上 下
105 / 105
三章

114話 進む二人④

しおりを挟む
「おかさま、こっちきて」

 私––カーティアは、今日もアイゼン帝国の庭園にて子供達と過ごす。
 娘のリルレット、長男のテアはコッコちゃんと走り回っている。
 そして、まだ三歳程の次男のイヴァが私を呼んでいた。

「どうしたの、イヴァ」

「これね、あげゆ」

 イヴァが小さな手をこちらへ伸ばすと、綺麗なタンポポを渡してくれたのだ。
 プレゼントなのだろう、なんて可愛いのだろうか。
 子供達の一挙手一投足全てに愛しさを感じて、イヴァを抱きしめる。

「ありがとう、イヴァ」

「えへへ、おかさまのぎゅう。イヴァ、すき」


 可愛いらしい子供達との日々、いつもの平穏を過ごしていた時。
 ふと、庭園内の草を踏み分ける音が聞こえ出す。

 
「カーティア様、少しよろしいでしょうか」

 かけられた声に視線を上げる。
 そこには、今日は休暇を取っていたはずの護衛騎士のグレインが、リーシアさんを連れて私の元までやって来ていた。
 いったい、どうしたというのだろうか。

「二人とも休暇で出かけると聞いていたけれど、どうして私の所に?」

「じ、実はカーティア様にはご報告を……以前にお聞きしていたケーキ店にふ、二人で向かおうと思っております」

「……」

 そういえば、以前にグレインがリーシアさんと二人で何処に行こうか聞いてきていたな。
 わざわざ向かう事を報告なんて、律儀な二人に少し笑ってしまう。
 とはいえ、二人の雰囲気は私から見てもいい感じだ。

 グレインが手を引いているリーシアさんの手は、指が僅かに絡んでおり……
 リーシアさんも向けられた気持ちに気付いているのか、面映ゆそうに頬を赤らめている。

「羨ましいわね、この初々しさ」

「え、カーティア様……何を言って」

「いえいえ、何でもないわ。報告してくれてありがとう、こちらは気にせずに二人で楽しんでちょうだい」

 もう互いに気持ちに気付いていそうなのに、あと一歩足りないといった様子。
 こんなに見ていていじらしい二人は居ないし、邪魔もする訳にはいかないだろう。
 当たり前だが、デートを止めるなんて野暮はせずに送り出す。

「上手くいくといいわね。二人とも……」

 二人が帰ってきたら、また話を聞かせてくれるだろうか。
 今から、それが楽しみだ。
 そう考えながら、グレイン達が去った後はまた子供達を見ていると……

「あ、あれ…………なに?」

 帝国城内へと視線を向けると、ジェラルド様が急しそうに歩いているのが見えた。
 特に気になったのは、彼の袖に真っ赤な血が付着していた事だ。

「リル、テア……少しイヴァを見ていてくれる?」
 

「わかったよお母様」
「イヴァ、一緒にあそぼ~」

「うん、イヴァあそぶ!」

 リルレットとテアに、イヴァを任せてジェラルド様の後を追う。
 グレイン達の初々しさと、ほんわかした雰囲気に似つかわしくないジェラルド様の様子が気になったからだ。

 彼が手に血を付けながら向かったのは地下室。
 隠れて着いて行った先の光景に、思わず声が出てしまった。

「な、なにをしているのですか……」

「カ、カーティア様!?」

 隠れているのも忘れて声が出てしまったのは無理もない。
 なにせ、そこには数十人もの素行の悪そうな男達がシルウィオの前に居たからだ。
 それも全員がかなりボコボコにやられている!?

