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「騎士になりたい? 何を言っているリルレット」
父の当然の問いに視線を合わせて答える。
「突飛な事を言っているのは承知しています。ですが自暴自棄になっている訳はありません。お父様のように人を守れるような騎士になりたいのです」
「そういう問題ではない! そもそもこの国では騎士は男のみしかなれない。女性には危険過ぎると騎士試験すら受けられないのだ」
「知っています。だから私ではなくて、僕として騎士を目指します」
「な? 何を……」
困惑している父を尻目に私は隠し持っていたハサミを取り出し、髪の毛を掴む。
この髪はアルフレッドが綺麗だと褒めてくれたから長く伸ばしていた、だけどもう髪を見てくれる彼はいない。
自分自身の恋心にケジメをつけるためにも、ハサミに力を込めた。
女性の命でもある髪がぱさりと床に落ちていく、同時に女性である私との縁を切る。
腰まで伸びていた髪が耳元にかかるまでとなったが、不思議と気分が良いと感じるのは未練を断ち切ったからだろうか?
「な……リルレット……どうしてそこまで」
「もう空っぽなのは嫌なのです。私にはアルフレッドしかいなかった、秀でた才もなくて何も持っていない。空っぽに生きていくなら、騎士になる夢を男となっても叶えたいのです」
「騎士試験では大勢の騎士がいる。お前が如何に男だと言い張っても直ぐに見破られるぞ」
「やらずに後悔して生きるよりも、失敗してでも試したい! それしか私は生きていく意味を見出せないのです」
父は少し悲しそうな表情を浮かべ、それが私の心をチクリと刺す。
娘が生きる意味がないと言う事が親にとってどれだけ苦しいか、私でも少しは分かる。
それでも父は力強い声で私に尋ねる。
「騎士として生きていく事は、同時にいつ死ぬか分からぬ環境に身を置くことになる。その覚悟が出来ているのか? 誰かを救うため時には自分の命を失う事もあるのだぞ」
厳しい言葉は理想だけの世界ではないと知らしめるため、しかし私もただの空想少女ではなく、相応の危険と覚悟が必要であると理解しているつもりだ。
「覚悟は出来ていま––」
瞬間、父は机の上に置いていたペンを持って全力で振りかぶった。
ペン先は私の瞳にあと僅かで届くかという距離で止まる。
その行動には猛烈な殺意がこもっており、冷や汗が止まらず、身体が震えてへたり込みそうになってしまう。
だが、すんでの所で自分自身を奮い立たせて足に力を込めて立ち続ける。
「…………」言葉が出ない。
そんな私を父は値踏みするように見つめる。
「本気で殺意を向けた。悲鳴をあげたり、腰が抜かすればお前の夢など何を言われても止める気でいたが……」
「はぁ……」とため息と共に父は椅子に座って頬を緩める。
「父が思う以上に……覚悟は持っているようだな」
「ごめんなさい。迷惑をかけてばかりで」
「……馬鹿者、それを受け止めてやるのも親の努めだ。騎士となるのを認めはしない。しかし親として娘の夢には協力してやるだけだ」
「それでは……っ!」
顔を上げた私に向かい、渋々と父は頷いた。
「正騎士団の試験までは残り三ヶ月ある。それまでは剣の稽古や体力作りに手を貸してやろう」
「––っありがとう! お父様!」
「しかし……試験に行ったとしてもお前が合格する見込みは無いに等しい。今期の試験担当はユリウス副団長が努めているからな」
ユリウス・フロスティア副団長とは話には聞いた事があった。
フロスティア伯爵家の次男でありながら、騎士になった変わり者だと。
美麗な顔立ちに金になびく髪、とても力を振るう男性には見えない出で立ちながら副団長を努めている。
魔法も扱う事ができ、それによる騙し討ちや不意打ち、勝つためにはどのような手段を使う戦い方から「狡猾騎士」と汚名を付けられているとも聞いた。
「王宮にいたなら名前ぐらいは知っているだろう、奴は絶対にお前が女性だと気付く」
「や、やってみるまで分かりません」
「言っておくがな……髪を切った所で男性には見えんぞ」
「なっ…胸にはサラシを巻きます。声は声変わりがなかったと理由をつけて……」
「はは……まぁやるだけやってみろ。思えば騎士団にお前のように華奢な奴もいたし、案外試験まではいけるかもしれんな」
瞳を薄く細めて笑う父は少しだけ楽しそうでもあった。
思えばこうして腹を割って話す事が出来るのは初めてかもしれない。
私は無言の父が少し怖く、父も一人娘にどう接すればいいのか分からなかっただろう。
私が騎士になると打ち明けた事で父も気持ちが和やかになったように感じた。
思わぬ副産物に嬉しく感じていると、「そういえば」と父が呟いた。
「お前が騎士になるのは構わないが……リルレットはどうするのだ?」
リルレットと表現したのは私が男として生きていくためだろう、女性である私自身の所在をどうすべきか……当然の問いに考えていた答えを返す。
「お父様……私は––––––––にして欲しいのです」
「……本気で言っているのか?」
「はい、お願いします」
私の答えに、父は少しだけ迷いながらも「分かった」と微笑んで頷いてくれた。
父の当然の問いに視線を合わせて答える。
「突飛な事を言っているのは承知しています。ですが自暴自棄になっている訳はありません。お父様のように人を守れるような騎士になりたいのです」
「そういう問題ではない! そもそもこの国では騎士は男のみしかなれない。女性には危険過ぎると騎士試験すら受けられないのだ」
「知っています。だから私ではなくて、僕として騎士を目指します」
「な? 何を……」
困惑している父を尻目に私は隠し持っていたハサミを取り出し、髪の毛を掴む。
この髪はアルフレッドが綺麗だと褒めてくれたから長く伸ばしていた、だけどもう髪を見てくれる彼はいない。
自分自身の恋心にケジメをつけるためにも、ハサミに力を込めた。
女性の命でもある髪がぱさりと床に落ちていく、同時に女性である私との縁を切る。
腰まで伸びていた髪が耳元にかかるまでとなったが、不思議と気分が良いと感じるのは未練を断ち切ったからだろうか?
