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「なぜ負けたのか分かるかい?」
前言撤回、この人は大嫌いだ。
「そ……それ……今聞きます?」
試合の後に全力のランニングを数十本も走らされ、今もプルプル震えながらスクワットする私の肩に手を置いて軽い負荷を与えてながら質問する悪魔に言葉を返す。
ユリウス副団長は微笑み、私の肩に更に負荷を与えた。
「また失礼な事を考えてそうだね。負けた理由は簡単だよ、君は瞬発力こそあるがスタミナが圧倒的にない。連続した仕合じゃなければ君はもう少し善戦できていたかもしれない。といっても実戦では敵は待ってくれないけどね」
きっと疲れてなくても私は負けていただろう、ユリウス副団長の動きは全く見えなかった、
悪魔みたいな性格ではあるがアドバイスは的確だ、私が彼の厳しいしごきに耐えているのは女性だという弱みを握られているのもあるが、このアドバイスが聞けるからでもある。
大嫌いだけどね。
「ユリウス副団長であれば……実戦で危なくなった時はどうするのですか?」
肩に置かれている手の負荷が弱くなるのを狙って質問をしたが、余計に重くなる……。
「守るべき人がいれば戦っているよ。騎士の役目だからね」
「では、守るべき人がいなければ?」
「逃げる、当たり前だろう。騎士道精神で命を落とすなんて馬鹿げてる。最後に立っているのが勝者だ」
「僕はその考えに賛成できません……敵に背を向けるなんて騎士じゃない」
私の返す言葉にユリウス副団長はニコリとしながらも何も言い返してこない。
ヒヤリと背筋が凍った、こんな時は大抵……。
「うぐっ!!」
肩に力をかけられ、私はスクワットを維持できずにへたり込んでしまう。
「立派な思想を持つ前にまずは守られる者でなく、守る者にならないとね?」
「……もちろんです。私はそのために騎士になったのだから」
スッと差し出された手、握るとあっという間に私の身体は引き上げられて抱きかかえられてしまった。
声も出ずに呆気に取られていると耳元で彼が囁く。
「この華奢な身体だと、難しいかもしれないよ?」
背筋がゾクゾクとする謎の感覚に身を引く。
ユリウス様は私が女性だと見抜いていると確信はしている、しかし実際に言及してきた事はない。
私から真実は聞けない、彼が認めた瞬間に騎士から外されてしまう。
だけど時々、胸がびくりとする事を言ってくるので心がもたない。
何を考えているのだろうか。
「さて、スクワットは終了だ」
何事もなく話すユリウス副団長にホッとする。
が……。
「次は腕立てを限界までしようか!」
やっぱりこの人は悪魔だ。
しかし。啞然としながらも文句は言わない。
「わかりました」と嫌な顔をせずに腕立てを開始する。
まぁ辛くはあるが、王宮でアルフレッドを待ち焦がれているだけの日々に比べればやり甲斐もあって楽しさを感じる。
生きていると実感できるのだ。
「君は本当に楽しそうに鍛錬してくれるね? しごきがいがあるよ」
「実際に楽しいですから……ただ空しく過ぎていく日々に比べれば」
「いいことだ」
腕立てが終わると、ようやく解放してくれた。
「また会いにくるよ」とユリウス様は言っていたけど、しばらくは勘弁してもらいたい……。
ぜぇぜぇと息を整えているとガッと肩を組まれてすぐ近くに男性の顔が寄る。
その距離間に思わず顔が熱くなってしまった。
「今日も災難だったな……」
笑いながら肩を組んできたのは先ほどの仕合相手のマルクだ。
私に負けはしたが、彼は十六という史上最年少で騎士になったとんでもない男性だ。
負けん気は強いが勝負が終われば素直な弟のように人懐っこい性格へと変わる、短い赤髪に整った顔、最年少という功績もあって貴族令嬢達が早々に目をつけているらしい。
私に対しても気さくな友達として接してくる、いい奴だ。
少しだけ距離が近いと思うが……男同士であればこれが普通なのだろう。
