか?」

 問いかけにユリウス様は今まで見た中でも特段に明るい笑みで私の肩を叩いた。

「今日から君は僕の補佐官となってもらうよ。副団長の補佐官として励んでほしい」

 補佐官とは雑務や仕事のサポートであり、補佐する対象と常に仕事を共にする事になる。
 つ……つまりだ。

 私は悪魔のようなユリウス様から離れるが出来ないという事だ。


 肩を掴み、ニコニコとしているユリウス様は無言の圧力で訴えってくる。
「拒否権はない」と。

 腹を決めるしかないと私は頷く。

「これで、面白い君を独り占めできるよ」

 彼の冗談なのかも分からぬ言葉を聞きながら、私は補佐官となる日々に頭を抱えた。
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