「カティ、どうしてここに?」

「シルウィオ、これは一体どういうこと?」

 事情を詳しく聞けば、以前にシルウィオが捕らえた賊達。
 実はあれには裏を引く人物がおり、胴元が手も汚さずに邪な考えを持つ人間を操って犯罪を起こさせていたらしい。

 組織だった犯罪、さらには胴元まで簡単に身元が特定できぬ巧妙さ……
 確かに事情を聞けば早急に対処せねば、アイゼン帝国が裏から蝕まれてしまう組織に思えた。
 とはいえ……

「あの日、賊を捕らえてからまだ二日も経っていないのに、もうこんなに……」

「捕らえていった順にジェラルドが胴元まで繋がる者を聞き出し、俺が捕らえていった。おかげで胴元まであと少しで届く」

 ジェラルド様はそんな荒行をこなしながら、執務を滞りなく行っていたらしい。
 私はその執務から帰ってきた道中を発見したようだ。

「それで、どこまで分かったのですか?」

「今日、––––という場所にて組織の胴元主導で、賊共が商家に強盗を行う事が分かった」

「きょ、今日ですか!?」

 なんて事だ、今聞いた場所はグレインとリーシアさんが向かうケーキ店の近くだ。
 あの二人の行き先でそんな事が起これば、デートなんて台無しになってしまう。

「その強盗には、胴元の現在の居場所を知る者がいる。ここで確実に捕らえる」

「シルウィオ、聞いてください。そこにはグレイン達が向かっています」

「……」

 シルウィオが強盗を止めに行くのは不安は無い、むしろ賊達がご愁傷様というぐらいだ。
 でも、あんなに雰囲気の良かった二人の前に、血まみれのシルウィオなんかが出てきたら……
 駄目だ、絶対にグレインが仕事モードになってしまう!
 デートが台無しだ。

 でもでも、グレイン達に見つからずに強盗を止めてほしい、そんな無茶は絶対に言えない。
 その考えにいきついて焦る私だったが、シルウィオは少し微笑んで私の髪を撫でた。

「大丈夫だ。言いたい事は分かってる。だから今回、俺は強盗を止めに行かない」

「え?」

「俺では、見つからずに賊を処理するのは無理だ」

「なら、誰がやるのですか?」

「適任者がいる」

 シルウィオが視線を向けたのは、ジェラルド様だった。
 そしてその彼は、珍しく細身の剣を腰に差しながらニコリと笑っていた。

「カーティア様。此度はこの老いぼれにお任せください」
 
「ジェラルド様が?」

 彼は確かにとんでもない力を持っているとは知っている……
 それでも、もう齢は五十を超えているし、どうしても心配が勝ってしまう。
 見つからずに何十人という集団組織を相手にできるの?

「不安なら、近くまで行こうか。ちょうどカティや子供達と過ごしたいから」

「そんな、旅行感覚で!?」

 とはいえ、不安のまま庭園に残るのは嫌な気持ちはある。
 だから今はシルウィオの提案を受け入れた。

 本当に、ジェラルド様は大丈夫だろうか。
 そんな不安を抱く私だったが……






 まぁ、もちろん。
 そんなの杞憂だったと直ぐに分かった。





   ◇◇◇


 シルウィオの提案により、子供達と馬車に乗って小高い丘にやってくる。
 いい天気なのでピクニックという名目だが、この場所からは件の強盗が行われる商家が見えるからだ。
 近くではもうグレイン達がケーキ店で、共にケーキを食べている頃だろう。

 私達と共に着いてきていたジェラルド様は、腰が痛いのかトントンと叩いている。
 リルレットに心配されて、少しマッサージしてもらっている程だ。
 本当に大丈夫だろうか、やはりシルウィオが手伝った方が……