「しかし、ユリウス副団長に目をつけられているよなリールは」
「勘弁して欲しいですよ」
「気を付けろよ? ユリウス副団長は数年前に婚約者に愛想をつかされるぐらいに性格が悪かったって先輩も言ってたぜ、しかも男色の気もあるって––って痛い痛い!!」
ムッとして私は肩を組んでいたマルクの頬をつねる。
「前も言ったけど僕はそういった噂話は嫌いだ。自分の目で見た事しか信じない」
「わ、分かってる……あくまでも噂だよ、噂……ごめんって」
馬鹿馬鹿しい。
ユリウス副団長の性格が悪いのは認める、というより否定はしない。
でも愛想をつかされるような事はない……と思う。
気の遣い方も上手く線を引いており、愛想が尽きる程に性格が悪い訳じゃない。
男色についてはどうでもいい。
「全く……それよりも怪我していますよ、マルク」
マルクの肘に出来ていたすり傷は真っ赤であり、私は持っていたハンカチを当てる。
「これぐらい、かすり傷だよ」
「駄目ですよ、消毒しておかないと……とりあえずはハンカチを巻いておきますから」
「……あ、あぁ」
妙にマルクの声のトーンが落ちた、顔を上げると少し頬が赤い。
訓練のし過ぎではないかと心配の声をかけたが、彼は否定して自主練習をするからと私を修練場から追い出す。
何かしてしまっただろうか……しかし、今は疲れたから考える前に騎士寮へと戻ろう。
寮へと戻る道中、騒がしい声が聞こえてくる。
「申し訳ないができません。正騎士団も現在は人員不足ですので」
「私が直々にお願いに来ているのよ、従いなさい!!」
好奇心から声の主へと向かうとユリウス副団長と女性が揉めていた。
そして……女性側に私は見覚えがあった。
「妃候補である私の命が危ないかもしれないのよ!? いいから頼みを聞きなさい!!」
カラミナ妃が酷く焦ってユリウス副団長に詰め寄っている。
アルフレッドに最も寵愛されている彼女が命の危機を感じている?
疑問を感じたが、その言葉には噓を感じられなかった。
前言撤回、この人は大嫌いだ。
「そ……それ……今聞きます?」
試合の後に全力のランニングを数十本も走らされ、今もプルプル震えながらスクワットする私の肩に手を置いて軽い負荷を与えてながら質問する悪魔に言葉を返す。
ユリウス副団長は微笑み、私の肩に更に負荷を与えた。
「また失礼な事を考えてそうだね。負けた理由は簡単だよ、君は瞬発力こそあるがスタミナが圧倒的にない。連続した仕合じゃなければ君はもう少し善戦できていたかもしれない。といっても実戦では敵は待ってくれないけどね」
きっと疲れてなくても私は負けていただろう、ユリウス副団長の動きは全く見えなかった、
悪魔みたいな性格ではあるがアドバイスは的確だ、私が彼の厳しいしごきに耐えているのは女性だという弱みを握られているのもあるが、このアドバイスが聞けるからでもある。
大嫌いだけどね。
「ユリウス副団長であれば……実戦で危なくなった時はどうするのですか?」
肩に置かれている手の負荷が弱くなるのを狙って質問をしたが、余計に重くなる……。
「守るべき人がいれば戦っているよ。騎士の役目だからね」
「では、守るべき人がいなければ?」
「逃げる、当たり前だろう。騎士道精神で命を落とすなんて馬鹿げてる。最後に立っているのが勝者だ」
「僕はその考えに賛成できません……敵に背を向けるなんて騎士じゃない」
私の返す言葉にユリウス副団長はニコリとしながらも何も言い返してこない。
ヒヤリと背筋が凍った、こんな時は大抵……。
「うぐっ!!」
肩に力をかけられ、私はスクワットを維持できずにへたり込んでしまう。
「立派な思想を持つ前にまずは守られる者でなく、守る者にならないとね?」
「……もちろんです。私はそのために騎士になったのだから」
スッと差し出された手、握るとあっという間に私の身体は引き上げられて抱きかかえられてしまった。
声も出ずに呆気に取られていると耳元で彼が囁く。
「この華奢な身体だと、難しいかもしれないよ?」
背筋がゾクゾクとする謎の感覚に身を引く。
ユリウス様は私が女性だと見抜いていると確信はしている、しかし実際に言及してきた事はない。
私から真実は聞けない、彼が認めた瞬間に騎士から外されてしまう。
だけど時々、胸がびくりとする事を言ってくるので心がもたない。
何を考えているのだろうか。
「さて、スクワットは終了だ」
何事もなく話すユリウス副団長にホッとする。
が……。
「次は腕立てを限界までしようか!」
やっぱりこの人は悪魔だ。
しかし。啞然としながらも文句は言わない。
「わかりました」と嫌な顔をせずに腕立てを開始する。
まぁ辛くはあるが、王宮でアルフレッドを待ち焦がれているだけの日々に比べればやり甲斐もあって楽しさを感じる。
生きていると実感できるのだ。
「君は本当に楽しそうに鍛錬してくれるね? しごきがいがあるよ」
「実際に楽しいですから……ただ空しく過ぎていく日々に比べれば」
「いいことだ」
腕立てが終わると、ようやく解放してくれた。
「また会いにくるよ」とユリウス様は言っていたけど、しばらくは勘弁してもらいたい……。
ぜぇぜぇと息を整えているとガッと肩を組まれてすぐ近くに男性の顔が寄る。
その距離間に思わず顔が熱くなってしまった。
「今日も災難だったな……」
笑いながら肩を組んできたのは先ほどの仕合相手のマルクだ。
私に負けはしたが、彼は十六という史上最年少で騎士になったとんでもない男性だ。
負けん気は強いが勝負が終われば素直な弟のように人懐っこい性格へと変わる、短い赤髪に整った顔、最年少という功績もあって貴族令嬢達が早々に目をつけているらしい。
私に対しても気さくな友達として接してくる、いい奴だ。
少しだけ距離が近いと思うが……男同士であればこれが普通なのだろう。
「しかし、ユリウス副団長に目をつけられているよなリールは」
「勘弁して欲しいですよ」
「気を付けろよ? ユリウス副団長は数年前に婚約者に愛想をつかされるぐらいに性格が悪かったって先輩も言ってたぜ、しかも男色の気もあるって––って痛い痛い!!」
ムッとして私は肩を組んでいたマルクの頬をつねる。
「前も言ったけど僕はそういった噂話は嫌いだ。自分の目で見た事しか信じない」
「わ、分かってる……あくまでも噂だよ、噂……ごめんって」
馬鹿馬鹿しい。
ユリウス副団長の性格が悪いのは認める、というより否定はしない。
でも愛想をつかされるような事はない……と思う。
気の遣い方も上手く線を引いており、愛想が尽きる程に性格が悪い訳じゃない。
男色についてはどうでもいい。
「全く……それよりも怪我していますよ、マルク」
マルクの肘に出来ていたすり傷は真っ赤であり、私は持っていたハンカチを当てる。
「これぐらい、かすり傷だよ」
「駄目ですよ、消毒しておかないと……とりあえずはハンカチを巻いておきますから」
「……あ、あぁ」
妙にマルクの声のトーンが落ちた、顔を上げると少し頬が赤い。
訓練のし過ぎではないかと心配の声をかけたが、彼は否定して自主練習をするからと私を修練場から追い出す。
何かしてしまっただろうか……しかし、今は疲れたから考える前に騎士寮へと戻ろう。
寮へと戻る道中、騒がしい声が聞こえてくる。
「申し訳ないができません。正騎士団も現在は人員不足ですので」
「私が直々にお願いに来ているのよ、従いなさい!!」
好奇心から声の主へと向かうとユリウス副団長と女性が揉めていた。
そして……女性側に私は見覚えがあった。
「妃候補である私の命が危ないかもしれないのよ!? いいから頼みを聞きなさい!!」
カラミナ妃が酷く焦ってユリウス副団長に詰め寄っている。
アルフレッドに最も寵愛されている彼女が命の危機を感じている?
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