【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか

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「まずは理由をお聞かせくださいカラミナ妃。正騎士を貴方の護衛とするのはしっかりと理由がなければなりません、ただのワガママには付き合えませんよ」

 ユリウス様はいつものように笑うが、話す言葉にはトゲを感じる。
 最近、このラインハルト王国の治安は悪化しており、対応で騎士団は人手不足となっている。
 現騎士団長も各地の指揮と調査に赴いており、入団した私でさえ未だに顔を見れていない程に多忙だ。
 そんな猫の手も借りたい中でカラミナ妃の護衛のために人員を割く余裕はない。

 なによりも王宮は王家騎士団という私達正騎士団とは別の機関が管轄している。
 安易に護衛を引き受けられない。

 しかし、カラミナ妃はそんな事は知らずに言葉を荒げる。

「ワガママじゃないわよ!! 妃候補である私が頼んでいるのよ。それに理由ならあるわ……最近、王宮で不審死があったのよ、それは知っているわよね?」

 ピクリとユリウス様の眉が動き、怪訝な表情を浮かべる。

「初耳です。亡くなった方はご存知でしょうか?」

「王宮魔術師だったジェイソンよ、彼がバラバラとなって発見されたと聞いてるわ。侍女達は魔術の失敗によって亡くなったと噂していたけど……私は怖いのよ」

「魔術の失敗ですか……」

 ユリウス様が信じられないというように首を傾げる。
 私も同じ思いだ、妃候補として暮らしていた時にジェイソン様には一度だけ会った事がある。
 老齢の男性で気さくな方であり、魔法に興味を示した私にも見せてくださったのだ、小さく青白く光った指先から少しの爆発を起こす姿を。
 魔法とは繊細であり危険だ、あれ程巧みに魔法を扱っていたジェイソン様が事故とは考えにくい。

「そんな事もあったから、怖くて仕方ないのよ。それに……」

 カラミナ妃は続く言葉を言いよどむ、何か言えない事を隠すように口をつぐんだ。

「カラミナ妃、やはり我々が王宮に入るのは難しいのです。王宮騎士団に頼るべきです」

「そこに断られたから来ているのよ!!」

 断るユリウス様に我慢が効かなかったのか、カラミナ妃は彼の頬を叩こうと平手を上げる。
 激昂した様子で叫び、真っ直ぐに手を下ろした。

 私の身体は自然と動いていた。
 パシリとカラミナ妃の手を受け止めてしまった。
 ふと後ろを見るとユリウス様も驚いた表情を浮かべている。

「な、なによ……貴方!」

「副団長への暴行は部下として見過ごせません」

「っ!! 離しなさいよ」

 ふと彼女の顔を見て気付く、やつれた顔で目の下には大きなクマができている。
 あれだけ艶のあった髪も枝毛が増えており、睡眠不足からか手には力が入っておらず、その身体は震えていた。

 数か月前に私が王宮で会った時とは見違える程に衰弱している。
 彼女は本気で助けを求めている……私はそう直感で感じた。

「ユリウス副団長、申し訳ありません……カラミナ妃の護衛を僕に任せていただけませんか?」

「は!? 何を言ってるのよ!!」

 叫ぶカラミナ妃の手を握って私は答える。

「睡眠不足で身体も弱っています。貴方が本気で騎士団に助けを求めてきたのであれば僕は応えたい。しかし正騎士団は人手不足であり、正規の騎士は外せません。ですが新人騎士である僕なら外れても問題ありません」
 
 顔を近づけてカラミナ妃を見つめる。

「僕では不十分でしょうか?」

「––っ!? わ、分かったわよ。貴方でいいわ」

 答えて目を逸らしたカラミナ妃の頬は赤く染まっていたが、気にせずにユリウス様へと振り返る。

「よろしいでしょうか? ユリウス副団長」

「本来なら止めるべきだけど……君の意志は固そうだね」

 何故か嬉しそうにいつもの笑みを浮かべるユリウス様はカラミナ妃に片膝をついた。

「それでは、正騎士団よりリールがカラミナ妃の護衛騎士として王宮へ行かせていただきます。本日の夜に向かわせますのでカラミナ妃の侍女達へもご説明をお願いします」

「分かったわ……待っているから、頼んだわよ」

 王宮へと戻るカラミナ妃を見送ると私の髪がぐしゃぐしゃと撫でられる。
 顔を上げるとユリウス様がくつくつと笑っていた。

「君には助けられたみたいだね」

「正騎士団は人手不足だと聞いていましたから……新人騎士は帰っても寮で寝るだけですから、気になさらないでください」

「気にするよ、大事な新人騎士が王宮に一人で行くのだからね」

「大事なら、しごきを減らして頂けると嬉しいです」

「善処するよ。今度、お礼もさせてもらうよ」

 お礼なんていらないと断ろうとしたが、笑顔の圧は断る事を許してくれなさそうだ。
 頷くと、ユリウス様は私の手をとった。

「あ……あの……これは」

 いきなりの事に顔が熱くなってしまう、私の手をとるユリウス様の力があまりにも優しかったから。
 朱に染まってしまう私を置いて彼はいつも通りに話しかける。

「念のために君には御守りをあげるよ」

「お、御守りですか?」

 ユリウス様はポケットからペンを取り出すと私の手に印を書き込んだ。
 くすぐったくて身をよじると「動かない」とユリウス様におでこを指ではじかれる。
 書き込まれた印は不思議な模様であり、何故か暖かく感じる。

「魔術印だよ、魔力を込めて書き込むことでその魔力を君も使えるようになる。この印にはとある護身魔法を書き込んだから、何かあれば使うといい」

「護身魔法ですか?」

「あぁとっておきのね。僕が狡猾騎士なんて不名誉な名を付けられた要因だよ」
 
 ユリウス様の怪しい笑み、いつもならしごきに怯える笑みであったけど。
 今は少しだけ頼もしく思えた。


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