「カティ、こい」

「え、あ……」
 
 子供達が遊んでいる中で、私の手をシルウィオが引いて隣に座らせる。
 不安そうな表情がばれたのか、彼は私の背に手を置いて安心させてくれた。

「ジェラルドに任せろ。問題ない」

「でも、相手は何十人もいるのですよね。やはりグレイン達に見つかってもいいから、シルウィオも……」

「忘れるな。グレインに剣を教えたのは、誰なのか」

「っ!」

 そんな話をしていた時。
 小高い丘から見える商家の周りに、幾つかの馬車が近づいているのが見えた。
 遠くから見ても分かるような、ガラの悪い男達が乗っている。

「やってきましたね。このジェラルドも久々に老体を動かしますか」

 その光景を見て、ジェラルド様が朗らかに笑った。

「カーティア様。少しだけお待ちくださいね……大丈夫ですから」

 余裕に満ちた笑みは、いつもの宰相様の表情だ。
 だが、その後に彼が振り返った時に一瞬だけ……鋭い眼差しになっているのが見えた。
 次の瞬間、彼は老体とは思えぬ速度で走り出していく。

 かなりの距離だったのに、もう賊達が乗っている馬車まで直ぐに辿り着いている!?

「後はもう、任せておけば終わる」

「え?」

 私はジェラルド様を丘から見ながら、シルウィオのセリフの意味が良く分かった。
 なにせ老体と思えぬ速度で、道行く人々にも気付かれずにジェラルド様は素早く族達を処理していくのだ。
 人々が行き交う、アイゼン帝国の日常を崩さずに、誰にも見せずに手早く問題を解決していていた。

 目で追っても、追えない速度だ。
 齢五十、普段は腰を痛そうにおおらかに笑って子供達の相手をしている彼を見ていた忘れていた。
 元はアイゼン帝国で最も力を振るっていた騎士であった、ジェラルド様の過去を。

「お待たせしました。やはり歳ですな、こんなに時間がかかってしまった」

 賊達は数十人居たはずなのに、それらを一時間も経たずに処理したジェラルド様。
 その涼しい表情と、返り血ひとつなく、子供達とまた微笑んで相手をする姿を見て……


 アイゼン帝国の本領を改めて知った。









   ◇◇◇◇

 更新が空いてしまっていて申し訳ありません。
 今年は色々と立て込んでおりましたが、来年からは更新を上げていこうと思っております。

 具体的には、月に一度の投稿で複数話を投稿しようかな……という具合です。
 無理はしない程度に更新はしていく予定です!

 またいつでも、お時間のある時にお付き合いくださると嬉しいです。

しおりを挟む
感想 988

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(988件)

猫3号
2024.12.09 猫3号
ネタバレ含む
なか
2024.12.09 なか

猫3号様
ご指摘ありがとうございます(≧∇≦)

いつも本当に助かっております!
誤字が多くて、本当に申し訳ない💦

猫様のおかけで、いつも綺麗な話をお届けできております!
でも、頼りきらずに誤字のないように気をつけます!(*≧艸≦)
ありがとうございます!

解除
NOGAMI
2024.12.09 NOGAMI
ネタバレ含む
なか
2024.12.09 なか

NOGAMI様
ご感想ありがとうございます๓´˘`๓♡

久しぶりの投稿でしたが、楽しんでもらえて良かったです!!
ジェラルドの前では、名前もないような賊では相手になりませんね(∩∀<`。)

いつも気にかけてくださり嬉しいです(≧∇≦)
楽しんで書く事だけは忘れずに、無理をしない範囲でいきますね(*•̀ㅂ•́)و✧
ありがとうございます😊

すごく寒くなってきましたよね:( ;´꒳`;):
お互い、体には気をつけていきましょう!

解除
太真
2024.12.09 太真
ネタバレ含む
なか
2024.12.09 なか

太真様
ご感想ありがとうございます😊

読んでくださり嬉しいです(*´罒`*)
まさにジェラルド様は常に爪を隠しておりますね(≧∇≦)

シルウィオの頼れる腹心、大活躍です︎💕︎

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

「おまえを愛することはない。名目上の妻、使用人として仕えろ」と言われましたが、あなたは誰ですか!?

kieiku
恋愛
いったい何が起こっているのでしょうか。式の当日、現れた男にめちゃくちゃなことを言われました。わたくし、この男と結婚するのですか……?

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。