5 / 49
4
しおりを挟む
「騎士になりたい? 何を言っているリルレット」
父の当然の問いに視線を合わせて答える。
「突飛な事を言っているのは承知しています。ですが自暴自棄になっている訳はありません。お父様のように人を守れるような騎士になりたいのです」
「そういう問題ではない! そもそもこの国では騎士は男のみしかなれない。女性には危険過ぎると騎士試験すら受けられないのだ」
「知っています。だから私ではなくて、僕として騎士を目指します」
「な? 何を……」
困惑している父を尻目に私は隠し持っていたハサミを取り出し、髪の毛を掴む。
この髪はアルフレッドが綺麗だと褒めてくれたから長く伸ばしていた、だけどもう髪を見てくれる彼はいない。
自分自身の恋心にケジメをつけるためにも、ハサミに力を込めた。
女性の命でもある髪がぱさりと床に落ちていく、同時に女性である私との縁を切る。
腰まで伸びていた髪が耳元にかかるまでとなったが、不思議と気分が良いと感じるのは未練を断ち切ったからだろうか?
「な……リルレット……どうしてそこまで」
「もう空っぽなのは嫌なのです。私にはアルフレッドしかいなかった、秀でた才もなくて何も持っていない。空っぽに生きていくなら、騎士になる夢を男となっても叶えたいのです」
「騎士試験では大勢の騎士がいる。お前が如何に男だと言い張っても直ぐに見破られるぞ」
「やらずに後悔して生きるよりも、失敗してでも試したい! それしか私は生きていく意味を見出せないのです」
父は少し悲しそうな表情を浮かべ、それが私の心をチクリと刺す。
娘が生きる意味がないと言う事が親にとってどれだけ苦しいか、私でも少しは分かる。
それでも父は力強い声で私に尋ねる。
「騎士として生きていく事は、同時にいつ死ぬか分からぬ環境に身を置くことになる。その覚悟が出来ているのか? 誰かを救うため時には自分の命を失う事もあるのだぞ」
厳しい言葉は理想だけの世界ではないと知らしめるため、しかし私もただの空想少女ではなく、相応の危険と覚悟が必要であると理解しているつもりだ。
「覚悟は出来ていま––」
瞬間、父は机の上に置いていたペンを持って全力で振りかぶった。
ペン先は私の瞳にあと僅かで届くかという距離で止まる。
その行動には猛烈な殺意がこもっており、冷や汗が止まらず、身体が震えてへたり込みそうになってしまう。
だが、すんでの所で自分自身を奮い立たせて足に力を込めて立ち続ける。
「…………」言葉が出ない。
そんな私を父は値踏みするように見つめる。
「本気で殺意を向けた。悲鳴をあげたり、腰が抜かすればお前の夢など何を言われても止める気でいたが……」
「はぁ……」とため息と共に父は椅子に座って頬を緩める。
「父が思う以上に……覚悟は持っているようだな」
「ごめんなさい。迷惑をかけてばかりで」
「……馬鹿者、それを受け止めてやるのも親の努めだ。騎士となるのを認めはしない。しかし親として娘の夢には協力してやるだけだ」
「それでは……っ!」
顔を上げた私に向かい、渋々と父は頷いた。
「正騎士団の試験までは残り三ヶ月ある。それまでは剣の稽古や体力作りに手を貸してやろう」
「––っありがとう! お父様!」
「しかし……試験に行ったとしてもお前が合格する見込みは無いに等しい。今期の試験担当はユリウス副団長が努めているからな」
ユリウス・フロスティア副団長とは話には聞いた事があった。
フロスティア伯爵家の次男でありながら、騎士になった変わり者だと。
美麗な顔立ちに金になびく髪、とても力を振るう男性には見えない出で立ちながら副団長を努めている。
魔法も扱う事ができ、それによる騙し討ちや不意打ち、勝つためにはどのような手段を使う戦い方から「狡猾騎士」と汚名を付けられているとも聞いた。
「王宮にいたなら名前ぐらいは知っているだろう、奴は絶対にお前が女性だと気付く」
「や、やってみるまで分かりません」
「言っておくがな……髪を切った所で男性には見えんぞ」
「なっ…胸にはサラシを巻きます。声は声変わりがなかったと理由をつけて……」
「はは……まぁやるだけやってみろ。思えば騎士団にお前のように華奢な奴もいたし、案外試験まではいけるかもしれんな」
瞳を薄く細めて笑う父は少しだけ楽しそうでもあった。
思えばこうして腹を割って話す事が出来るのは初めてかもしれない。
私は無言の父が少し怖く、父も一人娘にどう接すればいいのか分からなかっただろう。
私が騎士になると打ち明けた事で父も気持ちが和やかになったように感じた。
思わぬ副産物に嬉しく感じていると、「そういえば」と父が呟いた。
「お前が騎士になるのは構わないが……リルレットはどうするのだ?」
リルレットと表現したのは私が男として生きていくためだろう、女性である私自身の所在をどうすべきか……当然の問いに考えていた答えを返す。
「お父様……私は––––––––にして欲しいのです」
「……本気で言っているのか?」
「はい、お願いします」
私の答えに、父は少しだけ迷いながらも「分かった」と微笑んで頷いてくれた。
父の当然の問いに視線を合わせて答える。
「突飛な事を言っているのは承知しています。ですが自暴自棄になっている訳はありません。お父様のように人を守れるような騎士になりたいのです」
「そういう問題ではない! そもそもこの国では騎士は男のみしかなれない。女性には危険過ぎると騎士試験すら受けられないのだ」
「知っています。だから私ではなくて、僕として騎士を目指します」
「な? 何を……」
困惑している父を尻目に私は隠し持っていたハサミを取り出し、髪の毛を掴む。
この髪はアルフレッドが綺麗だと褒めてくれたから長く伸ばしていた、だけどもう髪を見てくれる彼はいない。
自分自身の恋心にケジメをつけるためにも、ハサミに力を込めた。
女性の命でもある髪がぱさりと床に落ちていく、同時に女性である私との縁を切る。
腰まで伸びていた髪が耳元にかかるまでとなったが、不思議と気分が良いと感じるのは未練を断ち切ったからだろうか?