「な……リルレット……どうしてそこまで」
「もう空っぽなのは嫌なのです。私にはアルフレッドしかいなかった、秀でた才もなくて何も持っていない。空っぽに生きていくなら、騎士になる夢を男となっても叶えたいのです」
「騎士試験では大勢の騎士がいる。お前が如何に男だと言い張っても直ぐに見破られるぞ」
「やらずに後悔して生きるよりも、失敗してでも試したい! それしか私は生きていく意味を見出せないのです」
父は少し悲しそうな表情を浮かべ、それが私の心をチクリと刺す。
娘が生きる意味がないと言う事が親にとってどれだけ苦しいか、私でも少しは分かる。
それでも父は力強い声で私に尋ねる。
「騎士として生きていく事は、同時にいつ死ぬか分からぬ環境に身を置くことになる。その覚悟が出来ているのか? 誰かを救うため時には自分の命を失う事もあるのだぞ」
厳しい言葉は理想だけの世界ではないと知らしめるため、しかし私もただの空想少女ではなく、相応の危険と覚悟が必要であると理解しているつもりだ。
「覚悟は出来ていま––」
瞬間、父は机の上に置いていたペンを持って全力で振りかぶった。
ペン先は私の瞳にあと僅かで届くかという距離で止まる。
その行動には猛烈な殺意がこもっており、冷や汗が止まらず、身体が震えてへたり込みそうになってしまう。
だが、すんでの所で自分自身を奮い立たせて足に力を込めて立ち続ける。
「…………」言葉が出ない。
そんな私を父は値踏みするように見つめる。
「本気で殺意を向けた。悲鳴をあげたり、腰が抜かすればお前の夢など何を言われても止める気でいたが……」
「はぁ……」とため息と共に父は椅子に座って頬を緩める。
「父が思う以上に……覚悟は持っているようだな」
「ごめんなさい。迷惑をかけてばかりで」
「……馬鹿者、それを受け止めてやるのも親の努めだ。騎士となるのを認めはしない。しかし親として娘の夢には協力してやるだけだ」
「それでは……っ!」
顔を上げた私に向かい、渋々と父は頷いた。
「正騎士団の試験までは残り三ヶ月ある。それまでは剣の稽古や体力作りに手を貸してやろう」
「––っありがとう! お父様!」
「しかし……試験に行ったとしてもお前が合格する見込みは無いに等しい。今期の試験担当はユリウス副団長が努めているからな」
ユリウス・フロスティア副団長とは話には聞いた事があった。
フロスティア伯爵家の次男でありながら、騎士になった変わり者だと。
美麗な顔立ちに金になびく髪、とても力を振るう男性には見えない出で立ちながら副団長を努めている。
魔法も扱う事ができ、それによる騙し討ちや不意打ち、勝つためにはどのような手段を使う戦い方から「狡猾騎士」と汚名を付けられているとも聞いた。
「王宮にいたなら名前ぐらいは知っているだろう、奴は絶対にお前が女性だと気付く」
「や、やってみるまで分かりません」
「言っておくがな……髪を切った所で男性には見えんぞ」
「なっ…胸にはサラシを巻きます。声は声変わりがなかったと理由をつけて……」
「はは……まぁやるだけやってみろ。思えば騎士団にお前のように華奢な奴もいたし、案外試験まではいけるかもしれんな」
瞳を薄く細めて笑う父は少しだけ楽しそうでもあった。
思えばこうして腹を割って話す事が出来るのは初めてかもしれない。
私は無言の父が少し怖く、父も一人娘にどう接すればいいのか分からなかっただろう。
私が騎士になると打ち明けた事で父も気持ちが和やかになったように感じた。
思わぬ副産物に嬉しく感じていると、「そういえば」と父が呟いた。
「お前が騎士になるのは構わないが……リルレットはどうするのだ?」
リルレットと表現したのは私が男として生きていくためだろう、女性である私自身の所在をどうすべきか……当然の問いに考えていた答えを返す。
「お父様……私は––––––––にして欲しいのです」
「……本気で言っているのか?」
「はい、お願いします」
私の答えに、父は少しだけ迷いながらも「分かった」と微笑んで頷いてくれた。
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