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騎士となるために父が考えてくれた鍛錬は正直に言って地獄だった。
元から体力はないため走り込み、筋力トレーニングを重点的に行っていたのだけど……もう走れないと思ったタイミングで倍走らされたり、もう上がらないとなった腕立て伏せも重りを追加されるスパルタぶり。
とはいえ、父の厳しさは当たり前だ。
騎士となるのは子供の遊びではない、こんな事でへばるような心構えでは目指すことを諦めろということだ。
元騎士団長として現実を知っているからこそ甘やかすのではなく、本気で接してくれるのはとてもありがたく、私も必死に鍛錬に喰らいついた。
毎日が動けなくなるまで身体を動かし、寝台に横になった瞬間には眠ってしまう日々を続ける。
眠る前にアレコレとアルフレッドについて考える時間もなくなったのは精神的にも良かったと思う。
きっと時間が空けば嫌な事ばかり考えてしまっていただろうし、悲観して泣いているぐらいなら忘れる程に身体を動かしている方が良い。
日々の鍛錬こそきつかったが、父から一つだけ褒められた事があった。
それは剣さばきだ。
「剣筋は悪くない。ブレもなく速いな」
「あ、ありがとうございます」
渡されていたのは実剣、重くは感じつつもギリギリ私にも振るうことが出来た。
父から教えて頂く剣技を齧り付くように身体に叩き込み、時間が空けば反復練習を行って忘れぬよう身体に技を染みわたらせる。
そうやって褒められた長所も必死に伸ばした。
◇◇◇
騎士団試験まで残り二週間となり、鍛錬にもある程度は余裕が出てきた事で力がついたと実感する。
慢心する事なく庭で剣を振るう昼下がり、屋敷の玄関から何やら騒々しい音が聞こえだした。
馬車の音………来客だろうか? しかし今日は父が不在なのに一体だれが……。
玄関へと視線を向けると、来客した人物を見て思わず茂みに身体を隠した。
アルフレッドが、複数人の護衛を引き連れてやって来ていたのだ。
私を妃候補から外したはずなのに、一体なんの用で?
出迎えた使用人に申し訳ないと思いつつ、隠れて聞き耳を立てる。
「リルレットはいるか? この俺がやって来たと伝えてほしい」
アルフレッドの言葉は優しくはあった、しかし突然来訪した理由さえ明かさぬのは使用人達に早く連れて来いと圧をかけているようなもの。
その圧に我が家の使用人は怯える事もなく平伏しながらも尋ねる。
「アルフレッド殿下、来訪には感謝をいたしますが事情をご説明していただけないでしょうか?」
「リルレットに会いに来た……それでは不十分か?」
「恐れながら申し上げます。妃候補から外されましたリルレット様に再び会う事は彼女への精神的な負担も考えますとお控え願えればと思います」
「構わない、さっさと連れてこい」
私がどう思うかなんて構わない、サラリと言ったアルフレッドにチクリと胸が刺される。
どうでもいい私になぜ会いに来たの?
「他の妃候補様への無礼ともなります。どうかお控え下されば」
「構わないと言っている。俺がリルレットに会いに来た理由は彼女を側室へと迎えるためだ、父に言われて仕方なくだがな」
仕方なく……側室に迎える。
どれだけ私の気持ちを馬鹿にしているのだろう。
恋心をぐちゃぐちゃにされて、悔しいのに悲しさが勝ってしまう。
「愛もなく側室となっても、リルレット様がお心を傷つけるだけとご理解ください」
使用人達は幼き頃から私の世話をしてくれていた人達であり、傷心している気持ちを理解してアルフレッドに否を突き付けてくれる事は嬉しくもあった。
「リルレットが傷つくなど俺には関係ない。王である父にせめて側室に迎えよと言われて来ただけだ」
私がどれだけ傷ついても貴方は何も思ってくれず、関係ないと一蹴する。
思い焦がれていた貴方にそう言われて、どれだけ心が痛いかも知ってくれない。
修復しかけていた心がジクジクと痛み出して息が荒くなる。
今からアルフレッドに会うなんて絶対に出来ない。
「分かったか? さっさとリルレットに会わせろと言っているのだ!」
強行するアルフレッドに使用人達が慌てており、このままでは危害を加えてしまいそうだ。
私が出ていくしかないと覚悟を決めた瞬間。
「アルフレッド殿下、リルレットには会えませんよ」
声の主は不在のはずだった父であり、流石にアルフレッドも驚きの表情を浮かべていた。
避けていた父と鉢合わせてしまったのだから当然だ。
きっと父はアルフレッドが屋敷にやって来ていると聞いて飛んで帰ってきてくれたのだ。
慌ててアルフレッドは父へと取り繕った笑みを向けた。
「これは……ローゼリア伯ではないか、迷惑をかけてすまない。リルレットに会えないとは一体?」
「行方不明ですから、傷心して御者と共に居なくなってしまったのです」
父の言葉に私は一切の動揺もない。
騎士になると決めた日、女性である私自身の所在をどうするか聞かれた時に答えた事。
リルレット・ローゼリアは妃候補より外れてしまい傷心、行方不明になるにはピッタリの状況だ。
「そ、それではリルレットの居場所は分かっていないのか?」
「ええ、今も捜索中です。王家の方々に責任を感じて欲しくないために報告しておりませんでした」
父が言い終わる前にアルフレッドは半分放心しつつ、ゆっくりと屋敷から離れていく。
「な……なら仕方ないな。リルレットが居ないのであれば……会えないのは仕方ない」
「アルフレッド殿下、お気を付けてお帰りください」
「…………あぁ」
馬車が走り出す音を背中で感じつつ、茂みに隠れていた私は再び空いてしまった心の傷に再び雫を流してしまう。
捨てたくせに、側室に迎えるなんて言われても微塵も嬉しくなんてない。
忘れたいのに忘れられない心が憎く感じる程に辛い。
あっさりと記憶を消す事が出来ればどれだけ楽だろうか。
早く騎士となり、この気持ちを捨てて男として生きていこう。
改めて心に誓い、涙を目に浮かべながら私は剣を握って立ち上がった。
元から体力はないため走り込み、筋力トレーニングを重点的に行っていたのだけど……もう走れないと思ったタイミングで倍走らされたり、もう上がらないとなった腕立て伏せも重りを追加されるスパルタぶり。
とはいえ、父の厳しさは当たり前だ。
騎士となるのは子供の遊びではない、こんな事でへばるような心構えでは目指すことを諦めろということだ。
元騎士団長として現実を知っているからこそ甘やかすのではなく、本気で接してくれるのはとてもありがたく、私も必死に鍛錬に喰らいついた。
毎日が動けなくなるまで身体を動かし、寝台に横になった瞬間には眠ってしまう日々を続ける。
眠る前にアレコレとアルフレッドについて考える時間もなくなったのは精神的にも良かったと思う。
きっと時間が空けば嫌な事ばかり考えてしまっていただろうし、悲観して泣いているぐらいなら忘れる程に身体を動かしている方が良い。
日々の鍛錬こそきつかったが、父から一つだけ褒められた事があった。
それは剣さばきだ。
「剣筋は悪くない。ブレもなく速いな」
「あ、ありがとうございます」
渡されていたのは実剣、重くは感じつつもギリギリ私にも振るうことが出来た。
父から教えて頂く剣技を齧り付くように身体に叩き込み、時間が空けば反復練習を行って忘れぬよう身体に技を染みわたらせる。
そうやって褒められた長所も必死に伸ばした。
◇◇◇
騎士団試験まで残り二週間となり、鍛錬にもある程度は余裕が出てきた事で力がついたと実感する。
慢心する事なく庭で剣を振るう昼下がり、屋敷の玄関から何やら騒々しい音が聞こえだした。
馬車の音………来客だろうか? しかし今日は父が不在なのに一体だれが……。
玄関へと視線を向けると、来客した人物を見て思わず茂みに身体を隠した。
アルフレッドが、複数人の護衛を引き連れてやって来ていたのだ。
私を妃候補から外したはずなのに、一体なんの用で?
出迎えた使用人に申し訳ないと思いつつ、隠れて聞き耳を立てる。
「リルレットはいるか? この俺がやって来たと伝えてほしい」
アルフレッドの言葉は優しくはあった、しかし突然来訪した理由さえ明かさぬのは使用人達に早く連れて来いと圧をかけているようなもの。
その圧に我が家の使用人は怯える事もなく平伏しながらも尋ねる。
「アルフレッド殿下、来訪には感謝をいたしますが事情をご説明していただけないでしょうか?」
「リルレットに会いに来た……それでは不十分か?」
「恐れながら申し上げます。妃候補から外されましたリルレット様に再び会う事は彼女への精神的な負担も考えますとお控え願えればと思います」
「構わない、さっさと連れてこい」
私がどう思うかなんて構わない、サラリと言ったアルフレッドにチクリと胸が刺される。
どうでもいい私になぜ会いに来たの?
「他の妃候補様への無礼ともなります。どうかお控え下されば」
「構わないと言っている。俺がリルレットに会いに来た理由は彼女を側室へと迎えるためだ、父に言われて仕方なくだがな」
仕方なく……側室に迎える。
どれだけ私の気持ちを馬鹿にしているのだろう。
恋心をぐちゃぐちゃにされて、悔しいのに悲しさが勝ってしまう。
「愛もなく側室となっても、リルレット様がお心を傷つけるだけとご理解ください」
使用人達は幼き頃から私の世話をしてくれていた人達であり、傷心している気持ちを理解してアルフレッドに否を突き付けてくれる事は嬉しくもあった。
「リルレットが傷つくなど俺には関係ない。王である父にせめて側室に迎えよと言われて来ただけだ」
私がどれだけ傷ついても貴方は何も思ってくれず、関係ないと一蹴する。
思い焦がれていた貴方にそう言われて、どれだけ心が痛いかも知ってくれない。
修復しかけていた心がジクジクと痛み出して息が荒くなる。
今からアルフレッドに会うなんて絶対に出来ない。
「分かったか? さっさとリルレットに会わせろと言っているのだ!」
強行するアルフレッドに使用人達が慌てており、このままでは危害を加えてしまいそうだ。
私が出ていくしかないと覚悟を決めた瞬間。
「アルフレッド殿下、リルレットには会えませんよ」
声の主は不在のはずだった父であり、流石にアルフレッドも驚きの表情を浮かべていた。
避けていた父と鉢合わせてしまったのだから当然だ。
きっと父はアルフレッドが屋敷にやって来ていると聞いて飛んで帰ってきてくれたのだ。
慌ててアルフレッドは父へと取り繕った笑みを向けた。
「これは……ローゼリア伯ではないか、迷惑をかけてすまない。リルレットに会えないとは一体?」
「行方不明ですから、傷心して御者と共に居なくなってしまったのです」
父の言葉に私は一切の動揺もない。
騎士になると決めた日、女性である私自身の所在をどうするか聞かれた時に答えた事。
リルレット・ローゼリアは妃候補より外れてしまい傷心、行方不明になるにはピッタリの状況だ。
「そ、それではリルレットの居場所は分かっていないのか?」
「ええ、今も捜索中です。王家の方々に責任を感じて欲しくないために報告しておりませんでした」
父が言い終わる前にアルフレッドは半分放心しつつ、ゆっくりと屋敷から離れていく。
「な……なら仕方ないな。リルレットが居ないのであれば……会えないのは仕方ない」
「アルフレッド殿下、お気を付けてお帰りください」
「…………あぁ」
馬車が走り出す音を背中で感じつつ、茂みに隠れていた私は再び空いてしまった心の傷に再び雫を流してしまう。
捨てたくせに、側室に迎えるなんて言われても微塵も嬉しくなんてない。
忘れたいのに忘れられない心が憎く感じる程に辛い。
あっさりと記憶を消す事が出来ればどれだけ楽だろうか。
早く騎士となり、この気持ちを捨てて男として生きていこう。
改めて心に誓い、涙を目に浮かべながら私は剣を握って立ち上がった。
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