「な……リルレット……どうしてそこまで」
「もう空っぽなのは嫌なのです。私にはアルフレッドしかいなかった、秀でた才もなくて何も持っていない。空っぽに生きていくなら、騎士になる夢を男となっても叶えたいのです」
「騎士試験では大勢の騎士がいる。お前が如何に男だと言い張っても直ぐに見破られるぞ」
「やらずに後悔して生きるよりも、失敗してでも試したい! それしか私は生きていく意味を見出せないのです」
父は少し悲しそうな表情を浮かべ、それが私の心をチクリと刺す。
娘が生きる意味がないと言う事が親にとってどれだけ苦しいか、私でも少しは分かる。
それでも父は力強い声で私に尋ねる。
「騎士として生きていく事は、同時にいつ死ぬか分からぬ環境に身を置くことになる。その覚悟が出来ているのか? 誰かを救うため時には自分の命を失う事もあるのだぞ」
厳しい言葉は理想だけの世界ではないと知らしめるため、しかし私もただの空想少女ではなく、相応の危険と覚悟が必要であると理解しているつもりだ。
「覚悟は出来ていま––」
瞬間、父は机の上に置いていたペンを持って全力で振りかぶった。
ペン先は私の瞳にあと僅かで届くかという距離で止まる。
その行動には猛烈な殺意がこもっており、冷や汗が止まらず、身体が震えてへたり込みそうになってしまう。
だが、すんでの所で自分自身を奮い立たせて足に力を込めて立ち続ける。
「…………」言葉が出ない。
そんな私を父は値踏みするように見つめる。
「本気で殺意を向けた。悲鳴をあげたり、腰が抜かすればお前の夢など何を言われても止める気でいたが……」
「はぁ……」とため息と共に父は椅子に座って頬を緩める。
「父が思う以上に……覚悟は持っているようだな」
「ごめんなさい。迷惑をかけてばかりで」
「……馬鹿者、それを受け止めてやるのも親の努めだ。騎士となるのを認めはしない。しかし親として娘の夢には協力してやるだけだ」
「それでは……っ!」
顔を上げた私に向かい、渋々と父は頷いた。
「正騎士団の試験までは残り三ヶ月ある。それまでは剣の稽古や体力作りに手を貸してやろう」
「––っありがとう! お父様!」
「しかし……試験に行ったとしてもお前が合格する見込みは無いに等しい。今期の試験担当はユリウス副団長が努めているからな」
ユリウス・フロスティア副団長とは話には聞いた事があった。
フロスティア伯爵家の次男でありながら、騎士になった変わり者だと。
美麗な顔立ちに金になびく髪、とても力を振るう男性には見えない出で立ちながら副団長を努めている。
魔法も扱う事ができ、それによる騙し討ちや不意打ち、勝つためにはどのような手段を使う戦い方から「狡猾騎士」と汚名を付けられているとも聞いた。
「王宮にいたなら名前ぐらいは知っているだろう、奴は絶対にお前が女性だと気付く」
「や、やってみるまで分かりません」
「言っておくがな……髪を切った所で男性には見えんぞ」
「なっ…胸にはサラシを巻きます。声は声変わりがなかったと理由をつけて……」
「はは……まぁやるだけやってみろ。思えば騎士団にお前のように華奢な奴もいたし、案外試験まではいけるかもしれんな」
瞳を薄く細めて笑う父は少しだけ楽しそうでもあった。
思えばこうして腹を割って話す事が出来るのは初めてかもしれない。
私は無言の父が少し怖く、父も一人娘にどう接すればいいのか分からなかっただろう。
私が騎士になると打ち明けた事で父も気持ちが和やかになったように感じた。
思わぬ副産物に嬉しく感じていると、「そういえば」と父が呟いた。
「お前が騎士になるのは構わないが……リルレットはどうするのだ?」
リルレットと表現したのは私が男として生きていくためだろう、女性である私自身の所在をどうすべきか……当然の問いに考えていた答えを返す。
「お父様……私は––––––––にして欲しいのです」
「……本気で言っているのか?」
「はい、お願いします」
私の答えに、父は少しだけ迷いながらも「分かった」と微笑んで頷いてくれた。
337
お気に入りに追加
2,959
あなたにおすすめの小説
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる