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不幸とは、いつも突然に私の心情にはお構いなくやって来るものだ。
「お考えを改めてください! アルフレッド殿下! まだ選定期間も終えていないのに……」
「これは俺が決めた事なのだから、口出しは無用だ」
部屋の外、言い合う声に耳を傾ける。
一人はよく知っている声だ。
アルフレッド・ラインハルト、この国の王位継承者であり、私は彼の複数人いる妃候補の一人。
この部屋も王宮で与えられた一室であり、最初こそ慣れなかったが流石に妃候補として住み始めて五年となれば私の居場所となっている。
とはいえ、いつでも出られるように荷物をまとめておく癖を身につけていたのは正解だったかもしれない。
外から聞こえる声から、内容は嫌でも想像できるのだから。
「これ以上の問答は不要だ。貴殿は大臣としての職務を全うせよ」
「しかし……リルレット様の父上であるローゼリア伯になんと説明をすれば……」
聞こえる大臣の声も私の心配ではなく、父に対しての言い訳を求めているだけなのだろう。
アルフレッドは舌打ちし、「適当に考えておけ」と大臣の希望も虚しく丸投げする。
「リルレット、入らせてもらう」
「どうぞ、お入りくだ––」
返事も聞かずに女性の部屋に入ってくる彼に思わずため息がこぼれる。
最初に会った時の彼はこんな人ではなかった。
社交会では遠目からでも分かるライトブルーの髪がキラキラと艶めき、ゆるやかで美しい青色の瞳は令嬢達の羨望の的となっていた。
そんな彼が、私を見て言ってくれた言葉を今でも覚えている。
「綺麗なアイスシルバーの髪色だね、僕と同じ青色が含まれていて」
私の髪を一房持ち上げて微笑む彼に胸がときめいた。
私はシルバーの混ざる髪が嫌いであった。
この国ではあまり良くない色であり、毛嫌いされ陰口を言われる内に心は疲弊していく日々。
幼くして亡くなったお母様と同じ髪色だと子供らしく喜んでいた感情も、歳を重ねるにつれて周囲の反応に染まってしまう。
その髪色を褒めてくれた彼のおかげで周囲の反応は手の平を返すように変わり、私も自分自身の髪色を好きになれた。
時が過ぎ、彼の妃候補になれた時は胸が躍った。
私が伯爵家の令嬢だから選ばれたのだとしても、彼に少しでも恋心が届いて欲しいと奮闘した。
妃候補として叩き込まれる教育を必死に学び、彼の好きなものは何かと使用人に聞いて回ったりもしていたな。
今にして思えば呆れてしまう程に私は熱を上げており、必死だった。
頑張りが実ったのか、最初はぎこちなかった会話も少しずつ打ち解けて他の妃候補との兼ね合いで数日毎にしか運んでくれなかった足も毎日通うようになってくれたのだ。
次期妃候補として最も有力だと侍女からも囁かれる日々が続いていたある日。
意を決して私が彼を想うキッカケを覚えているか聞いてみた。
「覚えていますか? 私の髪を社交会で褒めてくださったのを」
「すまない……覚えてない」
申し訳なさそうに手を合わせた彼の言葉にしょげながらも、続く言葉は私の気持ちを再び燃やした。
「だが考えは変わっていない。君の髪はとても綺麗だ。過去に言ったのは忘れてしまったけど、これからは毎日君に言いに来る」
その言葉が嬉しくて、思わず貴方を抱きしめてしまった失礼な私を笑って許してくれるのも好きだった。
会いに来てくれる度に好きが増えて、会えない時間は一秒でも早く会いたいと願った。
初めて抱いた恋心は何もかもが新鮮で、ドキドキとする時間はとても心地よい。
そうして、私とアルフレッドは他の妃候補達と比べて特別に仲が良かったために婚前に初夜を行う事になった。
確実に子を成せるように正妃となる前に身体の相性を確かめるのがこの国の通例。
初夜で貴方を待つ時間、恥ずかしくて堪らないのに鼓動はドクドクと激しく脈打ち、期待と緊張で気を揉んだ。
早く来てほしい、愛を伝え合いたいと心の底から思っていたのに。
……。
貴方はあの夜に来ることはなく、私はただ一人で待ち続け……。
その夜、私はただひたすらに泣き続けた。
何が悪かったのか、理由も分からずに自己嫌悪から彼が来ない夜を過ごした。
あの初夜から……貴方は私に会いに来る事が無くなり、会えば小さく悪態を吐くようになった。
たまに出会っては悪意の言葉を聞くたび、吐き気が止まらない夜を過ごし、声を押し殺して夜を明かす。
いつしか、貴方と会うのが怖くて私は部屋から出なくなった。
恋に抱いていた甘い幻想が、現実の私を苦しめてきたのだ。
数年間、王宮の一室で孤独の日々を過ごしている内にいつしか侍女達の間で捨てられた女と烙印を押されてしまった。
そして、久々にこの部屋にやって来た彼が何を言うのかは想像に容易かった。
「リルレット・ローゼリア、分かっていると思うが、お前を妃候補から外す事に決めた」
私の心を癒してくれた声が、今では聞くだけで胸がズキズキと痛む。
手先が震えて怖くて顔が上げられない。
「妃候補として王宮に居座られるのも迷惑だ。民からの血税を無駄にする訳にはいかない……だから」
ねぇ……アルフレッド。
あの初夜の日から変わった貴方に聞きたいの。
「出て行ってくれ。王宮に君が住む必要はなくなった」
私の何が悪かったの?
疑問は喉につっかえて出てこない。
何を言っても無駄な程に私は嫌われているのだから。
「分かりました」と答えた瞬間に。
頬から雫がゆっくりと流れ落ちていき、私の恋心は終わりを告げた。
「お考えを改めてください! アルフレッド殿下! まだ選定期間も終えていないのに……」
「これは俺が決めた事なのだから、口出しは無用だ」
部屋の外、言い合う声に耳を傾ける。
一人はよく知っている声だ。
アルフレッド・ラインハルト、この国の王位継承者であり、私は彼の複数人いる妃候補の一人。
この部屋も王宮で与えられた一室であり、最初こそ慣れなかったが流石に妃候補として住み始めて五年となれば私の居場所となっている。
とはいえ、いつでも出られるように荷物をまとめておく癖を身につけていたのは正解だったかもしれない。
外から聞こえる声から、内容は嫌でも想像できるのだから。
「これ以上の問答は不要だ。貴殿は大臣としての職務を全うせよ」
「しかし……リルレット様の父上であるローゼリア伯になんと説明をすれば……」
聞こえる大臣の声も私の心配ではなく、父に対しての言い訳を求めているだけなのだろう。
アルフレッドは舌打ちし、「適当に考えておけ」と大臣の希望も虚しく丸投げする。
「リルレット、入らせてもらう」
「どうぞ、お入りくだ––」
返事も聞かずに女性の部屋に入ってくる彼に思わずため息がこぼれる。
最初に会った時の彼はこんな人ではなかった。
社交会では遠目からでも分かるライトブルーの髪がキラキラと艶めき、ゆるやかで美しい青色の瞳は令嬢達の羨望の的となっていた。
そんな彼が、私を見て言ってくれた言葉を今でも覚えている。
「綺麗なアイスシルバーの髪色だね、僕と同じ青色が含まれていて」
私の髪を一房持ち上げて微笑む彼に胸がときめいた。
私はシルバーの混ざる髪が嫌いであった。
この国ではあまり良くない色であり、毛嫌いされ陰口を言われる内に心は疲弊していく日々。
幼くして亡くなったお母様と同じ髪色だと子供らしく喜んでいた感情も、歳を重ねるにつれて周囲の反応に染まってしまう。
その髪色を褒めてくれた彼のおかげで周囲の反応は手の平を返すように変わり、私も自分自身の髪色を好きになれた。
時が過ぎ、彼の妃候補になれた時は胸が躍った。
私が伯爵家の令嬢だから選ばれたのだとしても、彼に少しでも恋心が届いて欲しいと奮闘した。
妃候補として叩き込まれる教育を必死に学び、彼の好きなものは何かと使用人に聞いて回ったりもしていたな。
今にして思えば呆れてしまう程に私は熱を上げており、必死だった。
頑張りが実ったのか、最初はぎこちなかった会話も少しずつ打ち解けて他の妃候補との兼ね合いで数日毎にしか運んでくれなかった足も毎日通うようになってくれたのだ。
次期妃候補として最も有力だと侍女からも囁かれる日々が続いていたある日。
意を決して私が彼を想うキッカケを覚えているか聞いてみた。
「覚えていますか? 私の髪を社交会で褒めてくださったのを」
「すまない……覚えてない」
申し訳なさそうに手を合わせた彼の言葉にしょげながらも、続く言葉は私の気持ちを再び燃やした。
「だが考えは変わっていない。君の髪はとても綺麗だ。過去に言ったのは忘れてしまったけど、これからは毎日君に言いに来る」
その言葉が嬉しくて、思わず貴方を抱きしめてしまった失礼な私を笑って許してくれるのも好きだった。
会いに来てくれる度に好きが増えて、会えない時間は一秒でも早く会いたいと願った。
初めて抱いた恋心は何もかもが新鮮で、ドキドキとする時間はとても心地よい。
そうして、私とアルフレッドは他の妃候補達と比べて特別に仲が良かったために婚前に初夜を行う事になった。
確実に子を成せるように正妃となる前に身体の相性を確かめるのがこの国の通例。
初夜で貴方を待つ時間、恥ずかしくて堪らないのに鼓動はドクドクと激しく脈打ち、期待と緊張で気を揉んだ。
早く来てほしい、愛を伝え合いたいと心の底から思っていたのに。
……。
貴方はあの夜に来ることはなく、私はただ一人で待ち続け……。
その夜、私はただひたすらに泣き続けた。
何が悪かったのか、理由も分からずに自己嫌悪から彼が来ない夜を過ごした。
あの初夜から……貴方は私に会いに来る事が無くなり、会えば小さく悪態を吐くようになった。
たまに出会っては悪意の言葉を聞くたび、吐き気が止まらない夜を過ごし、声を押し殺して夜を明かす。
いつしか、貴方と会うのが怖くて私は部屋から出なくなった。
恋に抱いていた甘い幻想が、現実の私を苦しめてきたのだ。
数年間、王宮の一室で孤独の日々を過ごしている内にいつしか侍女達の間で捨てられた女と烙印を押されてしまった。
そして、久々にこの部屋にやって来た彼が何を言うのかは想像に容易かった。
「リルレット・ローゼリア、分かっていると思うが、お前を妃候補から外す事に決めた」
私の心を癒してくれた声が、今では聞くだけで胸がズキズキと痛む。
手先が震えて怖くて顔が上げられない。
「妃候補として王宮に居座られるのも迷惑だ。民からの血税を無駄にする訳にはいかない……だから」
ねぇ……アルフレッド。
あの初夜の日から変わった貴方に聞きたいの。
「出て行ってくれ。王宮に君が住む必要はなくなった」
私の何が悪かったの?
疑問は喉につっかえて出てこない。
何を言っても無駄な程に私は嫌われているのだから。
「分かりました」と答えた瞬間に。
頬から雫がゆっくりと流れ落ちていき、私の恋心は終わりを告げた。
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